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第三章:巻き込まれるのはテンプレですか? ふざけんな
幕間ー村長の憂鬱ー
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「こんにちは、伯父さん。今日も商品の買い付けに伺いました」
そう言って、我が家の応接室に通された麦わらのような色のキツネの青年が、如才ない笑みで切り出した。
私はこのテルミ村の村長で、名はゲラルトという。
亡き父の跡を継いで村長となってから早20年余りが経ち、その間に妻や長男の夫婦を早くに亡くしたため、現在は通いの村人に世話を手伝ってもらいながら、その長男夫婦の間にできた孫と二人でこの家で暮らしている。
元々、私の下には2人の弟がいたのだが、二人とも若いうちにこの村を出てそれぞれ独立して暮らしている。二人とも村を出てからもそれなりに成功を収めており、独立した後も何かにつけて貧しいこの村を援助したり、王都に出ていく村人の後援となってくれたりと世話を焼いてくれている自慢の弟たちでもある。
そして、目の前にいるのは、王都で商店を構える私のすぐ下の弟の息子で、名をエディという。確か20歳になるかならないかだったはずだが、現在は父親の跡を継いで商人となるために、方々の得意先を回って顔を繋いでは、商品の仕入れを担当させられているようだ。
もう一人の末弟は現在冒険者ギルドで働いているが、あいにく結婚するつもりはない様で、一人で自由気ままに生活している。
「最近はとても貴重なポーションやら魔石やら希少な薬草などを仕入れることができて、お客様にも大変好評なんですよ。それに、体用の洗剤や、頭髪・毛皮用の洗剤、化粧水なんかも、貴族や豪商のお嬢様方からの熱心な催促がありまして…。次の仕入れを直々に問い合わせられたりもして、口コミとはいえ新しい顧客開拓に繋がったと父が喜んでいます。
最近は材料となる薬草の繁殖地でも発見されたのか、数に限りがあるとはいえ質の高いポーション類の仕入れ数が安定しているので、冒険者の中でも高ランクの方々からの買い付けも増えまして…わざわざ当店に足を運んでまでご購入にいらっしゃるお客さんも増えた次第です」
商人として仕込まれているため、笑顔を絶やすことなく明るい口調で現況を語りだすが、どこか油断のならない目つきも見られる。しかし、その表情から察するに本当に商品としての売れ行きの良い品だったのだろう。元々愛嬌のある甥ではあるものの、喜色のにじんだ声を隠す様子もない。
「それは良かった。うちの治療師の腕も上がったのだろう。おかげで村民の健康状態も良好で、今年は誰も病に倒れることなく冬を越すことができたよ」
私は何も知らない風に現状を知らせる甥の口調に合わせて、努めて軽く返答を返す。
しかし、精霊の愛し子である、姫様と出会い…というか、姫様に目を掛けていただけてからこの半年足らずで、我が村の生活…健康レベルや安全レベルに至るまで、目に見える程に向上していることなど、この聡い甥が気づいていないはずがないとは思うが。
すると、甥はこちらを一瞥すると、「ふぅ…」とため息をつき、出された茶を一口飲む。
「伯父さん、僕だって修行中の身とは言え、商人としてやってきているし、父から言われるまでもなく、一族の同胞であるこの村の状況にはいつも注意しながら来ているんです。雪が深い時期には、あまり頻回に来ることができなくなっていたので、今年は大丈夫だっただろうかと、ある程度覚悟していただけに結構衝撃でしたよ」
そう言って、『カチャ』と微かな音をたててカップをソーサーに置いた。
