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第10話 ミランダもうすぐ18歳・ケイン14歳
ケイン
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やっと…やっとこの手の中に捕まえることが出来た愛しい人を、僕はそっと寝台に横たえて、その美しい輪郭をなぞるように、頬に額に口づけた。
意識を失った姉さまが反応を返すことはなかったが構わず、僕は美しい姉さまの姿を確かめる様に…震える手を抑えながら、フワフワの金髪の中に顔を埋めて深呼吸した。
ああ…記憶よりもずっと…いい匂いがする。
思わず溢れた吐息が耳にかかり、「ん…」と擽ったそうに眉根を寄せる横顔を、飽きること無く見つめていると、胸が締め付けられるような想いが、全身から溢れ出すようだった。
ああ…ずっとこのまま、眠ったままの姉さまと暮らすのも、良いかも知れない。
姉さまに何の反応も返されなくても、こんなに幸せな気持ちになれるなんて、知らなかった。
しかし、このままではいられない事はわかっている。
僕はこの有限な時間を無駄にしないよう決意しながら…もう一度姉さまの首元に鼻を擦り寄せて、かぐわしい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
2年ぶりに吸い込んだ姉さまの香りは、あの頃よりも格段に甘くて…洗髪剤や香水や…微かに香る汗の匂いなんかが入り混じった…姉さま特有の媚薬のようだった。
そして何より……昼間に見かけた男の……嗅ぎ慣れていない他人の匂いがしないことにホッとした。
「……っ」
あんまり長いこと時間をかけると、目的を達する前に姉さまが起きてしまうかもしれないと気づき、僕は大事な贈り物を包む飾り布を剥がすように丁寧に、仕立ての良い高価な素材のワンピースを脱がしていく。
「まだ起きないでね」
僕はそっと小さく呟きながら脱がした衣服をベッドの下に落とし、姉さまを肌も露わな下着姿にすると、両手を頭上に一纏めに括った。
そして、寝息で上下する豊かな胸元に顔を埋めて…ぺろりと胸の谷間に流れる一滴の汗を舐め取り…そのしょっぱさに笑みを溢す。思った程甘くはないけれど…これはこれで後を引く味だ。そして…
「ふふふ…やっぱり姉さまのおっぱい、おっきいなぁ。あの頃も大きいと思ってたけど…成長した僕の今の手でも掴みきれないや」
白い下着から溢れるように、たわわに実った双丘は、前世では巨乳と呼ばれるほど大きい塊だったけれども、上を向いていても肉が横に流れないのは、最早奇跡だと思えた。
最初はスッポンポンの全裸にしてやろうと思っていたけれども、薄くて繊細な白いレースに包まれた姉さまの下着姿が余りにも艶かしくて…透けた布地から微かに見えるピンク色の先っぽがセクシーで…思わず剥ぐのが惜しくなる。
相変わらずエロい下着をつけているんだなぁ…と思ったけれども…、それが今日見た相手の為だとしたら、引き裂いてやりたくなる衝動に駆られる。だけど、
起きた姉さまから剥ぎ取ったほうが…多分もっと愉しいに違いない
思わず閃いた考えに一人でうんうんと頷きながら、僕はそっと姉さまの体の上で四つん這いになり……体重をかけて起こしてしまわない様に気をつけながら……微かに開く姉さまの唇に自分のそれを重ねていく。
これはもう、妄想では済まされない現実だと自覚しながら……長くてバサバサの睫毛を震わせつつ見上げる翠の瞳を見下ろして、
「姉さま、やっと捕まえた…」
そう言うと、腕の中の愛しい人は慄くように声もなく…青ざめた顔で小さく息を呑んだ。
そのふっくらとした頬が、一瞬嬉しそうに笑んだ様に見えたのは…きっと僕の願望が見せた幻だろうという自覚は、痛いほどあったのだけれども…だからといって、せっかく捉えた獲物を今更開放することはできなかった。
