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神の名を冠する国
第六百四十二話 地下水路
しおりを挟む地上の騒動がより激しさを増したその頃、壁に設置された魔灯石によって小さく照らされる地下水路では、テトの指示によりアリエル達によっていくつもの魔物の討伐が行われていた。
「これは想像以上だ。シグラムの冒険者はこれほどまでの強さを誇るのか」
まるでテトの出る幕などない。複雑な迷路と化した地下水路の道案内に終始するのみ。
「とは言うが、私はカサンドのギルマスだがね」
「そういう意味ならカレン先生もですけど」
「まぁでもわたしは半分は国を出ているから」
余裕の態度を見せている。
先陣を切って戦うアリエル・カッツォ。カレンとサナは基本的には後方支援を担っていたのだが時には入れ替わるようにして遊撃も務めていた。
(これならば安心か。わたしも寄る年波には勝てんからの)
体力面で不安を抱えていたテトなのだがその必要が全くない。それだけの強さ。
何より感心するのはそれぞれの長所。近距離戦に於いてはテトの知る限りでも最上位に目するアリエル。類い稀な才能を有するサナは、水の操作術に関して元水の聖女からしてもほとんど教えることがない程。カレンに至っては強固な魔法障壁を展開するだけでなく、微精霊を駆使して様々な属性の攻撃魔法を高レベルで使用することができるのだから。
「それにしても、こんなに大量の魔物が一体どこから沸いて来てくるのかなぁ?」
水棲の魔物を中心としてはいるものの、その数が異常。並みの冒険者であれば体力も魔力もとっくに尽きている程の数。これだけの数が地上に姿を見せれば混乱した今、街は壊滅してしまう。
「そうじゃな。もう少しすれば広いところに出る。そこで一度考えようか」
地下は元々魔素が溜まりやすい場であり、これまでにも魔物の発生がなかったわけでもない。ミリア神殿へと繋がる通路の手前には水路を分岐していく広大な地下空間が存在していた。
◆
そうしてしばらく進んだところでテトの言う広場へと着く。奥には神殿へと繋がる階段があり、ジャバジャバとミリア神殿から流れ落ちる、まるで滝の様な激しい水音を鳴らしていた。
「なにか、いるな」
ピタと足を止めるアリエル。サナもカレンもその気配を感じ取っていた。
「うん」
「水の中、ね」
チラとカレンが視線を向ける先、流れ落ちる水が溜まっている場所。
「隠れていないで出て来なさい」
声を放つカレンなのだが、反応が見られない。
「サナ」
「はい」
一歩前に進み出るサナは右腕を真っ直ぐに伸ばす。サナの魔力に呼応するようにしてポゥッと光を灯すそのブレスレット。
「やっ!」
ゴボッと水面が隆起したかと思えば、次には大きくうねりをあげる。その中には二つの人影。
高々と水飛沫を上げながら舞い上がる人影は地面に叩きつけられた。
「大人しくしていること――!?」
水中に潜んで奇襲を仕掛けられるのかと考えていたのだが、姿を見せたその二つの人影の姿を目視するカレンは思わず口に手を当てる。
「カレン先生!」
「油断しないでねサナ。彼らは魔族化しているわね」
ゆっくりと身体を起こす二つの人型。人の形を成しているのみで、その身体は人間のそれとは大きく異なっていた。
「ガ……ガ…………」
「ギ……ギギ」
皮膚は黒く変色しており、真っ赤な眼球。それはカレンが人魔戦争を垣間見た時の魔族化に他ならない。
「自我を失くしているみたいね。でも……」
ただ、直近で云えばゴンザやレグルスの時のように言葉が交わせるような状態ではなさそうに見える。それは魔族の格、下位魔族に属するのだと結論付けられるのだが、問題はそんなことではなかった。
「テト殿。彼らに見覚えは?」
問い掛けるアリエル。カレンも正にそれが聞きたかった。
「ある」
テトがその目に映す驚愕の眼差し。まるで信じられない。
それは、目の前の魔族化した者が身に付けているのはパルスタットの紋章が入った鎧であり、土の紋様が彫られている。
「恐らく、行方不明となっておる聖騎士だ」
直接的な面識はそれほどないのだが、聖騎士ともなると見覚え程度にはあった。行方不明となっていることで空位となっているその第四聖騎士と第五聖騎士。
「ガガガッ!」
「ギッ!」
いくらかの見解を示していたところ、剣を握り、襲い掛かって来る自我を失くした魔族化した聖騎士。アリエルがテトを抱きかかえて左右に飛び退く。
「どうするんですか?」
「どうするもなにも、倒すしかないわね」
襲われる以上、倒すしかない。
(でも、どうして魔族化を?)