「まず、家畜も丸々と育ち、畑の状態も上々な様だと、村に入ってからすぐに気づきました。かつての寒村というイメージが薄れ、村人の体格が全体的にガッシリとしてきて健康状態も良さそうで。村人の身なり…というか装飾品もそれなりのレベルの素材になっている。ドラゴンの素材なんて、生息地は森の中でももっと北の方なのに、この辺じゃ中々手に入るようなものじゃない。
…というか、これ、以前の状態を知っていたら商人とか関係なくわかりますよ。幸い、こんな危険地帯の辺境の村に出入りする者なんて、かつての村人以外ほとんどいないでしょうけれども。しかし、雪が深く他所から断絶される時期なのに、何故?…と疑問に思うのは当然でしょう。
これ、治療師一人でどうこうなるものじゃないですよね?」
言いながらうっすらと微笑み、私の眼を窺うように小さく首をかしげて見つめてくる。
…まあ、四六時中一緒にいる我々でさえ顕著な変化を感じているのだから、数か月ぶりに訪れた聡い甥がわからないはずもないだろうことはわかっていたのだが…。やっぱり誤魔化せないとなると、ここは甥も弟もこちら側で協力…はともかく、せめて口止め位はしておきたい。
元々、姫様より賜ったアイテム類は希少すぎて余計な注目を集めそうだったので全てを流すことなどできなかったが、貧しい村にとって最低限の収入となりそうな物を流通ルートに乗せさせていただいていた。そして残りは村共通の財産として貯蔵させてもらったり、口外無用と言い含めた上でこの村出身の冒険者や村人を中心にありがたく使用させてもらっていた。そして、姫様に捧げることができた贈り物の一部は、それらの冒険者や村人たちからの感謝の品として魔獣様方に送らせていただいたものばかりだ。
私は、ジッと甥の顔を見つめ
「これは、我々に大恩ある方に関わることなので、口外は無用なのだが…」
と、口を開くと甥は笑みをおさめて、無駄な口を挟まず話の続きを促す様に軽く頷いた。
「……なるほど、お話はわかりました」
私の話を黙って聞いていた甥は、興奮した様子でカップを口に運んで、すっかり冷めてしまったお茶をグっと飲み干した。
「精霊様の愛し子が精霊の森に現れ、この地を庇護している…。この土地や村人たちの変貌ぶりを見れば、これは確認するまでもなさそうですね。 精霊の加護を受ける者なら、現在も少ないけれどいないわけではありませんが…愛し子となると、ここ数百年の単位で現れなかったかと。中央大陸にも現存は確認されていないはずですが…。この島では、前王国時にいた精霊使いが最後かな?
しかも、伝説級の上位魔獣すら従えるお方とは。 …これが知れたら、間違いなくお偉方も無視できない事態になるでしょう。最悪、召し上げられるか…」
「やはり、おまえでもそう思うか」
「ええ、まず間違いなく、魔法省は確実に動くと思います」
そう言いながら、不意に眉間を寄せて視線を逸らすので、何かあったのかと訝し気に見ていると
「すみません。持ち込まれたポーション類の効能や魔石の純度があまりにも並外れていたので、うちと取引のある鑑定家に依頼して鑑定してもらったことがありまして…」
と、申し訳なさそうな口調の前振りが返ってきた。
鑑定家とは、アイテムの正体以外にもある程度の主な材料や中身の効能についても確認できる程の高位鑑定スキルを使用できる専門家の総称で、レアスキルだけでなくその知識も学者並みなものを要求される国家資格だけに依頼料も破格。そのため、大店の商家や貴族、高位ランクの冒険者が高額な物品をやり取りする時に一時契約していたり、商品開発に関わる研究室と高額で専属契約を結んでいたりしているという話を聞くので、そこから続くであろう言葉には嫌な予感しかしない。
「まあ、御存知の通りかなり高額な依頼料がかかるので、やってもらったのは中級ポーション一つだけだったのですが…。
そのポーション、材料や配合がかなり特殊なものだったらしく、いつも表情を変えない冷静な鑑定家が大層興奮しちゃいまして…」
