【R18】「いのちだいじに」隠遁生活ー私は家に帰りたいー

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第四章:地味に平和が一番です

2.精霊の女神様(爆)の所信表明ー前

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 やっぱりですね、私もいい大人なので自己主張をしないといけないですよね。

 何故テルミ村であのようなことになっているのか。
 何故あの人たちが私を神の如く崇めているのか。

 書斎兼寝室に引きこもってから2日後、色々考えた結果上記の疑問を明らかにしつつも、必要以上に私を持ち上げようとするのをやめて欲しいと訴えに行かないといけないと思った訳です。
 もう、その件に関しては家の犬猫は当てにならない。
 …むしろあちら側を煽動した疑惑…というか、かなりの確率でクロだと思われるので、やはり自分の意志は自分で伝えるべきだと思った訳で。

 お願いだから、そっと静かに暮らさせてほしいの

 …あそこまで盛り上がっちゃってるあたり、今更感が無きにしも非ずだけども、言うのと言わないとじゃ違うと思うので、まずはその様に訴えに行こうと思って……

 マーリンの背に乗って移動後、現在はテルミ村の村長さんの家? の前に来ております。

 立派に整備された門を通って入った村の中は…むしろ町と言っていいほど広くなり、開発も進んじゃっている感じで、この間訪れたサザーラント領の街を彷彿とさせる程洗練されていた。
 しかし、例の広場もそうなんだけど、舗装された街道のそこかしこに宗教色が濃い物体(偶像)が配置されていたりして、歩くだけでHPが減っていくダメージ床の上を歩いているかの様に、地味に私のメンタルが攻撃されていった訳で、心が折れそうです。

 もう、泣いてもいいだろうか?

 そして一方のマーリンは、度々こちらの村に訪れて交渉しているためか、脅威のビフォーアフターには特に何も感じていないように、普通に村の中を堂々と歩いていたりする……まあ、堂々というか、いちいち村人に意識されるのも面倒なので、魔法で魔獣の気配を消して一介の猫として移動してるっぽかった。――こんなRPG終盤に訪れるようなレベルの森にある村を自由に移動する猫が“一介の”とか言っちゃっていいのかわからないけれども――
 …ちなみに、もちろん私も騒がれたくないので隠密装備で固めた状態でその後ろをついて歩いていった訳ですが。

 ここに来るまで、道中散々『無理じゃないかニャ~』とか言われたが、そこで諦めたら試合終了になってしまうので、スルー。

 先生ぇ…引きこもりがしたいデス…

 なんて言われても安〇先生だって困っちゃうし、社会人としては失格な訴えではあるが、だからって神とかぶっ飛びすぎだろう
 安穏とした隠遁生活を夢見ていたはずなのに、神なんてとか陰キャの私と真逆にも程ってもんがあるだろう
 しかも、何を司る神なのさ?
 え、まさか淫欲とかじゃないよね…あのエロい石像見ると誤解されそうで怖いんですけど…(怯え)

 …まぁ、それはともかく、自分はあくまで目立ちたくないってことをイイ感じに訴えたいわけで。


 そうやってしばらくマーリンの後を歩きつつ、脳内シュミレーションだか妄想劇場だかに浸っていると、一際立派になった村長宅へ到着したようだった。

「ねえ…、この村、たった一年でどんだけ儲けちゃったのよ…」

 いや、お金だけの問題ではないとも思う。
 以前はちょっと立派な村人の家という感じだったのだが、今ではちょっとした貴族の隠れ家のような佇まいになっているではないか。 この世界の建築スピードの基準がよくわからない。
 あれだろうか、一日一軒のペースで邸宅建てちゃう、神大工の集まりでもいるのだろうか。

 私は彼らの住環境の変貌スピードの速さに、思わずゴクリと唾液を飲み込んだ。
 これ、私のせい…だよね、多分。
 そう思うと、何か引き返せないところまで来ちゃってるんじゃない…? という、声がどこからともなく聞こえて来る。

 …いかん、この段階で呑まれていては負ける。いや、別に勝敗じゃないんですけども…

 そう思っていると、『ロビンが中で待ってるニャ』と、勝手知ったる他人の家…とばかりに艶めいた塗材を塗られて重厚に光を反射する木製のドアを開けて、マーリンがスッと家の中へ入っていくので、私は慌ててついて行ったのだった。



