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第6章 公園のベンチ
しおりを挟む~~ 星明かりに揺れる内なる炎 ~~
~~ 信頼の糸で紡がれる新たな絆 ~~
~~ 見えない境界線を一歩踏み越えて ~~
「お腹が空いていませんか?」野崎の声が、わたしの思考を現実に引き戻した。
「ええ、いいですね」わたしは野崎の誘いに答えた。空腹というよりも、まだ野崎と過ごす時間を延ばしたいという気持ちが強かった。
野崎は静かな通りへと案内してくれた。小さな看板だけが掲げられた、隠れ家のようなイタリアンレストラン。店内に入ると、柔らかな照明と素朴な木のテーブル、壁には古いポスターが飾られていた。洗練されていながらも親しみやすい雰囲気。店員は野崎の顔を見るなり、にこやかに迎えてくれた。常連らしい。
窓際のテーブルに案内され、向かい合って座った。赤ワインのボトルが運ばれてきて、二人分のグラスに注がれた。重厚な赤の色合いが、グラスの中でゆっくりと揺れている。
「今日はいかがでしたか?」野崎が尋ねた。
「とても...興味深かったです」わたしは言葉を選びながら答えた。「京本さんは素晴らしい方ですね」
「ええ、彼女は稀有な感性の持ち主です」野崎は同意した。「彼女とは長い付き合いなんです」
「どのくらい?」
「十年以上になります」野崎はワインを一口飲んだ。「彼女には多くのことを教わりました」
「教わった?」わたしは思わず聞き返した。その言葉選びに興味を惹かれた。
野崎は少し考えるように間を置き、「人の本質を見抜く力、他者との関わり方について」と答えた。その説明は具体的でありながらも、どこか抽象的だった。わたしにはまだ掴みきれない何かがそこにあった。
「最後に見た絵についてどう思いましたか?」野崎が静かに尋ねた。
「服従の悦び」の絵。わたしはワインに口をつけ、赤い液体が喉を通る感覚を味わいながら言葉を探した。正直に答えるべきか。でも、もう隠す必要はないような気がした。
「わたしは...惹かれました」素直に言った。「最初は少し戸惑いましたが、見続けるうちに、そこに描かれた関係性に...」
言葉が途切れた。どう表現すればいいのだろう。憧れ?興味?それとも...
「わかります」野崎が静かに言った。「あの絵に惹かれるということは、佐々木さんの中に、その世界と共鳴するものがあるのでしょう」
わたしは視線を落とした。テーブルの上の手が小さく震えているのを感じた。野崎の言葉は、わたしの内側にある何かを見事に言い当てていた。何かを求めている自分。募いたい自分。それは長い間、認めることができなかった欲求だった。
「あの絵は、単に主従の関係を描いたものではありません」野崎は続けた。「そこには互いの信頼と理解に基づいた、深い絆が表現されている。表面的には不平等に見えるかもしれませんが、実際は両者が互いを高め合う関係なのです」
わたしは黙って頷いた。野崎の言葉に耳を傾けながら、わたしの中で何かが静かに開いていくように感じた。長い間、自分でも認めることができなかった欲求。誰かの導きを求め、その視線の下で自分を見つけたいという願望。それは弱さではなく、自分の可能性を広げるための一つの道筋なのかもしれない。
「京本さんがおっしゃっていた『自分自身に正直になる』という言葉が...」わたしは言いかけて、途中で止まった。
「正直に向き合うことは勇気がいることです」野崎は静かに言った。「でも、それができれば、新しい世界が開けるかもしれない、境界線の向こう側の世界が」
その言葉に触れた瞬間、胸の奥でぎゅっと締め付けられる感覚が広がった。「境界線の向こう側」。その言葉は、わたしの記憶の中で反響した。神保町の古書店で見つけた『白夜』の書き込み—「昼と夜の境界線を超えておいで、本当の自分を与えてあげる」。この偶然とは思えない一致に、喉が乾くのを感じた。
