S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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エピソード スフィア・フロイア

第百十八話 閑話 初任務③

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「これ以上待っても帰ってこないようでしたら王都に馬を走らせるつもりでした」

そう話すのは村の長。
見た目妙齢の長は女性であり、五十人規模の村の半数が男であるらしい。

その男達がいなくなったのだと。
厳密にはほとんど寝たきりの老人と幼い子どもを除いた全員、十八名の男が昨晩遅くに出て行ったきり帰って来ないのだという。

アルスとマルスの報告を受けたアーサーは全員を伴って村の中に入っていき長の話を聞いていた。

事の成り行きを長がアーサー達に話すのに同席していた数人の女性達は一様に不安そうな表情を浮かべている。

「なにか働きに外に出ているという可能性はあるのかい?」
「い、いえ、大まかな収穫は昨日全て終えていますので、今日は収穫祭をしようという予定でした。ですので外に出て行く用事など見当も…………」

男だけがこぞって出て行くという摩訶不思議な状態。

「…………そうか。わかった。少し気になることがあるので調べてみることにするよ」
「ああ!ありがとうございます!まさかこんなタイミングで偶然にも騎士様が来て下さるだなんて」

長が涙目になり礼を述べる。

「いやいや、お礼を言われるのは問題が解決してからにしてもらえると助かるのだがね」


そうして一度村を出たところでアーサーは全体を見渡す様にして確認した。

「さて、質問をするよ。この件、原因が何かわかる者はいるかい?」

その表情と言葉の調子からは、アーサーには原因が何なのかほとんど掴めている様子を見せている。
ロランやロシツキー達はお互い顔を見合わせて困惑しながら小さく首を振るのは思い当たる節がないということ。

「ライオット」
「はい」
「君なら何か思いつきそうなんだがね」
「自分が、ですか?」
「ああ。他にはバリスと――――」

アーサーがそこまで口にしてスフィアと目が合う。
正確にはスフィアとアスタロッテの二人を見ていた。

「いえ、自分には皆目見当もつきません」
「(ライオットさんとバリスさんの二人に加えて私達……?それってもしかして――――)」

そこでスフィアはいくらか考えを巡らせる。

アーサーが可能性を示唆したのはライオットとバリス。それにスフィアとアスタロッテの四人。

共に共通しているのは元冒険者だということと冒険者学校を卒業しているということ。

そして現在陥っている状況は、村の中で姿を消したのは全て男性。
その中でも寝たきりの老人と幼い子どもはそれには含まれていない。

他の騎士達が思い当たりそうな候補に上がらないのはそのことに関する造詣の深さが自分達とは異なると判断されていたから。

「では、君達はどうだい?」

アーサーがスフィアとアスタロッテに問い掛ける。

「うーん、そんな急に言われても困りますぅ」

アスタロッテも思い当たる様子がない中、スフィアは思案気に口を開いた。

「いえ、もしかして……魔物、が関与しているのですか?」

考えていた条件を照らし合わせていくと、思いつくのはコレしかない。

「えー?そんな魔物いたかなぁ?」
「……ほぅ。スフィアくんはどうしてそう思う?」

スフィアが魔物と口にすると、アスタロッテは首を傾げているのだが、アーサーは目を細めてスフィアを見る。

「はい。隊長は私達とライオットさんとバリスさんがそれに辿り着ける可能性を示唆していて、私達四人に絞っていました。それは、共に冒険者としての魔物の知識があるからではありませんか?」

多少の知識の差はあれど、一般騎士よりも冒険者の方が魔物に詳しい。

「それだけかい?」

「いえ。あとは、村の中で姿を消したのが特定層の年齢に限られた男性になります。それが示しているのは――」
「――もしかして君はサキュバスが今回の件を引き起こしたというのか!?」

スフィアがそこまで口にしたところで言葉を挟んで来たのはライオット。
その表情からはとても信じられないといった様子が窺えた。

「はい。あくまでも推測にしかなりませんが、その可能性が一番高いかと」

スフィアの言葉を聞いたライオット達は驚きの表情を浮かべている。

サキュバスと呼ばれる魔物は、通称『淫魔』と呼ばれていた。
男性の夢の中に現れ、性的な夢を見せることで生気を吸い上げるというもの。起きている時にも強制的に夢の世界に誘い最終的には死に至らしめることもあるといった魔物のことだった。