「マイカさまっ!! 会いたかったです!!」

 マーリンに案内された部屋へ入って隠遁状態を解除した瞬間、ドンっと何かが私の体にぶつかって来て、その衝撃で閉めた扉に背中を打ち付け、「おぉうっ!」と女子にあるまじき声を出してしまう。…咄嗟に「キャッ!」とか言ってみたい。

「マイカさま、マイカさまっ!」

 何が飛びついて来たのかとよく見ると、120~130㎝位のキツネ耳の男の子がフサフサの長い尻尾をブンブンぶん回して、ヒシっと私の胸元に顔を埋めて抱き着いているではないか。
 栄養状態が改善されてお手入れも十分されているせいか、あの頃より幾分艶が増して黄みの強くなった金髪の様な麦わら色の髪や大きなキツネ耳の感触に、以前出会った子供を思い出し、思わず抱き留めた手に力がこもった。

「ロビン? 久しぶり。元気だった? この1年ちょっとで随分おっきくなったね」

 そう言って頭や耳を撫でると、ロビンは更に顔を摺り寄せ、

「ずっと会いたかったです!」

 と、エグエグ泣き出してしまった。
 …うん、安定の泣きですね。 もう涙とか鼻水とか言わないから…ちょっと落ち着こうか。

 そんな母の慈しみのような気持で、しばらくの間背中をポンポンして沈静するのを待っていると、先に部屋に入っていたマーリンが

『感動の再会はもういいかニャ?』

 と、ジト―っとした目で訴えて来た。

 ああ、うん、お待たせしておりますね。 

 するとその声に反応してやっと落ち着いたのか、ロビン少年は「へへ」とはにかみつつも、名残惜しそうに顔を離し、私の手をひいてソファに座り込んだ。 何故か私を真横に誘導して。

 何で真横でカップル座りなんですかね……話しにくいんですけど…。 

 そうは思ったが、先ほどのテンションに当てられて強く出られない私……あれ、初っ端から主導権握られてる…?

『おい……ああ、もういいニャ』

 空いている対面の椅子にチョコンと座ったマーリンさんが面白くなさそうにこちらを見て何かを訴えようとしていたが、「何も問題ないよね?」風にニコニコしているロビンとのやり取りがメンドクサイと思ったのか、途中で文句をつけるのを諦めてしまった。
 しかし、以前はあんなに『喰っちまえ』とうるさかったのに、なんか妙に物分かりいいなぁ?

 そんなマーリンの態度に多少の違和感を覚えはしたものの、まあ、座る位置のことはどうでもいいので、私は本来の目的を思い出してロビンに向き直る。

「えっと、あのね。言いにくいんだけど…あの広場の石像って……私?」

 いや、あのエロい女神像が自分なのかとか聞くの、すっごく自意識過剰みたいで恥ずかしいですね。

「はい! マイカさまのイメージを伝えたら、村の人がすごくきれいな石像を彫ってくれました! あの時出会ったお姉さんの姿を忠実に再現できたと思うんですけど……気に入りませんか?」

 …胸まで忠実とか、こんなあどけない顔してやることエグイな…

 思わずあの像の全体像を思い出して、顔が引きつった。

「あの…なんで私の像を神様とか言って崇めてるの? それと、この村の変わりようにすごく驚いてるんだけど…何があったの?」

『それはニャ…』

「うん、マーリンはちょっと黙っていようか」

 何か言おうとしたいたマーリンを黙らせて、私はロビンに向き直った。
 マーリン達から家で一通り聞いたけれども、私は村人の意見が聞きたいと思う。
 何故なら…善良な村人たちがこいつらに唆されている疑惑が濃厚だからだ。

「私は村の人に聞きたいの。 本当は村長さんとかがいいとは思うんだけど、この宗教騒ぎの中心がロビンだっていうから、聞いてるんだけど…なんであんなことになっちゃったの? できれば…そっとしておいてほしかった…」

