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第一章
クロードの理性
しおりを挟む王太子妃教育を初めてから一週間。
『語学と教養は及第点』
『マナーと社交、特にダンスは不合格』
それが教育係のサリー夫人が出した、エルシアの評価だった。
(語学と教養は公爵夫人に叩き込まれたおかげだわ……)
だが、ダンスはと言うと。
元婚約者カザルスのダンス嫌いは有名で。
そんなカザルスがエルシアと踊るわけもなく。
かと言って、他の男性と距離が近くことを許されないエルシアが社交ダンスの必要性を感じなかったため、練習もおざなりだったのだ。
そんな訳で毎日、五時間以上のダンスレッスンに加え王族特有のマナーについても学ぶ日々。
エルシアの体は限界が来ていたようである。
久しぶりに午後から手伝いに来れたクロードの自室で、ソファに腰掛けた彼女は強烈な眠気に襲われていた。
ウトウトウト……
ーーいつの間にか、疲れ切った体は眠りについていたのだった。
★
「エル、シア?」
スーースーー
クロードが声をかけても、返ってくるのは可愛らしい寝息だけ。
「疲れてるんだよな……」
彼は優しくエルシアを抱き上げる。
(……本当は侍女を呼ぶべきだな)
そうだ、そうして彼女を部屋に戻してあげるべきだ。
けれどーー。
(離れたくない、俺の側に置きたい)
愛おしい人に、一週間ぶりに会えたのだから。
クロードは自室の寝室のドアを開けると、ベッドにエルシアを寝かせ毛布をかけた。
頭では分かっている。
エルシアが王太子妃教育を頑張ってくれていることは、クロードの側にいようとしてくれているのだ。
ーーそれでも、寂しさは消せない。
指先でエルシアの頬を撫でる。
「……んっ」
ポ~~
夢うつつなエルシアが目を開いた。
「! すまなかった、ゆっくり眠ってくれ」
そう言って、慌てて寝室を出ようとするクロードの裾をエルシアが掴んだ。
「……殿下、行ってしまわれるの」
半分以上は寝ているような、掠れた声。
ムク
エルシアが起き上がる。
そして、目の前にいるクロードを夢だと混同して、問いかけた。
ーー昔みたいに目を合わせて下さらないほど、また、わたくしを嫌いになってしまうの?
彼女の中にずっと燻っていた不安が、素直に口をつく。
「っ!」
(俺の過去の行いがエルシアを苦しめているのか……)
恋心が気恥ずかしいから。
エルシアが他の人を思っているから。
ーー俺がそんな理由で、ずっと視線すら合わさない子供じみた真似をしたから。
戻ることが出来るなら、今すぐに過去の自分を殴ってやりたい。
「……行かないで」
ドキッ
そんな縋る様な目で見られたら。
ーー理性が吹き飛ぶ。
「……ッ!」
クロードは、泣きそうな子猫のような顔をしたエルシアを抱きしめた。
ギュッ
「エルシア、俺はどこにも行かない」
ーー今も昔も、ずっと君だけを愛してる。
愛しい人のぬくもりがすぐ側にある。
エルシアの隣に座るクロードの腕は、知らずに力がこもった。
(……俺がどれだけエルシアを思っているか)
どれだけ彼女が魅力的で、どれだけ離したくないと思っているか。
ーーこのまま、全ての感情をぶちまけてしまいたい。
クロードの手がエルシアの唇をなぞる。
「で、んか?」
けれど、潤んだ目で彼を見つめるエルシアは、あまりに無垢で。
不意に、ケインの言葉が脳裏にチラつく。
ーー同意なく押し倒したりしたら、犯罪ですよ。
(……だよな)
それに彼女に今、一番必要なのは休養を取らせることだ。
「そんな可愛い事を言ったら、離れたくても離してやれなくなるぞ」
クロードはそう言って、エルシアから体を離すと彼女の髪を優しく撫でてやる。
エルシアが気持ち良さそうに目を瞑った。
そのまま彼女を横たえ、自分は隣に腰掛ける。
「……ずっと側にいる。だから安心して、眠れ」
眠ったエルシアの側で。
寝室に書類仕事を持ち込んだクロードの夜は、こうしてふけてゆくのであった。
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