S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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禊の対価

第二百六十四話 死角からの一撃

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「ねぇカレンちゃん」
「なによ!?」
「ヨハンってあんなに強かったんだねぇ」
「ま、まぁ、つ、強いっていうのは知ってたわよ。あの兄さんが認めるぐらいなのよ!?」

顔を逸らしながらも剣戟を繰り出して次々とアンデットを斬り倒していくヨハンを視界の端でチラリと見る。

「もしかしてあの子、お兄さんと同じぐらい強いのじゃない?」
「はあっ!?」

セレティアナの言葉を聞いた途端、逸らした顔をグルンと勢いよく戻し、ガシッとセレティアナの身体を両腕で掴んだ。

「な・に・を、言っているのよあなたは」
「い、いたい、カレンちゃん」
「バカなことを言わないでよ。ねぇ」
「ひぃいいい」

語気を強めた言葉と反するその不気味な微笑み。

「そ・ん・な、わけないでしょ!」

ググっとセレティアナを握る手に力が籠められる。

「い、痛いってば! ちょっと言っただけじゃないのさ!」

勢いそのままにギンッとセレティアナを睨みつけた。

「バカも休み休み言いなさい! いくらなんでも兄さんに匹敵するはずないじゃない!」
「で、でも、あの歳の子にすればかなり抜きんでた強さだよ!」
「だからって兄さんに勝てるはずないじゃない!」
「だ、誰も勝てるだなんて言ってないじゃないさ!」
「あんッ!?」

目が座っている。
これ以上踏み込むとこの場がどんな場であろうと絶対に容赦はされない。

「わ、わかったから、わかったから! ボクが間違っていたからっ!」
「フンッ。適当なこと言わないでよね!」

そこでようやく握られていた手の力が緩められた。
握られる力が弱まったことでセレティアナはスッとカレンの手の中から抜け出す。

「いたたっ。もう、ほんとカレンちゃんはお兄さんのこととなると意地になるんだからぁ」
「ほ、ほっときなさいよっ!」
「でもよく考えてみてよ。あの歳であんな強さ、どう考えても普通じゃないって」
「まぁ……――」

セレティアナの言葉を受けて、そのままヨハンを見た。

「――……それは確かに、そうね……――」

ある程度は兄からも聞いていたがまるで想像以上。その目にしてもまだ信じられない。その実力の高さは認めざるを得ない。感心する。
更に、感心がすぐに驚嘆に変わるまでそう時間は掛からなかった。

「――……あそこまで、強かったなんてね」

まるで傷を負うような気配の一切を見せないどころか息一つ乱す様子を見せていない。加えて驚異的なのはあの数に迷いなく踏み込めるその度胸。物怖じしない姿勢にも疑問を抱く。

「(ただの才能? 経験が豊富? それともまさか何も考えていない?)」

自分より年下であるヨハン。これまでの冒険者としての活動や剣聖であるラウルの師事があったとしたとしても普通では考えられない。

「にしてもあれだけ戦えるなら一気に倒せばいいのに」
「それはいくらなんでも無茶よ」

一気に倒すなどと、広範囲攻撃でも仕掛けない限り不可能。むしろあれだけの数を手傷を負うことなくいなしているだけでも十分に驚異的。

「そんなことないと思うけどねぇ」
「どういうことよ?」

疑問符を浮かべて問い掛けた。

「べっつにぃ」

両手を頭の上に持っていくセレティアナ。

「……なにか知っているの?」

首を傾げるカレン。

「そんなことより、あの子、放っておいていいの?」
「それもそうね。今は大丈夫だとしてもいつピンチになるかもわからないしね。ティア。いつでもアレにいけるように準備しておくわよ」