私は思わず息を呑んだ。 テディはその時のことを思い出しているのか、ふふふと笑いながら遠い目をしている。
「まず基本ベースにブルーノグラスが入っているのは一般的なのですが、そこに投入されているブラウ草という薬草…。現在ではほとんどお目にかかれない位希少な薬草だったらしく、亡国の宮廷魔導師エーリッヒ…だったかな? 僕もそこまで詳しいわけではないのですが、そういう伝説級になった有名魔導師が手掛けたポーションのレシピにそっくりだったそうなんですよ。まあ、優秀な鑑定家とはいえ素材比率の100%を鑑定できるわけでも、細かなレシピまで再生できるわけでもないんですけどね。
それでも現在入手不可能な素材も入ってたらしく、詳細なレシピや製作方法などを伝える者もいないため再現不可能と言われているから市場に出回るわけもない。現存しているものは高値が付きすぎて使用できず、貴族の骨董品か伝家の治療薬化してしまっているとか。
その上、惜しげもなく込められた魔力濃度と精霊水の純度…どこの天才魔導師の作なのか、鑑定家としての職分も構わず問い詰められたそうですが……いやあ、あんなに取り乱した彼は見たことなかったと、親父が目を丸くしてましたよ。
あ、もちろん鑑定家の守秘義務は守るようちゃんと口止めはしていますし、親父も『詳しいことはわからない』と突っぱねていましたが」
想像していた以上の事態になりかかっていたらしい。
私はカタカタ震える指でカップを持ち上げ、ググーっと一気に冷め切った茶を飲んで、喉の渇きを潤した。
「ただ、中級と鑑定されていながらも、効力は上級に迫る程高いためそのまま店舗に並べるわけにもいかず、それ以降は、ここで仕入れたいくつかの商品と共に、本当に信頼があって口の堅い顧客に口コミでしか販売していません。なので、最初に口上した顧客から催促が…のあたりは本当のお得意さまと、その信用に適った堅実なお知り合いということなので、その辺りは安心してもらっても大丈夫かと思うんですが…。
鑑定家にかける前に、普通に商品のいくつかを売ってしまっているんですよね…。
鑑定家の常ならない様子から、親父が『この村がいずれ何かの事件に巻き込まれるかもしれない』と心配して、様子伺いも兼ねて僕をこちらに寄こしたわけなんですが……」
…弟には、大変気を遣わせてしまったようで、思わず膝に肘をついて頭を抱えてしまった。
「魔獣様方の言葉から、姫様はあまり人前に出たいと思っていらっしゃらない様なのだ。常に魔獣様方が仲介の為に村へ降りてこられ、納品を済ませていかれる。そして、どうも俗世の事はご存知ない様子。
ロビンが言うには、普通に道具を扱うように魔石のついた魔道具を扱い、季節関係なく生い茂る庭から摘んできた希少薬草などを惜しげもなく使用した料理を召し上がり、普通の生活用水として精霊水使っていたとか」
「ぶほっ! どこの楽園ですか、それ。精霊水使いたい放題とか…ありえない。
しかも知恵ある上位魔獣が使いっぱしりみたいなこともしてるって……なるほど…『お姫様』なわけだ。
…すごい方ですね」
常に冷静で穏やかな甥も、その浮世慣れした姫様の様子に驚きを禁じ得ないらしい。 最も、私も初めて聞いた時はどこのおとぎ話の存在かと思ったが。
「そして、金銭のことなどもまるでご存じないのか、全く気にされず、値も付けられないようなアイテム類を惜しげもなく我々に下げ渡してくださる。しかも、その対価としてまるで釣り合っていない我々の捧げ物も大層お喜びになり、常に我々の様子を気にかけて、魔獣様方を遣わして下さるようなお優しい方なのだ」
「ええ。村の様子を見ただけでも、どれだけこの村を気にかけてくれたのか、わかります。この村に入った時、以前は感じなかった精霊さまの存在を感じるような気がしたのです」
