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第10話 ミランダもうすぐ18歳・ケイン14歳
ミランダ
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兄さまと共に婚約の意を両親に告げると、既定路線の答えだったとは言え二人は安堵するように微笑んだ。
「お前たちは昔から仲の良い従兄妹同士だったから、あまり心配もしていなかったが…兄妹の様に仲睦まじい二人が婚姻し、この家を守って行くと言ってくれるのだから、私としては、これ以上に喜ばしいこともない」
「ええ、昔から知っている甥のダグラスが私の大切なミランダの婿になってくれるのですもの。
…結婚したら、是非とも私のこともお母様と呼んで頂戴ね」
その言葉を受けたダグラス兄さまは、ほんのり頬を赤らめつつ、はにかむように微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って差し出す兄さまの手を二人は交互に握りしめ、ぽんっと肩を叩いては笑顔でその言葉を受け入れる。
私は彼らの微笑ましいやり取りを、「なんかちょっと照れ臭いわ」と思いながら、何も言わずに笑顔のまま見守っていた。
「結局ダグラスと結婚することに決めたのか」
兄さまがお帰りになった後、何となく疲れた気がして自室に戻ると、黒髪の下僕が音もなく姿を現した。
その声は、いつもと同じ様に抑揚がなく、感情のこもらないものであったのだが…その言葉がどことなく責めるように聞こえてしまったのは、私の気のせいだと知りつつも、訳もなく胸が痛んだ気がした。
「何も…問題はないでしょう? お父様もお母様も…この上なくお喜びだわ。我が家にとっても…私にとっても良縁よ」
それ程畏まった場ではなかったが、客人を迎える際に失礼にあたらない程度に結った髪を自分で解きながら答える。
少し一人になりたいから部屋に入らないようメイドに言いつけたので、この部屋には私とファントムしかいない。
子供の頃からこの様な状況であったので、今更二人きりだからと言ってどうこうなる関係でもないし、一般のメイドはそもそもファントムの存在も知らされていないのである。
私達は―――幼馴染であるダグラス兄さまよりも―――余程兄妹の様な関係に近いため、互いに暗黙の了解が成りたっていた。
「まぁ、家関係で言えば…そうだろな。だが、お前は…お前の気持ちは…それで良かったのか?」
「…何が問題だと言うの? 私も兄さまと結婚することに了承しているというのに…」
変な人…。そう言葉を続けながら、私はこれ以上踏み込んで来るなと言う意を込めて、深い微笑みを浮かべて睨めつけた。
「……そんなに威嚇しなくても、命に関わらない限り許しもなくお前の私的なことに踏み込んだりしないさ―――侯爵の跡を継ぐと決めた時からの約束だからな。
ただ、疑問に思ったんだ。
女だてらに全てを手に入れようとする、誰よりも欲深いお前が、諦めるのか?…とな」
しかし、ファントムはいつになく…まるで年上の大人の様な思慮深い瞳で私を見つめて、首を傾げた。
何の感情も覗かせない静かな問いかけに、私は思わず目を見開いて言葉を飲み込み………
「ちょっと、一人で散歩してくるから…ついて来ないで」
沈黙に耐えきれずに、そっと部屋から飛び出した。
全てを手に入れるって言っても……それが許されることと許されないことだってあるでしょう…
ファントムの言葉を脳内で反芻しては力なく反論し、侯爵家の内庭を当てもなく歩いた。
先程まで、庭に生い茂る木々の間から西日が差していたのだが、トボトボと歩いている内に徐々に夕闇が辺りを支配するように、闇の気配を濃いものにした。
当てもなく…とは言ったものの、やっぱり心は正直で、いつしか足はケインの暮らす別館の方へ向いていたことに気づくと、思わず弟の気配を探すように、別館の窓を見上げてしまう。
そろそろ…夕食も済んだ頃合いかしら……
ファントムにはバレていたかも知れないが―――心が不安定になった時、私はしばしばコッソリと、一人で別館の近くまで足を運んでいた。そして、遠くから一目でも、弟の姿を…窓越しのシルエットを確認しては、その存在に安心して心を落ち着けていたのだった。
弟が同じ様に私の姿を探して視線を彷徨わせている姿に気づくたび、実は内心安堵の吐息を漏らしていた。
だけども…この生活ももう、思い切るべきなんでしょうね…。
婚約を了承した時の、ダグラス兄さまの笑顔を脳裏に思い出しながら、苦いものが込み上げた。
誤解のしようがないほど、私は兄さまに想われている。
どんなに言葉を尽くした愛の告白よりも、その態度に表情に……想いが溢れていると感じて、同じ想いを返せない自分が申し訳なくなった。
所詮、家同士の都合による婚姻であると、言い切れれば良かったのに、あんなに強い思いを捧げられれば、いずれ絆される時が来るだろうか。
その時がやって来て……その時の私は弟の事をどう思っているのだろう…。
そして、私のその姿を見たケインはどう思うのか。
明るく照明が灯るケインの自室の窓を見上げながら……なんとはなしにボンヤリと…来るかも知れない近い未来について物思いに耽っていた。その時―――既に家庭教師もメイドも仕事を終え、一人で自室にいるはずのケインの部屋に、大人と子供―――大人の男性とケインの二人の影が映りこみ、思わず何事だろうかと目を凝らした。
「…何かしら? 二人が…何か争っている…?」
そして大きな大人の影がケインと思われる小さな影に掴みかかったと思った瞬間―――私は何も考えずに走り出す。
何よりも、弟の身に危険が迫っていると思い…私が守らないといけないと、それ以外の事を考える余裕もなかった。それなのに―――