「最近、近隣の貴族の方々がご子息を連れて当家を訪れていらっしゃいますのは、ミランダ様が他家へ嫁がずにお婿様を迎え入れるためでございます」
馴染みのメイドに言われた時、いずれそうなることはわかっていたのに、胸が突かれるような衝撃を受けた。
姉さまはこの領地を治める侯爵になりたいと、昔から言っていた。なので、嫁に行かずに婿を取ることに成ると、寝物語の様に語っていたのに…である。
僕はその時、結婚なんて随分先の話だろうと思っていたし、あの幸せな時間が永遠に続くと錯覚できるほど、姉さまに溺れていた。
だけど、あの温かな楽園から追放された今、姉さまの16歳の誕生日まであと3ヶ月を切ってから、この家に訪れるお客様の数が増していることに気づき…、あの頃の姉さまの言葉が現実に近づいていると実感する。
先日出会ったクロード・バンダムも、きっとお見合い相手であったのだろう。
時々世間話なんかをしてくれるようになったメイドや侍従の話によると、度々上る王宮では、あのシャルル王太子が手ぐすね引いて姉さまの訪問を画策していると言う。
僕がこの家で平和に引きこもっている間に、ゲームの攻略対象たちが姉さまをターゲットにしているような気がして、不安になった。
しかし、当の姉さまは誰とも親密になっている様子もなく…この家に来たクロードも、やって来たのは一度きりだったし、シャルルとの婚約の話が進んだとの知らせもなかったため、僕は密かに油断していたのだろう。
主人公たる僕が動かなければ、攻略対象者との恋なんて、成り立たないんだ…と。
しかし、この世界の強制力は、否応なく僕の気持ちを揺さぶるように働いた。
―――ゲームの強制力だと思い込みたいのは、何の力もなく姉さまにしがみつく、僕のなけなしのプライドだったのかもしれないけれども。それでも、あいつ以上に僕を追い詰める存在は、これまでいなかったのだった。
『兄さま以外の方とこれ以上の良縁を結べる機会はないと思います。この婚約に異存などありませんわ』
ゲームの中で飽きるほど見てきた、ウィンストン公爵家の馬車が車止まりに入ってきて、そこから出てくる騎士ダグラスの朱金の髪が見えた時…僕は言い知れない不安に襲われた。そして、姉さまとダグラスの姿が庭園の生け垣越しに見えた時、そっともつれる様に二人の影が重なり…それ以上見ていられなくなって逃げ出した。
あんな風に…大人の男の胸にしがみつく姉さまが、ただの小さな少女のように見えて…未だに姉さまよりも小さな自分の姿なんかよりも、ずっとお似合いの二人に見えたのだ。
しかもダグラスといえば、前世の姉が推していたほど、これと言って欠点のない乙女ゲー的ヒーローキャラだった(諸説あり)。
本当の僕の年齢だったら、姉さまはもっと僕を頼ってくれただろうか。
僕に会う度に、余所余所しい笑顔を浮かべて突き放そうとするけれど、ふとした折に悲しそうな瞳で見られることもなかっただろうか。
僕がもっと大人だったら……もっとうまく姉さまと…表面的にでも姉弟として仲良くできただろうか。
…なんて、思った以上に自分を上方修正した妄想であり、それ以上考えても意味のないことだとわかっていたけれども、後から後から嫌な気持ちが湧いてくる。
怒りと、悲しみと、不安と、絶望と……煮えたぎるような嫉妬。
そんな負の感情がグルグルと渦巻いて、僕の心を侵していく。
こんな生々しい想いを抱いてしまった今となっては、姉弟として過ごすなんて…到底無理だってこともわかっていた。
それなのに、仄暗い思いは尽きること無く僕の肚の中を焼き尽くす。
誰もいない部屋の中で、一人で静かに昏い思いに耽っていると、僕の空間の中に他者の気配が忍び込んできたことに気づいて、ノロノロと緩慢な動きで顔を上げた。
メイドも侍従も本館へ帰り、本来ならば誰も訪れることの無い時間であるけれども……夕闇に紛れてこの館に潜んだ存在は、他者の気配が無くなったのを見計らって、僕の部屋へと侵入してきたようだった。
心が疲弊して半ば自棄になっている今の僕には、それに構う精神的余裕がなかった。なので、