「ロビンもそう言っていたが…魔力の強い者は、やはりそう感じるらしいな。 私を始め、直接ではなくてもあの方に自分や家族の命や生活を救われた者は少なくない。そして、姫様の移し身に祈ることによって、心穏やかに過ごすことができた喜びを、身に染みる様に実感してきた。
…それだけに、あの方の憂いを除くことができるなら、我らの命など惜しげもなく捨てることができる程に」
私は、目の前に座る甥の眼をひたと見つめる。 エディはそんな私の覚悟を受け取り、目を逸らすことはない。
「ええ。申し訳なくも我々の不注意で流通させてしまったいくつかは、その希少さや効能からいずれ何某かの注意に触れるかもしれませんし、いくら信頼がおける善良な顧客ばかりを選んだとはいえ、絶対に広まらないとは言えません。本当に至らず、すみませんが」
「いや、お前たちに言わなかった私も悪いのだ。いずれ知られるだろうという覚悟と、それらの問題に備える猶予が与えられただけ良しとしよう。どちらにせよ、この村の問題として片づけるので、この村を出たおまえたちは気にせず暮らすといい」
弟は、ある日突然『商人になる』と言い出して、我々の父親と大喧嘩を繰り広げた挙句、『もう帰ってくるな』と村を追い出されていた。父親は、『商人なんぞになるくらいなら、戦士か魔法使いとして村を守れ』という、昔気質の人だった。昔、我が家は高位貴族であった主家を守る騎士の家系だったので、その気質が抜けなかったのだ。
私はその当時、すでに『いずれ自分が村長としてこの村を率いていくだろう』と漫然と思って過ごしていただけだったので、強い意志で職業を選択した弟たちをうらやましく思いながらも支えてやりたいと思っていた。この閉鎖した村と外を繋ぐパイプ役になってくれればとも思ったが、結局は自分の憧れを投影しただけだったのかもしれない。
そんな自分のエゴの押し付けをしてきたことを苦々しく思う日もあり、この村を出て王都で成功することができた弟を巻き込むことが忍びなかった。
しかし、かつての弟によく似た容姿で、
「水臭いことを言わないでください。僕も父も、王都に住まう者ではありますが、この村の者としての気概はちゃんと持っているんです。祖父に追い出されて父が困っていた時に助けてくれたのが、伯父さんや叔父さんを始めとした村出身の方々だということは僕たちも知っています。
伯父さんたちの恩人であるなら、僕たちにとっても恩人であり崇拝する方でもあることに変わりはありません。どうか、困ったことがあったら、僕たちも頼って下さい」
そう、ハッキリと宣言され、最近歳を取ったせいか涙もろくなった涙腺がゆるんで、思わず眼頭を押さえる。
「そうか…。いずれ、ありがたく頼る日がくるかもしれないが、その時はよろしく頼む」
鼻をすすりながら、そうとしか言葉が出なかった。
その後、エディはいくつかのポーション類と美容用品、小さな魔石や魔獣の皮や骨などをマジックバッグに詰めて、護衛と共にワイバーン便に乗って帰って行った。今日はこれから王都の店へ帰って上司である父親に報告しに行くのだと言う。
あんな話をしていながらも、なんだかんだ言って、顧客の期待に応えるためにもちゃんと売れ筋商品の仕入れはしていくのだから、大したものだ。
そんな逞しくなった甥の背中を見送りながら、私はこの村を襲うかもしれない権力者の脅威についてため息をついた。
『深いため息ニャ』
不意に、無防備となっていた背後から声を掛けられ、思わずビクリとなって息を詰めながら、恐る恐る振り返った。
そこには、猫型の上位魔獣であるマーリン様の大きなお姿があり、私の背後に座ってこちらを窺っているため、私は「ふぅ」と息を吐いた。
『何をビクビクしているニャ? 何かよからぬことでもあったかニャ?』
…この方は、一体どこまでご存じなのだろうか?
