S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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碧の邂逅

第 四百四 話 水中遺跡⑰

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「状況はどうなっていますか?」

ボートに乗ったシェバンニがユーリと共に中島にやって来た。

「先生、すいませんわたしが付いていながら」
「問題にするのは後です。とにかく今の状況を」
「はい」

事態は急を要するかもしれない。
そうしてカレンはシェバンニに精霊術を用いた念話によって得られた情報を話して聞かせる。

「――……そうですか」

一通りの話を聞き終えたシェバンニは顎に手を送り思案に耽った。

(こんなところにウンディーネですか。しかしであれば大事に至らないかもしれませんが…………)

得体の知れない精霊ではないだけで十分安心できる。
加えて、ヨハンがその場にいることでもいくらか心持ち気は楽になる。

「では、とにかくもう一度念話を試してみましょう」
「でも先生、私達もう魔力が」

困惑しながらモニカが問い掛けた。
試すといっても魔力の回復にはまだまだ時間が掛かる。

「必要ありません」
「え?」
「ここに私がいるではありませんか。カレン先生?」
「はい」

カレンはそっと伸ばすシェバンニの手を掴んだ。

(す、ごい)

すぐさま得る魔力の波動。カレン自身も相当に魔力を消耗している。

(これが千の魔術師)

言い得て妙だと言わんばかりのかつての二つ名。
シェバンニから送られてくる魔力は桁が違っていた。

「これなら、大丈夫です!」

あとはヨハンが反応できる状況にあるかどうかということだけ。

「ヨハン、ヨハン、聞こえる!?」

声を掛けてしばらく待つがどうにも繋がりにくい。雑音が入り混じっているような気配を得ている。

「なに、これ?」

ヨハンの無事は微精霊を通して得られる感覚からして間違いはない。だが同時に得る妙な感覚。微精霊がどこか興奮しているように思えた。

「どうかしましたか?」
「い、いえ、申し訳ありません。もう一度試してみます」

しかし現在の状況に余裕がないことでカレンは余計なことに思考を巡らせず、微精霊と精霊石を通した念話を行うために集中する。大きく息を吐いて目を閉じた。

「ヨハン、聞こえたら返事をして」

雑音の中の隙間を通すように声を掛ける。

『あっ、え? カレンさん?』
「良かった。聞こえたのね」
『はい』
「それで、そっちはみんな無事なのよね?」
『はい。結構苦労しましたけど、今は大丈夫です。全員無事です』
「……そぅ」

今は、と言った辺り、やはり想定外の何かが起きていたのだと。しかし詳細を聞いている余裕はない。

「もうすぐサナちゃんの魔法の効果が切れる頃だと思うのだけど、無事に出て来られそう?」
『あっ、いえ、今すぐには……』
「だったらこっちからすぐに応援を出すわ。今ここにシェバンニ先生に来てもらっているの」
『シェバンニ先生に!?』
「ええ。だから先生に魔法を使ってもらって救援に向かえるけど」
『あー、たぶんその必要はないと思います。サナが魔法をもう一度使えるようになれば』
「サナちゃんがどうかしたの?」
『今、ウンディーネと契約について話しているところなんです』

今何を聞かされたのか、カレンは思わず目をパチパチと瞬きを繰り返す。

「サナちゃんがウンディーネと契約!?」

辺り一帯に響く程に大声を発した。

「へぇ、サナがウンディーネと契約、ねぇ」
「うるさいよぉ」

モニカが小さく感嘆の声を漏らし、ニーナは思わぬ大きさの声に耳を塞いでいる。
シェバンニもまた驚きに目を丸くさせる中、誰よりも一番驚きを見せていたのはユーリだった。

(サナが? 一体中でなにが……)

途切れ途切れの会話だけではまるで想像もつかない。


◇ ◆


数分前。

「まさかこんなことになるなんてな」
「わたくしもさすがに驚きましたわ」
「でも上手くいけば凄いじゃない?」
「確かに、上手くいけば、の話ですわね」

レイン達の前には台座の上に浮かぶウンディーネとその前に立つサナ。その隣にはヨハンもいる。

「あ、あの……」

目を覚ましたサナは皆が無事だったことに安堵したものの、一番驚いたのは空中に浮いている見知らぬ女性がいたこと。人間ではないと断言できる存在。
それがまさかウンディーネだと聞かされた時には再び驚いたものなのだが、今ここに至っては困惑していた。

(やっぱり、怒られるのかな?)

