社畜が生まれ変わって猫神様になり、イケメン猫ヲタに(性的に)食われるお話

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0.倒れる時は前のめり

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 私はかつて、とある黒めな企業で働く普通の会社員だった。
 労働基準法を遵守しているかと言われると怪しいけれども、届け出れば残業代もそれなりにもらえたし、給料は結果に見合った…と断言できる程じゃないにしても、そこそこ貰えていたと思う。

 このご時世において、仕事にやり甲斐を見出せていたのなら、恵まれている方じゃないだろうか。
 休日が仕事で潰される事も、3日程自宅に帰れない時も月に1度はあったけど、来月の給料に反映されると自分に言い聞かせて、何とかやる気を掘り起こした。
 とは言え、流石にいつまでも若さを担保するような生活を続ければ、無理が祟るものらしい。

 丁度月末の締日の前夜に、それは音もなく襲ってきた。

 何連勤目か数えるのもやめてしまったデスマ中、節電のため最小限の照明のみ点けられた夜中のオフィスでのことだった。
 PCモニターの明かりが、色気も素っ気もない実用丸出しなメガネに反射する中、突然激しい頭痛が襲来し、私は頭を抱え込んでデスクに突っ伏した。

「ぃっ…いたたたたたっっっ!!
 いたいっ!
 頭…っ痛いぃっ!!」

 朝から頭が重い様な…鈍痛がある様な気はしていたのだが、2~3年前あたりから頭痛は持病と化していた。
 そのため、今日も常備していた市販の頭痛薬を飲んで、痛みを散らしながらやり過ごしていたのだけれども。
 最後の大詰めと気合を込めて、痛みが鎮静されている状態で更に重ねて規定用量の倍量内服したのも良くなかったと思う。
 最後に内服してから1時間もすると、仕事に集中していたこともあって、痛みもどこかへ行ってしまっていたのだが…
 その反動の様に尋常ではない痛みが私の頭部全体を強襲した。

 頭の中でグワングワンと耐え難い大音響も鳴り響き、ボロボロと涙が溢れてくるが、それを拭うような余裕はない。
 メイクなんて、見るも無残な有様になっているだろう。
 それ程までに今はただ、この苦痛のことしか考えられなかった。

 除夜の鐘の中に頭を突っ込んだ状態で、鐘を突かれる様な頭痛とはこの事か。
 ひどい目眩で目がまわり、小さなフォントで埋め尽くされたモニター画面を目で追うなんて…最早ただ拷問に等しい。

「…提出期限は明日だっていうのに……くっそぉ…。
 ここで倒れるとか、マジありえんっ…………ぅぅ……」

 寝る間も惜しんで費やして来たプロジェクトの大詰めだというのに、ここで道半ばにしてリタイアとか。
 コストや人的被害やコツコツ積み上げてきた自分のキャリアとか…一瞬にしてザーッと思考が流れていくと、こんな所で前のめりに倒れている場合ではないのは、考えるまでもない。
 考えるまでもないんだけど、この痛みはマジでヤバいと直感もしている。

「ああああ……痛いよぉ…気持ち悪いよぉ……
 私が捧げた睡眠時間と血…はないけど汗と涙を無駄にするのは嫌ぁ…」

 苦痛と悔しさで溢れる涙を拭い、一緒に垂れてくる鼻水をすすりながら必死に堪えていると、急に視界が暗転し……
 28年間の膨大な量の記憶が、まるで走馬灯の様に私の脳裏を駆け巡っていく。

 物心つくかつかないかの幼い頃から、数日前自宅の湯船で寝落ちしたという近々の過去までの記憶がランダムに流れていく。
 無心に流れ行く映像を見るとはなしに見ていたその中に、ちらりと浮かんだ最後の元カレとの別れの映像は、苛立ちのあまり余計に痛みを増強させた。
 仕事でクタクタになって帰ったら、何故か私の部屋で浮気相手(大学時代の後輩)とハッスルタイム中だったとか、ここで思い出す価値もないだろう。
 今では友人とのガールズトークでの鉄板ネタ化してはいるが、この記憶が限りある走馬灯の尺を食うとは腹立たしい。
 5年も前のことだし、最近では思い出すこともほとんどなかった筈だが……

 全身から吹き出すような汗―――水分を補給すべく飲み干した空のペットボトルを、苦痛と苛立ちの余りグシャッと握りつぶす。

 あのくだりはもういいんだよっ!!
 あいつ…咄嗟だと顔も朧げにしか思い出せないくせに、こんな時にまで私を苦しめるんかい!?

 肉体的・精神的苦痛をやり過ごすために、私はゴンゴンと何度もデスクに拳を振り下ろして心を鎮めるように戒めた。

 …走馬灯って……臨死体験してんの、私?
 死ぬ間際に走馬灯が流れるって…ホントなのね……こんなに早く知りたくなかったけど………

 …………あかん、本気で目が開かなくなってきた。
 これ、やっぱ脳梗塞とかマジでシャレにならないやばいやつなんじゃ……

 アラサーにもなると、生活の無理が覿面に体に出やすくなると実感し出した今日この頃。
 今までスルーしてきた、加齢や疲労による健康不安の記事とか、思わず真剣に読みふけってしまうようになっていた。

 それらの情報が頭の中を駆け巡り、やはり最悪を想定するべきかもしれないと、ようやく心が落ち着いて、気持ちの整理がつきはじめた。

 …かくなる上は、勇気ある撤退。
 もはや、完全なる敗北(死亡)の前に、戦略的逃走すべき案件なのだろう―――

「で・電話…救急車…」

 諦めきれない思いを断ち切るべく両目を開くも、ブレる指先や霞む視界ではスマホの画面を見ることもできない。
 そのため震える指先を何とか抑え込みながら、オフィスの電話に手を伸ばしたのだが………



 119とプッシュした感触もなく、そこから先の記憶は無くなっていた。
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