時々用もなく現れることがあるが、魔獣でありながら我々に危害を加えたことはなく、初対面の時に一方的に切りかかった村人たちですら、蹴散らした後でもケガがないよう治療までしてくれた稀有な魔獣様である。
…最も、それらも全て姫様のご意向であったと仰るのだから、そのお優しさには感謝しかない。
『で、質問の答えはどうしたニャ? 何かご主人に関わることでも起こるのかニャ?』
座った状態だと、立っている私の視線よりやや低い位置に目線がくるため、やや上目遣いで私の瞳をのぞき込んで問いかける形となり、その縦に瞳孔が開いた大きな黄色い瞳は、私の心を覗き込むように見つめている。
ああ、恐らくこの方は、大体のことを把握しておられるのだろう。
常ならば神出鬼没で現れる強大な魔獣の姿や、人の心を透かし見るような聡明さを空恐ろしいとすら思っていたが、この時ばかりは心強く感じ、甥とのやり取りや今後現れるかもしれない厄介ごとについて打ち明けた。
そう言って、我が家の応接室に通された麦わらのような色のキツネの青年が、如才ない笑みで切り出した。
私はこのテルミ村の村長で、名はゲラルトという。
亡き父の跡を継いで村長となってから早20年余りが経ち、その間に妻や長男の夫婦を早くに亡くしたため、現在は通いの村人に世話を手伝ってもらいながら、その長男夫婦の間にできた孫と二人でこの家で暮らしている。
元々、私の下には2人の弟がいたのだが、二人とも若いうちにこの村を出てそれぞれ独立して暮らしている。二人とも村を出てからもそれなりに成功を収めており、独立した後も何かにつけて貧しいこの村を援助したり、王都に出ていく村人の後援となってくれたりと世話を焼いてくれている自慢の弟たちでもある。
そして、目の前にいるのは、王都で商店を構える私のすぐ下の弟の息子で、名をエディという。確か20歳になるかならないかだったはずだが、現在は父親の跡を継いで商人となるために、方々の得意先を回って顔を繋いでは、商品の仕入れを担当させられているようだ。
もう一人の末弟は現在冒険者ギルドで働いているが、あいにく結婚するつもりはない様で、一人で自由気ままに生活している。
「最近はとても貴重なポーションやら魔石やら希少な薬草などを仕入れることができて、お客様にも大変好評なんですよ。それに、体用の洗剤や、頭髪・毛皮用の洗剤、化粧水なんかも、貴族や豪商のお嬢様方からの熱心な催促がありまして…。次の仕入れを直々に問い合わせられたりもして、口コミとはいえ新しい顧客開拓に繋がったと父が喜んでいます。
最近は材料となる薬草の繁殖地でも発見されたのか、数に限りがあるとはいえ質の高いポーション類の仕入れ数が安定しているので、冒険者の中でも高ランクの方々からの買い付けも増えまして…わざわざ当店に足を運んでまでご購入にいらっしゃるお客さんも増えた次第です」
商人として仕込まれているため、笑顔を絶やすことなく明るい口調で現況を語りだすが、どこか油断のならない目つきも見られる。しかし、その表情から察するに本当に商品としての売れ行きの良い品だったのだろう。元々愛嬌のある甥ではあるものの、喜色のにじんだ声を隠す様子もない。
「それは良かった。うちの治療師の腕も上がったのだろう。おかげで村民の健康状態も良好で、今年は誰も病に倒れることなく冬を越すことができたよ」
私は何も知らない風に現状を知らせる甥の口調に合わせて、努めて軽く返答を返す。
しかし、精霊の愛し子である、姫様と出会い…というか、姫様に目を掛けていただけてからこの半年足らずで、我が村の生活…健康レベルや安全レベルに至るまで、目に見える程に向上していることなど、この聡い甥が気づいていないはずがないとは思うが。
すると、甥はこちらを一瞥すると、「ふぅ…」とため息をつき、出された茶を一口飲む。
「伯父さん、僕だって修行中の身とは言え、商人としてやってきているし、父から言われるまでもなく、一族の同胞であるこの村の状況にはいつも注意しながら来ているんです。雪が深い時期には、あまり頻回に来ることができなくなっていたので、今年は大丈夫だっただろうかと、ある程度覚悟していただけに結構衝撃でしたよ」
