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神の名を冠する国
第六百八十四話 土の檻
しおりを挟む「どうしてみんなが!?」
無事なのは光と水と土のそれぞれの聖女のみ。しかし捕らえられているのが土の檻であることからして、それが誰の能力によるものなのかは想像ができる。少し前に脱出不可の強度を誇る頑強さを直接目にしていた。
「ぼーっとするなんて、んな余裕テメェにはねぇだろッ!」
「!?」
眼前に迫る大きく振り切られる鎌。後方に飛び退き躱す。
顔を左右に振り、即座に現在置かれている状況を分析した。
「どうやら、ここは異空間のようだね」
闇魔法の中の一つ。特殊な空間。足下の地面はどこまでも底が見えないのだがしっかりと踏み込める。足場は平面。
光も四方八方にチラチラといくつも点在している星の様なものが薄暗いこの空間の中を照らしていた。
「ハッ! テメェの死に場所にはお似合いだろ? 大事なアイツらを守れずに死んでいくんだからよ」
「ひとつ、教えてくれない?」
「んだ?」
「ゴンザの目的は僕を殺すこと、ただ一つだよね?」
「ああ。その通りだ。そのためにオレは魔族に転生したんだよ」
「……そうか。だったらもうどれだけ話しても無駄なようだね」
「最初からわかっていただろ?」
負の感情の増大。魔族に転生した者のことは以前より理解している。
「うん。だけど、少しでも可能性があれば、僕は君を助けたかったから」
しかし覚悟を決めて剣の柄に手をかけた。
「あ?」
その言葉を聞くゴンザは苛立ちを隠さずにその場で大きく鎌を振り切る。
「オレが救われるとすりゃあ、お前が死んだ時だッ!」
「ぐっ!」
瞬時に襲い掛かって来るのはその形状を一層に大きくさせる鎌。剣で防いでいなければ首を落とす勢い。
「さすがだなぁ。コレを防ぐとはよぉ」
伸縮自在に鎌の大きさを変化させるゴンザ。
吹き飛ばされ、ゴロゴロと横に転がるヨハンはすぐさま地面を踏み抜き、一直線にゴンザへと向かう。
「ゴンザッ!」
「へっ。ようやくかよ」
薄暗い空間の中で響く金属音。
「僕はモニカを助ける!」
火花を散らせる二人の武器。
「そんなに魔王が復活して世界が滅茶苦茶にされるのが怖いのかよ」
「違うっ! 僕は、僕は……」
もちろんそうならないようにしなければならない。だがそれ以前の問題。
『ねぇヨハン。知ってる?』
疑問を投げかけてくるモニカ。
『ち、違うわよ! こ、これは、そ、そうアレよアレっ!』
必死に取り繕っている姿。
『私、不安なの。やっぱり』
甦るモニカのいくつもの表情。笑顔も、物憂げな表情も、怒っている顔も――――。
「何が違うってんだ? アイツの所為でこの国が滅びかけてんだぜ?」
「だけどそれはモニカのせいじゃない!」
互いの武器を押し当てながら、言葉を交わす。
「それにたとえモニカが魔王の器でなかったとしても、僕はモニカを助けることを躊躇わない!」
――――涙を流していたあの表情でさえも、忘れることはない。
「チッ! 偽善者がよ」
ゴォッと前蹴りを放つゴンザ。
「ぐっ」
腹部に直撃させ、後方に弾け跳んだ。
「おらあっ!」
迫りくるゴンザの追撃を身軽な動きを以って躱し続けた。
「どんなことを言われようと、約束したんだ。モニカを助けるって!」
「へぇ。そうかよ。だったらその約束、ここでオレに勝って守ってみやがれッ!」
攻撃の手を緩めることのないゴンザ。
(強い。僕が知っている頃のゴンザとは桁違いだ)
魔族に転生したことによる変化をある程度は覚悟していた。だが、明らかに想定を大きく上回っている程の強さ。
そうなると別の覚悟をしなければならない。
(ゴンザを……)
殺さなければいけないのだと。
確かにゴンザがこれまでにしてきたことはとても許せるものではない。自分だけを狙うのならまだしも、無関係な命をいくつも奪って来ていた。
(……本当にそれでいいのか?)
