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第三章:巻き込まれるのはテンプレですか? ふざけんな

幕間―クリスティアン王子の事情②―

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≪ねえねえ、おともだち?きみたちおともだちなの?≫
≪わんこがひとのこをまもったの。かんどうだね≫

 キィーーンという、不快な金属音と共に、頭に不思議な声が響いた。

≪おともだちは、ずっといっしょにいたいよね≫
≪そうそう、そういうもんだよね≫

 その声は、不快な耳鳴りと共に頭に響き、俺の視界も遮っているので目の前が真っ白になる。

「王子? クリスティアン王子? どうなさいましたか?」

 隣で、部隊長が心配そうな声をかけてくるが、今はそれどころではなかった。

≪ねえねえ、わんちゃん。あなたのおなまえ、おぼえてる?≫
≪おぼえてる? おかあさんやおにいちゃんはなんてよんでたの?≫

 すると、いつの間にか呼吸を安定させた子犬が、目を閉じたまま

 “ジェローム”

 と、つぶやいたのを感じた。 いや、聞こえた気がしたが耳で聞いた声ではなかったかもしれない。

≪ねえねえ、きみは? きみのおなまえ、なんていうの?≫

 突如現れた、訳の分からない現象に飲まれながら、俺はこの存在がどのようなものなのかも考えずに

「クリスティアン=リオ=ゴルトリヒト」

 と、バカの様に真名を答えた。
 今、何か自分では理解しえない現象が起きていることだけを確信しながら。

≪ぱんぱかぱーん、ここに“めいゆうのちぎり”がせいりつしたよ≫
≪おおー、すごいすごい。ちょうひさしぶり≫
≪じゅつしきとか、めんどくさいんだから、あんまりやりたくないんだけどね≫
≪めんどくさいのはおっきいのにまかせちゃったけどね≫

 その声は、幼児のようにとても軽い口調で口々に騒ぎ立てるが、俺の頭の中は何か硬質なものでかき混ぜられているかの如く、不快な頭痛に襲われて、吐き気すら感じていた。

≪じゃあね、ふたりなかよくがんばって≫
≪りゅうはどっかににげてった≫

 言っている意味はよくわからないが、とりあえずあのドラゴンは、これらの声の存在に気づいて逃げ出したということだろうか?
 ガンガンと耳鳴りが響く頭で考えるが、すぐに次の言葉に気が散らされる。

≪うんうん、わたしたちいいことしたね≫
≪そうそう。ひきさかれるふたりをむすびつけたんだから、ぼくたちすごい≫
≪むすびつけるってなんかちがくない?≫
≪おなじおなじ。たいしてかわらないよ≫
≪いいことしたした≫
≪じゃあねばいばい、またねー≫
≪またねー≫

 そうやって突然始まった会話は、突然訳も分からず終結をむかえたようで、頭の中で無遠慮に会話する存在達の声を最後に俺は気を失い、目覚めた時は懐かしい王宮の自分の部屋のベッドで横たわっていた。

 森の中で気絶してから1昼夜が過ぎ、俺が目覚めたとの知らせを受けた父はすぐさま駆けつけてくれた。そして、1か月ぶりに帰って来た俺の無事を喜んで俺を抱きしめたまま涙を流し、俺も久しぶりに感じた父のぬくもりにその胸にしがみつき、懐かしいとすら思うようになってしまった、燃える様に赤くフサフサとした立派な獅子王のたてがみに顔を埋めながら家に帰って来た安堵で泣き出した。

「父上、私と一緒にいた仔犬はどこにいるのですか?」

 気分が落ち着いて来た後、子犬が近くにいないことが気になって父に尋ねると、父は眉を顰めて「グルゥ…」と困ったように唸った。

「あの神狼の子は、治療室にいる。 魔獣とはいえ、お前が必死になって救おうとしていた相手なので、一緒に連れ帰って治療を受けさせたかったと、エドマンドが訴えるのでな。城に貯蔵してある上級ポーションを使って……って、おい、クリスティアン?」

 その言葉を聞いた瞬間、俺は父の静止の言葉も振り切って治療室へ駆けつけた。すると、扉の開いた音で小さな寝台の中で伏せの状態で寝ていた子犬…ジェロームが首をもたげてこちらを見ていた。

「ジェローム! 生きてたんだね! よかった……」

 本調子ではないのだろう、ジェロームは何も言わずの首をかしげながら寝台の傍らにひざまずく俺を見守っている。しかし、生きて動いているその様に、俺は嬉しさのあまり、ジェロームを胸の中に抱き上げて、何度も頬をこすり合わせた。

 “落ち着けクリスティアン、暑苦しい。私は死んでいないぞ”

 すると、何故か頭の中で声が響いた。 驚いてジェロームを見つめると、ヒャンヒャンと空気の洩れたような音を発してはいるものの、声が出ていないことに気づく。そして、身体に巻かれた包帯を解くと、大小様々な傷跡が見えたが喉に大きな傷跡が残っていたことに涙が出た。

「ジェローム、声が……」

 しかし、当の本人は覚悟を決めたのか落ち着いており

 “なに、声が出なくとも大して支障はない。おまえと会話するのに問題はないしな。ただ…ブレスを使うことがきないのが心残りではあるがな”

 そう、話していた時と変わらぬ、感情の起伏に乏しい口調で念話を送ってくる。

 “それと、お前は気づいていないかもしれないが、我々は〈盟友の契り〉という契約を結んだらしいぞ”

「盟友の契り? 何それ?」

 聞き覚えの無い単語に、キョトンとしていると、ジェロームは言葉を続ける。

 “裏切ることなく、共に生きて共に死ぬ。運命共同体となることを誓う誓約だそうだ。おまえに加護を与えた精霊が言っていた。 我々は、どちらかが死んだ時に寿命を迎える関係になってしまったようだ”

 そう告げられた言葉に、衝撃はあったものの抵抗はなかった。ずっと一緒にいられるのだから、嬉しいに決まっている。
 しかし、俺は王族としてこの城・国を離れることなどできない。自由に生きて来た彼の方は、それを嫌がるかもしれないと思い、不安になった。

 “そのような顔をするな。 正直、こんな石造りの住処が窮屈だと思わなくもないが、盟友と共にあることに不満はない。
 せいぜい旨い飯でも出してくれればそれでいい”

 普段クールなジェロームらしからぬ、おどけた言い方に俺は胸をつかれて、ただ泣きながら

「うん。うん。おいしいご飯、出してもらうように、父上にお願いする。ごめんね、森に帰してあげられなくて」

 と、ジェロームの小さな体をそっと抱きしめて何度も謝った。ジェロームは、

 “あそこには特に待つ者も、自分の縄張りもないのだ。気にするな。それに、機会があればいつか帰ることもあるだろう”

 そういって、そんな俺の頬をペロリと舐めて慰めてくれた。



 その後、父にジェロームと<盟友の契り>を結んだこと、その時に精霊の加護がついたことを伝え、ジェロームとは常に共にあることを伝えた。 父や魔法省の長官たちは、幼体とはいえ上位魔獣との契約など滅多にないことだと驚き、特に精霊の加護が付いたことを喜んだ。
 そして、共に在るジェロームの食事は、王子たる俺に出されるものと遜色のないものが出されるようになったのだが、その味付けだけは薄味にしてもらい、肉中心の食事に変更されており、俺の部屋で食事をとる習慣となった。

 “狩りに行かなくても、食事ができるのはいいのだが…体が鈍ってしまうのは困るな……”

 そう言いながら、王宮で出される魔獣の肉をガツガツと貪っている姿に、俺は微笑みを禁じ得なかった。
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