そう言って、『カチャ』と微かな音をたててカップをソーサーに置いた。
「まず、家畜も丸々と育ち、畑の状態も上々な様だと、村に入ってからすぐに気づきました。かつての寒村というイメージが薄れ、村人の体格が全体的にガッシリとしてきて健康状態も良さそうで。村人の身なり…というか装飾品もそれなりのレベルの素材になっている。ドラゴンの素材なんて、生息地は森の中でももっと北の方なのに、この辺じゃ中々手に入るようなものじゃない。
…というか、これ、以前の状態を知っていたら商人とか関係なくわかりますよ。幸い、こんな危険地帯の辺境の村に出入りする者なんて、かつての村人以外ほとんどいないでしょうけれども。しかし、雪が深く他所から断絶される時期なのに、何故?…と疑問に思うのは当然でしょう。
これ、治療師一人でどうこうなるものじゃないですよね?」
言いながらうっすらと微笑み、私の眼を窺うように小さく首をかしげて見つめてくる。
…まあ、四六時中一緒にいる我々でさえ顕著な変化を感じているのだから、数か月ぶりに訪れた聡い甥がわからないはずもないだろうことはわかっていたのだが…。やっぱり誤魔化せないとなると、ここは甥も弟もこちら側で協力…はともかく、せめて口止め位はしておきたい。
元々、姫様より賜ったアイテム類は希少すぎて余計な注目を集めそうだったので全てを流すことなどできなかったが、貧しい村にとって最低限の収入となりそうな物を流通ルートに乗せさせていただいていた。そして残りは村共通の財産として貯蔵させてもらったり、口外無用と言い含めた上でこの村出身の冒険者や村人を中心にありがたく使用させてもらっていた。そして、姫様に捧げることができた贈り物の一部は、それらの冒険者や村人たちからの感謝の品として魔獣様方に送らせていただいたものばかりだ。
私は、ジッと甥の顔を見つめ
「これは、我々に大恩ある方に関わることなので、口外は無用なのだが…」
と、口を開くと甥は笑みをおさめて、無駄な口を挟まず話の続きを促す様に軽く頷いた。
「……なるほど、お話はわかりました」
私の話を黙って聞いていた甥は、興奮した様子でカップを口に運んで、すっかり冷めてしまったお茶をグっと飲み干した。
「精霊様の愛し子が精霊の森に現れ、この地を庇護している…。この土地や村人たちの変貌ぶりを見れば、これは確認するまでもなさそうですね。 精霊の加護を受ける者なら、現在も少ないけれどいないわけではありませんが…愛し子となると、ここ数百年の単位で現れなかったかと。中央大陸にも現存は確認されていないはずですが…。この島では、前王国時にいた精霊使いが最後かな?
しかも、伝説級の上位魔獣すら従えるお方とは。 …これが知れたら、間違いなくお偉方も無視できない事態になるでしょう。最悪、召し上げられるか…」
「やはり、おまえでもそう思うか」
「ええ、まず間違いなく、魔法省は確実に動くと思います」
そう言いながら、不意に眉間を寄せて視線を逸らすので、何かあったのかと訝し気に見ていると
「すみません。持ち込まれたポーション類の効能や魔石の純度があまりにも並外れていたので、うちと取引のある鑑定家に依頼して鑑定してもらったことがありまして…」
と、申し訳なさそうな口調の前振りが返ってきた。
鑑定家とは、アイテムの正体以外にもある程度の主な材料や中身の効能についても確認できる程の高位鑑定スキルを使用できる専門家の総称で、レアスキルだけでなくその知識も学者並みなものを要求される国家資格だけに依頼料も破格。そのため、大店の商家や貴族、高位ランクの冒険者が高額な物品をやり取りする時に一時契約していたり、商品開発に関わる研究室と高額で専属契約を結んでいたりしているという話を聞くので、そこから続くであろう言葉には嫌な予感しかしない。
「まあ、御存知の通りかなり高額な依頼料がかかるので、やってもらったのは中級ポーション一つだけだったのですが…。