僅かに抱く躊躇。それがヨハンの剣を鈍らせている。ヨハン自身、剣が鈍っているつもりはないのだが無自覚さによるもの。
「どうしたどうした? テメェの力はそんなもんかよ?」
攻勢に出る中、下卑た笑みを浮かべるゴンザ。
「ん?」
一切攻撃の手を緩めなかったゴンザがピタと動きを止め、向ける先は映し出されていた映像へ。
「テメェがノロノロしてるせいでアッチは動きがあるようだぜ?」
親指をくいッと向ける先には、エレナが十字架に吊るされたモニカの前に立っていた。
◆
「予定通り、上手くいったようだな」
「教皇様」
最奥からカツカツと音を響かせ歩くゲシュタルク教皇。
「王女を解放しろ」
「はい」
アスラがベラルに視線を向けると、ベラルは小さく息を吐きながらエレナが捕らえられている檻に指を向ける。
「付いてこい」
「……何が狙いですの?」
「来ればわかる」
チラリと背後を見るエレナ。土の牢に捕らえられている仲間は脱出することが適わなかった。
(ニーナの力でも無理となると)
強引にこじ開けようとしているニーナ。ただ土でできた頑丈な檻などではない。何か特別な力が込められている。
閉じ込められている間に鑑定していたのだが、途中までしかわからなかった。
(あとは頼みますわ)
現在この場でそういったことに関して一番頼りになるのはヨハンの帝国での知り合いであるミモザ。元S級冒険者であることからして知識や経験は豊富なはず。
「っていっても、私もこの手のことに詳しくはないのよ」
エレナが音信号で送ってくれていた情報。檻を構築している魔術式。
「でもそんなこと言っていられないわね」
魔法自体、風魔法に一点特化して鍛え上げただけ。師であるラウルが魔法を使えないことから剣のみに特化して鍛え上げたように、自身の長所をそれぞれ最大限に活かすことが大事なのだと悟った。
それがミモザは速さであり、相方であったアリエルは破壊力。それらを活かすための魔法。
「こんな時、エリザさんがいてくれたら」
ないものねだり。千の魔術師である学生達の教諭であるシェバンニ・アルバートでも良かったのだが、先ず思い浮かんだのはミモザがかつて憧れた美しい女性。
一番よく知る魔術式に特化している者。それがヨハンの母であるエリザ。他にもう一人だけ思い当たる人物がいるにはいるのだが、恐らくその人がいたところで――。
『その程度、自力でなんとかしろ』
と、言われるに決まっている。
「あの人、かなり厳しかったしね」
エリザの師であるシルビア。
ミモザからすれば既に上級魔導士だった当時のエリザ。そのエリザを修行だといい半人前扱いしてボッコボコにしていた記憶。ラウルが笑って見ていたことに思わず引いてしまった。
「そういえばあの時……――」
ふと思い返すのは、その時のシルビアの言葉。
『魔法を特別なものと思うからお前達はダメなんじゃ』
『でも、魔法って特別じゃないの?』
『わかっておらんの。その固定概念が貴様らの魔法の効果範囲を縛っておることにまず気付くことじゃな』
スタスタと歩いて行くシルビアの後ろ姿を見送るミモザ。衣服がボロボロ。しかしそれでも尚美しいとさえ思える容姿。
『シルビアさんらしい言い回し方ね』
『どうゆうこと? アリエル?』
『つまり、概念など壊してしまえばいいということではないか』
『あんたに聞いた私がバカだったわ。何の為に先人の知恵があるのよ』
武具の扱いに関してはラウルの指導によって劇的に向上している。しかし力不足を痛感していた中でのラウルの昔馴染みたちとの出会い。エリザと出会ったことはミモザからすれば僥倖。
触れる内容その全てが新鮮。エリザが行う魔法教育はある程度魔法の素養があれば使いこなせるようになる程にわかり易かった。これまで人間が積み重ねて来た魔法に関する造詣の粋。シルビアとは真逆の指導方法はまるで反面教師にしているかのよう。
「でも、あれは嘘だったわね」
魔術式の解析を行いながら、後のエリザの事を思い返す。一定以上魔法を扱えるようになってからのエリザの指導はシルビアと同じ。ただ単に相手に合わせて使い分けをしていただけのことだった。
「え?」
そうして感じ取ったのは土の檻とは別の、二つ目の魔力反応。外部からの干渉。
「これって……――」
誰のものによるものなのかということはすぐに理解する。
「――……クリスティーナさん」
唯一捕らえられていない水の聖女、クリスティーナ・フォン・ブラウンのものなのだと。
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