S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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紡がれる星々

第五百五十三話 激動の過去

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シグの旅立ちを見届けた後、周囲は白い光に覆われていく。

(まだ、まだなにもわからないよ)

そう思った次の瞬間、光が収まっていった。

(あれ?)

目の前には先程までと同じ景色が広がっている。

(何か……変わったかな? いや、よく見ると時間が経っているみたいだ)

先程見た景色との若干の違い。農具の位置は勿論、その損耗具合。他にも建物の色味も年月の経過を思わせた。

「グラシオン魔導公国の話を聞いているか?」
「うん、あんまり良い噂を聞かないわ」

村の中を歩いて草原を見渡すスレイとミリア。その先はシグが歩いて行った方角。

(やっぱり時間が経ってる)

その姿は先程見た二人よりもいくらか大人になっているように見える。

(この感じだと、数年ぐらいだね)

どれぐらいの年月が経過したのか定かではないが、他にも変化があるのは次に二人が口にした会話。

「グラシオン、最近は近隣諸国統一のために禁術に手を染めているっていう話をよく聞くもの」
「ちっ! シグのやつほんとに大丈夫か?」

不安そうに草原を眺めていた。

「だ、大丈夫だって! 便りが何もないからきっと元気にしているわ! だってシグはなんていっても四属性全てを凄いレベルで扱える天才魔導士よ!」
「ああ。それはそうだが、こう、なんていうか胸の辺りが疼くというか」

ギュッと胸を掴むスレイ。

「……スレイ」
「それに、グラシオンは他にも気になることがあってな」
「気になること?」
「ああ。前に村に来た神官、ほら、ミリアを誘いに声をかけて来ただろ?」
「その護衛が言っていたんだ。グラシオンには最近発足された十二魔将っていうのがいるってよ。それが妙に気になってな。オレは詳しいことわからないけど、そいつらを中心にして禁術がなんとかって……」

噂で流れて来るのはグラシオン魔導公国の悪評ばかり。
ミリアの治癒魔法の評判を聞きつけた他の国の神官が勧誘しに訪れて来ていたのだと。

(禁術? もしかして魔族に関係する何かなのかな?)

連想するのはシトラスやガルアー二が使っていた魔法。人間の使う魔法と種別が大きく異なる。

(それにしても……十二魔将、か。たぶん、そのグラシオンってところを仕切っている魔族なんだろうか…………。ダメだ。まだ何もわからない)

いくらか時代背景は読み取れていくのだが、それでも十分ではない。情報が圧倒的に足りない。
そうして周囲が再び白みを帯びていった。





(なっ!?)

次に光が収まったその瞬間、驚愕に目を見開く。そこは業火が蔓延する火の海。
視界が制限される中でも、火に覆われているのはこれまで目にして来た村だということは一目でわかった。

(大変だ! 早く火を消さないと!)

ヨハンは火を消すために慌てて魔力を練り上げようとするのだが、反応がない。

(……魔法が、使えない?)

手の平の感触を確認する。体内の魔力は確かに感じ取っているのだが、魔法として生み出せない。

(そうか、ここは過去の世界だから僕になにかできるわけじゃないんだ……――)

干渉するということはできない。はっきりとした事実。とはいえ、燃え盛る炎に対して成す術もなくただただ見ているだけしかできないことにはもどかしさが込み上げてくる。

(――……そうだっ! スレイとミリアは!?)

そんなことを考えた瞬間、背後でキィィィィンと鋭い金属音が響き渡った。
すぐさま音に向かって振り向くと、そこではスレイが金属鎧を身に着けた男の剣を受け止めている。

「はあっ!」
「がはっ」

次には一振りの下で斬り伏せた。

「くそっ! とうとうここにもグラシオンが攻めて来やがったか!」

周囲を見渡すスレイは次々と兵士を斬り倒していく。
襲い掛かって来ているのは兵士だけではなかった。

「っせいッ!」
「ギャン」

横薙ぎに振るう先には獣、魔獣に見える。

「こ、こいつら魔物を使役していやがる! 一体どうなっているんだ!?」
「スレイっ!」
「ミリア!? 何してんだ!? 早く逃げろって!」
「こんな時にスレイを置いて私だけが逃げられるわけないじゃない! 私も戦うわ!」

