【R18】「いのちだいじに」隠遁生活ー私は家に帰りたいー

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その後のお話編:彼女にまつわるエトセトラ

エ□フ編そのいち:かの人の日常

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最近、何やら山の精霊様方のご様子が落ち着かない。
 常に北東の方を気にしており、口々に何かを囁いていらっしゃるのだが、かの方々は常に無邪気で自由な会話を好み、取り留めのない話もまぜこぜで話していらっしゃるので、何を仰りたいのかまるで要領を得られない。
 ただ、そのやり取りの中に、何か彼らがとても興味を惹かれる存在が現れたとの話が気になった。 

 何が現れたというのか?

 お尋ねしても、印象が散漫としていて、彼ら自身もよくお分かりにならないらしい。

 しかし、それも変わらぬ日常の一場面であり、静謐な空間にさざめく彼らのおしゃべりに耳を傾けながら、彼らの気を引いた何者かについて思考した。




 我らアルフハイム共和国は精霊に仕えし全人種の種族から成り、大陸の東側――――精霊様がおわすキリアン山脈の麓に寄り集まって国家を形成されている。
 国家の規模としては中央大陸の中でも中規模程度とそれ程大きい国ではないが、4大国の一つに数えられるほどの強国にして、この世界唯一の全人種主体の国家でもあった。

 かつての全人種は、自治都市や町や集落を形成して種族ごとにそれぞれ暮らして歴史を形成していたが、その長い歴史の中、生き物の魔力を糧とする魔獣たちによって多くの同胞たちが命を落とした。
 それに加えて、容姿も美しい彼らを狙う獣人ども達からも身を護るため等の理由から、それぞれの種族で団結し合って国家を形成したという経緯がある。

 この様に、国家誕生の主原因が、“種族的特徴によって狙われやすい同胞を外敵から護る”というものだったせいか、それ以降、同種で固まることが多くなり、統合国家樹立以降500年以上経った今でも外部の存在にはやや排他的になってしまうのが、為政者の一人として少々悩みの種でもある。
 しかし、基本的に余所者には距離を置いてしまう我々ではあるものの、中には例外…というか、異人種の中には特別とも言える存在もいた。

 かつて、この国家が成立する少し前、主要都市の中の一つに一人の英雄が現れて、その身を挺して魔獣や外敵たちと戦い、多くの同胞たちを救ったという。

 その者は…いや、その方は、我々には持ちえない黒く艶やかな癖のない髪と、黒真珠のような美しい瞳をもった、涼やかな容姿の美青年だったと言う。

 当時の彼と接した人たちは、彼の色彩以外、頭部の長い髪や薄っすら生えるヒゲ、顔の横にある耳、尻尾のない臀部などの外的特徴が我々と似通っていたため、もしかしたらどこか僻地の少数民族の出身かとも考えたらしい。

 しかし、特徴的であったのは小さく丸い耳や、日に当たる部分は旅によりやや日焼けしていたものの黄みがかった白い肌。年齢より若く見せた、彼の様にあどけなくも彫りの浅い顔だちを持つ種族は皆無であり、魔力の波動も我々とは全く異なっていたそうだった。
 また、本人も先祖代々自分と似たような人に囲まれて育っており、今でも家族はここではない遠くの国で暮らしているとの言葉もあったため、その出自に対してより一層謎が深まった。

 それでも、その神秘的な出自と相まって、体格は少々小柄ではあったものの、強力な魔獣たちを単身屠ることができる稀有な戦士でありながらも、騎士の様な品の有る所作と数多の外敵を排除する戦術や未知の製鉄技術を操る知性、分け隔てなく慈悲に溢れる優しさや決して奢らない謙虚な姿勢に、当時の都市民たちは瞬く間に魅了されていった。

 その様に優れた存在である。勿論、当時の都市長たちがこぞって親族の娘を当てがって歓待し、この地に残ってほしいと懇願したそうであるが、残念ながら彼には各地を旅する理由があったため、願いを叶えてはもらえなかったと、その当時を知る亡き祖母が残念そうに語っていた。


