元男子高校生が貴族の令嬢に転生しましたが…どうやら生まれた性別を間違えたようです

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第5話ーケイン視点ー

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 顔に射し込んだ朝日が眩しくて、無意識に眉を顰めて目元を擦ったら、パチリと意識が覚醒した。

 おおお、気分爽快。
 こんなに晴れ晴れとした目覚めの朝なんて、超久しぶりじゃね?

 そう思いながら起き上がり、天井に両手を掲げてググッと伸びをする。

 お母さんが天に召されてから数日の間、僕は朝な夕なと関係なく、常にベッドで微睡んだような生活をしていたが、ぐっすりと眠れていた記憶はなかった。
 この世界で前世の夢を見ているのか、日本でこの世界を夢見ているのかよくわからないような時間を、起きていても重だるい気分で過ごしていたような気がする。

 だけど、今朝の僕は不思議なくらい爽快に目覚めた。
 朝日が差し込む窓からの景色が、キラキラと輝いて見えるほど気分が良い。

 …………あれ? なんで?

 昨日この家に来たばかりで、緊張しないでぐっすり眠れる程、僕は寝付きの良いお子様じゃなかったと思うんだけど…
 あれーー?

 何か変だなぁと首を傾げたら、枕元に淡いピンク色の紐が落ちているのが目に入り……それが何かを思い出す。

 姉様が残していった、寝間着の紐だ!

 その瞬間、僕は思わずピンクの紐をまるで神に捧げる供物かのように恭しい動作で両手に掲げ、

「おお、神よっ!」

 と、神に祈りを捧げるように跪いて雄叫びをあげたのだが、ここが隔離されている離れの別館でなければ、速攻警備の騎士がこの部屋へ駆け込んで来る程怪しい叫びだっただろう。

 淡いピンクの紐を大事に両手で包みこんだまま、僕は自分で発した声の大きさにハッとして、思わずキョロキョロと周りを見渡した。…もちろん誰もいない。

 …突然ピンクの紐を抱え込んで泣き出し叫びだす怪しい幼子の姿を人に見られていたら、邪教の信徒だと思われて迫害されてしまうかもしれない。

 あまりにも下らない考えだと笑われるかもしれないが、僕は本気でそう思った
 いくら宗教観のユルイ世界でも、やっぱり異質なモノは攻撃されやすいのだ。

 しかし、例え邪教徒と呼ばれようとも、姉様と巡り合わせてくれた神ならば、僕は全て―――は姉様に捧げるからダメだけど、その次に大事なもの位は捧げても良いと思う。

 僕をこの世界に生まれ変わらせ、姉様と巡り合わせてくれた神様は、この世界を支配しているだろう神―――BL転生モノに出てくる駄女神でも腐女神でもない、慈悲深くてちゃんとお仕事のできる、由緒正しい愛の女神様であるはずだと、僕は信じている。 
 …姉様を寵愛していると思われる愛欲エロスの女神さまという線も捨てがたいけど。

 でもでも、どっちの女神様も信じていますから、見捨てないでくださいね?

「今後一生男どもにまとわりつかれながら、ケツを守って生きていくしかないかもしれない」と、人生を諦めていた僕は、昨夜の僥倖を授けてくれた神こそを、命の果てまで信じようと思ったのだ。

 ちなみに男神という可能性については、一切認めない事をここに明言する。




 前世の記憶が蘇った頃から、僕はこの腐った世界で身を守りながら生きていかなくてはならない理由を知っていた。
 だから僕はなるべく人目に…特に若い男の目にはつかないよう、家から出ないで静かに暮らしたがった。

 そんな僕がおかしくなった理由に、随分前から何となく…だけど、お母さんは気づいてくれていた。

 おじいちゃんは血縁があり、全くのノンケだったためか、僕に対してそういう目を向けなかったし、そういう素養もなかったので、ただ単に大人しい子供だと思ってたフシがある。

 だから、お母さんは僕を守るため、ずっと一緒に家にいてくれていたし、出かける時も絶対に僕の傍を離れないようにしてくれていた。

 僕に優しくしてくれる近所のお兄さんが、僕に会うとやたら嬉しそうに微笑み掛け、話しかけながらベタベタと触ってお菓子をくれ、しきりに家に連れ込もうとしていた事。

 街を歩いていると、お母さんと一緒にいるにも関わらず、男たちがまとわりつくような欲望の籠った目でチラチラと窺って、後をつけようとしてきた事。

 そしてちょっとした買い物の最中、お母さんが目を離したスキに、見知らぬ男に攫われそうになった事だって何度もある。

 そんな男たちに秋波を送られ狙われる危なっかしい子供を抱えて、お母さんはとても気が気じゃないほど疲弊していたと思う。

 それらの心労がお母さんの寿命を縮めたのかも知れないと思うと、例え物語の設定の一つだったかもしれないとは言え、本当に僕のような子供が生まれてしまって申し訳ないと思っていた。



 また、トラブルは大人だけのものでもなかったのが、輪をかけて辛い所だ。

 子供は子供で、大人とは違う面倒臭さがあった。
 同じ年頃の男の子たちは、幼いためかそこまで性的なものじゃなかったし、自覚もなかったと思うけど、時々僕と遊ぶ権利を取り合って、ケンカを始めることがあったのだが……女の子たちはそんな僕たちの関係を理解出来ず、白けた目で遠巻きに見ていた。

