元男子高校生が貴族の令嬢に転生しましたが…どうやら生まれた性別を間違えたようです

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第10話 ミランダもうすぐ18歳・ケイン14歳

ミランダ

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「そう言えば最近、アレの所に行かなくなったのだな」

 父に呼び出されて書斎に伺うと、机の上に置かれた書類に向かっていた顔を上げて、特に何の感情も籠もらない表情で言われた。
 それはまるで、使用人に最近の業務を確認するような事務的な口調だったけれども、全く予想していなかった問いかけに、一瞬息を詰めた。

「…どうした。お前達のことなど、私が何も知らないとでも思っていたか?」

「…いえ、急に仰られたので…何のことかと…。
 お父様は、ケインの存在など忘れていらっしゃったのかと思っておりましたし」

 一瞬口ごもってしまったことは見抜かれていたが、内心まで気取られていないだろうと思い直し、私はゆるりと微笑んで言葉を返す。
 この敏い父が私とケインとのことを一体どこまで掴んでいるのかはわからないが…意味もなくそのような事を尋ねるような父ではない。
 そして、仮にも一人娘に対しても些か情が薄いと感じなくもないが、やるべきことをやっていれば跡取りとしてそれなりに尊重はしてくれるし、口うるさく私の生活に口を出すような父でもなかったので、私はその真意は何なのか…眼の前の存在の様子を伺いながら考えた。

「アレは…私にとってもお前にとっても…扱いに困る存在となり得るが……お前たちが仲良くやっているのであれば、問題もなかろう」

 …仕事においては抜け目なく冷徹な上司の様な父だったのに、何を問題としているのかもハッキリさせず、含むような不明瞭な言い方をすることに違和感を覚える。しかし、明確に言えない理由に心当たりが全く無いわけでもなかったものの、何と言ったら正解なのかを計りかね、それに対する返事もせずに戸惑うような微笑みを浮かべたまま首を傾げた。

「…まぁ、いい。今日呼び出したのはそのことではない」

 父は、そんな私の態度に特に心揺れた様子も見せず、何事もなかったような態度で今回呼び出した理由の説明を始めるのだった。




 それから数日後、私は自宅でとある人物と対面することになった。
 先日私を呼び出した理由が、今日訪れる客に対する案内役を務めて接待せよという事だったからである。
 しかし自宅で客を迎えるという割には、先日の宰相閣下やその子息を迎える時程の緊張感は微塵もなく、父も母も落ち着きながら、私と共に応接室のソファでその人物の訪問を待っていた。
 というのも、その客とはウィンストン公爵家の三男―――つまり、母の兄の子であり、私の3歳年上の従兄でもあるため、5年近く前まではちょくちょく我が家に遊びに来る程度には親密だった相手なのだ。

「ふふふ、ダグラスが家に来るなんて、久しぶりね」

 可愛がっていた甥の来訪に、珍しく母が嬉しそうにしていると、家令の先触れがダグラスの到着を報告した。



「お久しぶりです、クロイツェン侯爵、侯爵夫人、…そして、ミランダ嬢。
 今日はお招きいただきまして、ありがとうございます」

 そう言って爽やかに微笑みながら部屋へ入ってきた青年は、近衛騎士の略装に相応しい堂々とした振る舞いで父や母と挨拶を交わすと、私の元に近づき洗練された動作で手を取り、口付ける。
 短く整えられた艶のある朱金の髪がサラリと揺れ、伏せられたウィンストン公爵家特有の『翠緑柱の瞳』は、母を通じて私との血の繋がりを感じさせた。
 もちろん容姿も悪くないどころか、剣や魔術の実力はもちろんのこと、容姿端麗であることもメンバー条件に入るという近衛騎士団に所属しているので、相当な美男子であることは疑いない。(彼が来る度に家の侍女たちが浮ついている様だったので、きっと王都の女性にもモテるのだろう)

 背の高さも、私の身長がすでに170cm近くあるので、隣に並んだ感じから行くと身長は180cm以上はあるだろうか。
 すでに18歳になろうと言う私の身長はこの先それ程伸びる予感はしないけれども、男性の21歳ならまだまだ伸び代のある年齢であることも考えると、この先もっと差が開きそうな予感がする。

