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第二章
帰還
しおりを挟む「カインからの報告で、辺境でも育つ小麦の試作品が出来たそうです。味は粗悪とのことですが」
「そうか。それでも吉報だな」
ケインからの報告に、片頬をあげて微笑みながらもクロードは肩を落とす。
「なぁ、ケイン。いつまでゾフィアの機嫌を取ってればいいんだ? 今日なんて足を揉まされたんだぞ。本当は俺に好意があるんじゃなくて、親衛隊の一人にでもしたいんじゃないか」
約1時間以上も続いたマッサージに、クロードの手首が悲鳴を上げている。
不機嫌なゾフィアの顔を見ているよりも。
叶うなら、早くエルシアに謝りたい、迎えに行きたいと目で訴えるクロードをケインは一蹴した。
「……側で見ていましたが。あれは、暗に殿下を誘っていただけでしたよ。流石に、あれでもうら若き女性ですからね。好きな男性に、命じてどうこうする勇気はなかったんでしょう」
ケインは、書類を整えながら静かに息を吐いた。
今のところ、計画は順調だ。
薬膳酒を薄めたり、すり替えたりを繰り返しているうちに。
親衛隊のほとんどが、正気を取り戻していた。
彼らは皆、なぜあれ程ゾフィアに心酔していたのか分からないと口を揃えて言う。
どちらかと言えば、嫌悪感を抱く対象だった、と。
ある者は妻を、ある者は婚約者を思って早く故郷に帰りたいと言っているが、演技を続けつもらうようケインは説得していた。
ーーエルシア嬢は、どうするおつもりなのか
それが今のケインの懸念事項だ。
クロードに忠誠を誓うケインだが、今回は覚えていないとは言えど、酷い。
「離宮に、エルサ様。殿下のお祖母様がいらしているようなのでご機嫌伺いの手紙を送っておきました」
お祖母様、と聞いてクロードの眉がピクリと動いた。
王妃陛下は実母に頼んでエルシアを逃がすおつもりなんだろう、とケインは察する。
それならば、もう少し時間稼ぎがしたい所だ。
ただ、親衛隊のちょっとした言葉遣いや、仕草と言った変化にゾフィア王女も時々訝しげにしている。
こちらにも、あまり余裕はない。
「……俺は、言葉で聞くよりよほど酷い事をエルシアにしたんだな。彼女はもう愛想をつかしている、と言うことか」
ポツリと呟いたクロード。
少し可哀想になってケインは、励ますように言った。
「それは、エルシア嬢次第でしょう。今の我々が出来ることは、彼女の身の安全をはかりつつ、機をみてーー」
コンコン
執務室のドアを叩く音に、二人の動きが止まる。
ーーもしや、ゾフィア王女か?
政務に興味のない女だと、油断しすぎたか。
ケインは平静を装いながら、静かにドアに近付く。
ーーこの部屋の防音性は確かだ、大丈夫
それでもドアノブを握る手に汗が滲んだ。
だが、差し込む光の中で微笑みを浮かべていたのは。
「お久しぶりです、殿下。それから、ケインさん。わたくし、帰って参りましたわ。またゾフィア王女に虐めて頂こうと思って」
そう言って、袖口から小瓶を取り出すエルシアだった。
★
(……何かが、変じゃ)
ゾフィアは、執務に戻ってしまったクロードに思いを馳せる。
彼は、ゾフィアの薬膳酒と『クロードはゾフィアの物』だと言う囁やきで彼女の物になったはずだ。
彼女の親衛隊と同じように。
(やはり……エルシアが離宮に引きこもったからか?)
想う人がいれば、その想いが強ければ強い程、ゾフィアの催眠術はかかりにくくなる。
けれど、ゾフィアの欲しい物は、何時だって人の物なのだから仕方ないではないか。
ーー面白くない。
「そろそろエルシアを虐めるのも、飽きた。のぉ、そなたら。あの女をクロード様の前で殴り殺してしまえ。ああ、それともお前たちに好きに犯させると言うのも良いな」
クロードを誘ったつもりで見せつけた足先を、親衛隊の男の前に伸ばす。
いつも無表情な彼は、しかし苦虫を噛み潰したような顔で跪くとゾフィアの足にキスを落とした。
彼女が訝しげな表情をすると同時に。
「……ゾフィア王女様は、いらっしゃいますか?」
オドオドと、身を縮ませたエルシアが訪ねて来たのだった。
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