「どうしたんだ、こんなに暗い部屋にいるなんて…」
そう言って、いやらしい笑みを浮かべながら近づくアイザック先生のことも、どうでも良いと思った。
「くくく…珍しく感情が昂ぶっているようだね…ものすごく、オスを誘う甘い匂いが部屋に充満している…」
昼間の理知的な教師の顔をかなぐり捨て、欲にまみれて濁った瞳で僕の側に近づくと…身動きもせず冷めた目で見返す僕の腕を取って、強引に抱き寄せてきた。
「ちょっと…僕はそんな気にならないんで、やめてもらえませんか?」
ごつくて固い男の胸の温もりなんて、感じたくはなかった。
やっぱり、ふかふかな女性の胸に埋まりたいものである。
そう思って、その胸に手を突いて離れようと藻掻いたけれども、やはり大人の力には抗えない。
この先生も、出会った当初は職業意識も高い、良い先生だった。
貴族の妾腹生まれで、一生日の目をみることもない生徒である僕に対しても誠実に対応してくれる、ちゃんとした教師だったのだ。
だけど…最近、少しずつスキンシップが増えてきたなぁと思いはじめた時、ふと……イイ機会なので、僕の魔力の実験台に丁度いいと思ってしまった。
愛妻家で、子煩悩…そんな前フリで現れた男だったが、時々妙に粘つく目つきで僕を見つめたり、必要以上に肩や腕を撫で擦って来た時に気づいてしまったのだ。
ああ…いつものアレか…。と。
この男、隠れ同性愛者なんだろうな…と、瞬時に悟った。
彼からは僕に欲望を向ける男たち特有の執着じみた感情がにじみ出ていたけれど、ただただそれに怯えていたかつての小さな頃と違って…残念な事に、僕は大分この世界に染まってしまっていた。
姉さまとの関係が無くなって久しくなり、僕も大概ヤケになっていたということも自覚しているが……ふと、思いついてしまったのだ。
僕のこの媚香は、魔力が変質して凝ったものが正体である。そのため、かつての前世で知り得た知識であったが、これを意図的に発動できれば…姉さまを捕えることも可能ではないかと。
このゲームのシナリオ部分以外は前世でさんざんやり込んでいたので、実は僕ほど魔力の扱いに長けた存在はいないと思っている。
魔術の専門家である教師たちや神童と呼ばれた姉さまよりも…だ。
そもそも本来、この香りは異性には通用しないはずである。同性だって、同性を好む性質のものにしか通用していないハズなのだ。
それなのに…2年前の姉さまは、明らかに僕の香りに反応していたと、今ならわかっていた。
どの様なからくりでそんな反応になったのかはわからないが…折角見つけた攻略手段であるならば…試してみる価値はある。
そう思ってこの男を実験台にし、僕は媚香を操る術を手に入れていたのだが……
「はぁ…はぁ…、ケイン様…。今日こそは…私の想いを受け取ってください」
僕にしがみつくように乞うてくる男に、息もかかるほど頬寄せられると、嫌悪感が背中を駆け抜けた。
「ちょっと…ホント、マジうざいって」
この哀れな男に、少しだけ付き合ってやってもいいかと…憐憫の情が湧いたのも一瞬だったが、やはり生理的嫌悪感には適わない。
「ケイン様…ケイン様…っ。私が一生面倒見ますから…こんな家から出て、一緒に暮らしましょう…」
そう言いながら、唇を寄せてくる男の欲まみれの吐息が首筋にかかり、一気にゾワッと総毛立つ。
「ふふ…嫌そうな顔をしていても…こんなにやらしい匂いを振りまいて…。
本当は私にこうして…その体を可愛がってもらいたかったのでしょう?」
「や、やめ…っ。変な所を触るなっ!離れろっ」
こんなヤツと思っていても、やはり大人と子供の体格差では、抵抗するにも限界がある。
しかも、相手は僕の媚香で半ば理性を失った状態になっているので、体を撫でる手にも遠慮はない。
例え同性であっても、薄くて平らな胸を撫で回されて、首筋を舐められるなんて、前世ならセクハラで訴えれば完全勝訴出来る案件である。
「ふふふ…可愛らしい小さな乳首が固くなって…触ってほしかったんでしょう?
