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その後のお話編:彼女にまつわるエトセトラ
エ□フ編その じゅう:遠距離恋愛の成れの果て
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思わず出てしまった言葉だったが、彼女が頬を染めながら狼狽える初々しい姿を見て、案外悪い申し出ではなかったと自覚する。
そうして、彼女が私の言葉にアタフタする姿が小動物のように可愛らしく、それを微笑ましい気持ちで見つめていると、徐々に意識が遠ざかっていくのを感じ……
『ああ、ちょっと!?』
と、水鏡越しに倒れていく私の姿を心配する声を聞きながら意識を失って………私は自室の寝台で目を覚ましたのだった。
「神官長……」
軽いめまいを覚えつつムクリと上体を起こすと、寝台の傍にはイシュト神官やオランジェ神官の姿があり、二人は心配そうな顔を向け、私を呼ぶ。
「ああ、また倒れたんだな。 済まない、心配をかけた」
そう言って二人に向かって微笑むと、イシュト神官も微笑み、「いいえ」と首を振った。オランジェ神官は、――イシュト神官に説明されているのだろう――何も言わずに軽く眉間にしわを寄せた。
通常だったら、これも務めとは言え私も苦い笑いを浮かべながら、私を心配する部下たちに何か言い訳めいたことを言っていただろうが、今回はちょっと話が違う。
私は気絶する直前まで、胸に抱いていた温かな何かを思い出し、心から沸き立つ笑いが止まらず、だらしのない顔をしていたことだろう。
「ふふふ……」
思わず止めきれない笑いが口をつき、二人がそんな私を怪訝な表情で見るので、少し恥ずかしくなる。
「ふふ、驚け二人とも。 私は妻を娶ることになるかもしれない」
熱くなった頬を冷ましながら、照れ隠しの様に耳をパタパタと揺らしてそう言うと、二人の表情がピキリと固まった。
そして、その言葉の意味を理解した数瞬後に
「「ええーーっ!?」」
と、揃って驚嘆の声を上げたのだった。
「…ああ、女神様…。 夢じゃなかったのですね。 今日もお会いすることができて、よかった…」
その翌日の午後、私は水鏡を介して再び交信を試みたのだが、女神様のご尊顔を拝することに成功してホッとした。
開口一番そう言う私に、女神様は、少し困ったような…はにかんだような微笑を浮かべ、
『…こんにちは』
と、お言葉を返してくれたので、私は嬉しくなって耳を揺らしながら微笑み返した。
実はあの後、あの二人とコンスタンの3人にはと、事の成り行きを説明すると、
「突然過ぎて、にわかに信じられない。本当ですか?」
と三者三様口々に言われたため、その都度言葉では否定したものの、徐々に女神様とお話した事自体、現実の有ったことなのだろうかと自分でも不安になってきていたのだ。
最近、我ながら少し妄想がちだったのも否めないし。
そして、手持ちのポーションやマナポーションを駆使しつつ、性急とも言える勢いで魔力や体力を回復させると、祭殿の間で精霊様に祈りを奉げ、水鏡を繋げてもらえるよう助力を請う。
あれが現実だったなら、きっとこの通信は繋がるはずだ。
そんな、希望やら願いやら焦燥感やらが籠った複雑な想いを抱きながら、私は真剣に魔力を注入していき……
今度は10秒ほどの時を経た後に、『ピッ』という高い音が聞こえ、女神様の麗しいお姿が映し出されたのを知ると、安堵の溜息をついたのだった。
『えっと…あの…私の聞き間違いだったら申し訳ないのですが……』
私は、頬を染めてあちらこちらに視線を泳がす女神様の可愛らしいお姿を見守りながら、
外見のあどけなさに比べると若干落ち着いた声音をしているが、朱に染まった頬も潤んだ黒曜の瞳も全部イイ…
などと考えており、相手に悟られない様普段通りの冷静な微笑を浮かべつつ、内心は満面の笑みで誰に向けるともなくグッと親指を立てている。
『あの、この間、「夫になりたい」とか仰って……いえ、実際会ったこともありませんし、本当に聞き間違いだと思うんですが……そんなこと、仰ってましたか?』
女神様は、謙虚で恥ずかしがり屋さんなのだろうか。
顔を真っ赤にして、しどろもどろになりながら、前回の交信で私が放った言葉を確認される。
よく見ると、若干震えているようにも見え…私は、彼女の初々しい姿に、思わず心から微笑んでいた
