元男子高校生が貴族の令嬢に転生しましたが…どうやら生まれた性別を間違えたようです

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第1話ーミランダ視点ー

①:弟との初対面

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「始めまして。私はミランダ=クロイツェン、貴方の姉になります。 
 今まで一緒に暮らすことは出来なかったけれども、二人きりの姉弟ですもの、仲良くしましょうね」

 そう言って、初めて出会った弟らしい男の子の側に寄り、ニッコリと笑いかけて手を取ると、弟は真っ赤になって俯き、

「は、はい……こちら…こそ……」

 と、モジモジしながら小さな声で返してきた。
 近づいてよく見ると、思ったよりも華奢な肩に痩せた体躯、細い首、小さな顔の大きな目が、年齢よりも彼を幼く見せてドキリとする。
 しかし、そのあどけなくも幼い表情の一瞬に、ちらりと私の胸を見てきたのは、小さくても男だということか。

 さすがにイヤラシイ感じはしないけど…やっぱり気になるのね。

 そんな子供らしい反応を微笑ましく思い、私は小さく笑いながら弟の柔らかな頬を撫でて、お父様と同じ濃い藍色の虹彩を金色が縁取る珍しい瞳を覗き込む。
 この瞳は“星月夜の藍”と呼ばれる珍しいものだ。

 …この世界じゃDNA鑑定なんて存在しないけれども、その代わり、貴族は瞳に血統が出やすいという特徴がある。
 彼の持つお父様と同じ、藍色の夜空を月のような金色に縁取られた瞳はクロイツェンの血統の者にしか持ち得ないため、血統を証明する有力な方法の一つとも言われる。
 そして瞳に浮かぶ金色だけでなく、直接肌に触れた感じ、当家特有の魔力は備わっているようだし…
 …明るい栗色の髪は母親の方から受け継いだとして、顔立ちはお父様によく似ている。

 お父様が認めている以上、騙り…というわけではないでしょうし、お父様は、この子のことを昔から把握していたのね…。
 まあ、これだけ顕著に特徴が備わっている子供なら、父と認めるのも仕方ない。
 でも、保護者がいなくなって今頃助けを求められて初めて介入した…ってどういうことかしら? 
 お父様にしては回りくどいというか…ちょっと違和感を覚える関わり方をなさっているような…

 微笑みの裏側でそんなことを考えながらスリスリと頬を撫でて、滑らかな肌の感触を楽しんでいると、耳まで真っ赤になった弟がアワアワと慌てており、卒倒しそうになっているではないか。

 あら、かわいい。

 私は思わず心から微笑んで、子供らしいふっくらとした頬に唇を寄せ、親愛のキスを送った。

「あぅあぅ……」

 ケインは余計に色濃く真っ赤になって私を見つめ、よくわからない声を上げる。

「ふふ…恥ずかしがり屋さんね。 ただの挨拶なのに…」

 小動物のような反応があんまり可愛らしくて、衝動的にやってしまったのだけれども、この子は、家族や親しい人たちからキスをされたことがないのかしら?
 この世界、欧米文化に近いせいか家族など親密な間柄では、頬のキスなど挨拶のうちに入るでしょうに。

 しかし、その程度のスキンシップで真っ赤になって取り乱す弟が微笑ましく、そのシャイな反応に、どこか懐かしいものを見ているような気持ちになって和んでしまう所だった。
 しかし、これ以上動揺させると頭に血が登って本当に気絶してしまうかもしれない。

 やだ、この子、かわいい~…

 私は、ふふふ…と笑いながら、もう一度このすべすべの頬にキスをしたらどうなるのか、試してみたくなったものの、やはり自重を思い出し、頬から離れようとした……その時、一瞬フワッと何かの匂いが鼻をかすめた気がした。

 …何かお花みたいな甘い良い香りがするような……何かしら…?

 そう思って、確認のためにもう一度顔を弟の近くに寄せようとすると、

「ミランダ。もういいでしょう」

 私の後ろから、私達を見つめているお母様の苛立ったような呆れたような厳しい声がかかったので、気付かれないように小さくため息をつく。
 普段は趣味の世界に没頭しており家族のことに関心がないとはいえ、貴族の正妻としての務めは弁えているお母様が、ポッと出てきた妾腹のこの子のことを、面倒くさいと思う程度には疎ましく思うだろうとは予想がついていた。
 なので、私は振り向かずに肩をすくめ、名残惜しいがぷにぷにした頬から手を離して、お母様の側に戻っていくのだが…その時のケインの名残惜しそうな表情が小動物のようでキュンとトキメイた。

 くぅぅ……その捨てられた子犬みたいな目、たまらん…

 なんて考えながら、思わず笑み崩れそうになるほど萌えてしまったのだが、私は何事もないような素振りで微笑を保つ。

 …この程度のことを顔に出しているようでは、貴族社会では生きていけない。 
 常に余裕のある様子を保っていないと、瞬く間に餌食にされる社会なのだ。
 私はその事を、物心がつく年齢の頃から教育されてきているし、実感してきた。 なので、

「ごめんなさい、お母様、お父様。 私はもう良いので、お話を続けてくださいな」

 申し訳無さそうな笑顔を保ちながらそう言って、私は元の座席位置である母の横に戻っていった。



「ふむ、姉弟仲良くやっていけそうで、私も一安心だ。
 まあ、そういうことで、お前たちのことは私も把握していたが、この度は残念なことになって私も哀しいよ。
 これからは、父親である私の庇護のもと、ここで暮らすと良い」