例え貴方が誰にも顧みられない存在であっても、私なら大事にしますから…」
「ひっ……やめっ…あっ…さわるなっ、余計なお世話だっ」
本当にでっかいお世話だというのに…こんな30歳過ぎのおっさんに撫でられると、姉さまに調教されて感じやすくなった乳首が主人の意に反して固くなり、意図せず屈辱的な声が漏れる。
おい、ちょっと、僕のビーチク!
勝手に立ち上がるんじゃありません!
「えっ、やっ……やめろ、触るなっ」
出来る限りの抵抗を試みるのに、胸から広がる甘い痛みが、全身を支配するほど激しく波打った。
「気持ちいいですか? こんなに物欲しそうに固くして…ちゃんと気持ちよくなれるように…可愛がってやるから、声を抑えないで…」
欲を孕んだ目で見下され、服越しにカリカリと引っかかれる乳首の刺激にビクビクと体が震える。
嫌悪感と快感が同時に襲ってきて、僕は漏れる悲鳴を飲み込んだ。
やっぱだめ!いやだっ!姉さま助けて……
陥れようとしていた存在に助けを求めながら、『策士、策に溺れる』…そんな言葉が脳裏を過ぎった瞬間…
『バンッ!』
誰もいないはずの廊下から自室の扉が開け放たれ……待ち望んだ存在が現れた事を知ると、状況も忘れて涙が出そうになった。
「私のケインに触れるな」
全身から溢れ出る怒りを、意志の力で抑え込んだような…姉さまの威圧的な声が部屋に響く。
「ねえさま……」
僕は、燃える様な怒りを露わにする姉さまを目にして…「やっぱり、諦めきれない。何を捨てても僕のものにする」と心の底から思った。
姉さまは、アイザックの胸ぐらを掴み上げて荒々しく引き離すと、僕の体を優しく抱きしめた。
後ろでドサっと荷物が落下した様な音が聞こえたけれども、どうでもいい。
そして…陽炎のように立ち上る姉さまの威圧に恐れをなしたアイザックは、「ひぃっ」と声を上げて、開け放たれた扉から逃げていったのだが……眼の前の姉さま以上に重要なことはなかったので、既にその視界からいなくなった教師のことなど、文字通り眼中になかった。
「ケイン、大丈夫?…おかしなこと、されなかった…?」
姉さまは、ガクガクと震える僕の体を抱きしめて、労るように僕の前髪をそっと後ろに梳きあげ…微笑んだ。
僕は、夢にまで見た姉さまの温もりに抱かれながら、
「姉さま…ミラ姉さまっ…」
目の前の存在に抱きついて…そのまま寝台にもつれ込んだ。
胸元のボタンも弾け飛び、顔を涙でグシュグシュにした僕の哀れな状態の僕に抱きつかれ、姉様は安堵の吐息を溢しながらすっかり油断しきっている。
なので、何の抵抗もなく座り込むように寝台に押し倒され、泣きながら胸に縋り付く僕の頭を抱きしめた。
「姉さま…姉さま……やっと…来てくれた」
そう言って、クックと笑いながら…僕は姉さまの力を奪うために…練りに練った魔力の塊を…媚香を…姉さまの体に注ぎ込む。
姉さまは……「えっ…」と呟きながら、そのままカクンと体の力を奪われて…意識を閉ざした。
意識を失った姉さまが反応を返すことはなかったが構わず、僕は美しい姉さまの姿を確かめる様に…震える手を抑えながら、フワフワの金髪の中に顔を埋めて深呼吸した。
ああ…記憶よりもずっと…いい匂いがする。
思わず溢れた吐息が耳にかかり、「ん…」と擽ったそうに眉根を寄せる横顔を、飽きること無く見つめていると、胸が締め付けられるような想いが、全身から溢れ出すようだった。
ああ…ずっとこのまま、眠ったままの姉さまと暮らすのも、良いかも知れない。
姉さまに何の反応も返されなくても、こんなに幸せな気持ちになれるなんて、知らなかった。
