【R18】「いのちだいじに」隠遁生活ー私は家に帰りたいー

バセット

文字の大きさ
42 / 118
第三章:巻き込まれるのはテンプレですか? ふざけんな

幕間―クリスティアン王子の事情③―

しおりを挟む
 俺が誘拐された経緯について父から聞いた話によると、俺を攫った賊は半獣人である俺を他国へ売り飛ばす目的で誘拐したが、追っ手を撒くために精霊の森に入ったものの魔獣に襲われて全滅したらしい。…そこで俺だけが無事だった理由は、王族が生まれた時に埋め込まれる魔獣除けの魔石が体内にあったので、低俗な魔獣は俺を無視していったと思われると、後から聞いた。(ジェロームは匂いで護符の存在に気づいてはいたが、鼻で笑う程の力しかないから俺を襲った魔獣とは別の意味で無視していたそうだ)
 だが、いくら貴重な半獣人を得るためだからと言って、不用意に精霊の森に踏み入るような土地勘のない賊が忍び込めるほど王宮の、しかも後宮の警備は容易くない。明らかに手引きした者がいるはずだと捜査を進めていったがその都度妨害が入るため、その成果は思わしくなかった。そして、俺が攫われる少し前には、兄も何らかの手の者によって何度も命を狙われていたとの話を聞くと、その裏で何が起きているのかを想像するに難くない。しかし、兄を擁する公爵の一派と、俺を支持する一派の争いだけでなく…もしくは、それにつけ込んだ他国の勢力や表に出ないで暗躍する他の貴族によるものである可能性も考えられたことからも、捜査は難航していったようだった。

「不甲斐ない父親で済まない…」

 あの日、俺を抱きしめながら苦しそうにつぶやいた親父の声は震えていた。



 その後色々考えて、俺が王になる意志がないことを親父に告げると、一緒に聞いていた母は怒り狂ったが、親父は特に狼狽えることもなくただ静かに「そうか…」と言った。
 王になることよりもやりたいことができてしまったのだから、元々なりたいとも思っていなかった王位を諦めることには何の未練もなかった。王になってもできないわけではないが、色々な柵にまとわりつかれるのは遠慮したかったという、かなり自分勝手な選択でもあるので、やはり自分は王に向いていないと確信することができた。それもこれも、兄という王になるべくして生まれたような存在がいたからこそできる我が儘だったと思うとありがたいとすら感じている。 それに、これ以上ゴタゴタを続けて国を疲弊させるのは、王ではなくとも一応王族として生まれた以上、本意ではない。
 親父に告げる前にそう兄貴に打ち明け、協力してほしいと頼むと、兄貴は

「お前は…誘拐されてから軸がしっかりしたというか……大人になったと思っていたが、我が儘な所は変わらなかったんだな…」

 と、苦笑していたが、最後に一言「…わかった」と意志の籠った眼で返答してくれた時、改めて親父にそっくりだと思った。

 そして、それを周囲に宣言した後から俺は常に兄から一歩引いた存在として公式の場では兄を立て、心から兄の即位を望んでいると周囲にわかるよう、振舞うことになった。 また、寿命が長いだろう俺のことで、余計な争いを次代に持ち越さないために、兄が妻や側妃を娶り3人の子を成した後も、俺は妻帯することもなく独り身で過ごしたが…もっとも、俺の魔力量が突出しすぎていたため、同じ半獣人の妻を娶った所で、俺と同等かそれ以上の魔力を持つ程の女性でなければ子を成すこともできないし、そのような女性など皆無と言って良い程いなかったので、そこまで心配することもなかったのだが。 
 親父や兄貴はそこまでしなくても…と言ってはいるが、母親程うるさく言わない所を見ると、俺が結婚に向かない男であり、妻帯しない自由もあることを認めてくれているようだった。そして加えるなら、傍には常にジェロームもいるので孤独を感じることはなかったのだ。

 その後、公爵たちとも和解し敵ではないと認識してもらうことに成功すると、徐々に母親の一派は鳴りを顰め、それに伴い暗躍していた者たちも、2大派閥が大人しくなったため介入する隙を見出すことができなくなったのか、俺が魔法省長官に着任してからここ10年は、目立ったトラブルもなく静かな環境で過ごすことができていたのだが…
 2年前に親父が病に倒れ、徐々に床に臥す時間が増えて来てから比例するかのように面倒ごとが起きるようになった。しかし、前回と違う点は、兄やその嫡子が狙われると同時に、俺にも刺客が放たれるようになった点か。 母親がこれら一連の出来事に関わっているようではあるが、俺にまで刺客が放たれていることまで知っているのかはわからない。