「ふふ…。やっぱり思った通り、可愛らしい」
『ひきゃっ?』
私が心から思ったことを口にしただけで、目を真ん丸にして顔を真っ赤にして驚く姿すら可憐に見え、無意識に口の端を釣り上げて、厭らしい笑みを浮かべてしまいそうになってしまう。
自分で言うのも何なのだが、私が微笑むとそのような様子を見せる者は多くいた。
100年以上も生きていれば、私の容貌は色々受けが良いとの自覚もある。
その様な反応を返してくる者たちを別段どうだと思ったことはなく、むしろこちらのペースに持っていけることが多くて助かると言った程度の感想しかなかったのだが、この容貌が意中の者にとって好ましいものに映っているならば、こんなにも嬉しくなるものなのかと、初めて思った。
「この間言ったことは、私の心からの願いです。
確かに実際お会いしたことはありませんが、私はあなたという方の存在を知ってから、部下に命じ精霊様の助力をお借りして、――不快に思うかもしれませんが――あなたにまつわる情報を集めていました。
想像以上の力を秘めたあなたに、最初は驚いたものですが、恐らくその時からずっとあなたに囚われていたのでしょう。
そんな男に、突然このような申し出をされ、困惑されるかもしれませんが、決して不埒な想いで近づいたわけではないことを信じていただきたい。
あなたの稀有な美しさ、常識を逸脱するほどの魔力だけでなく、こうして接しているだけでも伝わってくる、素朴で温かな人柄……それら全てを含めて、あなたと番いたい。
そう願う程強く思った私の申し出を拒絶しないでいただきたいのです」
これまでに無いほど、強く願う程に欲しいと思った。
想いの強さは疑うべくもないのだが、意外と心は凪いでおり、私は自然体で微笑を浮かべながら彼女の様子を窺っている。
すると、目を見開いて驚いた表情はそのままに、彼女は徐々に落ち着きを見せ、口を開いて何かを言おうとしては口を噤むのを繰り返し…
『…私が、黒髪の勇者と呼ばれる方と似ていると思ったからですか? 随分そちらでは人気があると伺っていますが…』
と、ふと落ち着いた表情で私に問いかけた。
私は、その時初めて 「ああ、そういえばそうだったな」 と、思い出した。
彼女に思いを寄せる切っ掛けの一つではあっただろうに、問われるまで思い出さなかったな…と。
『正直に申し上げますが、それが最初にあなたに興味を抱いた理由の一つだったことは確かです。
……しかしあなたを知った今では、その黒曜石の双眸も、黒絹の様な長い髪も、かの方を思い出すことはありません。
むしろ勇者どのの絵姿を見て、思う事はあなたでしかなくなってしまった。
―――確かにあの方は、中央大陸では愛されている存在ですし、私も敬愛しています。
しかし、ただ信じていただきたいと願うだけです。
想うのは、あなた只一人だと』
彼女を見つめながら、その思いが届きますように…そんな願いを込めて訴えると、彼女は私の顔から瞳を逸らさず見つめ、再び頬を染めて口を噤んだ。
そして、ハッと何かに気づいたかと思うような素振りを見せたかと思うと、少し俯きながら視線を下に彷徨わせ、
『…あの、夫と言っていいのかはわかりませんが……私には、3人、関係のある人たちがいます……もう一人は、ちょっと幼いのでよくわかりませんが……』
と、物憂げにか細い声で呟くように言葉を発すると、顔を真っ赤にしながら落ち着きなく視線を泳がせる。
彼女に複数の夫の様な存在がいることは大体わかっていたので、特に衝撃を受けるような内容ではなかったのだが、その可愛らしさの中に妙な色気を感じてしまい、思わず私も直視を避けて視線を泳がせ、意味もなく咳払いをしてしまった。
「ゴホッ。 ……その事でしたら、あの時の状況からも分かっていたので、特にお気にされることはありません。
もちろん、一人でいいと言う女性がいないわけではありませんが、我が国でもそのようなものなので。
優れた女性が複数の夫を持つことは、自然の成り行きでもありますし。
…最初の夫と成れなかったことは残念でしたが…。
他に夫がいることは、障害とはなり得ません。私は、あなたに連なる者となりたいのです」
どこか、私ではない何かを恐れているような様子に見えるが、私は構わず自分の思いの丈を訴えた。
『そ、そうですか……。それでも、良いと言われるのでしたら、しばらくこのような交流を続けることができますか?