 外聞もなく醜い小競り合いを繰り返すヤンチャ小僧共のせいで、現世でも僕は女子と付き合うことも出来ないかもしれないと思ったら、泣きたくなった。

 ……女の子にドン引きされて侮蔑の眼差しで見られる、あの空気感……。
 姉様にそんな目で見られたら…僕はもう生きていたくない気持ちになるだろう。

 僕が男限定でMモテテMモテテKコマッチャウだったなんてしょっぱすぎる事実……姉様には知られたくない……。

 心からそう思っている。



 僕はこれらの事態を引き起こす要因を知っていたので、余計に辛かった――ていうか、さっきから辛いことしかないんだけど。

 BLゲームの総受け主人公体質というのだろうか。
 はっきり言って呪いとしか思えないのだが、そういったものを僕は持っていたのだった。

 というのも、このゲームの題名『ラブフェロモニア――日陰に咲く香しき花と花盗人たちの物語――』―――その中の“香しき花”という言葉が、主人公を象徴しており、主人公は“媚香”というフェロモンを撒き散らして花盗人(攻略対象者)たちを絡め取るという、イソギンチャクかウツボカズラを彷彿とさせる恐ろしい設定だ。

 そこまで突っこんでゲームしてたわけじゃないから、どういうメカニズムでそんな毒ガスみたいなフェロモンを振りまいてるのかまでは知らないけど、ノンケの僕がホモ気質のある男どもを無差別に発情させるとか、これを呪いと言わずに何というのか。

 かくして、僕は下は幼児から上は老人にいたるまで、大変広い範囲で潜在的・顕在的な同性愛者どもを虜にしていくという業を背負って生きていく羽目になった。

 しかも、運悪く…というよりも、当たり前にこの世界は、BL男子の絡み合いに寛容な世界だ。

 数少ない女子達は、『1人で何人も相手にするのも大変なので、男同士慰め合ってればいいんじゃないの?』なんて、大変ドライな目で見ているフシがあるのだが…

 是非とも頑張って野郎どもを惹きつけ、逆ハーレムでも形成する気概を見せて欲しいものなのに…上手くいかない。


 まあ、女子の事は置いといて…同性の穴やら棒やらにに執着する奴らはまるで悪びれもなく、大人のクセして幼い僕にセクハラしてきては、堂々と言い放つ

「甘い香りが鼻をつき、我を忘れて欲情してしまった。 
 そんないやらしい香りを漂わせる君が誘ったんだ。私は悪くない」 と。

 こんな子供に発情した挙げ句、理性で止める所を欲望に負けて、『ウホッ、いい子供!』とばかりにケダモノのように襲いかかったサルが悪いに決まっている。

 僕にまとわりついてきた年上の遊び友達も、「いいにおいがする」といって、息荒くベタベタと抱きついて離れなくて迷惑だった。


 別に男がスキでもなんでもいいけど、僕を巻き込むことだけは、ほんっとうに勘弁してほしかったのだ。


 ああ……ホント、碌でもない世界だと、しみじみ思う。
 姉様がいなかったら、本当に僕の人生は真っ暗闇だった。

 
 ……あの夜のことを思い出すと、僕の小鼻は自然と膨らみ、にへへと目尻が垂れ下がってしまうけれども……姉様との触れ合いは、あんなに絶望していた僕に、この世界への希望を抱かせるに十分な出来事となったのだった。





 月明かりを背に、僕を心配そうに見つめて佇む姉様は美しかった。

 女神様が僕の所に来てくれたんだと思いながら、思わず喉を鳴らして息を飲み……「この人と一緒にいたい」と、心の底から思った。

 そんな女神様のような姉様が、僕が一人で泣いているのかと思って、心配して見に来てくれたのに……当の僕は説明しづらい妄想で昂ぶって、涙を溢れさせてただけなんて、とても言えなかった……軽蔑されそうで。

 こんな子供がお化け屋敷みたいな建物の中で、一人ぼっちで寝かされることに心を痛める優しさと、夜中なのに慰めに来てくれる行動力に感動させられたけど……そんな姉様に僕の醜い本性をさらけ出すようなこと、言えるわけがない。

 そう思いながら、何も言えずにお互い見つめ合っていたけれども、姉様の綺麗な金翠の瞳の輝きに、ぼぅっと見惚れてしまっていたことに気付いて、僕から口を開いた。

「ミ・ミランダ…さま…? どうしてここに?」

 許可もないのに“ミランダ姉様”と呼んでいいのかわからなかったので、思わず噛んで言い淀んでしまったのだが、姉様は優しく寄り添い頬をなで、僕に『ミラ姉様』と呼んでいいと言ってくれた。
 その時、ギュッと抱きしめられ、何度も僕のことを「可愛い弟」だと言ってくれて……
 幸せのあまり、小さな天使の幻が見えて召されそうになった。

 ふぁあ……いい匂い……

 ホントのフェロモンってこういうものだと思う。
 甘酸っぱい果実のような、脳が痺れるようにときめいて、フワフワするような心地がする、いい匂い。

 それに比べたら、あんなご都合主義の汚れた毒ガスなど、誘蛾灯の照明にも劣るわ(自爆)。

 僕は、姉様の張りのある胸に顔を埋め、グリグリと額を押し付けながら、そう思った。

 姉様、姉様、姉様、姉様…

 僕の頭の中はもはやその単語しか出ない状態で、全身で姉様の温もりや柔らかさを感じながら、モゾモゾと姉様を余す所なく感じようと背中やお尻を弄っていたのだが、

「ごめんなさい。 苦しかったかしら」

 と言われて、体を離された時には、絶望の余り泣きたくなった。

 違うのに。 もっと引っ付きたかっただけなのに。



 それでもこんな僕の邪な本性に気づかない、ちょっと天然で残念な所も姉様の素晴らしいところだと、僕は思った。
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