野崎の言葉と古書の謎めいたメッセージが、わたしの中で静かに溶け合っていく。もしかしたら、境界線の向こう側とは、わたしが本来の自分になれる場所なのかもしれない。今まで気づかなかった、あるいは認めようとしなかったわたし自身の姿。野崎の視線の中で見いだされるのを待っている、本当の「わたし」。その可能性に、恐れと期待が入り混じった感情が胸の奥で膨らんでいった。
わたしが何か言おうとした瞬間、ウェイターがテーブルに近づいてきた。タイミングの良さに、わたしは少し安堵した。まだうまく言葉にできない思いを整理する時間が得られたようで。
テーブルに運ばれてきた料理を前に、わたしたちの会話は少し軽いものになった。シンプルながら丁寧に作られたパスタとサラダ。素材の味が生かされた料理だった。わたしと野崎は食事をしながら、美術や文学について語り合った。『白夜』の新訳の進捗、大学時代の思い出、好きな音楽。言葉を交わすうちに、緊張が少しずつ解けていくのを感じた。
しかし、その穏やかな会話の奥には、さっきまで話していた主従関係についての問いが、静かに横たわっていた。それは言葉にされていなくても、わたしたちの間に存在している。二人の視線が交わるたび、その無言の了解が確認されるかのようだった。
食事を終え、店を出ると、銀座の街は夜の装いに変わっていた。ネオンの光が街路を彩り、人々の足音が石畳に響く。
「佐々木さん」野崎が言った。「よかったら、もう少し歩きませんか?」
「ええ」わたしは答えた。
二人は並んで歩き始めた。銀座の中心から少し離れた静かな通りへ。行き交う人も少なくなり、街の音が遠のいていくように感じられた。わたしたちは特に何も話さずに歩いていた。けれど、その沈黙は居心地の悪いものではなかった。互いの存在を感じながら、言葉を必要としない時間を共有していた。
やがて、公園に辿り着いた。夜の銀座の小さな公園。街灯の光が木々の間から漏れ、二人の影を柔らかく照らしていた。わたしと野崎はベンチに腰を下ろした。静寂の中、周囲の喧騒が遠く感じられる。空を見上げると、都会の光に霞んだ星がわずかに見える。そこにもうひとつの境界線が存在していた。見える世界と見えない世界の間に。
しばらくの沈黙の後、わたしは決意したように口を開いた。
「野崎さん」わたしの声は小さく、けれど確かだった。「あの...主従関係について、わたしは興味があります」
言葉にした瞬間、胸の奥で小さな扉が開いたような感覚があった。長い間、自分でも認めることができなかった思いが、ようやく光の中に出てきた。
野崎はわたしの方を向いた。その目には驚きはなく、むしろ理解と受容の色が浮かんでいた。
「でも...」わたしは言葉を続けた。「同時に、怖いんです。自分の中にそういう思いがあること自体が怖くて」
野崎は静かに頷いた。「それは自然なことです。未知のものに対する恐れは誰にでもあります。特に、自分の内側に眠る本当の欲求に向き合うことは」
「自分でも気づかなかった...」わたしは視線を落とした。「でもあの絵を見たとき、何か強く惹かれるものがあって。自分がなぜそう感じるのか、考えるのが怖いんです」
夜風が二人の間を通り抜けた。街の音がかすかに聞こえる。わたしは膝の上で握りしめた両手を見つめながら、続けた。
「導かれるということ。自分の意志を預けるということ。それは弱さなのか、それとも...」
「佐々木さん」野崎の声は柔らかく、しかし確かな強さを持っていた。「導かれることを欲するのは、弱さではありません。それは自己理解への別の道なのです」
彼の言葉が、わたしの中の不安を少しだけ和らげた。夜空を見上げれば、ぼんやりと星が見える。あの星々も、互いの引力に従っている。宇宙全体が、何かの秩序に従っているのかもしれない。
「想像するだけで...」わたしは言葉に詰まった。「心が震えるんです。でも、実際にどういうことなのか、わからなくて」
野崎はしばらく黙っていた。その沈黙の中で、わたしは彼の視線を感じた。彼の目がゆっくりとわたしの姿を辿っていくのがわかる。顔から首筋へ、そして肩へ。ネイビーのワンピースに包まれた腕、そして膝の上で握りしめた手へ。その視線はまるで触れるかのようで、物理的な接触がないにもかかわらず、わたしの肌は敏感に反応していた。見られることの恥じらいと同時に、不思議な高揚感がわたしの中に広がっていく。身体がわずかに熱を持ち始め、呼吸が浅くなっていくのを感じた。