さすがに、今日初めて言葉を交わしただけの人と……と言うのもなんなので』
女神様は、おずおずとこちらを窺うような笑顔ではあったものの、拒絶することもなく私の思いを受け取ってくれたと、私は安堵の息をつく。
当然、昨日の今日で快諾されるとも思っていなかったので、拒否されなかっただけ良かった。
私はホッとして緊張を解きながら、改めて女神様の黒曜石の瞳を見つめ、微笑んだのだったが…ハッと大事なことに気づいてしまった。
「ああ、そういえば、自己紹介もまだしておりませんでしたね。 私としたことが、とんだ失礼を…心が急いた挙句とはいえ、申し訳ない。
私は、アレフハイム共和国がアムリア神殿の神官長をしている、ヨナと申します」
すると、女神様は
『はっ? 神官長!?』
と、目を剥き、口をポカンと開けて私を見つめてくださった。
どのような視線であろうとも、彼女の視線を独り占めできる時間とは良いものだと思いながら、心から溢れる愛しさに任せて微笑みで返した。
その後、お互いの自己紹介を終え、女神様が勇者殿と同じ民族であり同じ国の民であったことを教えていただいたのだが…
その時に、「こんなことになってしまったけれども、あくまで自分は人間であると思うから、本当は“女神”などと呼ばれることには抵抗がある」と仰るので、私は親愛の意を込めて『マイカさま』と呼ばせていただくことにした。
私の方も彼女には、やはり神官長ではなく『ヨナ』と呼び捨てにされたいのでそう言うと、恥ずかしそうに白い頬を朱に染めながら、上目遣いで
『よ・ヨナ…』
と呼ばれたので、その夜はその時のマイカ様のご様子を反芻しながら身悶えて大変だった……何がとは言わないが。
そうして1か月程、毎日水鏡を介したやり取りを続けていると、少しずつ私の想いを受け入れてもらえるようになり、彼女の方も、
『精霊さんたちや一緒に住んでる2匹のペットや、クリスティアン王子とか、お世話になってる人たちも、別にいいんじゃないかっていうし……』と、
余計な前置きはついたものの、
『あなたに会いたいと…思います』
と、恥ずかしがり屋の彼女は、真っ赤になりながら…それでいて、艶のある黒い瞳を潤ませながら、私を見つめてそう言ってくれたのだった。
そうして、彼女の許可が得られたので、どうやって使節団に紛れてあの島に上陸したものかと考えていたある日、ゴルトライヒ王国の国王から、アムリア神殿へいくつかの贈り物が届けられた中に、私個人宛の贈り物が一つあった。
それは、握りこぶし程度はある大きな無色透明の魔石であったのだが……我が国の国宝に勝るとも劣らないほどの輝きを秘めており、込められた魔力と内包された魔法陣? ――驚くことに、わが国でも見たことがないような力を秘めた紋様の術式の様であり―――が内蔵された、信じられない程の力のある魔石だった。
その術式の内容はあまりに斬新すぎて、魔術大国の知識階層に連なる者でありながら、「…空間系?」としかわからない程複雑な紋様であった。
恐らくは、マイカ様が送って下さったものであるとは思いはしたが、どのような意図によるものかが読み取れず、箱に納まったままの魔石を手に取ってしばらく眺めていると、箱の中に小さな手紙が入っていることに気が付いた。
“それを水鏡の真ん中に沈めて下さい”
手紙の筆跡はたどたどしく、子供が書いた様なものに見えたが……私は手紙の内容そのままに、水鏡へ魔石を持って行った。
水鏡の前に立ち、精霊様にこの魔石を水鏡に入れることについて伺うと
<うほっ、いいませき>
<ちょーだい、ちょーだい>
<……おひめさまのうんだものだね。おいしそう…>
<てんい…かな?>
<いれるの?いれるの?>
<ばっちこーーい>
…随分喜ばれているようなので、入れても問題ないだろう。
私は、トプンっと微かな水音を立てて、魔石を水鏡の中央に沈めていき……様子を窺う事数分すると、
『ヨナさん、準備できたね。じゃあ、行くよー…』
前触れもなく、水鏡が急に彼女の姿を映したかと思うと、ザパンっと、激しく音を立てて水面が揺れた。
飛沫を避けるように、思わず顔を庇った長衣の袖の向こう側に………夢にまで見た彼女の姿があり、私は声もなく立ちすくんだのだった。
