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後日談:
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とある辺境に棲息する竜が暴れだしたとの被害報告があり、S級冒険者チームである俺たち“白き牙”は、その暴れる竜の討伐依頼を受けることとなった。
尤も、相手が強大な力を持つ古竜であることから、俺たちだけでなく現在対応可能な幾つかのチームにも声がかかり、所属するギルドからの指示によって各チームが互いに協力体制を敷いて臨もうという話になったのだった。
しかし、俺たちが出撃した頃に肝心な討伐対象が塒に引っ込んでしまったのか、遅れて現地に到着した俺たちも探索に加わったのだが、中々その姿を見せなかったため、3日も雪山を探索する羽目になった。
かつての俺たちならば、一月二月の単位で依頼を受けることもザラにあったのだが、今は3日の短い日数であっても家を離れるその間が惜しい。
俺はイライラしながら竜の探索に参加していた。
そして、古竜が生息するという山脈の奥津城で、当の討伐対象となった竜と対面を果たした頃には、俺を含め体力自慢の冒険者たちも流石に体力を奪われる雪山での探索に、身体的・精神的な疲労の蓄積を余儀なくされていた―――のはずだったが。
俺たちチームだけは、その様な消耗とは無縁とばかりに活力に溢れていた―――もちろん、苛立ってはいたのだが。
『ハァ―ッハッハッハッ!!!……よくぞ我が元までたどり着いたな、人間たちよ!
脆弱なるその身で我が根城まで辿り着いた努力を褒めてやろう!そして、我が力に絶望して死ぬが良い!
我が名は氷竜王エキソプロディア。古来よりこの地の全てを治める絶対てk「爆炎刃」』
魔剣士である俺は、のそりと殊更余裕有りげに振る舞いながら口上を述べる相手の話を聞き終える間もなく、渾身の魔力を注ぎ込んだ剣を奮って、小山ほどある薄い水色の竜の鱗を斜めに切り裂いた。
あえて雪山の奥に隠れ住み、俺達が探索する事によって自然の驚異に消耗している所を見越して、満を持しての登場だったのだろうが、これが見せ場とばかりに悠々と両手を広げて滔々と謳い上げる態度が気に入らない。
言いたいことがあるなら早くしろ。
『ぎゃぁー―っ! ちょっ…まっ…「炎雷槍」「炎雷槍」「炎雷槍」』
同じ様に精神的消耗が著しい、我がチームメンバーの脳筋魔道士アンバーが、狼狽えてよろめく竜の言い分に構わず、最近やたらと威力の増した攻撃魔法を連呼した。
氷竜王と宣う割には、氷のブレス一つ吐く余裕も与えられずに、一方的に苦手な炎に晒されて苦しそうだ。
『ぐぁぁっ…だから、待っ…「盾豪撃」「雷神槌」』
そこに追い打ちをかけるように、仲間の聖騎士トルーマンがフラフラと足元も覚束なくなった竜の体を盾魔法で弾き飛ばして、頭部を槌で強打すると、竜は前後不覚に陥って、その場に倒れ伏す。
『やめっ……あのっ…まっ…』
「灼熱炎球」
「灼熱炎球」
「灼熱炎球」
許しを乞うように何かを言おうとする竜の言葉も聞かず、更にトドメと言わんばかりに、俺とアンバーは火炎魔法を浴びせかけ………
程なくしてピクリとも動かなくなった氷竜王(自称)を見下ろして、討伐証明となる竜玉を抉り出した。
他のチームのメンバーは、その怒涛のラッシュに近寄ることもできず、遠巻きに俺たちを見守っている。
…ていうか、引かれてね?
