S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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学年末試験 二学年編

第四百七十四話 閑話 レインとナナシー③

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「それで、どうして突然見学なんて来たんだ?」

これまでレインが実家に顔をだすことなど数えるぐらい。荷物を取りに帰って来る程度。それがどうしてここに顔を出しているのか。

「あっ、いや」
「すいません。私が案内をしてもらっていてまして」

スッと帽子を取るナナシー。

「なっ!?」

ロビンは眼に映るその長い耳を見て驚きに目を見開く。

「ま、まさか、彼女はエルフか!?」
「そうだよ」

ぶっきらぼうに答えるレインとは対照的に笑顔を絶やさないナナシー。

「人間の世界に興味があるっていうから物流を見せに来ただけだ」
「ほぅほぅ」

感心するように顎を擦るロビン。信じられないものを見るかのようにナナシーから視線を外さない。

「どういう関係か詳しく聞きたいところだな」
「言わねぇよ」
「そうか。その辺りは今は置いておくとして、まぁいい、ならば好きなだけ見ていきなさい」
「ありがとうございます」

笑顔を浮かべながら奥に向かって歩いて行く。

「あのさ、親父!」

その背に向かって大きく声を掛けるレイン。

「ん?」

振り返るロビンは疑問符を浮かべていた。

「どうした?」
「いや、その…………兄貴、は?」

質問の意図を理解したロビンは溜め息混じりに軽く息を吐く。

「あいつは家にいる。今日はここには来ないんじゃないか?」
「そ、そっか」
「まぁお前もいつまでも気にするな。俺もあいつも冒険者としてお前が成功するのを楽しみにしている」
「…………」

ロビンはそれだけ言うと再び背を向け、肩越しに手を振りながら奥に姿を消していった。

「ねぇ、レイン?」
「あぁ、兄貴のことだろ?」
「うん」

声を掛けられる理由もわかる。

「聞いても、いいの?」
「……気になるならな」
「そりゃあそんな感じを出されると、少しは、ね」

気にして欲しいし、気に掛けても欲しい。しかしそれはこんなことではない。もっと違う意味で自分を見て欲しい。複雑な感情を抱くレインは苦笑いしながら口を開く。

「――……俺にはちょっとだけ歳の離れた兄がいるんだ。それで、さっき言おうとしたことだけど、家を継ぐのはその兄貴になるんだよ」
「へぇ。そうなのね。それで、そのお兄さんとは仲が悪いの?」
「……どうしてそう、思う?」
「んー、まぁなんとなく。レインを見てたらそう思っただけ」
「そうだな。仲が悪いと言うか、単に俺がガキだったってだけだわ」

伏し目がちにガシガシと頭を掻くレイン。

「何があったの?」
「なんてことないさ。傲慢で強情だったんだよ、当時の俺は」

そうして回顧しながらナナシーに入学前のことを話して聞かせる。
幼少期のレインは、冒険者学校に入学を決めるほどに戦闘能力が高かった。家も長男である兄が継ぐことになるので冒険者として憧れを持つに時間は掛からない。天狗になるには十分な才能を秘めていたこともそれに拍車を掛ける。それまで同年代には負け知らずだったのだからそれも当然。

『レイン、あまり周りに上から目線でいくものじゃないって』
『いちいちうるせぇな。兄貴には関係ねぇじゃん』

当時はまだ仲の良かった兄に対してもそれは同じ。兄の言葉をその時素直に聞いていればまた違っていたのかもしれないが、聞く耳を持たなかった。

『学校に入ればレインより強い子もいるだろうしさ』
『だからうるせぇんだって』
『ちょっとレイン』

苛立った結果、振り回した腕が兄の顔に直撃する。

『あっ……』

ボタボタと鼻血を垂らす兄の姿に動揺しながらもすぐに謝罪をすることができなかった。

『レインっ!?』

そこに姿を見せた母エイラ。すぐさま兄の止血を行っている。

『お兄ちゃんにまで手を上げるようになったの!?』
『っ! こ、こいつがいちいち口うるさいんだって!』

逃げるようにしてその場を後にした。
思えばこの時に素直になっていれば後々尾を引くこともなかったのだということはわかるのだが、当時はそんなことに気が回らなかった。
元々家は兄が継ぐことになっていたことから冒険者になることは変わらない。しかし心残りがないのかと聞かれれば嘘になる。やっぱりどこかで謝りたい気持ちはあった。だが今さらどうすればいいのかということもわからない。

「――……ってまぁ、そんな感じだ。幼稚だろ?」

入学して以降、肉体的なこと以上に精神的に成長したと思っており、如何にそれが子供染みた態度だったのかと思い返すだけで恥ずかしくなっていた。

「幼稚かどうかは私にはわからないけど、レインにも色々とあるのね」
「まぁエルフの事情に比べれば全然たいしたことじゃないさ。要は家庭内の小さな問題だな」
「でも本当は謝りたいのでしょ?」
「……いや、まぁ、そりゃあ」

こうして言葉にすることができるぐらいにはなっている。しかし過去の話ではない。

「じゃあきちんと会って謝らなきゃ」
「けど兄貴は今いないしな」

言われなくともわかっていること。いないことを聞いて実際は内心安堵していた。

「別に今じゃなくてもいいじゃない。いつになったって兄弟だということは変わらないのだし。家族なのよ?」

真剣な眼差しでレインを見つめるナナシー。

「ナナシーはさ」

その瞳に映る感情に疑問を抱き、問い掛けようとしたところでナナシーが再度口を開く。

「それに、卒業して冒険者になったら会えなくなるかもしれないのよ?」

卒業後のことを以前に話したことがあった。王都を出てヨハンと一緒に世界中を放浪するのも悪くない、と。実際にそうするかどうかはわからないのだが、それでも可能性は大いにある。

「……そっか、そうだよな。うん、サンキュー!」

いつになるかわからないが兄にはしっかりと謝罪をしようと心に誓った。

(俺やっぱり、ナナシーのことが好きだわ)

これだけ背中を押してくれるナナシーのことが気になって仕方ない。その言葉一つを取ってしても勇気づけられる。

「あ、あのさ」
「それにしても人間の衣装って種類が豊富よね」
「え?」

ふと視線を周囲に向けるナナシー。そこには多くの衣服が並べられている場所。

「服?」
「ええ。機能性が高いわけじゃないのに、どうして?」
「いや、そりゃ、可愛いのとか奇抜なとか、カッコいいのにしてもそうだし、いろいろとあった方が面白いからだろ?」
「ふぅん。そういう感性って私達エルフにはないものだわ」
「そ、そうなんか?」

内心ドキッとさせるのは、今正に手にぶら下げている紙袋には見事にそれが入っていた。

「な、ナナシーは、そういうの、興味ないか?」

早打ちする心臓を必死に抑えながら問い掛ける。

「興味はあるわよ?」
「そ、そっか。良かった」

せっかく用意した物も無駄ではなさそうだということに小さく息を吐く。

(今なら渡せる)

話の流れも丁度良い。用意した物はミライお手製の服。

「そこにいるのはレインかい?」

贈り物を用意してあるのだと伝えようとしたその瞬間、背後からレインとよく似た声が聞こえて来た。

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