 お父様は、特にニコリと微笑むこともなく、淡々と仕事を片付けるかのような口調でケインに告げた。
 元々、整った容姿に淡い金髪、藍色の瞳の美丈夫ではあるのだが、あまり表情豊かな方ではなく、物腰もキビキビしているので冷たい印象を受けやすい。

 更に、父親とはいえ、ほぼ初対面の紳士にこのような冷たい言い方をされ、ケインはさぞかし怖がっているだろうと心配になって、対面のソファに座った弟を窺うと、上座に座っているお父様の方を見ながら…
 何事もなかったかのように冷静な態度で、落ち着いて話を聞いていることに驚いた。

 あら…、思いの外、動揺しないのね。 
 実の父の冷たい言い様に、もっとビクビクするか、せめて泣きそうな顔で見つめ返すものかと思ってたのに。

 私は弟の、8歳という年齢にそぐわない沈着さに、少し認識を上方に改めた。

 そして、お母様は、そんなお父様の言葉を冷ややかに見つめると、ふぅ…と微かにため息をつき、

「…仕方ありませんわね。 
 貴方の面影を宿し、クロイツェン家の特徴も色濃いこの子を市井で暮らさせて、下手な火種になられても困りますわ。
 母親は……あの、メアリーなのでしょう。
 でしたら、引き取ること自体について、私に依存はありません。
 ですが、いくら“星月夜の藍”を持っていようと、逆に言えばそれしか持っていないこの子が、跡を継ぐミランダの将来を阻む存在になることは承知できません。
 きちんと対外的にも、正嫡であるミランダと妾腹であるこの子との立場を明確にしていただきたいですわ。
 その辺りを考慮なさっていただけるのであれば、私を煩わせることのないよう、どうぞご自由になさっていただければと思います」

 と、一息に言い放って、優雅にお茶を飲んだ。

 …さすがお母様。
 例え自分本位な主張であろうとも、きっちりと言いたいことを主張するわね。

 私は、母の明確な言い分に、半ば関心しながらふむふむと頷いた。
 どちらにしろ、父親の不始末で出来た妾の子を引き取ろうという話なのだ。
 冷たいかもしれないが、いくら貴族に火遊びはつきものとは言え、子供なんぞが出てきてしまっては、妻である母にとって、愉快な話であろうはずがない。
 しかも、上ではなく、下の姉弟。 嫁いできた母への完全な裏切りの証拠ではないか。
 むしろ、ヒステリー起こして怒鳴り散らさないだけ、穏当で理性的だと思う。

 父は、そこを理解しているため、母の言い分には何も口を挟まないし、反論もしない。
 何故なら、いくら当主とはいえ、家を取り仕切る正妻の機嫌を損ねては家政はうまく回らなくなるから。
 当然、別に恐妻家でもない父とはいえ、その辺りはもちろん弁えており、

「わかっているよ、エリザベート。 
 この子にこの家を継がせることなど考えていないし、ミランダの将来も変わりはない。
 いずれ女侯爵として、この領地を守っていく意志があるならば、そのように教育も続けていくつもりだ」

 と、頷いた。
 母は、父の言葉に満足気に頷き、

「なら、いいですわ」

 と、優雅な仕草でカップに口をつけた。 
 父は、そんな母の様子を見た後、ケインの方に向き直り、

「そういう訳で、こちら側のそういう事情もあり、同じ屋敷で一緒に暮らすことはできない。
 おまえも、慣れない他人と突然共に暮らせと言われても、戸惑うだろうと思う。
 なので、この本館から少し離れているが、同じ敷地内にある別館を用意しておいた。
 身の回りのことをやる使用人もつけるので、何か希望があればその者に言いつけるが良い」

 と、肩を竦めながらシレッと言い放った。
 お母様は、お父様の言葉に軽く頷き、沈黙なれど了承の意を示している。

 しかし、いくら使用人をつけるとは言え、8歳の子供を別館に一人暮らしさせるようなものではないか。
 使用人だって、24時間ずっと傍に居るわけではないだろう。
 しかも、この子は平民として暮らしてきた子供なのだ。
 使用人というものがどのような存在で、どのように接すれば良いのかなんて、まるでピンとこないだろう。
 せめて、家族を失った悲しみを癒やして、環境になれるまでの間、ここで一緒に暮らしたところで問題はないのではないか?
 大体、そもそも、お父様の不始末であって、突然一人ぼっちになったこの子には何の罪もないではないか。

 私はそう思い、お父様に抗議の声をあげようと口を開きかけ―――

「わかりました」

 私の発し始めた声をかき消すように、明確な口調のケインの声が被さったので、私は口を閉じ、驚いて声のした方へ視線をやる。すると、彼は、全てを理解しながらも意志の強い眼差しで、それでいて何かを諦めた様な表情で、ただただお父様を見つめていた。

「そうか、お前が素直な良い子で良かったよ。 では、連れて行け」

 お父様は、少しホッとしたような様子を一瞬見せた後、普段と変わらない様子で側に控えていたメイドに、早速別館へケインを案内するよう命令すると、ケインを立ち上がらせた。

 ケインは、大人しくメイドに連れられて応接間を出ていったが、私は弟に何も声をかけることができず、ぎゅっと拳を握りながら、その小さな後ろ姿を見つめていたのだった。
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