元男子高校生が貴族の令嬢に転生しましたが…どうやら生まれた性別を間違えたようです

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第0話<プロローグ>ーケイン視点ー

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「ごめんね、ケイン。今までお父さんは死んだって言っていたけど…本当は、生きているの。
 あなたが、あまりお父さんのことを聞かないし、私も言い辛いことだったからって…
 打ち明けるのが今頃になってしまったのを許して……」

 そうやって、お母さんは病に窶れた青白い顔で、シクシクと力なく泣き出した。
 倒れてから半年余りが経ち、一日の殆どを病床で暮らすことになったお母さんは、心も弱くなったのか、そうやって話しているうちに感極まっては泣き出すことが増えた。
 細いけれども、まだ20代と若く健康的だった体は目に見えて窶れてしまい、肌や髪には艶もなく眼窩も落ちくぼみ、たった半年の間に随分老けて見えた。

 何と訴えられようと、そんな痛々しい姿な上に、哀しい表情で訴えるお母さんを責めることなど、僕にはできない。

 それに、お父さんが生きていることは……実はすでに知っていたし。

 僕が5歳頃まで、まだ若いおじいちゃんが健在だった頃は、稼ぎ頭である男手があっただけよかった。
 けれども、おじいちゃんが馬車の事故で亡くなった後、お母さんは小さな僕を他人に預けることもできずに、おじいちゃんが残してくれたお金を大事にやり繰りしながら女手一つで育ててくれたが、無理が祟ったのだろうか。
 去年の冬頃に倒れてから、病の床につくことが多くなり……今では殆どベッドから出られない程弱ってしまった。

 僕は、そんなお母さんの細い両手をそっと握り、安心させるように微笑んだ。

「お母さん、大丈夫だよ。
 お父さんなんていなくても、僕は寂しくなかったよ。
 お父さんなんていなくても、僕はお母さんがいれば、お金がなくても不幸じゃなかった。
 お父さんなんていなくても……お母さんがいれば、僕はちゃんと生きていけるよ……」

 …3回も言うなんて、少々父に関するくだりがしつこいかもしれない。

 でも、僕はお母さんに二人きりの生活でも十分幸せに暮らすことができてたってことを言いたかったんだけど…伝わっただろうか?

 お母さんは幼いながらに僕が無理をしていると感じたのか、涙の残る目で優しく見つめながら唇を震わせ、再びポロポロと涙を溢して、弱い力で僕の手を握り返してきた。

「ああ…ケイン、ケイン。
 あなたを守るためだとはいえ、あまり他の子どもたちとも一緒に遊ばせてあげられなかったというのに…、あなたはいつの間にか、そんな風に人の気持ちに敏くて、相手を気遣える優しい子になってくれたのね。
 私にはもったいない、賢くて良い子に育ってくれた。
 もう、この後いつまでも守ってあげられそうもないというのに…私があの家に関わることが嫌だからという理由だけで、そんなあなたを一人残していくことなんて…できないっ……」

 お母さんは、後から後から溢れ出る涙を目の端から溢しながら僕を見上げた。

「お母さん、そんな哀しいこと言わないで…お母さんがいてくれれば、ほんっとうにお父さんなんて、必要ないんだから…」

 母の弱々しくも悲痛な声と握る手の力の弱さにゾクッと震えがくるも、僕は涙を堪えながら、握った母の細い手を頬にあてて、心の底から訴えた。 しかし…

「だからね、お母さんは、あなたのお父さんのお家に、連絡することにしたの…」

 その言葉はあまりにか細くて、必死に訴えている僕の耳には届いていなかった。


 それから1ヶ月程が経ち、お母さんの葬儀も終わってから数日後。

 近所の人たちにほとんど手伝ってもらいながら、お母さんの質素なお葬式を終わらせることはできたものの、肉親を失った悲しみの最中、グスグスとお母さんとの日々を思い出しては起き上がる気力もなく、ベッドの中で一日中涙に暮れていた。

「お母さん……、これからどうしたらいいんだろう…」

 この先どうしていけばいいのか…そんなことを考え出すと恐ろしくなって涙が止まらない。
 それでも、このまま何もしないで寝ていても、何も良いことなんて起こらないし、チビチビ食べていた家の備蓄食料も直に底を突くだろう。

 そして…これから起こるかもしれない事態を打開するような道が拓ける訳じゃない。

 僕にはそれがわかっていたけれど、何かをしようという気力も湧いてこないので、今日もダラダラと一日を過ごすことになる。

 このままここにいると、アノ人がやって来るだろう…。
 でも、彼が来ると思っていること自体、僕の勘違いかもしれない。

 目を閉じると、瞼の裏に思い浮かぶ母との優しい情景を夢見ながら、僕は慣れ親しんで家族の思い出が染み込んだこの家で微睡んでいたのだけども、きっと無意識に現実逃避しようとしているんだろうな…と、薄っすら思っていたのだった。



 そんなある日、ここ数日と同じ様にベッドから起き上がることもなく、消極的な自殺とも言える行為に耽っていると、一人の紳士が僕を尋ねてやってきたのだが…その顔を見て、「ああ…」と思わず小さな…されど深い落胆の声を上げてしまった。

 僕の訴えは、お母さんにはまるっきり届いていなかったことと、やっぱりこの世界は…と、絶望の声を上げるとともに悟ったのだ。

 …今日がその日か……


 僕は、記憶の中にある紳士と同様の自己紹介を聞きながら、キュッとお尻に力を入れつつ血の気が引いて震える自分の体を抱きしめた。
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