「ちっ……番が家で待ってるっていうのに、3日も駆けずり回しやがって……。
悪いが俺はもう転移陣で帰るから、後はよろしくな」
そう言うや否や、愛しの番が待つ家に設置された転移陣に向かって魔道具を展開した。
もちろん、この道具も腕利き魔術師たるマリアの作品だ。
番の欲目を差し引いても、こういう繊細な調整が必要な魔道具を作らせたら、あいつの右に出るものはいない。
「はいはい、今回もマリアちゃんのポーションと護符で俺たちも余裕の狩りだったしね。
あの竜、竜王って程じゃないにしても古竜とされるだけあって雑魚じゃない。
新進気鋭の魔術師である彼女のフォローがなかったら俺たちだけで完封とかあり得なかったし、もっと被害も大きくなってたよ。
彼女は影の功労者だね。なんで、後のことはこっちでやっておくから、早く帰ってやんな。
………他のチームの奴らがお前の剣幕にビビってるし」
脳筋魔道士を自認(?)するだけあって、その神経質そうな容貌に怖がられることもあるが、基本的に気のいい男であるアンバーは、魔法光に包まれていく俺にひらひらと手を振り、寡黙で温厚なトルーマンも黙って頷いた。
(ちなみに、魔道具や魔法薬、魔石など魔力に関する研究職や職人系の魔法使いを『魔術師』と呼び、戦闘や魔獣退治など、より実践的な魔法を得意とする魔法使いを『魔道士』と言う)
良い奴らだ。
でもな、他のチームの奴らがビビってるのは、俺に対してだけじゃないだろ。
そう思って苦笑したが、そのやり取りをする間もなく視界が変わり…俺は愛しい番が待つ家の前に転移を果たした。
3日なんて長い間一人にしてしまって、どんなに寂しがっているだろうか…そう思いながら扉を開けると、
「あ、おかえり。思ったより早かったね」
玄関近くの作業部屋からひょっこり顔を覗かせたマリアが、俺を見つけると嬉しそうに駆けつけて、その胸の中に飛び込んできた。
「ただいま。おまえが待ってると思ってすぐに帰ってきたのさ。寂しかったか?」
俺の半分くらいの厚みしかない華奢なマリアの体を余裕で受け止めて、ギュッと強く抱きしめると、チュッチュと頬に額に口付けを落とす。
「うん、大人しく家で仕事しながら待ってたけど、やっぱり寂しかった……んっ」
細い腕で俺の体を抱きしめながら、嬉しさの余り可愛いことを言う番の唇を自分のそれで塞ぐと、そのまま口付けは深くなり……
3日ぶりの番の匂いと柔らかな温もりにあてられて、下半身を昂ぶらせたまま寝室へと縺れ込んだのだった。
最初にマリアの存在を意識したのは3年前。
それは彼女が独自のポーションをドルージェ商会に卸し始めてから数年経った頃だったという。
その時にはすでに彼女の手掛けた魔法薬や、威力の確かな護符や魔道具が口コミで顧客を掴み出しており、俺が使い始めた時には冒険者たちの間では知る人ぞ知るという存在になっていた。
最初に俺に勧めてくれたのは魔道士であるアンバーで、彼も魔道士仲間から教わったらしく、これまでの薬とは比較にならない程の回復力である上に、味も格段に美味いとくれば売れなわけがなかった。
そもそも、魔法薬なんてものは、効能が当然一番であるが、その反面大変喉越し悪く飲みにくい…ハッキリ言って不味いものであるのが当たり前だったので、俺達のような必要に迫られた職業の者以外が好んで飲みたいと思える代物ではなかった。
しかし、彼女の製品は薬草独特のエグみがなく、ほんのり甘い果実水の様な後味が後を引く程美味かったので、俺たちのような金に余裕のある上位冒険者ならば多少高くても構わず買い漁った。
そしてある日のこと、俺は彼女の手掛けた魔法薬全般に囚われて、これまで貯め込んだ報酬をつぎ込んででも、ドルージェ商会にあるマリアが手掛けた全ての商品を集めようとしたのだが…
「彼女の今後の為にも、他に待っている多くのお客様に広めてあげたいので流石にそれはやめてほしい」と、会長であるドルージェ直々に頼み込まれて渋々断念することとなった。
この魔術師を困らせたいわけじゃないし、俺の無茶振りで仕事の邪魔をする訳にもいかないしな。
その頃、流石に薬物かフェロモン中毒の患者のように彼女の作品にのめり込んでいる自分がおかしいと感じており、特にポーションを飲んだ後の回復力が他の二人の比じゃない事や、妙に性的欲求が高まってくることに違和感を感じていた。―――ちなみに、ポーションを飲む状況なんて危機的状況に追い込まれた時以外に無かったので、昂ぶった性欲は目の前の魔獣相手に解消するしかなかった。
これは一体どういうことなのか……そう思った時、ふと知り合いの『番』同士の夫婦が互いに出会ったときの反応の話に似ていることに思い当たった。
ひょっとして…製作者は俺の『番』なんじゃねぇか?