これまで魔族に関する情報は断片的にしか入手できていない。だが転生と呼ばれるその条件は負の感情を増大させること。それに加えてかつてのグラシオン魔導公国のように強制的に魔族化させること。メイデント領の領主であったキンドール・レグルス侯爵のその時には気付かなかったのだが、後から思い返してみれば恐らくそうなのだろうと思えた。
「……アリエルさん。一人は残しておいてもらえますか?」
「ん?」
そうなれば調べられることがあるかもしれない。
(それに、あの紋章)
視線の先に映す土の紋章。誰かが裏で糸を引いているのであれば証拠として突き付けられるかもしれない。
「一人だけでいいのだな?」
「はい。あとの一人は倒してもらってかまいません」
「了解した」
カレンの返事を受けたアリエルは一直線に踏み込むのと同時にその素手の拳、皮の手袋しかしていない拳に炎を宿し、真っ直ぐに拳を突き出す。
「グギャアアアアッ!?」
金属製の鎧をものともせずに腹部を貫いた。
「ふむ。やはりこの程度だったか」
拳を引き抜くと、魔族化している第四聖騎士はすぐさま塵のようにしてその身体を霧散させていく。残るのは腐食している鎧のみ。
「ほぅ。形を残さず消滅するのか」
魔素から生まれた魔物と同様。魔石の類や特定の素材に相当する何か残すわけでもない。その点からしても魔物とはいくらか異なる。そうなればただ倒すわけにはいかない。
「できればあのまま弱らせて捕らえられたら一番良いのだけど」
「えっと、だったらある程度ダメージを与えればいいんですか?」
「ええ。できるかしら?」
「はい。たぶん」
あっけなく倒された仲間に困惑する第五聖騎士。直後、顔を上下左右に動かすのは、中空に浮遊するいくつもの水滴。既に囲まれている。
「水の散弾」
ぷくっと鋭い針の様に形を変えるその水滴はすぐさま第五聖騎士の身体を貫いていく。
「グ――ガ――ゴッ!?」
次々と射出される水針。致命傷を与える程ではないまるで拷問かのような攻撃魔法。
いくつも身体に穴を開けるその魔族化した第五聖騎士は両膝を着いた。
「ありがと。もういいわ」
「はい」
スッと両腕を前方に伸ばすカレン。第五聖騎士の四方を取り囲むようにして作られる魔法障壁。それがすぐに収縮していくと、細長い縄の様になり、身動きできないように肢体を拘束する。
「見事だカレン殿。また魔法の扱いが上手くなっている」
「ありがとうございます。さて、これで無事捕らえられたわね。あとは運び方だけど……」
自我を失くし、既に戦意も大きく消失しているとはいえ魔族は魔族。何が起きるかわからない。そうなると、念には念を入れる必要がある。
「ではわたしが運ぼう」
スッと水面に手を向けるテト。水路の水を用いてすぐさま形作られるのは水のベッド。続けて第五聖騎士に手を向けると、下から突き上げられる水によって持ち上げられ、ベッドの上に捕らえた魔族を乗せる。
「大丈夫ですか?」
「なに。心配はいらんさ。これぐらいであればな」
魔力消費にそれほど負担はない。どちらかというと、水を維持するための緻密な魔法操作技術を要するのみであり、水の聖女を務めたテトからすればこの程度は造作もなかった。
「では神殿へと向かおうか」
地下水路の魔物、新しく発生した分のほとんどは掃討できている。ただし、原因が掴めなかったのだが、最奥に当たるこの場所で魔族化した聖騎士がいたとなれば、魔族が関係していることは間違いない。そうなるとミリア神殿の内部の様子や地上の様子も気になるので一度神殿を通じて地上へと戻ることにする。
「へぇ。誰がいるのかと思えば、まさかあんたがいるだなんてね」
その場で不意に響く女性の声。
「アリエル。あんた、こんなところで何をしているのさね?」
「……バニシュ? どうしてお前がここへ?」
階段から見下ろすようにして下りてきているのは火の聖女であるバニシュ・クック・ゴードだった。
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