 口づけを手の甲に受けながら、5年ぶりに出会う従兄妹の成長と男女の差をまざまざと実感させられ…少し悔しくもあった。
 その上、目の前の存在は、長身故に全体的に細身の印象を与えるが、その鍛えられた胸板や腕の太く靭やかな様子を間近で見れば、毎日相当鍛えているのだろうと想像がつく。

 女性としては大柄な部類にある私でも、この人の側にあれば小さな少女のように見えるのでしょうね……まだ幼いあの子と違って。

 思わず脳裏に浮かびそうになった影を振り払うように目を細め、キュッと唇を噛んだが、頭を起こす直前だったダグラスには、私の様子は気づかれていなかった。

「久しぶりだね。私が騎士団に入ってから久しく来ることもなかったので…5年ぶり位だろうか。
 君もすっかり女性らしくなって…見違えるように美しくなった」

「あら、ダグラス様こそ、ご立派に…逞しくおなりになって。
 こんなに素敵な騎士様に側近く守っていただける王族の方々が羨ましゅうございますわ」

 一瞬浮かびかけた感情を押し殺しながら、何食わぬ顔でお世辞も社交辞令を受けると、貴族令嬢に向ける挨拶に動揺を見せることもなく、微笑みながら軽く抱擁を返して頬にキスを送る。
 普通、貴族とは言え社交の挨拶の度に頬にキスまでしたりはしないのだが、家族に準ずる程に親しい相手でもあるので、そこは身内の気安さというものだった。

 しかし頬に触れる程度の口づけをして、そのまま離れて行こうとした瞬間、離れていかないようにギュッと強く抱擁され……

「…君が望んでくれるなら、私は一番側近くで貴女を守りたいと思っているんだけどね…」

 その腕の力強さに抵抗する間もなく耳元で囁かれ、言葉の内容を理解する間もなく解き放たれた。


 ダグラス・ウィンストン―――彼こそが、この度のお見合いの相手であり、婿がねとしての本命でもあったが―――かつての幼馴染でもある従兄のダグラス兄様とは、体が成長しただけではない、何かが違っていると初めて気づいた。




「ウィンストン公爵家の3男、ダグラス殿より、お前に婚約の打診があった。」

 数日前に少しだけケインの話をした後、もう一つ話があるとの語り出しから始まった話であった。

「家柄、容姿、人となりは悪くなく、騎士団での評判も上々。年齢も現在21歳と丁度よい。
 3男なので、当家の後継であるお前に婿入りする点もクリアしており、女性関係もそれ以外も特に問題となる話も上がってきていない。
 強いて言うなら、お前の母親と同じ家から…という所が気にならないでもないが、力ある公爵家でもあるし、両家の連携をより固める縁組の見方もできる。
 他は特に当家としては問題となる点は見つからないので、特に悪い話でもないと、私は思っている。
 その上、本人の強い要望があると言うので、話を進める価値はあるが…当のお前が会ってみてからでもいいだろうと思うが、どうする?」

「……ダグラス様…ねぇ…。確かに人となりや評判に悪い点はありませんけれども……」

 私は思わず眉間にしわを寄せた。
 幼い頃から親しくさせてもらった、年の近い従兄妹であり、幼い頃は面倒も見てもらった覚えもある。
 確かに、悪い人物ではなかったけれども…

 かつての彼に対する記憶を呼び起こしていると、自然と眉間にシワが寄った。しかし、

「そうですわね対外的に、侯爵家の婿がねとしては及第点どころか満点に近いですわ。私としても伯父様方には可愛がっていただいておりますし、ダグラス兄さまと縁組するのも順当…といったところだと思いますわ」

 私がふぅっと息をつきながら答えると、父は「ふむ」と言って腕を組み、思案する様子で沈黙した。

「そうか、それなら宜しい。お前たちは昔から仲も良かったので、私もエリザベートもお前がその様に言うだろうとは思っていたがな…」

 何やら一人で頷きながらそう言う父の言葉で、私の婚約の話はそこで受理されたことを理解した。


 領主として、侯爵として色々な思惑の上で私の結婚を取り決めされているはずである。
 今まで父のラインでいくつかの縁談が握りつぶされてきたことを考えると、これを今私に話す時点で、母の了承もとっくに得られており、当家としてはほぼ決定事項であると思った。
 2日後の訪問は、謂わば内定後の最終面接のようなものなのだろう。
 一応、見合いの前に父は私の意見を尊重して打診してくれる体で話を聞いてはくれる。しかし、ここで勘違いしてはならないのが、『侯爵家の跡取りとして、この男はどうだ?』という問いかけであり、女として彼と結婚したいかどうかを問われている訳ではない。
 その当たりを理解できれば私としても、これからの自分の将来を見据えれば、ダグラスと婚約することにデメリットを感じないし、お互いに気心の知れた従兄同士で幼馴染でもあったので、このあたりが妥当な所かと受け入れることができた。