スフィアが口にしたことで確かに条件的には満たしていることもあるが、それでも不可解なことがある。

「そんなバカな。サキュバスは確かに男に淫夢を見せて連れ去るが、それは一度に一人と限られているぞ!?それが十八人ともなれば…………」

ライオットは首を振り、その可能性を否定しようとしていた。

「ですが、他に可能性が考えられません。もしかしたらサキュバスの数が多いのかもしれません」

その場に動揺が広がり、ライオット達はまさかといった感じで視線はアーサーを見ている。

「フンっ、ばかばかしい!いくらなんでもそんなに多くのサキュバスがいっぺんに現れるもんか!何を寝ぼけたことを言ってるんだ!」

しかし、そこで鼻で笑ったのがスネイル。

「いや、私の見解もスフィアくんと同じだよ」

アーサーがスフィアの意見に同意をしたことで先程とは違った動揺が広がった。
それは、新人騎士であるスフィアが見当違いの発言をするのならまだしも、隊長であるアーサーがそれに同調したのだから。

「時間の経過からしてもしかしたらもう手遅れかもしれないが、手遅れだということも言い切れない。それに連れ去るといってもまさか担ぎ上げていくわけではないだろうし、まるで夢遊病者のように出て行ったとなればまだそれほど遠くにいないのかもしれないしな。とにかく周辺を手分けして探そうか」

アーサーの指示があり、そうして一晩で歩ける範囲を中心に捜索にあたることになる。

仮にサキュバスだとして、その個体数が多かったとしても眠りに落としてから生気を吸い上げるというその特性上、一対一ならまだしも複数での対応であり、魔力耐性も伴なえばそれほど困難は要しない相手だということを周知した上で二手に分かれた。

分かれる班はスフィアとアスタロッテにアルスとマルスにロシツキーとスネイルと、アーサーとバリスにライオットとロランとサムスンになる。

班分けに関しては、アスタロッテはまだしも昨日見せたスフィアの実力が跳び抜けており、少なくともこの中ではアーサーに次ぐ実力があるかもしれないということは誰も口に出せなくとも理解していた。

「――どうしてあのバカチンがいるのよ。ねぇ?」
「さぁ?私に言われても」

不機嫌そうに、あからさまに不満を露わにしているスネイルが同じ班の中にいることにいくらか疑問を抱く。スフィアとアスタロッテに留まらずそれはスネイルにしても同じなのだが、隊長であるアーサーが決めた振り分けに文句が言えるはずもない。

スネイルと目が合うと舌打ちをされていた。

「さて、ではこっちは先に行こうか。何もなければ二時間後に合流とする」

アーサー達の班が先に出発する。
何かあればすぐさま居場所を知らすための発煙筒を焚くことにしていた。

「では僕たちも行くぞ!」

双子の兄の方であるアルスがスフィア達のいるところの班長に任命され、出発しようとしたところで村から一人の少女が走って来る。

「あ、あの!」
「どうしたの?」
「そ、その……騎士様!どうかユエル君を連れて帰って来て下さい!」

必死な表情で訴える十歳前後の少女。

「そのユエル君というのは?」
「あの、彼はわたしの幼馴染なんです!村で数少ない年の近い子で……」

そこまで言うと少女は口籠った。

「そう、わかったわ。あなたの名前は?」
「あっ…………サチといいます」

目を泳がせながらも自身の名前を口にすると、スフィアはサチの前にしゃがみこみサチの頭に手を乗せる。

「出来る限りの尽力はするから、サチはユエル君が無事に戻って来るのを村で待っていてくれるかな?」
「は、はい」

無駄に不安を煽る必要もないので安心できるような声を掛けた。

「おい、無事かどうかわかんねぇんだ。んなやつ放っておいてとにかくさっさと探しに行こうぜ」
「あっ……――――」

スネイルの言葉を聞いてサチは不安を感じて今にも泣きだしそうになっていた。

「そんな言い方ないでしょう?不安を和らげるぐらいの配慮をしてあげてもいいのでは?」
「おいおい、それで無事じゃなかった時にどうやって責任を取るんだよ。無責任なことは口にするな」

スネイルがスフィアに棘のある言い方をして、スフィアがスネイルを睨みつける。

「…………」
「な、なんだよ!オレは別に間違ったこと言ってないぜ!」

アルス達はその場に緊張感が走ったのを肌で感じて二人を交互に見やって困惑した。

「ま、まあ僕たちも行こうか!」

「……はい。 じゃあまたねサチちゃん」
「…………はい」

サチは言葉にできない感情を抱きながら、馬に跨り捜索に出るスフィア達を見送る。

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