そうして、彼女が私の言葉にアタフタする姿が小動物のように可愛らしく、それを微笑ましい気持ちで見つめていると、徐々に意識が遠ざかっていくのを感じ……
『ああ、ちょっと!?』
と、水鏡越しに倒れていく私の姿を心配する声を聞きながら意識を失って………私は自室の寝台で目を覚ましたのだった。
「神官長……」
軽いめまいを覚えつつムクリと上体を起こすと、寝台の傍にはイシュト神官やオランジェ神官の姿があり、二人は心配そうな顔を向け、私を呼ぶ。
「ああ、また倒れたんだな。 済まない、心配をかけた」
そう言って二人に向かって微笑むと、イシュト神官も微笑み、「いいえ」と首を振った。オランジェ神官は、――イシュト神官に説明されているのだろう――何も言わずに軽く眉間にしわを寄せた。
通常だったら、これも務めとは言え私も苦い笑いを浮かべながら、私を心配する部下たちに何か言い訳めいたことを言っていただろうが、今回はちょっと話が違う。
私は気絶する直前まで、胸に抱いていた温かな何かを思い出し、心から沸き立つ笑いが止まらず、だらしのない顔をしていたことだろう。
「ふふふ……」
思わず止めきれない笑いが口をつき、二人がそんな私を怪訝な表情で見るので、少し恥ずかしくなる。
「ふふ、驚け二人とも。 私は妻を娶ることになるかもしれない」
熱くなった頬を冷ましながら、照れ隠しの様に耳をパタパタと揺らしてそう言うと、二人の表情がピキリと固まった。
そして、その言葉の意味を理解した数瞬後に
「「ええーーっ!?」」
と、揃って驚嘆の声を上げたのだった。
「…ああ、女神様…。 夢じゃなかったのですね。 今日もお会いすることができて、よかった…」
その翌日の午後、私は水鏡を介して再び交信を試みたのだが、女神様のご尊顔を拝することに成功してホッとした。
開口一番そう言う私に、女神様は、少し困ったような…はにかんだような微笑を浮かべ、
『…こんにちは』
と、お言葉を返してくれたので、私は嬉しくなって耳を揺らしながら微笑み返した。
実はあの後、あの二人とコンスタンの3人にはと、事の成り行きを説明すると、
「突然過ぎて、にわかに信じられない。本当ですか?」
と三者三様口々に言われたため、その都度言葉では否定したものの、徐々に女神様とお話した事自体、現実の有ったことなのだろうかと自分でも不安になってきていたのだ。
最近、我ながら少し妄想がちだったのも否めないし。
そして、手持ちのポーションやマナポーションを駆使しつつ、性急とも言える勢いで魔力や体力を回復させると、祭殿の間で精霊様に祈りを奉げ、水鏡を繋げてもらえるよう助力を請う。
あれが現実だったなら、きっとこの通信は繋がるはずだ。
そんな、希望やら願いやら焦燥感やらが籠った複雑な想いを抱きながら、私は真剣に魔力を注入していき……
今度は10秒ほどの時を経た後に、『ピッ』という高い音が聞こえ、女神様の麗しいお姿が映し出されたのを知ると、安堵の溜息をついたのだった。
『えっと…あの…私の聞き間違いだったら申し訳ないのですが……』
私は、頬を染めてあちらこちらに視線を泳がす女神様の可愛らしいお姿を見守りながら、
外見のあどけなさに比べると若干落ち着いた声音をしているが、朱に染まった頬も潤んだ黒曜の瞳も全部イイ…
などと考えており、相手に悟られない様普段通りの冷静な微笑を浮かべつつ、内心は満面の笑みで誰に向けるともなくグッと親指を立てている。
『あの、この間、「夫になりたい」とか仰って……いえ、実際会ったこともありませんし、本当に聞き間違いだと思うんですが……そんなこと、仰ってましたか?』
女神様は、謙虚で恥ずかしがり屋さんなのだろうか。
顔を真っ赤にして、しどろもどろになりながら、前回の交信で私が放った言葉を確認される。
よく見ると、若干震えているようにも見え…私は、彼女の初々しい姿に、思わず心から微笑んでいた
「ふふ…。やっぱり思った通り、可愛らしい」
『ひきゃっ?』
私が心から思ったことを口にしただけで、目を真ん丸にして顔を真っ赤にして驚く姿すら可憐に見え、無意識に口の端を釣り上げて、厭らしい笑みを浮かべてしまいそうになってしまう。