しかし、このままではいられない事はわかっている。
僕はこの有限な時間を無駄にしないよう決意しながら…もう一度姉さまの首元に鼻を擦り寄せて、かぐわしい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
2年ぶりに吸い込んだ姉さまの香りは、あの頃よりも格段に甘くて…洗髪剤や香水や…微かに香る汗の匂いなんかが入り混じった…姉さま特有の媚薬のようだった。
そして何より……昼間に見かけた男の……嗅ぎ慣れていない他人の匂いがしないことにホッとした。
「……っ」
あんまり長いこと時間をかけると、目的を達する前に姉さまが起きてしまうかもしれないと気づき、僕は大事な贈り物を包む飾り布を剥がすように丁寧に、仕立ての良い高価な素材のワンピースを脱がしていく。
「まだ起きないでね」
僕はそっと小さく呟きながら脱がした衣服をベッドの下に落とし、姉さまを肌も露わな下着姿にすると、両手を頭上に一纏めに括った。
そして、寝息で上下する豊かな胸元に顔を埋めて…ぺろりと胸の谷間に流れる一滴の汗を舐め取り…そのしょっぱさに笑みを溢す。思った程甘くはないけれど…これはこれで後を引く味だ。そして…
「ふふふ…やっぱり姉さまのおっぱい、おっきいなぁ。あの頃も大きいと思ってたけど…成長した僕の今の手でも掴みきれないや」
白い下着から溢れるように、たわわに実った双丘は、前世では巨乳と呼ばれるほど大きい塊だったけれども、上を向いていても肉が横に流れないのは、最早奇跡だと思えた。
最初はスッポンポンの全裸にしてやろうと思っていたけれども、薄くて繊細な白いレースに包まれた姉さまの下着姿が余りにも艶かしくて…透けた布地から微かに見えるピンク色の先っぽがセクシーで…思わず剥ぐのが惜しくなる。
相変わらずエロい下着をつけているんだなぁ…と思ったけれども…、それが今日見た相手の為だとしたら、引き裂いてやりたくなる衝動に駆られる。だけど、
起きた姉さまから剥ぎ取ったほうが…多分もっと愉しいに違いない
思わず閃いた考えに一人でうんうんと頷きながら、僕はそっと姉さまの体の上で四つん這いになり……体重をかけて起こしてしまわない様に気をつけながら……微かに開く姉さまの唇に自分のそれを重ねていく。
これはもう、妄想では済まされない現実だと自覚しながら……長くてバサバサの睫毛を震わせつつ見上げる翠の瞳を見下ろして、
「姉さま、やっと捕まえた…」
そう言うと、腕の中の愛しい人は慄くように声もなく…青ざめた顔で小さく息を呑んだ。
そのふっくらとした頬が、一瞬嬉しそうに笑んだ様に見えたのは…きっと僕の願望が見せた幻だろうという自覚は、痛いほどあったのだけれども…だからといって、せっかく捉えた獲物を今更開放することはできなかった。
「最近、近隣の貴族の方々がご子息を連れて当家を訪れていらっしゃいますのは、ミランダ様が他家へ嫁がずにお婿様を迎え入れるためでございます」
馴染みのメイドに言われた時、いずれそうなることはわかっていたのに、胸が突かれるような衝撃を受けた。
姉さまはこの領地を治める侯爵になりたいと、昔から言っていた。なので、嫁に行かずに婿を取ることに成ると、寝物語の様に語っていたのに…である。
僕はその時、結婚なんて随分先の話だろうと思っていたし、あの幸せな時間が永遠に続くと錯覚できるほど、姉さまに溺れていた。
だけど、あの温かな楽園から追放された今、姉さまの16歳の誕生日まであと3ヶ月を切ってから、この家に訪れるお客様の数が増していることに気づき…、あの頃の姉さまの言葉が現実に近づいていると実感する。