  そして、英雄殿により厄災とも呼ぶべき危機が去った後、少数でバラバラに過ごすよりも多くで集まり助け合った方が、種族の血は保たれるとの、各種族の長たちからの提唱があり、キリアン山脈の麓で何千年もの間民の心の拠り所となって来た神殿―――かつては精霊様を神と崇めていた名残で今でも神殿と呼ばれる―――を取り込んで、今の国家が成立したのだ。

 その後、他国に渡った英雄殿の活躍については多くの逸話があり、その話は各家庭で子供たちに語るおとぎ話として大変人気があった。
 また、その話に加え、国家樹立の影の功労者とも言うべき英雄殿の絵姿が、今でも各都市の要所に飾られて国民の尊敬と憧憬を集めており、他国の賓客たちを迎える際には多くの人の目を楽しませることとなったのだが、各国に伝わる彼の英雄譚が共通の話題となっているのは余談である。

 


 
 この精霊様の治めし土地に生きる我々は、この峻険なる山地に建立された神殿を住まいとし、他のどの都市の全人種よりも精霊様に近しく仕えることを許された者である。そのため魔力の扱いに長けた種族の中でも特に魔法や精霊魔術に精通したものが多く、我らと共同で運営する国内の研究機関は世界でも最たるものであるとの自負がある。
 また、精霊様のお声を聞けるものが多くいると言うことは、その恩恵にあずかる機会が多いことでもあり、貴重な薬草や精霊様が自ら精製する聖水などを与えられる栄誉は何物にも代えがたく、魔法薬やポーション生成においても、我が国は他の国々を抜きんでていた。

 

挨拶が遅れてしまったが、私はここで神官長を務めるヨナと言う。

 アルフハイムの上級市民―――他国で言うなら貴族と言った方が分かりやすいかもしれないが―――としての姓はあるが、100年程前、この山で精霊様に仕えることとなった際に不要なものとなったので、名乗る時は名と役職名だけになるのを許してほしい。

 私が生まれた時に、精霊様のご加護があると判明し、10歳の年まで都市長の候補として実家で教育を受けていたが、その後入山する時に上級市民の姓と世俗にまつわる全てを捨て去った。
 そしてほんの30年ほど前に今の立場に就任し、現在は精霊様のお膝元、精霊様のお声を聞きながら、信頼のおける配下の神官たちと共に日々静謐なる聖域を取り仕切って過ごしている。
 もちろん妻帯はしていない。

 そもそも、この国自体、他国と比べても圧倒的に女性の数が少なく、もちろんこの山にもほとんど女性の姿は見られない。
 かろうじて、長老とも呼ぶべき年代の女性が一人と、神官の中に数名の女性がいるだけであるが、すでに夫だけでなく子供や孫までいる年代のものしかいなかった。

 婚姻前の若い女性は実家で大切に育てられ、複数の夫と婚姻後も夫に守られつつ子供を育てていくのが一般的なため、このような世俗と切り離された生活を望む女性は稀なのだ。
 ただ神官に婚姻が許されていないわけではないため、妻子のいる家に通いながら神官の職務を果たしている者は多いが、私はあまりそういうことに興味がなく、何度も妻を娶るよう勧められても、ただただ精霊様との交流と聖域…ひいては国家の安寧を祈って生きていくことに没頭していきたいと断って来た。

 しかしある日、あまりにうるさく言われるので、神官長として対外的によく見せる業務的な笑顔で、

「かつての英雄のように黒絹のような艶やかな黒髪・黒曜石の様に輝く黒い瞳を併せ持ちながらも、精霊様の化身のように神聖な、女神のような女性がいるならば、その身を捧げ、跪いてでもお仕えしたいと思う」

 などとあり得ない妄言のようなセリフを言ってみると、遠回しに拒否されたと思われたのか、それからは妻について言われることが少なくなった。 

 まあ、そのような女性がいるわけもないことは、私も十分承知しているので、ただの断り文句ではあったのだが、煩わされることが少なくなったのは良いことだと満足している。


 そのような些事も時々はあるが、今日も精霊様の集いし山々に日々の感謝を捧げ、静謐なる一日を始めるべく、祈りを捧げるのだった。
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