自分で言うのも何なのだが、私が微笑むとそのような様子を見せる者は多くいた。
100年以上も生きていれば、私の容貌は色々受けが良いとの自覚もある。
その様な反応を返してくる者たちを別段どうだと思ったことはなく、むしろこちらのペースに持っていけることが多くて助かると言った程度の感想しかなかったのだが、この容貌が意中の者にとって好ましいものに映っているならば、こんなにも嬉しくなるものなのかと、初めて思った。
「この間言ったことは、私の心からの願いです。
確かに実際お会いしたことはありませんが、私はあなたという方の存在を知ってから、部下に命じ精霊様の助力をお借りして、――不快に思うかもしれませんが――あなたにまつわる情報を集めていました。
想像以上の力を秘めたあなたに、最初は驚いたものですが、恐らくその時からずっとあなたに囚われていたのでしょう。
そんな男に、突然このような申し出をされ、困惑されるかもしれませんが、決して不埒な想いで近づいたわけではないことを信じていただきたい。
あなたの稀有な美しさ、常識を逸脱するほどの魔力だけでなく、こうして接しているだけでも伝わってくる、素朴で温かな人柄……それら全てを含めて、あなたと番いたい。
そう願う程強く思った私の申し出を拒絶しないでいただきたいのです」
これまでに無いほど、強く願う程に欲しいと思った。
想いの強さは疑うべくもないのだが、意外と心は凪いでおり、私は自然体で微笑を浮かべながら彼女の様子を窺っている。
すると、目を見開いて驚いた表情はそのままに、彼女は徐々に落ち着きを見せ、口を開いて何かを言おうとしては口を噤むのを繰り返し…
『…私が、黒髪の勇者と呼ばれる方と似ていると思ったからですか? 随分そちらでは人気があると伺っていますが…』
と、ふと落ち着いた表情で私に問いかけた。
私は、その時初めて 「ああ、そういえばそうだったな」 と、思い出した。
彼女に思いを寄せる切っ掛けの一つではあっただろうに、問われるまで思い出さなかったな…と。
『正直に申し上げますが、それが最初にあなたに興味を抱いた理由の一つだったことは確かです。
……しかしあなたを知った今では、その黒曜石の双眸も、黒絹の様な長い髪も、かの方を思い出すことはありません。
むしろ勇者どのの絵姿を見て、思う事はあなたでしかなくなってしまった。
―――確かにあの方は、中央大陸では愛されている存在ですし、私も敬愛しています。
しかし、ただ信じていただきたいと願うだけです。
想うのは、あなた只一人だと』
彼女を見つめながら、その思いが届きますように…そんな願いを込めて訴えると、彼女は私の顔から瞳を逸らさず見つめ、再び頬を染めて口を噤んだ。
そして、ハッと何かに気づいたかと思うような素振りを見せたかと思うと、少し俯きながら視線を下に彷徨わせ、
『…あの、夫と言っていいのかはわかりませんが……私には、3人、関係のある人たちがいます……もう一人は、ちょっと幼いのでよくわかりませんが……』
と、物憂げにか細い声で呟くように言葉を発すると、顔を真っ赤にしながら落ち着きなく視線を泳がせる。
彼女に複数の夫の様な存在がいることは大体わかっていたので、特に衝撃を受けるような内容ではなかったのだが、その可愛らしさの中に妙な色気を感じてしまい、思わず私も直視を避けて視線を泳がせ、意味もなく咳払いをしてしまった。
「ゴホッ。 ……その事でしたら、あの時の状況からも分かっていたので、特にお気にされることはありません。
もちろん、一人でいいと言う女性がいないわけではありませんが、我が国でもそのようなものなので。
優れた女性が複数の夫を持つことは、自然の成り行きでもありますし。
…最初の夫と成れなかったことは残念でしたが…。
他に夫がいることは、障害とはなり得ません。私は、あなたに連なる者となりたいのです」
どこか、私ではない何かを恐れているような様子に見えるが、私は構わず自分の思いの丈を訴えた。
『そ、そうですか……。それでも、良いと言われるのでしたら、しばらくこのような交流を続けることができますか?