 彼を婚約者とすることについて、随分ビジネスライクに決定したものだと、我ながら思ったものの、父に婚約の話を持ち出されてから今日まで、それなりにかつて共に過ごしたダグラスのことを思い出しながら過ごしていたのだった。
 そして、かつてはおかしな言動をすることもあったが、成長期に5年も会わずにいる内に、随分と大人の男性になったものだと、レディの扱いを受けながら少しのときめきを感じなくもなかったのだったが……


「ミランダ、ミランダ……っ。会いたかったよ、私の女神っ!」

「……ダグラス兄様…痛いですわ…」

 父母に送り出されるように応接室から出され、庭園で二人きりなった瞬間、洗練された態度もかなぐり捨てる様にガバチョと豪快に抱きつかれ、そのときめきは錯覚だったと悟った。



「あああ、君に逢えない日々が、どんなに辛いものだったか……こんなことなら騎士団になんて入るんじゃなかったっ」

 力の加減も体格差も弁えず、ギューギューと抱きついてくる従兄の奇行に、5年前より病が進行しているんじゃないかと思った。

「あの、お兄様…聞いてらっしゃいますか?
 そして、もう幼い頃の私達ではないので、久しぶりに会ったからといって、淑女に抱きついて頬ずりするとか、やめていただきたいと存じますが…」

 なるべくこれ以上興奮させないように、穏便に…落ち着いて訴えを続けていたのだが、スリスリと首元に顔を擦り付けてスーハースーハーと首元の匂いを嗅いで深呼吸されていると感じると、ゾワッと背筋に悪寒が走る。

「ちょっとっ! いい加減にしろっ!!」

 ドゴンッ!!

 背筋を駆け抜ける生理的嫌悪感に、思わず反射的に渾身のボディブローをお見舞いした。
 もちろん格闘の指導は受けたことはあるが、職業騎士のダグラス兄様にとっては素人と言っていい程度の力―――の上に、身体強化を上乗せしたエグい威力のヤツである。
 流石に鍛えられた肉体…とはいえ、全く油断しきった所からの一撃に、敵は体をくの字に曲げて悶絶した。

「ぐふぅっ!!……ゲホッゲホッ……鳩尾をエグる容赦ない一撃……。
 その力強さと、迷わず急所を狙うエゲツなさ……。
 やっぱり、そんな女は君しかいないっ………えほっ……」

 …ちょっと大袈裟に苦しみすぎ何じゃないでしょうか? ていうか人聞き悪いからやめて? 

 そう思いながら、この人、変わらないなぁ……と、遠い目をして昔の二人のやり取りを思い出していたけれども…。

「お兄様も、騎士様にお成りになったというのに…お変わりないようですわね……」

 思わず冷めた目で腕を組むと、お腹を抑えて身をかがめている従兄を見下ろした。

 そう言えば、初めて会った時から思っていたのだ……こいつ、ドMの犬属性だなと。

 私よりも長身のくせに、やたらと上目遣いで伺うような目で見上げては、機嫌を伺うように微笑むダグラス兄様は、いつも私にボコられても詰られても、パタパタと音がしそうな程、見えない尻尾を振りたくって、嬉しそうに私の後を追いかけてきたのだった。

 前世と現世の記憶がない混ぜになっていた時には、何となく弟のように思っていた気がする。
 3歳も年上の男を。

「す、すまない。つい、ミランダと久しぶりに会えた嬉しさが溢れて自制がきかず……」

 しょぼんとする姿はまるで、耳をぺたりと寝かせた犬のようで……思わず昔の事を思い出して笑みが溢れた。

「本当に、お変わりないようですわね。
 少し残念だけど……でも正直な所、ご立派に御成になられたのに、中身はお優しいダグラス兄様のままでいらして、ホッとしました…」