彼の視線がわたしを隅々まで見通しているような感覚。それは言葉よりも雄弁に、わたしの存在を認めているようだった。ワンピースの布地を通しても、その眼差しの重みが感じられる。
その視線の重さに、わたしはあのバーでの夜を思い出した。カウンターで野崎が立ち上がり、わたしを見下ろした時の圧倒的な存在感。「佐々木さん、わたしの目を見てください」と言われた時の、逆らえない感覚。視線を合わせた時の、身体の奥から湧き上がる不思議な感覚。
「うぅっ、、、っっ、、、」
思わず小さな声が漏れた。言葉にならない、喉の奥から絞り出されるような音。自分でもどこからこんな声が出てきたのか分からなかった。恥ずかしさと共に、野崎の前でこのような反応を示してしまったことに戸惑いがあった。けれど同時に、その反応こそが自分の本当の姿なのかもしれないという気づきも。
やがて野崎は優しい声で言った。「試してみますか?ほんの少しだけ」
わたしは驚いて顔を上げた。「え?」
「怖くなったらすぐにやめましょう」野崎は静かに続けた。「ただ少しだけ、その感覚を味わってみる。それだけです」
心臓が早鐘を打ち始めた。恐怖と期待が入り混じる複雑な感情が胸いっぱいに広がった。しかし、何かに突き動かされるように、わたしは小さく頷いた。
「信頼してください」野崎は言った。それは質問でもあり、確認でもあった。
「はい」わたしは答えた。声が少し震えていた。
野崎はベンチから立ち上がり、わたしの前に立った。公園の街灯に背を向けた彼の姿が、わたしの視界を大きく占めている。彼の目だけが、暗がりの中で真剣な光を放っていた。
「立ってください」
その言葉は唐突だった。わたしは少し戸惑ったが、ゆっくりとベンチから立ち上がった。夜風がわたしのワンピースを軽く揺らす。
「そのまま、動かないでください」と野崎は言った。彼の声は柔らかいが、どこか命令的な響きがあった。
わたしは言われた通りに立ったまま動かなかった。心臓の鼓動が少し早くなるのを感じた。野崎はわたしの前に一歩近づいた。彼の存在感がわたしを包み込むように感じられる。
そこで、野崎の視線がわたしの目を捉えた。一点の曇りもない、澄んだ黒曜石のような瞳。その目は真っ直ぐにわたしの中を見つめている。視線をそらそうとしても、不思議な力でわたしの目は彼の目から離れなかった。まるで磁石に引き寄せられるように。
その目の奥には、わたしを理解し、受け入れる静かな強さがあった。けれど同時に、決して逃れられない意志の力も感じられた。わたしの内側にある本当の姿を見抜く目。何も隠せない、すべてを見透かされる感覚。
時間が止まったかのように感じた。周囲の音も風の感触も、すべてが遠のいていく。ただ野崎の目とわたしの目だけが存在する世界。バーでの夜、あの時と同じ感覚が蘇ってくる。見つめられるだけなのに、言葉による命令よりも強い力を感じる。
「う、うぅっ...」
また声が漏れた。恥ずかしさで顔をそらしたいのに、どうしても野崎の目から逃れられない。
「佐々木さん」野崎の声が低く響いた。「あなたの目が、すべてを語っています」
わたしは言葉が出なかった。ただ小さく頷くことしかできない。彼の言葉に従いたい、その思いだけがはっきりとしていた。
「両手を前に出してください」野崎が言った。
わたしは言われるまま、両手を胸の前で差し出した。夜の光の中で、わたしの手が白く浮かび上がる。その白い肌が風に少し震えているのが見えただろうか。
突然、野崎の手がわたしの手首を優しく掴んだ。温かい指がわたしの脈を感じている。その接触に、わたしの体は小さく跳ねた。何らかの電流が手首から全身に駆け巡ったように。
「佐々木さんを拘束しています。どうですか?」野崎の声が静かに尋ねた。
拘束されているという感覚。自由を奪われてはいるが、同時に奇妙な安心感がそこにある。逃げ場がないという事実が、逆説的に解放感をもたらしていた。
「ドキドキします...」わたしは正直に答えた。恥ずかしさと期待が入り混じる声。自分でも驚くほど素直な言葉が自然と口から溢れ出た。「拘束されるって...こんな感覚なんですね」