 私はそう言って、眉を寄せて俯いた。すると、悲しんでいると勘違いしたのか、またもやマーリンが

『ごご、ご主人、違うのニャ。誤解なのニャ!』

 と焦って再び口を挟もうとするので、私は顔を上げずに「マーリンはちょっと部屋の外で待機」と命令する。

 するとマーリンは、『ニャァ~、それはダメニャ……』 と、どこか焦ったようなセリフを残して、妙にキビキビとした動きで部屋から退出していった。

「うん、これで君たちの意見が聞ける。ひょっとして、あの子たちに唆されて、あんなことになっちゃんじゃないかと思って、ちゃんとした意見を聞きたかったの」

 そう言って、顔を起こして向き直ると、何故かロビンがズィっと近寄ってきており、頬を染めながらウルウルとした大きな瞳で見上げてきていたので、思わず「ウっ」と息を飲んで心持ち横にお尻をスライドさせて肘置きと背もたれギリギリまで寄せられてしまう。

 え、近くない? 肩も腿もすごく密着してるんですけども

「マイカさま……僕たちの生活を一変させるほどの恵みを与えてくれたあなたへ、心の底から感謝を示したいと思ったのが始まりでした。あの頃の僕たちは、貧しくて何もなかった。誰も失うことなくゆったりと過ごせる冬なんて、あそこに村を興してから初めての事だったと、おじいちゃんは言っていました」

 ロビンはそう言いながら私の手を取り、下から見上げながら話を続けるので、私は「う…」と思いながら顔を上げた。

 いや、近いよね…子供だからまだいいけど…。 しかし、この世界のちびっこは普段こんなに密着してお話してるんだろうか。

「しかも、マイカさまはそれだけでなく、度々マーリン様やタロウ様を村に寄こして、魔獣に襲われないように気を配って下さいました。 僕たちは領主や国にも忘れられた存在で、こんなところに住んでいながら屈強な戦士も多いため、虐待などはされませんでしたが、その反面これまでどんなに困っていても、僕たちを救おうなどと思う者は皆無だったのです。 それを気にかけてくださり、しかもただ人ではありえない程の精霊さまの恵みをくださる……。こんな存在が神ではなくて何だというのでしょうか? そうして、自然と村人たちがマイカさまを崇めるようになっていったのです。 マーリン様は時々村の運営などについて良き意見などをくださいましたが、その程度しか介入されてらっしゃいません」

 あああ……土地神さまや……完全に土地神さまポジションや……

 私は思わず顔をしかめて両ひざに肘をつき、ゲンドウポーズで「うむぅ」と唸る。
 できれば逃げたいと思った。
 手を解かれたロビンが、私の前のめりになった私の肩の上にそっと頭を載せて寄り添っていたが、それどころではない。

 マーリンやタロウをあの村に寄こしたのは、ほとんど交易目的で、確かにこの村が無くなったら困るからと、パトロールじみたこともお願いしてはいたけれど……そう来たかーーー……。 

 途中から交渉を控えようと自重していたつもりだったのだが…すでに時遅しだったようで、村人たちからの感謝や好意が天元突破してあんな形に………優しくされ慣れていない人に、下手に親切にするとこうなるって典型的なパターンだわ……。

 そうして、もう少しうまくやれれば…と己の所業に後悔していると、今度は何故村人総出でこのような新興宗教のような形になったのかという説明が入った。

「実は…マイカさまからいただいたものなどを王都で商人をしている大叔父に売ってもらっていたのですが、そのあまりの出来の良さや、レシピの特異性などから、王都の魔法省に目を突けられているようで……この村までは来ていないようですが、大叔父たちの所にポーションの制作者などを探る者が出て来たそうです」

 あああ…そっちもかーーー……。
 一応、市場からかけ離れたものは出さないように気にしてたんだけど、…レシピの特異性ってなによ? 
 エーリッヒ先生とかゲーリング先生は一般的な魔導師じゃなかったということでしょうか?
 え、やだ、あの人たちモグリだったの……?