さすがに、今日初めて言葉を交わしただけの人と……と言うのもなんなので』
女神様は、おずおずとこちらを窺うような笑顔ではあったものの、拒絶することもなく私の思いを受け取ってくれたと、私は安堵の息をつく。
当然、昨日の今日で快諾されるとも思っていなかったので、拒否されなかっただけ良かった。
私はホッとして緊張を解きながら、改めて女神様の黒曜石の瞳を見つめ、微笑んだのだったが…ハッと大事なことに気づいてしまった。
「ああ、そういえば、自己紹介もまだしておりませんでしたね。 私としたことが、とんだ失礼を…心が急いた挙句とはいえ、申し訳ない。
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すると、女神様は
『はっ? 神官長!?』
と、目を剥き、口をポカンと開けて私を見つめてくださった。
どのような視線であろうとも、彼女の視線を独り占めできる時間とは良いものだと思いながら、心から溢れる愛しさに任せて微笑みで返した。
その後、お互いの自己紹介を終え、女神様が勇者殿と同じ民族であり同じ国の民であったことを教えていただいたのだが…
その時に、「こんなことになってしまったけれども、あくまで自分は人間であると思うから、本当は“女神”などと呼ばれることには抵抗がある」と仰るので、私は親愛の意を込めて『マイカさま』と呼ばせていただくことにした。
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と呼ばれたので、その夜はその時のマイカ様のご様子を反芻しながら身悶えて大変だった……何がとは言わないが。
そうして1か月程、毎日水鏡を介したやり取りを続けていると、少しずつ私の想いを受け入れてもらえるようになり、彼女の方も、
『精霊さんたちや一緒に住んでる2匹のペットや、クリスティアン王子とか、お世話になってる人たちも、別にいいんじゃないかっていうし……』と、
余計な前置きはついたものの、
『あなたに会いたいと…思います』
と、恥ずかしがり屋の彼女は、真っ赤になりながら…それでいて、艶のある黒い瞳を潤ませながら、私を見つめてそう言ってくれたのだった。
そうして、彼女の許可が得られたので、どうやって使節団に紛れてあの島に上陸したものかと考えていたある日、ゴルトライヒ王国の国王から、アムリア神殿へいくつかの贈り物が届けられた中に、私個人宛の贈り物が一つあった。
それは、握りこぶし程度はある大きな無色透明の魔石であったのだが……我が国の国宝に勝るとも劣らないほどの輝きを秘めており、込められた魔力と内包された魔法陣? ――驚くことに、わが国でも見たことがないような力を秘めた紋様の術式の様であり―――が内蔵された、信じられない程の力のある魔石だった。
その術式の内容はあまりに斬新すぎて、魔術大国の知識階層に連なる者でありながら、「…空間系?」としかわからない程複雑な紋様であった。
恐らくは、マイカ様が送って下さったものであるとは思いはしたが、どのような意図によるものかが読み取れず、箱に納まったままの魔石を手に取ってしばらく眺めていると、箱の中に小さな手紙が入っていることに気が付いた。
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<うほっ、いいませき>
<ちょーだい、ちょーだい>
<……おひめさまのうんだものだね。おいしそう…>
<てんい…かな?>
<いれるの?いれるの?>
<ばっちこーーい>
…随分喜ばれているようなので、入れても問題ないだろう。
私は、トプンっと微かな水音を立てて、魔石を水鏡の中央に沈めていき……様子を窺う事数分すると、
『ヨナさん、準備できたね。じゃあ、行くよー…』
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