それなりに冒険者としては腕利きであり、外見も悪くなかったため女に困ったことはなかった。そのためではないが、齢31歳になるまで一度も所帯を持つことを考えなかった訳ではないが…それ程重要視したこともなかったので意識に上ることも少なかった。
しかし、それが『番』ともなると話は変わる。
自分だけの運命の相手を求めない獣人など、ほとんどいないだろう。
俺たちは、100組に1組あるかないかという希少性も相まって、いつもどこかでお互いの相手を探しているフシがある。ただ、いつのタイミングでそれと知れるかわからないため、どちらかが…もしくは両方が既婚で子供までできた後に『番』を見つけてしまうという悲劇もあるが…その時は、互いのパートナーと協議の末幾年か後に離婚し、再度『番』同士で再婚することだって珍しくない。
それ程までに『番』とは離れがたく、理屈よりも本能に訴えかけるものなのだ。
俺の場合は、ただ単にポーションとの親和性が高いだけなのかも知れなかったが…それでも一度は会って試してみたいと思った。
「という訳で、兄貴。悪いが俺の『番』探しに協力してほしいんだが」
その魔術師がマリア=シノーカという名であることだけはわかっているので、最初にドルージェに会わせるよう頼んだが、「彼女は親友にして恩人である魔術師の孫とも言える秘蔵っ子なので、そっとしといてほしい」と断られた。
しかし、周囲に隠していた訳ではないが、俺が前王の第5側妃の子で、現王が兄でもあり―――20歳も年の離れた兄弟でありながら、冒険者として色々兄貴の頼み事を聞いていることもあって―――案外兄弟仲は良かったので、権力づくだろうがなんだろうが、ドルージェに協力するよう要請してもらった。(それでも家には連れて行ってもらえなかった)
兄貴がコレクションしているレア品種の魔蝶を貢いで、何度も頼み込んでやっとだという必死さには苦笑されたが、流石に王から話が来ると、ドルージェも頑なに否定することはなく―――マリアが今度奴隷を買うという話を知ることができた。
「はぁ!? 奴隷って何だそれ!? しかも男の性奴隷!?」
流石に『番』かもしれない女―――自分の中ではほぼ決定―――が、俺を差し置いて性奴隷を買おうとは…あまりの事に激高した。まるで高難度の魔獣を相手にする前のように、全身に魔力による陽炎が立ち上るほどの剣幕だった。
その様子を目の当たりにしたドルージェは動揺していたが、
「マリアは祖父とも慕う師匠とずっと二人きりだったので世間ずれしておらず、その師匠とも死別したばかりなので……きっと寂しいのでしょう」
などと言われると、興奮も瞬時に冷め、シュンっと魔力は収束した。…いや、それでも性奴隷はないだろう。
師匠って、あの前々代の宮廷魔術師長だったっていうロウ魔術師か。
俺に面識はないが、兄貴によると飄々としていたが情の厚い良い人物だったようで、今でも彼と親交のあった貴族や教えを賜った魔術師なんかは懐かしげに彼の様子を語るという。―――余談だが、彼の妹はかつて国王だった俺たちの爺さんの側室だったらしい(祖母ではない)。
「…ならば、俺をマリアの奴隷として売り込んでもらうか…」
呟いた俺の声に、ドルージェと兄は怪訝な顔をしたが、俺の乳兄弟にして幼馴染のゼスがやっている商売のことを説明すると、「ああ」と二人共納得の声をあげた。
その後、ドルージェにはマリアをゼスの店に紹介してもらい、ゼスには魔力登録したブツを横流しさせ……ポーションなんかで精製された後の物とは段違いの鮮度の魔力に触れ、俺は彼女が『番』であることを確信した。
「ちょっと王子……ホントに奴隷契約しちゃっても大丈夫なんでしょうね?」