そのポーション、材料や配合がかなり特殊なものだったらしく、いつも表情を変えない冷静な鑑定家が大層興奮しちゃいまして…」
私は思わず息を呑んだ。 テディはその時のことを思い出しているのか、ふふふと笑いながら遠い目をしている。
「まず基本ベースにブルーノグラスが入っているのは一般的なのですが、そこに投入されているブラウ草という薬草…。現在ではほとんどお目にかかれない位希少な薬草だったらしく、亡国の宮廷魔導師エーリッヒ…だったかな? 僕もそこまで詳しいわけではないのですが、そういう伝説級になった有名魔導師が手掛けたポーションのレシピにそっくりだったそうなんですよ。まあ、優秀な鑑定家とはいえ素材比率の100%を鑑定できるわけでも、細かなレシピまで再生できるわけでもないんですけどね。
それでも現在入手不可能な素材も入ってたらしく、詳細なレシピや製作方法などを伝える者もいないため再現不可能と言われているから市場に出回るわけもない。現存しているものは高値が付きすぎて使用できず、貴族の骨董品か伝家の治療薬化してしまっているとか。
その上、惜しげもなく込められた魔力濃度と精霊水の純度…どこの天才魔導師の作なのか、鑑定家としての職分も構わず問い詰められたそうですが……いやあ、あんなに取り乱した彼は見たことなかったと、親父が目を丸くしてましたよ。
あ、もちろん鑑定家の守秘義務は守るようちゃんと口止めはしていますし、親父も『詳しいことはわからない』と突っぱねていましたが」
想像していた以上の事態になりかかっていたらしい。
私はカタカタ震える指でカップを持ち上げ、ググーっと一気に冷め切った茶を飲んで、喉の渇きを潤した。
「ただ、中級と鑑定されていながらも、効力は上級に迫る程高いためそのまま店舗に並べるわけにもいかず、それ以降は、ここで仕入れたいくつかの商品と共に、本当に信頼があって口の堅い顧客に口コミでしか販売していません。なので、最初に口上した顧客から催促が…のあたりは本当のお得意さまと、その信用に適った堅実なお知り合いということなので、その辺りは安心してもらっても大丈夫かと思うんですが…。
鑑定家にかける前に、普通に商品のいくつかを売ってしまっているんですよね…。
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…弟には、大変気を遣わせてしまったようで、思わず膝に肘をついて頭を抱えてしまった。
「魔獣様方の言葉から、姫様はあまり人前に出たいと思っていらっしゃらない様なのだ。常に魔獣様方が仲介の為に村へ降りてこられ、納品を済ませていかれる。そして、どうも俗世の事はご存知ない様子。
ロビンが言うには、普通に道具を扱うように魔石のついた魔道具を扱い、季節関係なく生い茂る庭から摘んできた希少薬草などを惜しげもなく使用した料理を召し上がり、普通の生活用水として精霊水使っていたとか」
「ぶほっ! どこの楽園ですか、それ。精霊水使いたい放題とか…ありえない。
しかも知恵ある上位魔獣が使いっぱしりみたいなこともしてるって……なるほど…『お姫様』なわけだ。
…すごい方ですね」
常に冷静で穏やかな甥も、その浮世慣れした姫様の様子に驚きを禁じ得ないらしい。 最も、私も初めて聞いた時はどこのおとぎ話の存在かと思ったが。
「そして、金銭のことなどもまるでご存じないのか、全く気にされず、値も付けられないようなアイテム類を惜しげもなく我々に下げ渡してくださる。しかも、その対価としてまるで釣り合っていない我々の捧げ物も大層お喜びになり、常に我々の様子を気にかけて、魔獣様方を遣わして下さるようなお優しい方なのだ」
「ええ。村の様子を見ただけでも、どれだけこの村を気にかけてくれたのか、わかります。この村に入った時、以前は感じなかった精霊さまの存在を感じるような気がしたのです」