「そうですね」野崎は手首をまだ掴んだまま言った。「物理的な拘束は、あくまで表面的なもの。本当の拘束は心の中にある」
彼の指が少しだけ強く握られた。わたしの鼓動はさらに早くなる。
「佐々木さん」野崎の声が低く、しかし明確に響いた。「あなたはいま囚われの身です」
野崎の言葉が耳に入った瞬間、全身に不思議な震えが走った。囚われの身。その言葉だけで、わたしの内側で何かが揺さぶられる。
「囚われの身...うぐぅぅ」思わず漏れた声は、わたしにとっても意外なものだった。なぜか囚われるということに、身の毛がよだつような恐怖と、同時に底知れぬ安堵が混じり合う。その相反する感情が、喉の奥から絞り出すような声となって現れた。
野崎は表情を変えることなく、わたしの反応を静かに観察していた。その目には何の驚きも好奇心も浮かんでいない。まるで全てを予測していたかのような冷静さ。
彼の親指がわたしの手首の内側を優しく撫でる。その感触に、わたしの心はさらに乱れた。理性より先に、身体が反応している。頭で考えるよりも、感じることが大切だと言われているような気がした。
彼は少し身を近づけ、さらに静かな声で言った。「次は、もっと深い場所へ」
「閉じてください。目を」
わたしは少し躊躇したが、目を閉じた。暗闇の中で、他の感覚が鋭くなる。周囲の葉のざわめき。遠くの車の音。夜の空気の匂い。そして、野崎の存在。彼が一歩近づいたのがわかった。彼の香りがより強く感じられるようになった。
「息を深く吸って」と野崎が言った。「ゆっくりと吐いて」
わたしは言われた通りにした。一度、二度、三度。自分の呼吸に意識を集中させながら、同時にわたしは野崎の声だけを頼りにしていた。視覚を失った状態で、彼の命令に従うという行為。わたしの呼吸はいま、野崎に支配されている。
彼の次の指示を待ちながら、わたしは不思議な浮遊感に包まれていた。自分の内側で何かが解き放たれていくような、束縛されていた何かが自由になっていくような感覚。それは言葉では説明できない、微かだけれど確かな変化だった。
「目を開けてください」
目を開けると、野崎の顔が近くにあった。「よくできました」彼は微笑んでいた。
その言葉を聞いた瞬間、わたしの内側から温かいものが湧き上がってきた。認められる喜び。期待に応えることの充足感。自分の存在が肯定された安堵。それらが混ざり合い、思わぬ幸福感がわたしを満たした。
「どうでしたか?」と野崎は穏やかに聞いた。
わたしは言葉を探した。「不思議な感覚でした...指示に従うことで、むしろ心が安らいだような」
「そうですね」野崎は頷いた。「主従関係の本質とは、支配と服従だけではないのです。それは互いの境界線を明確にしながら、その中で最も純粋な自己を見出す関係です。導く者は導かれる者の内なる本質を引き出し、居場所を与える。導かれる者は、この人だけには全てを預けられるという内なる確信に従うことで、日常では得られない解放と自由を見出す。そこには言葉では説明できない、対極にあるものが融合する神秘があります。」
わたしは夜空を見上げた。星々はまだそこにある。変わらないように見えて、実は常に動いている。わたしの内側も、少しずつ変わり始めている気がした。
「ありがとうございます」わたしは静かに言った。「少し...理解できた気がします」
「境界線の向こう側には、まだ見ぬ自分がいるのかもしれませんね」野崎の言葉は、遠い星を指すように、わたしの未来を指し示していた。
わたしたちは再びベンチに腰掛けた。夜風が木々を揺らし、葉のざわめきが心地よく響く。わたしの内側では、今日見た絵と、たった今経験したことが、静かに融合していった。それはまるで『白夜』の書き込みにあった言葉、「本当の自分を与えてあげる」という謎めいた約束が、少しずつ形を現し始めているようだった。
境界線の向こう側。わたしはそこに一歩踏み出し始めたのかもしれない。
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