【R18】「いのちだいじに」隠遁生活ー私は家に帰りたいー

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その後のお話編:彼女にまつわるエトセトラ

エ□フ編そのに:神官長は物思う―側近A(153歳)視点―

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 静謐なる聖域の一区画に、精霊様を讃える神官長の静かな声が響く。

 かの方は今日も麗しく、神官長の種族的特徴である艶めく銀緑の癖のない長い髪が背中を覆い、淡い紫水晶のような瞳がその繊細で整った白皙の顔貌を彩っている。
しかし、その美貌に女々しさはなく、その佇まいはまるで青年神のような神々しさすら感じさせた。


 この祈りの間の祭殿は、世間から隔絶されたキリアン山脈の奥地に設置され、山の上方から遥か麓を見下ろす様に建てられていた。
 そしてこの空間で、1日の始まりに神官長始めとした多くの神官たちが総出で、国と世界の安寧を精霊様に祈る様は荘厳でもあり、神聖な空気に満ちた空間に響く、神官長の耳に心地良い低音の声が我らの気持ちを引き締める。

 この地で精霊様にお仕えする神官として120年、前代の神官長の側近として勤めさせていただいてから、早50年余りが経過しただろうか。日々祈りを捧げながら精霊様のお声に耳を傾ける生活は喜びであり、精霊様の厚い加護を受けるという神官長のお言葉は、精霊様のお言葉に等しく有難いものである。
 
 そうであるのだが…最近、ご様子がおかしく、いつも冷静沈着で動じることの少ない神官長が、時折何もない空間を見つめながら短いため息をついている時があることに気がついた。

 そしてとある日、あまりに心配になった私は、務めの合間に神官長室でイスに座って物思いにふけっておられる神官長に、思い切って

「最近、少々塞いでおられるご様子ですが、何か障りでもあったのでしょうか?」

と、問いかけた。
 すると彼は普段と変わりのない、穏やかにして冷静な表情を崩さないままチラリと横目で私を見ると、

「最近、精霊様が落ち着かないのだが…。 そのせいか、何か私の胸もざわつくような胸騒ぎがする時があり、ふと集中を切らしてしまって…。周囲に悟られない様に気を付けていたのだが、気づかれてしまったか」

 そう言いながら双眸を伏せ、長く形の整った美しい耳をヘタリと寝かせて仰りながら、再びため息をついた

 元々線の細い儚げな一面をお持ちの方ではあるが、そのように物憂げなご様子を見せられると、何故かこちらの胸もざわざわと騒ぎだして落ち着かない。

「何かの変異の予兆でしょうか? 精霊様は何と?」

 しかし、常になく、覇気の乏しい神官長のご様子に、何が起こっているのか心配になりそう尋ねる。

「変異…なのだろうか。 北東の方角…ゴルトライヒ王国のあたり…あの辺りを指し示されるものの、そこで何が起こっているのかを尋ねても、精霊様方も明確なお答えをお持ちではないらしいのだ。
 何となく、喜んでいらっしゃるような気配もするので、凶兆ということではないようだが…」

 と、言葉を濁しながら仰る様子に、普段明瞭な物言いを好む神官長にしては珍しく、躊躇いがちなご様子が気にかかる。

「ゴルトライヒ王国…というと、北東に位置するノルステン島…、聖域の森を持つ島にある国でしたね。
 我が国とも、交易などでやり取りもしておりますが…。赤い毛並みの獅子王が安定した治世を行っており、確か第2王子が精霊様の加護持ちだったかと…」

「ああ、私も気になって少し調べたのだが…。 去年だか一昨年だかに、王が病に倒れたとの噂を聞く。今の所は王太子がその後をうまく引き継いでいるようで、さしたる混乱はないそうだ。
 …しかし、精霊様が人の営みに興味を持つはずもないので…問題はそれではなく、あちらの聖域を司る精霊様にまつわる何かだと思われるのだが……」

 そう言い淀むので、その言葉を聞きながら、ふと神官長の様子を窺うと……頬が赤い?

 私は、彼のはにかんでいるような、照れているような珍しい表情を目にして驚いた。
 常に穏やかな態度を崩さないながらも冷静で、優し気な微笑を浮かべる以外の表情を目にすることが少ない神官長の美貌に、年甲斐もなく思わず2度見して見惚れてしまう。

「あの辺りの様子を窺おうと、精霊様のお力を借りた遠鏡の魔法を使って探るだけで、何故かときめく様な、心が浮き立つような…不思議な気持ちに襲われて集中できなくなる。
 このような気持ちになるのは初めてなのだが…この気持ちは、何なのだろうな…」



 神官長の曽祖父君は、かつて黒髪の英雄を自身が治める土地に招いて歓待し、その娘…祖母君は英雄殿からこよなく寵愛を受けたとの逸話がある程、その美貌で知られていた。

 そして、神官長はその祖母君の美貌を余すところなく受け継いでいるとの噂もあり、この様な扇情的な表情をされると、同性である私ですら目を奪われる程の色気を感じて、クラリと眩暈がする。

 普段のご本人自身は、――まるで彫像か陶器人形の様な――無機物的な美しさをみせるものの、聖職者の模範ともいえる生活を送っているためか、艶事など一切関係ないというような風情であるのだが…

…今の彼の物憂げな微笑みを見て、人形を連想する者はいないだろう。

 そう思える程に艶めいて、劣情を誘われる様な表情だった。


これは何なのだろうな…


 神官長はまるで恋でもされたかのように頬を染めて仰るが、この方をそのように変える存在が何なのか…私も知りたいと思った。


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