ミリアはそう言うと詠唱を開始した。

「我の名はミリア。平穏を打ち砕き、害成す者どもへ神罰を下したまえ。ライトアロー!」

詠唱を終えたミリアの目の前、中空には無数の魔方陣が現れる。

「いっけぇっ!」

魔方陣からは無数の光の矢が放たれていった。

「ぐはっ」
「ごふっ!」
「キャウン!」

光の矢は離れた場所にいる兵や魔物に対して突き刺さっていく。

「おいおい、やるじゃねぇか」
「シグほどじゃないけど私も戦えるもの」

屈託のない笑みを浮かべ、スレイの横に立つミリア。
その顔を見て、一瞬呆気に取られるスレイなのだが、軽く息を吐いた。

「はっ。わかったぜ。じゃあ背中は任す」
「ええ。任せて」

信頼し合っているのは見ていてよくわかる。互いの動きには正に熟練の連携すら感じさせる。

(くそっ!)

しかしその様子を見ているヨハンには歯痒さしかなかった。

(僕にも何かできれば……――)

周囲には多くの死体が転がっている。
例え過去のことだとしても、多くの人が死んでいく姿を目の当たりにするのは辛いものがあった。自分はここでは何かをする力を持たない。
加えて流れ込んで来る感情の波。強烈な波動。悔しさや憎しみといった感情。

『こんな時、シグさえいてくれたら』

そう言っているようにしか感じ取れなかった。湧き上がる葛藤。必死に押さえ込もうとしている衝動。

『気――す――な。過去は――変え――ない』

不意に響いた声のようなもの。声ではない。直接響くなにか。

(…………わかったよ……――)

どうにもはっきりとしないそのなにかなのだが、伝えようとしたことは理解する。

(――……しっかりと、この目で見届けさせてもらうよ)

変えられない過去を覗いている意味。理由。目的。
これから先を見続ける中にも悲しい出来事は多くあるのは手に取るようにわかっていた。しかしそこから目を逸らすことはできない。

「すまない、助かった」

一通り倒しきったあと治癒魔法を施されるスレイ。

「とりあえずこれでよし」

パンッと軽く肩を叩くミリアは笑顔を見せる。

「何もできないより、私にはこうして戦う力があるだけまだマシよ」
「そっか。そう言ってもらえると助かる」
「スレイが気に病むことじゃないでしょ?」
「まぁ、そうなんだが。しかしどうしてこんな辺鄙な村を攻めて来たんだろうな?」

辺りはもう焼野原。とても生活の継続などできない。

「そんなこと考えても今は仕方ないわ」
「それも、そうだな」

パシッと手の平で顔を叩くスレイ。

「よしっ! 撤退だ! 急げ!」

周囲で戦っていた他の村人に声を掛ける。

「もう国内はどこもダメだ! 今対抗できているのはパルスタット神聖国だけだ! パルスタットまで退避するぞ!!」
「でも、受け入れてもらえるのか?」
「大丈夫。前にミリアが誘われていたし、無理ならオレが仕官して全員を受け入れてもらえるだけの働きを見せるさ」

ニッと笑うスレイを見て村人たちは互いに顔を見合わせた。しかしすぐさま笑顔を浮かべる。

「だなっ。スレイはともかくとして、ミリアちゃんがいれば大丈夫だ」
「ちょ、私がいたって」
「なにおう? ミリアよりオレだろう?」
「ないない。スレイがいたところで変わんねぇよ」
「言ったなテツタ。お前覚えてろよ」
「助けてミリア様!」
「もうっ! ふざけてないで早く避難するわよ!」
「「「ははははは」」」

そうしてスレイ達は逃げるようにして村を後にした。目指す先はパルスタット神聖国。
一連の動向を見守っていたヨハンは白みを帯びていく辺りの様子の中、一つの疑問を抱く。

(この時代には既にパルスタット神聖国があったということか。随分古くからある国だということは聞いていたけど……)

そうしてまた場面が移り変わるために光で覆われていった。

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