ゼスは今でも皮肉を込めて俺のことを「王子」と呼ぶ事がある。18歳の頃に城を出てから、誰にもそんな呼ばれ方をさせないようにしていたが、こいつは意に介さない。幼馴染というのは厄介なものだ。
「王子言うな。 アレは俺の『番』だ。あんなローブ着てても俺には分かる」
彼女がゼスと話している間、俺はこっそり覗き穴越しに別室から何度も彼女の姿を目にして、それとなく魔力の波動を確認したので、自分の自信が確信に変わっていく手応えを感じていた。
「でも彼女……多分線の細い感じの男が好きなんじゃないかと思いますが…ていうか、女性もアリ…」
「…………それは俺もちょっと思ったが……『番』だから大丈夫だろ」
「はぁ…。知らないですからね。『番』じゃなくってホントに隷属しちゃっても。
そんなことになったら、私はとりあえず爆笑しますから。
あなた、今回のことで色々な人に迷惑かけてるんですから、隷属したとしても自業自得です。
一生奴隷の首輪つけて隷属紋刻まれた余生を送ることになっても、私は助けませんからね。
彼女だって、貴方にストーキングされてるなんて知らないでしょうに…好みでもない厳つい男に付きまとわれて…可哀想に」
「……うっせぇ。なんか心が折れてくからそれ以上言うな。
もう他の奴隷と絡むマリアなんて見たくねえんだよ。
いいから俺を紹介しろ。目の前で『番』が爆誕するとこ見せてやるぜ」
マリアが客室でゼスを待っている内に、そんなやり取りを繰り広げていた。
そして、満を持してマリアの元に現れたのだが……どうにも感動が薄い。
おかしい…俺はこんなにビンビンに感じているというのに(色んな所が)。
俺は焦ってマリアに近寄り、自分の匂いや魔力や、その存在そのものをアピールするのだが…若干引かれているような気がしてならない。
「…どうも彼女は貴方ほど反応されていらっしゃらない様ですが……本当に、この方なのですか?
なんか、噂に聞く関係性とは異なっている様に見えますが…?」
そんなゼスの言葉が胸に刺さった。平気そうな顔はしてみたけれども。
「チッ……疑われるのもムカつくな。
本当にも何も、こんなにいい匂いプンプンさせてる相手が違うわけないだろう。
しかもそれだけじゃねぇ、さっきから妙に気が急いて、あいつから目が離れねえんだ。
この絶対的な存在感…間違えようもねぇよ」
そうやって強がってみても、どうにもマリアの反応が乏しく…むしろ俺を怖がってゼスを頼るような素振りまで見せるので、ギリギリと歯ぎしりする。そして―――
「俺を連れて行け」と、半ば脅すように要求した挙げ句断られると、もう恥も外聞もなくなった。
絶対に、絶対にこの女は俺の『番』だと思うのに、何でこいつはわかんねぇんだ!?
匂いに鈍い種族だと言ったって、限度があるだろう!?
この状況には焦りを凌駕して、怒りすら湧いてきた。
マリアの前じゃなかったら、怒りの余り全魔力を全身から吹き出してこの商館全てを炎上させていたかもしれない。
そんな俺の剣幕を目の当たりにし、半ばヌルい目で俺を見ながら流石に飄々と構えていたゼスも、事の深刻さを理解したようだった。
その後、口八丁手八丁でマリアを説得し、同情心に訴えるように口説き落として、何とか俺を持ち帰らせることに成功したのだが…流石に一時的だとは言え、奴隷の首輪や奴隷紋を刻まれた瞬間の無力感は計り知れなかった。
…これ、ホントに外れるんだろうな…
彼女が『番』であることに疑う余地はなかったのだが、その抑圧感は経験したことがない程俺の全身を拘束しており、俺はいつになく不安に駆られた。
恐らく、きっと、多分……俺の体液を注ぎ込めば……きっと何とかなるだろう。
そう思うしか救いはなかった。
そうして、彼女の卓越した魔術で自宅まで転移した時は、今まで経験したことがない程、余りにスムーズな転移に目を見張ったが、マリアが自宅の扉を開けた瞬間……餓えた魔獣の様に襲いかかった。