先日出会ったクロード・バンダムも、きっとお見合い相手であったのだろう。
時々世間話なんかをしてくれるようになったメイドや侍従の話によると、度々上る王宮では、あのシャルル王太子が手ぐすね引いて姉さまの訪問を画策していると言う。
僕がこの家で平和に引きこもっている間に、ゲームの攻略対象たちが姉さまをターゲットにしているような気がして、不安になった。
しかし、当の姉さまは誰とも親密になっている様子もなく…この家に来たクロードも、やって来たのは一度きりだったし、シャルルとの婚約の話が進んだとの知らせもなかったため、僕は密かに油断していたのだろう。
主人公たる僕が動かなければ、攻略対象者との恋なんて、成り立たないんだ…と。
しかし、この世界の強制力は、否応なく僕の気持ちを揺さぶるように働いた。
―――ゲームの強制力だと思い込みたいのは、何の力もなく姉さまにしがみつく、僕のなけなしのプライドだったのかもしれないけれども。それでも、あいつ以上に僕を追い詰める存在は、これまでいなかったのだった。
『兄さま以外の方とこれ以上の良縁を結べる機会はないと思います。この婚約に異存などありませんわ』
ゲームの中で飽きるほど見てきた、ウィンストン公爵家の馬車が車止まりに入ってきて、そこから出てくる騎士ダグラスの朱金の髪が見えた時…僕は言い知れない不安に襲われた。そして、姉さまとダグラスの姿が庭園の生け垣越しに見えた時、そっともつれる様に二人の影が重なり…それ以上見ていられなくなって逃げ出した。
あんな風に…大人の男の胸にしがみつく姉さまが、ただの小さな少女のように見えて…未だに姉さまよりも小さな自分の姿なんかよりも、ずっとお似合いの二人に見えたのだ。
しかもダグラスといえば、前世の姉が推していたほど、これと言って欠点のない乙女ゲー的ヒーローキャラだった(諸説あり)。
本当の僕の年齢だったら、姉さまはもっと僕を頼ってくれただろうか。
僕に会う度に、余所余所しい笑顔を浮かべて突き放そうとするけれど、ふとした折に悲しそうな瞳で見られることもなかっただろうか。
僕がもっと大人だったら……もっとうまく姉さまと…表面的にでも姉弟として仲良くできただろうか。
…なんて、思った以上に自分を上方修正した妄想であり、それ以上考えても意味のないことだとわかっていたけれども、後から後から嫌な気持ちが湧いてくる。
怒りと、悲しみと、不安と、絶望と……煮えたぎるような嫉妬。
そんな負の感情がグルグルと渦巻いて、僕の心を侵していく。
こんな生々しい想いを抱いてしまった今となっては、姉弟として過ごすなんて…到底無理だってこともわかっていた。
それなのに、仄暗い思いは尽きること無く僕の肚の中を焼き尽くす。
誰もいない部屋の中で、一人で静かに昏い思いに耽っていると、僕の空間の中に他者の気配が忍び込んできたことに気づいて、ノロノロと緩慢な動きで顔を上げた。
メイドも侍従も本館へ帰り、本来ならば誰も訪れることの無い時間であるけれども……夕闇に紛れてこの館に潜んだ存在は、他者の気配が無くなったのを見計らって、僕の部屋へと侵入してきたようだった。
心が疲弊して半ば自棄になっている今の僕には、それに構う精神的余裕がなかった。なので、
「どうしたんだ、こんなに暗い部屋にいるなんて…」
そう言って、いやらしい笑みを浮かべながら近づくアイザック先生のことも、どうでも良いと思った。
「くくく…珍しく感情が昂ぶっているようだね…ものすごく、オスを誘う甘い匂いが部屋に充満している…」
