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第二章
策略と毒の器
しおりを挟む「……珍しい来客じゃの。妾に何の用じゃ」
エルシアの登場に舌なめずりをしたゾフィアが、親衛隊の違和感を頭から追い出したことは、幸運であった。
「はい。わたくし、もうゾフィア王女様には敵わないと身の程をわきまえましたの。お近くで王女様を拝見すれば、するほど。そのお美しさと賢さに頭が下がる思いでございます」
「……気味が悪いわ」
(ちょっと、わざとらしかったかしら)
とにかく褒めていい気にさせよう、としたエルシアであったが。
手のひらを返し過ぎたようで、ゾフィアの頬が引きつっている。
方向性を変えた方がいいと判断したエルシアは、再び口を開く。
「真の言葉でございます。わたくしはこのまま、城を去りたくて。もうお二人の愛を引き裂くようなことは致しません」
それを聞いたゾフィアは、得心したように頷いた。
エルシアが苛めに負けて、逃げ出す為に謝りに来たのだと思ったのだ。
「ーーならば、鞭打ちと国外追放くらいで許してやってもよいぞ。まぁ、その後で無事でいられるかは知らんがの」
扇の内側でニタリと笑うゾフィアに、エルシアは膝をついて礼を述べる。
「ありがたきお言葉でございます! ですが、城を去る前に最後の茶会を開かせては頂けませんでしょうか」
「……茶会だと?」
途端に機嫌の悪い声を出すゾフィア。
エルシアはおもねるように、さらに頭を下げた。
「真の婚約者がゾフィア様だと周知するための物でございます。わたくしは、これでも料理が得意でして軽食なども挟みつつーー」
「妾を馬鹿だと思っているのかの? お前が作った物など口にするわけなかろうっ」
バシッ
頭に、扇が力いっぱい降ってくる。
痛みに耐えながらエルシアはニコリと笑って、顔を上げた。
「まぁ、毒などをご心配で? でしたら、王女様の親衛隊に最初から最後まで見張って頂きますし、わたくしのお料理と取り替えて頂いてもよいですわ」
「何ゆえ、そこまでして茶会を開きたい?」
何の策略だと疑いの目を向けて来るゾフィア。
コンコン
それに答えるように、開いたドアを軽くノックして入って来たのはクロードだ。
彼はエルシアの作戦で、頃合いを見計らいながらずっと廊下の見えない位置で待機していたのだった。
「クロード様!」
途端に目が♡マークになるゾフィアの肩を抱きながら、クロードは言う。
「エルシアに茶会を開け、と言ったのは俺なんだよ。婚約者の入れ替わりをキチンと貴族達に周知する為の口実だ。それにその場で小麦の輸入について調印すれば、周りから見ても明らかだろう」
ーー役に立たない、元婚約者のエルシアと。
我が国の未来を支えてくれるゾフィア。
対比する二人が居並ぶ場を作りたいのだ、とクロードは耳元で囁いた。
ゾフィアの頬が赤く染まる。
その提案は、自尊心の高い彼女の心を大いにくすぐったようであった。
「……なるほどのぉ。さすがは、クロード様じゃ。よいぞ、エルシアに茶会を開かせてやろう。その代わり、お前たちはよく見張っておくように」
命じられた親衛隊の男達は、一様に頭を下げる。
こうして、明後日。
エルシアによる、貴族達に向けた別れの茶会が開かれることになったのであった。
★
予定通り厨房に入ったエルシアは、チラリと親衛隊の中でも選び抜かれた男達と目線を交わす。
ーー彼らは、いち早くゾフィア王女の催眠術から抜け出した者達だとケインさんが言っていたわね。
日に日に覚醒する者が増え、今朝で最後の一人も目を覚ましたと聞く。
これでもう、ゾフィア王女に盲信する者は居なくなった。
ーーけれど、どこでサンマリア国の兵士が見ているか分からないわ。
計画は完璧に。
エルシアは、最後の最後まで気を抜かず、料理を作りきる。
そして、指を洗う器であるフィンガーボールに美しい花を散らしたのであった。
「……皆様、本日はお集まり頂いてありがとうございます。こうして国を去ることになっても、皆様のことは忘れませんわ」
「いやぁ! ゾフィア王女はお優しい。こうして茶会までさせてやるなんて」
「本当ですな。それに今日も変わらずお美しいことで」
エルシアの口上などそっちのけで盛り上がっている貴族達は、全部で5組。
ゾフィアには主要貴族として、この5組を集めると話したが、実際は違う。
彼らは、真にこの国の事を考え、個人的に国王やクロードを諌めに来た信頼に足る者達だ。
今も計画について細部は聞かされていないにも関わらず、言われた通りにこうしてゾフィアを持ち上げてくれている。
そして、もう一つ。
ーーここで何が起きても、見なかったことにして茶会を続けて欲しい
それが彼らに頼んだ役割だ。
「今日は良き日になるであろう。こうして父王から直々に預かった調印も持って来ておる。これでこの国も安泰じゃ」
しばらくは、の。
ボソッと呟いたゾフィアの声をエルシアは聞き逃さない。
(やっぱり、サンマリア国王はこの国を狙ってる)
きっと娘のゾフィアすら、手駒に過ぎないのだ。
でなければ、いくら優勢とは言え揉めている敵国に王女を放り込んだりしないだろう。
そう思って見ると、ふくふくとした顔で笑っているゾフィアが哀れに思えてくるから不思議だ。
(……あんなに嫌な思いをしたのに、ね)
エルシアは気持ちを切り替え、侍女達とともに料理を並べた。
サンドイッチと紅茶、それにクッキー。
案の定、疑い深いゾフィアは、隣にいた貴族の皿と取り替えている。
けれど、それで何の問題もない。
だって、エルシアが猛毒を持つ根汁を入れたのは、花を散らした指を洗う器の方なのだから。
「……中々、美味しそうではないか」
その言葉を合図に、皆がフィンガーボールで手を洗い出した。
流石にゾフィアもただの水、しかも直接口にする訳では無い物に警戒心は抱かなかったようだ。
彼女もそのまま、フィンガーボールの中に手を浸したのだった。
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