「す、すまん……」

 今の自分がどんなに望んでも得られることのない立派な体格に、恐らくベッドの相手に不自由したことなどない、恵まれた容姿と騎士団でも重要な任務を任されるほど明晰な頭脳と人望を持つ完璧な男。しかもそうでありながら、自分の様な年下の娘に下出に出れる心の広さや優しさは…この男の得難い美点である。
 …多少被虐趣味があるのは困った所だが、その辺りは私以外に発揮されていないらしい(ファントム談)ので…趣味の範囲で収まる。それだけに…

「…お兄様は、今日のこのお話が、婚約を決めるものであることはご存知ですわよね? そちらからの申し出でもございましたし。
 そして、私は侯爵家を継ぐために、より良い伴侶…婿を求めていることも、ご存知でしたかしら?
 もちろん、公爵家からの申し出にも、その様に返答はしていたつもりでしたが…ご本人にも確認させていただきたいのです。
 夫としての権限は、当主となる私に準ずるものとなりますが…それでも宜しくて?」

 余りにも子供の頃と変わらず振る舞われるので、言わずもがなとは思いつつ、尋ねずにはいられなかった。
 何も知らないで来たのではないかと。
 しかし、私の懸念もよそに、兄様は人好きのする笑顔で微笑むと、そっと私の手を取った。

「わかってるよ。
 賢くて誇り高い君が昔から、何処かに嫁入りするのではなく、父上の跡を継いで侯爵家の当主になりたいと思っていたことは。
 ただ、本当にそこまで真剣に考えて動き出したのは割と数年前からだったみたいだけど。
 私は公爵家とは言え、三男坊だし、家を継ぐ可能性も殆どない。何しろ、兄達は十分優秀だからね。
 いずれ家を出て妻を娶るかとも考えていたけども、それでもやっぱり君がいいと思ったんだ。
 君といられるならば、いずれ騎士団を辞めて将来的にクロイツェン侯爵家を君とともに盛りたてていくのも悪くないと思っている。
 侯爵もまだまだお若くご健勝でいらっしゃるから、しばらく先の話になると思うし。
 家の両親や兄たちにも昔から、騎士になったとは言え基本的に俺は自分が前に出て活躍したいタイプじゃないので、子供の頃から大好きだった君に貰ってもらう方が幸せだろうって言われていたから、公爵家の面々も賛成している。
 ただ、君の方は…私で良かったか?」

 これまでの残念な様子を微塵も覗かせない、有望な青年貴族らしい立派な口上を聞いて、私は握られた手を強く握り返す。
 きっと、こんなに私の事を理解して、思ってくれる相手と縁を結べる機会など二度と訪れないだろう。
 言葉の終わりに不安そうに私を伺う様子に、クスリと笑みを返す。

「私、きっと、兄さま以外の方とこれ以上の良縁を結べる機会はないと思います。この婚約に異存などありませんわ」

 この世界は、女性が少ない為に女性は大事に扱われる。
 男性同士でくっつくことが多いのは、そもそも女性が少ないからでもあるのだ。
 その反面、女性が男性と同じ地位につくことや、社会に出て活躍することに対しての抵抗も強い。
 女性を守ると言いながら、男たちは同じ口で女性を縛り付けるからである。
 そのため、私のように貴族として生まれながら嫁に行かず、支配者である為政者に成りたがるような女は変わり種として扱われ、女だてらに生意気だと忌避されることも少なくなかった。
 そんな私をこれほど理解して、支えてくれようとする伴侶など……ここまで言ってくれるダグラス兄さまを置いていないのではないだろうか。
 私には、過ぎた伴侶になるだろう。だけど……

『姉さまは、凄いんですね。
 この世界で女性がトップに立つことって、男が成るよりもっともっと努力と実力がないと無理じゃないですか。
 みんなと違う事をしようとすると、ひどいことを言う人だって、意地悪な事をする人だって、きっといると思います。
 でも、僕も姉さまをお助けして、大人になったらお仕事を手伝うことができるようにがんばりますから、待っててくださいね』

 そっと、優しく触れるだけのダグラス兄さまの唇を受けながら、そう言って笑った弟の温もりを思い出していた。

 そのせいだろうか…、ふと、生け垣の向こう側に、弟の視線を感じたような気がしたのは。

 そう思った瞬間、私は何も見ないように目を閉じて、ただ触れるだけで離れようとした温もりにしがみつき…自分から唇を開いて吸い付くと、応える様に抱きしめられ……互いに貪るように深く口づけ合った。
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