 そろそろ潮時か……と思いながらこれまで先延ばしにしていた事案の解決について、すでに持病ともいえる軽い頭痛を覚えながら、奥庭のベンチで寝転び考える。

 20年前に森から帰った後、上位魔獣と対等に契りを交わせるようにと過分な加護を与えられたせいか、いつまでも過剰な精霊の接触に馴染むことができず、その後しばらく加護の力を受ける度に激しい頭痛や耳鳴り・吐き気に悩まされていたが、それも数年程でその症状が大分緩和されるようになり、その後は稀に精霊に何かを話しかけられた時以外は穏やかに過ごすことができていた。

 そのはずだったのに、1年と少し前…親父が倒れてからしばらく後に――それと呼応したわけではないだろうが――何故か精霊たちが騒がしくなりだした。…まだ自制のできる範囲の不快症状で治まっていたが。
 しかしここ数日、俺は再び堪え切れない耳鳴りと頭痛に悩まされるようになり、一日に何度も――時間がある時に限るが――奥庭のこの位置にやってくるようになった。数年前、この場所に来ると何故か精霊たちが大人しくなり俺の不快な症状も緩和されることに気づいてから、ここで寝転べるようベンチを置かせたのも俺だ。また、この場所は王族専用でもあるため、無許可で侵入したり、魔法を使おうとすると、すぐに衛兵が駆けつける体制が取られているので、仮眠をとるには絶好のポイントでもあった。

 その日も昼下がりの午後に急な頭痛と耳鳴りがしたため、仕事を一時中断してまで奥庭に立ち寄り、目を閉じてベンチに寝転びつつ症状が治まるのを待ちながら考えに耽っていると、気配察知に聡いジェロームがムクリを首をもたげて起きだした。 ここで休んでいる間は人を寄こすなと命じていたため、歓迎されないお客さんでも来たらしい。 俺はそのままの体勢で相手の出方を窺いながら、生け捕る算段を考えていたのだが、相手は手練れの暗殺者だったのか、結界に触れにくい程微かな出力だったとはいえ攻撃魔法の気配までするではないか。しかし、ジェロームが静かに俺たちを防御結界で包み込むと同時に、何故か俺たちに当たる前に暗殺者の魔法弾が『ドカッ』と鈍い音をたてて霧散した。 その動揺した気配から、魔法を発動した術者が困惑している様子も伺える。

 ……術式を失敗したのか? 

 ただ、瞬間的にそう思った。
 ここまで忍び込めるような手練れの暗殺者がするにはお粗末な失敗だとは思うが、それを立て直す機会を待ってやる義理もない。その後、俺たちはいつも通り難なく侵入者たちを捕獲し、駆けつけた衛兵に引き渡したが、やはり誰から差し向けられた者たちだったのかは判明しないままだった。

 その日の夜も、精霊たちがやけにざわついていたため、俺はジェロームに守りを任せて睡眠薬を飲んで眠ることにした。


 その後も、奥庭のベンチで休んでいるとあまり見覚えのない貴族の令嬢たちが衛兵たちの静止を無視して忍び込み、何かたわいのないことを話しかけてきたが、痛む頭に響く声でギャーギャー騒がれるのも面倒だと思って丁重にお帰り頂いた。もちろん、その後判明した親の方に親父を通して正式に苦情申し立てさせてもらったが。あそこで王族専用の庭に許可なく入り込むような身の程を知らんバカ娘に言っても仕方あるまい。そのツケは教育不行き届きで親が負えばいいのだ。
 その後のことなど俺には関係ない。


 それからの数日は、特に頭痛がひどくなることもなく穏やかに時間が過ぎていったのだが…ある夜、またぞろ精霊がザワザワと騒ぎだし、今夜は睡眠薬を飲んでも眠れる気がしなかったため、奥庭のベンチで少し仮眠を取ろうと、ジェロームを陰に潜ませた状態で自室を出た。 月のきれいな夜だったが、今はそれどころではなく、頭に響かないようそっと…しかし足早に奥庭へ向かったのだった。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

残念女子高生、実は伝説の白猫族でした。

具なっしー
恋愛
高校2年生!葉山空が一妻多夫制の男女比が20:1の世界に召喚される話。そしてなんやかんやあって自分が伝説の存在だったことが判明して…て!そんなことしるかぁ!残念女子高生がイケメンに甘やかされながらマイペースにだらだら生きてついでに世界を救っちゃう話。シリアス嫌いです。 ※表紙はAI画像です

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

処理中です...