「ロビンもそう言っていたが…魔力の強い者は、やはりそう感じるらしいな。 私を始め、直接ではなくてもあの方に自分や家族の命や生活を救われた者は少なくない。そして、姫様の移し身に祈ることによって、心穏やかに過ごすことができた喜びを、身に染みる様に実感してきた。
…それだけに、あの方の憂いを除くことができるなら、我らの命など惜しげもなく捨てることができる程に」
私は、目の前に座る甥の眼をひたと見つめる。 エディはそんな私の覚悟を受け取り、目を逸らすことはない。
「ええ。申し訳なくも我々の不注意で流通させてしまったいくつかは、その希少さや効能からいずれ何某かの注意に触れるかもしれませんし、いくら信頼がおける善良な顧客ばかりを選んだとはいえ、絶対に広まらないとは言えません。本当に至らず、すみませんが」
「いや、お前たちに言わなかった私も悪いのだ。いずれ知られるだろうという覚悟と、それらの問題に備える猶予が与えられただけ良しとしよう。どちらにせよ、この村の問題として片づけるので、この村を出たおまえたちは気にせず暮らすといい」
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しかし、かつての弟によく似た容姿で、
「水臭いことを言わないでください。僕も父も、王都に住まう者ではありますが、この村の者としての気概はちゃんと持っているんです。祖父に追い出されて父が困っていた時に助けてくれたのが、伯父さんや叔父さんを始めとした村出身の方々だということは僕たちも知っています。
伯父さんたちの恩人であるなら、僕たちにとっても恩人であり崇拝する方でもあることに変わりはありません。どうか、困ったことがあったら、僕たちも頼って下さい」
そう、ハッキリと宣言され、最近歳を取ったせいか涙もろくなった涙腺がゆるんで、思わず眼頭を押さえる。
「そうか…。いずれ、ありがたく頼る日がくるかもしれないが、その時はよろしく頼む」
鼻をすすりながら、そうとしか言葉が出なかった。
その後、エディはいくつかのポーション類と美容用品、小さな魔石や魔獣の皮や骨などをマジックバッグに詰めて、護衛と共にワイバーン便に乗って帰って行った。今日はこれから王都の店へ帰って上司である父親に報告しに行くのだと言う。
あんな話をしていながらも、なんだかんだ言って、顧客の期待に応えるためにもちゃんと売れ筋商品の仕入れはしていくのだから、大したものだ。
そんな逞しくなった甥の背中を見送りながら、私はこの村を襲うかもしれない権力者の脅威についてため息をついた。
『深いため息ニャ』
不意に、無防備となっていた背後から声を掛けられ、思わずビクリとなって息を詰めながら、恐る恐る振り返った。
そこには、猫型の上位魔獣であるマーリン様の大きなお姿があり、私の背後に座ってこちらを窺っているため、私は「ふぅ」と息を吐いた。
『何をビクビクしているニャ? 何かよからぬことでもあったかニャ?』
…この方は、一体どこまでご存じなのだろうか?
時々用もなく現れることがあるが、魔獣でありながら我々に危害を加えたことはなく、初対面の時に一方的に切りかかった村人たちですら、蹴散らした後でもケガがないよう治療までしてくれた稀有な魔獣様である。
…最も、それらも全て姫様のご意向であったと仰るのだから、そのお優しさには感謝しかない。
『で、質問の答えはどうしたニャ? 何かご主人に関わることでも起こるのかニャ?』
座った状態だと、立っている私の視線よりやや低い位置に目線がくるため、やや上目遣いで私の瞳をのぞき込んで問いかける形となり、その縦に瞳孔が開いた大きな黄色い瞳は、私の心を覗き込むように見つめている。
ああ、恐らくこの方は、大体のことを把握しておられるのだろう。
常ならば神出鬼没で現れる強大な魔獣の姿や、人の心を透かし見るような聡明さを空恐ろしいとすら思っていたが、この時ばかりは心強く感じ、甥とのやり取りや今後現れるかもしれない厄介ごとについて打ち明けた。
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