昼間の理知的な教師の顔をかなぐり捨て、欲にまみれて濁った瞳で僕の側に近づくと…身動きもせず冷めた目で見返す僕の腕を取って、強引に抱き寄せてきた。
「ちょっと…僕はそんな気にならないんで、やめてもらえませんか?」
ごつくて固い男の胸の温もりなんて、感じたくはなかった。
やっぱり、ふかふかな女性の胸に埋まりたいものである。
そう思って、その胸に手を突いて離れようと藻掻いたけれども、やはり大人の力には抗えない。
この先生も、出会った当初は職業意識も高い、良い先生だった。
貴族の妾腹生まれで、一生日の目をみることもない生徒である僕に対しても誠実に対応してくれる、ちゃんとした教師だったのだ。
だけど…最近、少しずつスキンシップが増えてきたなぁと思いはじめた時、ふと……イイ機会なので、僕の魔力の実験台に丁度いいと思ってしまった。
愛妻家で、子煩悩…そんな前フリで現れた男だったが、時々妙に粘つく目つきで僕を見つめたり、必要以上に肩や腕を撫で擦って来た時に気づいてしまったのだ。
ああ…いつものアレか…。と。
この男、隠れ同性愛者なんだろうな…と、瞬時に悟った。
彼からは僕に欲望を向ける男たち特有の執着じみた感情がにじみ出ていたけれど、ただただそれに怯えていたかつての小さな頃と違って…残念な事に、僕は大分この世界に染まってしまっていた。
姉さまとの関係が無くなって久しくなり、僕も大概ヤケになっていたということも自覚しているが……ふと、思いついてしまったのだ。
僕のこの媚香は、魔力が変質して凝ったものが正体である。そのため、かつての前世で知り得た知識であったが、これを意図的に発動できれば…姉さまを捕えることも可能ではないかと。
このゲームのシナリオ部分以外は前世でさんざんやり込んでいたので、実は僕ほど魔力の扱いに長けた存在はいないと思っている。
魔術の専門家である教師たちや神童と呼ばれた姉さまよりも…だ。
そもそも本来、この香りは異性には通用しないはずである。同性だって、同性を好む性質のものにしか通用していないハズなのだ。
それなのに…2年前の姉さまは、明らかに僕の香りに反応していたと、今ならわかっていた。
どの様なからくりでそんな反応になったのかはわからないが…折角見つけた攻略手段であるならば…試してみる価値はある。
そう思ってこの男を実験台にし、僕は媚香を操る術を手に入れていたのだが……
「はぁ…はぁ…、ケイン様…。今日こそは…私の想いを受け取ってください」
僕にしがみつくように乞うてくる男に、息もかかるほど頬寄せられると、嫌悪感が背中を駆け抜けた。
「ちょっと…ホント、マジうざいって」
この哀れな男に、少しだけ付き合ってやってもいいかと…憐憫の情が湧いたのも一瞬だったが、やはり生理的嫌悪感には適わない。
「ケイン様…ケイン様…っ。私が一生面倒見ますから…こんな家から出て、一緒に暮らしましょう…」
そう言いながら、唇を寄せてくる男の欲まみれの吐息が首筋にかかり、一気にゾワッと総毛立つ。
「ふふ…嫌そうな顔をしていても…こんなにやらしい匂いを振りまいて…。
本当は私にこうして…その体を可愛がってもらいたかったのでしょう?」
「や、やめ…っ。変な所を触るなっ!離れろっ」
こんなヤツと思っていても、やはり大人と子供の体格差では、抵抗するにも限界がある。
しかも、相手は僕の媚香で半ば理性を失った状態になっているので、体を撫でる手にも遠慮はない。
例え同性であっても、薄くて平らな胸を撫で回されて、首筋を舐められるなんて、前世ならセクハラで訴えれば完全勝訴出来る案件である。
「ふふふ…可愛らしい小さな乳首が固くなって…触ってほしかったんでしょう?