気づけば私は、寝台の上で身動きの取れない体を弟に抑え込まれ、真夜中のように濃くなった藍色の瞳を見上げている。
「姉さま、やっと捕まえた…」
そう言って、歪んだ微笑みを浮かべて見下ろす弟に恐怖を感じながら……どこか安堵する自分がいることを自覚した。
「お前たちは昔から仲の良い従兄妹同士だったから、あまり心配もしていなかったが…兄妹の様に仲睦まじい二人が婚姻し、この家を守って行くと言ってくれるのだから、私としては、これ以上に喜ばしいこともない」
「ええ、昔から知っている甥のダグラスが私の大切なミランダの婿になってくれるのですもの。
…結婚したら、是非とも私のこともお母様と呼んで頂戴ね」
その言葉を受けたダグラス兄さまは、ほんのり頬を赤らめつつ、はにかむように微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って差し出す兄さまの手を二人は交互に握りしめ、ぽんっと肩を叩いては笑顔でその言葉を受け入れる。
私は彼らの微笑ましいやり取りを、「なんかちょっと照れ臭いわ」と思いながら、何も言わずに笑顔のまま見守っていた。
「結局ダグラスと結婚することに決めたのか」
兄さまがお帰りになった後、何となく疲れた気がして自室に戻ると、黒髪の下僕が音もなく姿を現した。
その声は、いつもと同じ様に抑揚がなく、感情のこもらないものであったのだが…その言葉がどことなく責めるように聞こえてしまったのは、私の気のせいだと知りつつも、訳もなく胸が痛んだ気がした。
「何も…問題はないでしょう? お父様もお母様も…この上なくお喜びだわ。我が家にとっても…私にとっても良縁よ」
それ程畏まった場ではなかったが、客人を迎える際に失礼にあたらない程度に結った髪を自分で解きながら答える。
少し一人になりたいから部屋に入らないようメイドに言いつけたので、この部屋には私とファントムしかいない。
子供の頃からこの様な状況であったので、今更二人きりだからと言ってどうこうなる関係でもないし、一般のメイドはそもそもファントムの存在も知らされていないのである。
私達は―――幼馴染であるダグラス兄さまよりも―――余程兄妹の様な関係に近いため、互いに暗黙の了解が成りたっていた。
「まぁ、家関係で言えば…そうだろな。だが、お前は…お前の気持ちは…それで良かったのか?」
「…何が問題だと言うの? 私も兄さまと結婚することに了承しているというのに…」
変な人…。そう言葉を続けながら、私はこれ以上踏み込んで来るなと言う意を込めて、深い微笑みを浮かべて睨めつけた。
「……そんなに威嚇しなくても、命に関わらない限り許しもなくお前の私的なことに踏み込んだりしないさ―――侯爵の跡を継ぐと決めた時からの約束だからな。
ただ、疑問に思ったんだ。
女だてらに全てを手に入れようとする、誰よりも欲深いお前が、諦めるのか?…とな」
しかし、ファントムはいつになく…まるで年上の大人の様な思慮深い瞳で私を見つめて、首を傾げた。
何の感情も覗かせない静かな問いかけに、私は思わず目を見開いて言葉を飲み込み………
「ちょっと、一人で散歩してくるから…ついて来ないで」
沈黙に耐えきれずに、そっと部屋から飛び出した。
全てを手に入れるって言っても……それが許されることと許されないことだってあるでしょう…
ファントムの言葉を脳内で反芻しては力なく反論し、侯爵家の内庭を当てもなく歩いた。
先程まで、庭に生い茂る木々の間から西日が差していたのだが、トボトボと歩いている内に徐々に夕闇が辺りを支配するように、闇の気配を濃いものにした。
当てもなく…とは言ったものの、やっぱり心は正直で、いつしか足はケインの暮らす別館の方へ向いていたことに気づくと、思わず弟の気配を探すように、別館の窓を見上げてしまう。
そろそろ…夕食も済んだ頃合いかしら……
ファントムにはバレていたかも知れないが―――心が不安定になった時、私はしばしばコッソリと、一人で別館の近くまで足を運んでいた。そして、遠くから一目でも、弟の姿を…窓越しのシルエットを確認しては、その存在に安心して心を落ち着けていたのだった。
弟が同じ様に私の姿を探して視線を彷徨わせている姿に気づくたび、実は内心安堵の吐息を漏らしていた。
だけども…この生活ももう、思い切るべきなんでしょうね…。
婚約を了承した時の、ダグラス兄さまの笑顔を脳裏に思い出しながら、苦いものが込み上げた。
誤解のしようがないほど、私は兄さまに想われている。
どんなに言葉を尽くした愛の告白よりも、その態度に表情に……想いが溢れていると感じて、同じ想いを返せない自分が申し訳なくなった。
所詮、家同士の都合による婚姻であると、言い切れれば良かったのに、あんなに強い思いを捧げられれば、いずれ絆される時が来るだろうか。
その時がやって来て……その時の私は弟の事をどう思っているのだろう…。
そして、私のその姿を見たケインはどう思うのか。
明るく照明が灯るケインの自室の窓を見上げながら……なんとはなしにボンヤリと…来るかも知れない近い未来について物思いに耽っていた。その時―――既に家庭教師もメイドも仕事を終え、一人で自室にいるはずのケインの部屋に、大人と子供―――大人の男性とケインの二人の影が映りこみ、思わず何事だろうかと目を凝らした。
「…何かしら? 二人が…何か争っている…?」
そして大きな大人の影がケインと思われる小さな影に掴みかかったと思った瞬間―――私は何も考えずに走り出す。
何よりも、弟の身に危険が迫っていると思い…私が守らないといけないと、それ以外の事を考える余裕もなかった。それなのに―――
気づけば私は、寝台の上で身動きの取れない体を弟に抑え込まれ、真夜中のように濃くなった藍色の瞳を見上げている。
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