壁にマリアの体を押し付けて、半ば陵辱するように唇を犯すと…ガシャーンと首から重みがなくなり、全身に走った開放感に、隷属紋が消失したのを感じた。
俺は、この女が自分の『番』であり、この女が無意識でも俺を『番』と認めあったことを感じると…この世のものとも思えないほどの多幸感に包まれた。
いや、自分の存在全てを肯定される万能感に近いかも知れない。
お互いを求め合いながら、マリアが何処の誰でどんな存在であろうとも、俺はこの女を愛し、共に生きるのだろうと理解した。
それは、ここから俺の長い幸せが始まるのだと実感した瞬間だった。
尤も、相手が強大な力を持つ古竜であることから、俺たちだけでなく現在対応可能な幾つかのチームにも声がかかり、所属するギルドからの指示によって各チームが互いに協力体制を敷いて臨もうという話になったのだった。
しかし、俺たちが出撃した頃に肝心な討伐対象が塒に引っ込んでしまったのか、遅れて現地に到着した俺たちも探索に加わったのだが、中々その姿を見せなかったため、3日も雪山を探索する羽目になった。
かつての俺たちならば、一月二月の単位で依頼を受けることもザラにあったのだが、今は3日の短い日数であっても家を離れるその間が惜しい。
俺はイライラしながら竜の探索に参加していた。
そして、古竜が生息するという山脈の奥津城で、当の討伐対象となった竜と対面を果たした頃には、俺を含め体力自慢の冒険者たちも流石に体力を奪われる雪山での探索に、身体的・精神的な疲労の蓄積を余儀なくされていた―――のはずだったが。
俺たちチームだけは、その様な消耗とは無縁とばかりに活力に溢れていた―――もちろん、苛立ってはいたのだが。
『ハァ―ッハッハッハッ!!!……よくぞ我が元までたどり着いたな、人間たちよ!
脆弱なるその身で我が根城まで辿り着いた努力を褒めてやろう!そして、我が力に絶望して死ぬが良い!
我が名は氷竜王エキソプロディア。古来よりこの地の全てを治める絶対てk「爆炎刃」』
魔剣士である俺は、のそりと殊更余裕有りげに振る舞いながら口上を述べる相手の話を聞き終える間もなく、渾身の魔力を注ぎ込んだ剣を奮って、小山ほどある薄い水色の竜の鱗を斜めに切り裂いた。
あえて雪山の奥に隠れ住み、俺達が探索する事によって自然の驚異に消耗している所を見越して、満を持しての登場だったのだろうが、これが見せ場とばかりに悠々と両手を広げて滔々と謳い上げる態度が気に入らない。
言いたいことがあるなら早くしろ。
『ぎゃぁー―っ! ちょっ…まっ…「炎雷槍」「炎雷槍」「炎雷槍」』
同じ様に精神的消耗が著しい、我がチームメンバーの脳筋魔道士アンバーが、狼狽えてよろめく竜の言い分に構わず、最近やたらと威力の増した攻撃魔法を連呼した。
氷竜王と宣う割には、氷のブレス一つ吐く余裕も与えられずに、一方的に苦手な炎に晒されて苦しそうだ。
『ぐぁぁっ…だから、待っ…「盾豪撃」「雷神槌」』
そこに追い打ちをかけるように、仲間の聖騎士トルーマンがフラフラと足元も覚束なくなった竜の体を盾魔法で弾き飛ばして、頭部を槌で強打すると、竜は前後不覚に陥って、その場に倒れ伏す。
『やめっ……あのっ…まっ…』
「灼熱炎球」
「灼熱炎球」
「灼熱炎球」
許しを乞うように何かを言おうとする竜の言葉も聞かず、更にトドメと言わんばかりに、俺とアンバーは火炎魔法を浴びせかけ………
程なくしてピクリとも動かなくなった氷竜王(自称)を見下ろして、討伐証明となる竜玉を抉り出した。
他のチームのメンバーは、その怒涛のラッシュに近寄ることもできず、遠巻きに俺たちを見守っている。
…ていうか、引かれてね?