昏睡する前に得ていた感覚。思えば負の感情、怒りに他ならなかったのだと。今ウンディーネを目の前にしてはっきりとそれを自覚できる。

「そんなに怖がるでない。もう怒っておらぬ」
「あっ、は、はい」

しかし憮然とした態度は変わっていない。

「どうして僕たちだけなんですか?」

少し離れたところに呼ばれているヨハンとサナ。

「正確にはこちらの少女、サナといったな。小僧はついでじゃ。一応関係しておるしの」
「はぁ……?」

契約に関する話をすると言われ台座近くまで呼ばれていた。

「まず、今回意図していないとはいえ、お主は我の試練を見事に突破した」
「あ、ありがとうございます?」

そう言われるものの、サナは試練の内容を覚えていない。確かに何かを成し遂げたという実感だけはしっかりと胸の中には残っているのだが。

「本来であれば精霊術士が試練を受ける承諾をして行われるものだからの」

格の高い精霊と契約を交わす条項。
精霊ごとにそれは違っているのだが、ウンディーネはサナが行ったような試練を突破することが契約に含まれているのだと。
精霊術士であれば同意によって試練の内容を覚えていられるらしいのだが、今回のサナに至っては不慮の事故のようなもの。

加えて――――。

「残念ながらお主には精霊術士としての素質は足りておらぬようだ」
「……はい」

言われなくとも理解していた。
精霊術士の素質は大半が先天性のもの。通常の人間には見えない微精霊を見ることができるのが素質の一つに含まれているのだが、独力で微精霊が見えたことなどこれまで一度もない。

「じゃあ、やっぱり契約はできないということですね」

ニコリと笑みを返す。その表情には愕然とした様子の一切はなかった。
元々精霊を求めて遺跡を訪れたわけでもない。
しかし、とはいえ契約に関する話をすると言われた時はその可能性が脳裏を過り仄かな期待を胸に抱いたことも間違いはない。
四大精霊でもあるウンディーネと契約を結べるともなれば今後の大きな力に成り得る。

「すいません。色々とお騒がせしたみたいで」

話というのは、要は試練を突破、本来であれば契約をすることができたのだが素質のないお前サナとはできない、という内容なのだと理解する。

「早合点するでない」
「え?」

まるでそのサナの心境を見透かすかのようにウンディーネは呆れるように声を発した。

「契約は結ぼう。試練を突破したという事実は覆らないのだからな」
「え? で、でも」
「その契約の結び方を話すというておるのだ。余計な時間を取らせるな」
「あっ、は、はい」
「しかし、とはいうものの、先程言ったように正式な契約はできん。それにお主は覚えておらんようだがそちらの小僧の助力もあってお主は試練を乗り越えておる」
「……はい」

ヨハンとサナ、互いに顔を見合わす。

「ありがとうヨハンくん」
「どういたしましてって言って良いのかわからないけど」

二人共に内容を覚えていないのでなんとも言えないのだが、ウンディーネ曰く窮地に陥ったサナに対してヨハンが励ましたのだと。

「ううん。そんなことない。ヨハンくんはいつだって私の憧れだから、今も、出会った時も」
「……サナ」

ジッと見つめられる視線が妙に気恥ずかしさを抱かせた。

「おい。余計な時間を取らせるな、と言うたよな?」

ずいッと二人の間に顔を指し込んで来るウンディーネ。

「は、はい! すいません!」

慌ててサナが謝罪を口にする中、後ろから見ていたエレナはウンディーネの行動を内心で称賛している。
スーッと浮かび、ウンディーネは再び台座の上に立った。

「さて……――」

直後、台座の上に青い魔方陣が描かれる。

「――……こちらへ来い。これより、契約を交わそう」
「……はい」

ゆっくりと、一歩ずつ前に向かって歩くサナ。

(私がウンディーネと)

妙な緊張、激しく心臓を叩く音。
そうして魔方陣の上に立った。

「さて、先程も言うたが正式な契約は叶わぬ。しかしお主が望めば相応の契約を交わそうではないか」
「…………――」

チラリと肩越しにヨハンの姿を見るのと同時にその奥にいるエレナの姿も視界に捉える。

(こんなチャンス、二度とないかもしれないのだから)

降って沸いたとはいえ、逃す理由もない。

「――……お願いします」
「良い眼だ。だからこそ契約を可能にさせる」

そのサナの真剣な眼差しに応えるようにウンディーネは大きく頷いた。
瞬間、サナの足下からぼこッと大量の水が噴き出し、サナを囲い始める。

『ヨハン、ヨハン、聞こえる!?』

カレンの声が最初に通りにくかったのはこのため。
雑音の様に感じられた気配はウンディーネの魔力。部屋全体を覆っていた。

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