今はまだ無事なのだがいつ窮地に陥るのかわからない。しかし手を貸す準備は整っている。

「……自分で言っておいてなんだけど、アレかぁ」
「仕方ないでしょ。今回は諦めなさい。わたしもアレはしんどいのよ」

二人で嘆息した。

「(カレンちゃんを煽ってみたものの、あの子、ヨハンならあれぐらい全然余裕だけどね)」

余裕を持って戦うヨハンは間違いなく全力ではない。セレティアナからすればまだまだ手を貸す必要など感じない。このぐらいであれば彼の力の全てではない。
カレンが知らないヨハンのその力。シンとの戦いで見せたその力の一端をまだ見せておらず、横目と正面、カレンとヨハンを交互に見回す。

「(オモシロくなりそうね)」

戦局を見極める為、ヨハンの戦いを真剣に注視しだしたカレンをニヤリと見た。

「それにしても気になるのは……――」

とはいえ、ヨハンばかりに気を取られるわけにはいかない。警戒心を高めていたのは自分達と同じようにしてヨハンの戦いを見ながらこちらに視線を向けているシトラス。

どう動くはわからない以上、シトラスに対しての警戒を解くわけにはいかない。

「――……何か狙っているのかしら?」

どうにもその気配がただならぬものを放っている。


「ふーむ。やーはりあの子どもは中々に厄介でーすな。前よりもはーるかに成長している」

シトラスはそのまま前方に向かって腕を、ヨハン目掛けてかざした。

「でーは。こーれはどうしますかねぇ?」

手の平を黒い光が包み込み、すぐさまその黒い光は凝縮する。
ドンッと音を立てるその黒弾は真っ直ぐに、背を向けているヨハンに向かって勢いよく飛んでいった。

「危ないッ!」

まるで心配のなかったヨハンの戦いぶりに、圧倒的な速さで飛来する一筋の光弾。

「くっ!」

慌てて魔法障壁をヨハンの前に展開させようと腕を伸ばす。
油断していたわけではない。しかし、自身の身ならまだしも前方のヨハンとの距離、その時間差。明らかに障壁を構成するよりも黒弾がヨハンへ到達する方が早い。
先程黒弾を障壁で受けた感触からも理解していた。その黒弾にはかなりの殺傷力が伴っているということを。

間に合わない、とカレンはほんの僅かに気を抜いたことを反射的に後悔した。ここでヨハンが致命傷を負えば一気に形勢が逆転してしまう可能性さえもある。

「…………えっ?」

だが、黒弾がヨハンに到達する頃にはカレンが想像していたような事態は起きない。
カレンが展開する光の粒子。ヨハンの目の前で防御壁を構築しようとする間を縫って飛び込んだ黒弾。
頭部目掛けて放たれたその黒弾を、ヨハンは周囲を取り囲む獣たちを切り落としながらもほんの僅かに頭部を動かすことで回避した。

「ギャンッ!」

ヨハンを通り過ぎた黒弾は襲い掛かるアンデットを貫通させたあと壁にぶつかり穴を穿つ。

「……うそっ?」

カレンは思わず口元に片手を送り押さえた。

「いやぁ、ほんと凄いねあの子」
「……す、凄いどころじゃないでしょ? ど、どうやって躱したのよ今の!?」

呆気に取られる。

「ふーむふむ。やはり一筋縄ではいかないようでーすな」

しかしその場で驚いているのはカレンのみ。シトラスとしても光弾が躱されるのは予想の範囲内。

「いーやはや、また一段と強くなったよぅで」
「相変わらず卑怯な手を使うんだな」

ピシュッと剣を一振りしてヨハンはシトラスに向き直った。
もうその場、地面に横たわる獣たちは黒い煙を上げて霧散していく。

「それで、これで終わりか? シトラス」

背後からの不意討ちも通じない。全ての獣を切り払ったヨハンは剣を持つ腕を伸ばして、ゆっくりとシトラスに向けた。

「…………――」
「カッコいいよねぇ」
「――……ええ」

無意識にカレンから返って来た言葉。
その返事を受けたセレティアナはにんまりと笑う。

直後、カレンはセレティアナの言葉を理解してすぐにハッとなった。

「あっ、やっ、ち、違うのっ! い、一般的な話ね、一般的な!」

途端に顔を真っ赤にさせる。

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