「ちっ……番が家で待ってるっていうのに、3日も駆けずり回しやがって……。
悪いが俺はもう転移陣で帰るから、後はよろしくな」
そう言うや否や、愛しの番が待つ家に設置された転移陣に向かって魔道具を展開した。
もちろん、この道具も腕利き魔術師たるマリアの作品だ。
番の欲目を差し引いても、こういう繊細な調整が必要な魔道具を作らせたら、あいつの右に出るものはいない。
「はいはい、今回もマリアちゃんのポーションと護符で俺たちも余裕の狩りだったしね。
あの竜、竜王って程じゃないにしても古竜とされるだけあって雑魚じゃない。
新進気鋭の魔術師である彼女のフォローがなかったら俺たちだけで完封とかあり得なかったし、もっと被害も大きくなってたよ。
彼女は影の功労者だね。なんで、後のことはこっちでやっておくから、早く帰ってやんな。
………他のチームの奴らがお前の剣幕にビビってるし」
脳筋魔道士を自認(?)するだけあって、その神経質そうな容貌に怖がられることもあるが、基本的に気のいい男であるアンバーは、魔法光に包まれていく俺にひらひらと手を振り、寡黙で温厚なトルーマンも黙って頷いた。
(ちなみに、魔道具や魔法薬、魔石など魔力に関する研究職や職人系の魔法使いを『魔術師』と呼び、戦闘や魔獣退治など、より実践的な魔法を得意とする魔法使いを『魔道士』と言う)
良い奴らだ。
でもな、他のチームの奴らがビビってるのは、俺に対してだけじゃないだろ。
そう思って苦笑したが、そのやり取りをする間もなく視界が変わり…俺は愛しい番が待つ家の前に転移を果たした。
3日なんて長い間一人にしてしまって、どんなに寂しがっているだろうか…そう思いながら扉を開けると、
「あ、おかえり。思ったより早かったね」
玄関近くの作業部屋からひょっこり顔を覗かせたマリアが、俺を見つけると嬉しそうに駆けつけて、その胸の中に飛び込んできた。
「ただいま。おまえが待ってると思ってすぐに帰ってきたのさ。寂しかったか?」
俺の半分くらいの厚みしかない華奢なマリアの体を余裕で受け止めて、ギュッと強く抱きしめると、チュッチュと頬に額に口付けを落とす。
「うん、大人しく家で仕事しながら待ってたけど、やっぱり寂しかった……んっ」
細い腕で俺の体を抱きしめながら、嬉しさの余り可愛いことを言う番の唇を自分のそれで塞ぐと、そのまま口付けは深くなり……
3日ぶりの番の匂いと柔らかな温もりにあてられて、下半身を昂ぶらせたまま寝室へと縺れ込んだのだった。
最初にマリアの存在を意識したのは3年前。
それは彼女が独自のポーションをドルージェ商会に卸し始めてから数年経った頃だったという。
その時にはすでに彼女の手掛けた魔法薬や、威力の確かな護符や魔道具が口コミで顧客を掴み出しており、俺が使い始めた時には冒険者たちの間では知る人ぞ知るという存在になっていた。
最初に俺に勧めてくれたのは魔道士であるアンバーで、彼も魔道士仲間から教わったらしく、これまでの薬とは比較にならない程の回復力である上に、味も格段に美味いとくれば売れなわけがなかった。
そもそも、魔法薬なんてものは、効能が当然一番であるが、その反面大変喉越し悪く飲みにくい…ハッキリ言って不味いものであるのが当たり前だったので、俺達のような必要に迫られた職業の者以外が好んで飲みたいと思える代物ではなかった。
しかし、彼女の製品は薬草独特のエグみがなく、ほんのり甘い果実水の様な後味が後を引く程美味かったので、俺たちのような金に余裕のある上位冒険者ならば多少高くても構わず買い漁った。
そしてある日のこと、俺は彼女の手掛けた魔法薬全般に囚われて、これまで貯め込んだ報酬をつぎ込んででも、ドルージェ商会にあるマリアが手掛けた全ての商品を集めようとしたのだが…
「彼女の今後の為にも、他に待っている多くのお客様に広めてあげたいので流石にそれはやめてほしい」と、会長であるドルージェ直々に頼み込まれて渋々断念することとなった。
この魔術師を困らせたいわけじゃないし、俺の無茶振りで仕事の邪魔をする訳にもいかないしな。
その頃、流石に薬物かフェロモン中毒の患者のように彼女の作品にのめり込んでいる自分がおかしいと感じており、特にポーションを飲んだ後の回復力が他の二人の比じゃない事や、妙に性的欲求が高まってくることに違和感を感じていた。―――ちなみに、ポーションを飲む状況なんて危機的状況に追い込まれた時以外に無かったので、昂ぶった性欲は目の前の魔獣相手に解消するしかなかった。
これは一体どういうことなのか……そう思った時、ふと知り合いの『番』同士の夫婦が互いに出会ったときの反応の話に似ていることに思い当たった。
ひょっとして…製作者は俺の『番』なんじゃねぇか?