例え貴方が誰にも顧みられない存在であっても、私なら大事にしますから…」
「ひっ……やめっ…あっ…さわるなっ、余計なお世話だっ」
本当にでっかいお世話だというのに…こんな30歳過ぎのおっさんに撫でられると、姉さまに調教されて感じやすくなった乳首が主人の意に反して固くなり、意図せず屈辱的な声が漏れる。
おい、ちょっと、僕のビーチク!
勝手に立ち上がるんじゃありません!
「えっ、やっ……やめろ、触るなっ」
出来る限りの抵抗を試みるのに、胸から広がる甘い痛みが、全身を支配するほど激しく波打った。
「気持ちいいですか? こんなに物欲しそうに固くして…ちゃんと気持ちよくなれるように…可愛がってやるから、声を抑えないで…」
欲を孕んだ目で見下され、服越しにカリカリと引っかかれる乳首の刺激にビクビクと体が震える。
嫌悪感と快感が同時に襲ってきて、僕は漏れる悲鳴を飲み込んだ。
やっぱだめ!いやだっ!姉さま助けて……
陥れようとしていた存在に助けを求めながら、『策士、策に溺れる』…そんな言葉が脳裏を過ぎった瞬間…
『バンッ!』
誰もいないはずの廊下から自室の扉が開け放たれ……待ち望んだ存在が現れた事を知ると、状況も忘れて涙が出そうになった。
「私のケインに触れるな」
全身から溢れ出る怒りを、意志の力で抑え込んだような…姉さまの威圧的な声が部屋に響く。
「ねえさま……」
僕は、燃える様な怒りを露わにする姉さまを目にして…「やっぱり、諦めきれない。何を捨てても僕のものにする」と心の底から思った。
姉さまは、アイザックの胸ぐらを掴み上げて荒々しく引き離すと、僕の体を優しく抱きしめた。
後ろでドサっと荷物が落下した様な音が聞こえたけれども、どうでもいい。
そして…陽炎のように立ち上る姉さまの威圧に恐れをなしたアイザックは、「ひぃっ」と声を上げて、開け放たれた扉から逃げていったのだが……眼の前の姉さま以上に重要なことはなかったので、既にその視界からいなくなった教師のことなど、文字通り眼中になかった。
「ケイン、大丈夫?…おかしなこと、されなかった…?」
姉さまは、ガクガクと震える僕の体を抱きしめて、労るように僕の前髪をそっと後ろに梳きあげ…微笑んだ。
僕は、夢にまで見た姉さまの温もりに抱かれながら、
「姉さま…ミラ姉さまっ…」
目の前の存在に抱きついて…そのまま寝台にもつれ込んだ。
胸元のボタンも弾け飛び、顔を涙でグシュグシュにした僕の哀れな状態の僕に抱きつかれ、姉様は安堵の吐息を溢しながらすっかり油断しきっている。
なので、何の抵抗もなく座り込むように寝台に押し倒され、泣きながら胸に縋り付く僕の頭を抱きしめた。
「姉さま…姉さま……やっと…来てくれた」
そう言って、クックと笑いながら…僕は姉さまの力を奪うために…練りに練った魔力の塊を…媚香を…姉さまの体に注ぎ込む。
姉さまは……「えっ…」と呟きながら、そのままカクンと体の力を奪われて…意識を閉ざした。
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