 そんな失礼なことを考えつつ、嫌な予感しかしないが、私は「そう…」とだけ相槌を打って話を促した。

「そして、いずれ魔法省の役人がここを嗅ぎつけ、軍を派遣して精霊の治める土地となったこの村の様子を知ると、どうするでしょうか?
 元々無かったもののように扱われていた村です。この村を占領して奪った挙句、森で平穏に暮らすことを望まれているマイカさまを無理やり召し上げようとされるかもしれない。そういう考えに至ったのです」

 その言葉を聞いて、私はハッと顔を起こして思ったより近くにあったロビンの顔を見つめた。
 私は多分…大丈夫だろう。精霊やタロウやマーリンたちに守られているから。
 でも、この人たちは……

「そんな顔しないでください。 マイカさまが助けて下さらなかったら、いずれ少しずつ村人がいなくなって、僕が村を継ぐころには、村としてなりたたないかもしれないような村だったのです。 子供はもう、僕ともう少し年上の数人しかいませんし若者は少しずつ村を出て、残った者はほとんどおじいちゃんやおじさんたちの世代の者ばかり。 だから、かつての村人を呼び寄せて、この地とマイカさまを守れるように体制を作っておきたかった。…それがあなたを神様に奉るような形になっちゃって、申し訳ありませんが…」

 そう言いながら、泣きそうな顔をして笑って見せる。
 その幼い顔は小学生の様にあどけないが、表情は大人のもののように苦渋に満ちていて、そのアンバランスさに思わず目を離せずに見つめてしまった。

「国からも狙われる危険性もある、恵みのある土地なので、人を呼び寄せることは難しいことではありませんでした。元々は騎士の家系の者ばかりだったので、方々で冒険者や傭兵、騎士といった職に就いているものが多くいました。その中でも、故郷に対する愛情はあるものの生活面での問題があって躊躇われるという者には生活の保障を約束し、騎士団を指導し纏めてもらっています」

「騎士団……?」

「ええ、神様を守るのだから、それ位はないと恰好がつきません。今はまだ、準備段階なので40~50人の自警団みたいな規模ですが、そのうちこの土地に魅かれて、あなたを慕ってどんどん人が集まってくることでしょう。大丈夫です、マーリン様方からも協力していただけるそうですし、教義を叩きこんでしっかり躾けるので、マイカさまを煩わせるようなことにはしませんから」

 そう言って輝かんばかりの笑顔で言い放つ少年に、何かそら恐ろしいものを感じ、「女神とか恥ずかしいからやめてください」とも言い出せなかった。 
 ただの引きこもりが新興宗教の神と崇められることに心の底から納得できたわけでもないが、私の生活だけでなく消えゆく村人の生活や命まで担って村興しで頑張ろうとしている彼の言い分に真っ向から反論できるほどの材料が、私にはなかったのだ。

 …ううう、でもでも……

 諦めきれない私は、かといって何と言っていいのかわからず言いあぐねていると、ロビンはそっと私の膝に乗り上げて抱き着き、項に頬を寄せて囁いた。

「マイカさまがそれを望んでいるわけではないことは承知しています。 森の聖地で精霊さまに守られて静かに生活したくてあのような所に居を構えていることも。 でも、僕たちのわがままを許していただけないでしょうか? 決してあなたの生活を乱すような真似はしませんから、あなたを崇拝する下僕の存在を許してください」

 こんな小さな子供に、私はここまで言わせてしまうのか……

 私は、その言葉を聞いた瞬間、あくまで自分の願望だけを守ろうとしていた自分の小ささに嫌気がさして、思わず涙ぐんでロビンの細い体を抱き寄せた。

「ごめんね。 こんなに小さいのに、みんなのことだけじゃなく私のことまで考えてくれたんだよね?
 私のことまで守ろうとしてくれて……ありがとう」

 そう言って、私の膝の上に乗りあがっているロビンに笑いかけると、ロビンはこれまでの大人びた表情を作っていた顔を真っ赤にして、おろおろと狼狽えだした。

 やだ、尻尾がボワッと総毛立ってて、かわいい

 そう思って、ほほえましいと思いながら笑って背中を撫でていると、急に目の前が暗くなり……唇に何かが覆いかぶさってきたではないか。

 え……? キスされてる?

 不意に視界を阻まれて、唇に何か温かくて柔らかい感触がするのを感じながら、私はただただ動けずにいた。
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