それなりに冒険者としては腕利きであり、外見も悪くなかったため女に困ったことはなかった。そのためではないが、齢31歳になるまで一度も所帯を持つことを考えなかった訳ではないが…それ程重要視したこともなかったので意識に上ることも少なかった。
しかし、それが『番』ともなると話は変わる。
自分だけの運命の相手を求めない獣人など、ほとんどいないだろう。
俺たちは、100組に1組あるかないかという希少性も相まって、いつもどこかでお互いの相手を探しているフシがある。ただ、いつのタイミングでそれと知れるかわからないため、どちらかが…もしくは両方が既婚で子供までできた後に『番』を見つけてしまうという悲劇もあるが…その時は、互いのパートナーと協議の末幾年か後に離婚し、再度『番』同士で再婚することだって珍しくない。
それ程までに『番』とは離れがたく、理屈よりも本能に訴えかけるものなのだ。
俺の場合は、ただ単にポーションとの親和性が高いだけなのかも知れなかったが…それでも一度は会って試してみたいと思った。
「という訳で、兄貴。悪いが俺の『番』探しに協力してほしいんだが」
その魔術師がマリア=シノーカという名であることだけはわかっているので、最初にドルージェに会わせるよう頼んだが、「彼女は親友にして恩人である魔術師の孫とも言える秘蔵っ子なので、そっとしといてほしい」と断られた。
しかし、周囲に隠していた訳ではないが、俺が前王の第5側妃の子で、現王が兄でもあり―――20歳も年の離れた兄弟でありながら、冒険者として色々兄貴の頼み事を聞いていることもあって―――案外兄弟仲は良かったので、権力づくだろうがなんだろうが、ドルージェに協力するよう要請してもらった。(それでも家には連れて行ってもらえなかった)
兄貴がコレクションしているレア品種の魔蝶を貢いで、何度も頼み込んでやっとだという必死さには苦笑されたが、流石に王から話が来ると、ドルージェも頑なに否定することはなく―――マリアが今度奴隷を買うという話を知ることができた。
「はぁ!? 奴隷って何だそれ!? しかも男の性奴隷!?」
流石に『番』かもしれない女―――自分の中ではほぼ決定―――が、俺を差し置いて性奴隷を買おうとは…あまりの事に激高した。まるで高難度の魔獣を相手にする前のように、全身に魔力による陽炎が立ち上るほどの剣幕だった。
その様子を目の当たりにしたドルージェは動揺していたが、
「マリアは祖父とも慕う師匠とずっと二人きりだったので世間ずれしておらず、その師匠とも死別したばかりなので……きっと寂しいのでしょう」
などと言われると、興奮も瞬時に冷め、シュンっと魔力は収束した。…いや、それでも性奴隷はないだろう。
師匠って、あの前々代の宮廷魔術師長だったっていうロウ魔術師か。
俺に面識はないが、兄貴によると飄々としていたが情の厚い良い人物だったようで、今でも彼と親交のあった貴族や教えを賜った魔術師なんかは懐かしげに彼の様子を語るという。―――余談だが、彼の妹はかつて国王だった俺たちの爺さんの側室だったらしい(祖母ではない)。
「…ならば、俺をマリアの奴隷として売り込んでもらうか…」
呟いた俺の声に、ドルージェと兄は怪訝な顔をしたが、俺の乳兄弟にして幼馴染のゼスがやっている商売のことを説明すると、「ああ」と二人共納得の声をあげた。
その後、ドルージェにはマリアをゼスの店に紹介してもらい、ゼスには魔力登録したブツを横流しさせ……ポーションなんかで精製された後の物とは段違いの鮮度の魔力に触れ、俺は彼女が『番』であることを確信した。
「ちょっと王子……ホントに奴隷契約しちゃっても大丈夫なんでしょうね?」
ゼスは今でも皮肉を込めて俺のことを「王子」と呼ぶ事がある。18歳の頃に城を出てから、誰にもそんな呼ばれ方をさせないようにしていたが、こいつは意に介さない。幼馴染というのは厄介なものだ。
「王子言うな。 アレは俺の『番』だ。あんなローブ着てても俺には分かる」
彼女がゼスと話している間、俺はこっそり覗き穴越しに別室から何度も彼女の姿を目にして、それとなく魔力の波動を確認したので、自分の自信が確信に変わっていく手応えを感じていた。
「でも彼女……多分線の細い感じの男が好きなんじゃないかと思いますが…ていうか、女性もアリ…」
「…………それは俺もちょっと思ったが……『番』だから大丈夫だろ」
「はぁ…。知らないですからね。『番』じゃなくってホントに隷属しちゃっても。
そんなことになったら、私はとりあえず爆笑しますから。
あなた、今回のことで色々な人に迷惑かけてるんですから、隷属したとしても自業自得です。
一生奴隷の首輪つけて隷属紋刻まれた余生を送ることになっても、私は助けませんからね。
彼女だって、貴方にストーキングされてるなんて知らないでしょうに…好みでもない厳つい男に付きまとわれて…可哀想に」
「……うっせぇ。なんか心が折れてくからそれ以上言うな。
もう他の奴隷と絡むマリアなんて見たくねえんだよ。
いいから俺を紹介しろ。目の前で『番』が爆誕するとこ見せてやるぜ」
マリアが客室でゼスを待っている内に、そんなやり取りを繰り広げていた。
そして、満を持してマリアの元に現れたのだが……どうにも感動が薄い。
おかしい…俺はこんなにビンビンに感じているというのに(色んな所が)。
俺は焦ってマリアに近寄り、自分の匂いや魔力や、その存在そのものをアピールするのだが…若干引かれているような気がしてならない。
「…どうも彼女は貴方ほど反応されていらっしゃらない様ですが……本当に、この方なのですか?
なんか、噂に聞く関係性とは異なっている様に見えますが…?」
そんなゼスの言葉が胸に刺さった。平気そうな顔はしてみたけれども。
「チッ……疑われるのもムカつくな。
本当にも何も、こんなにいい匂いプンプンさせてる相手が違うわけないだろう。
しかもそれだけじゃねぇ、さっきから妙に気が急いて、あいつから目が離れねえんだ。
この絶対的な存在感…間違えようもねぇよ」
そうやって強がってみても、どうにもマリアの反応が乏しく…むしろ俺を怖がってゼスを頼るような素振りまで見せるので、ギリギリと歯ぎしりする。そして―――
「俺を連れて行け」と、半ば脅すように要求した挙げ句断られると、もう恥も外聞もなくなった。
絶対に、絶対にこの女は俺の『番』だと思うのに、何でこいつはわかんねぇんだ!?
匂いに鈍い種族だと言ったって、限度があるだろう!?
この状況には焦りを凌駕して、怒りすら湧いてきた。
マリアの前じゃなかったら、怒りの余り全魔力を全身から吹き出してこの商館全てを炎上させていたかもしれない。
そんな俺の剣幕を目の当たりにし、半ばヌルい目で俺を見ながら流石に飄々と構えていたゼスも、事の深刻さを理解したようだった。
その後、口八丁手八丁でマリアを説得し、同情心に訴えるように口説き落として、何とか俺を持ち帰らせることに成功したのだが…流石に一時的だとは言え、奴隷の首輪や奴隷紋を刻まれた瞬間の無力感は計り知れなかった。
…これ、ホントに外れるんだろうな…
彼女が『番』であることに疑う余地はなかったのだが、その抑圧感は経験したことがない程俺の全身を拘束しており、俺はいつになく不安に駆られた。
恐らく、きっと、多分……俺の体液を注ぎ込めば……きっと何とかなるだろう。
そう思うしか救いはなかった。
そうして、彼女の卓越した魔術で自宅まで転移した時は、今まで経験したことがない程、余りにスムーズな転移に目を見張ったが、マリアが自宅の扉を開けた瞬間……餓えた魔獣の様に襲いかかった。
壁にマリアの体を押し付けて、半ば陵辱するように唇を犯すと…ガシャーンと首から重みがなくなり、全身に走った開放感に、隷属紋が消失したのを感じた。
俺は、この女が自分の『番』であり、この女が無意識でも俺を『番』と認めあったことを感じると…この世のものとも思えないほどの多幸感に包まれた。
いや、自分の存在全てを肯定される万能感に近いかも知れない。
お互いを求め合いながら、マリアが何処の誰でどんな存在であろうとも、俺はこの女を愛し、共に生きるのだろうと理解した。
それは、ここから俺の長い幸せが始まるのだと実感した瞬間だった。
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