【R18】「いのちだいじに」隠遁生活ー私は家に帰りたいー

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その後のお話編:彼女にまつわるエトセトラ

颯太くんの成長日記 ⑤

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 そしてその後、多少似ていたと思っていたのが錯覚だったとしみじみ実感すると、最初の期待値が大きかっただけにいつも以上に空虚な気持ちを抱えたまま衣服を整えるのだが…、いつまでも裸のままベッドで座り込んで動かない女が煩わしい。

 俺は一体、この女に何を期待していたというんだろうか…

 そこはかとない後悔を抱えながら、ベッドの端に座って制服を差し出した。

「随分気持ちよさそうだったね。
 そんなに良かった?
 腰とかすごい勢いで押し付けてくるから、びっくりしたよ」

 早く服着て帰ってほしい。

 そんなことを考えながら薄ら寒い微笑みを浮かべて、動こうとしない女に服を着せていった。

 チャッチャと自分で服着ろや。

 しかし、女はそんな俺の内心には全く気づかず、

「ふぅ…君、ホント良かったよ。 
 こんなに気持ち良かったの超久しぶり。
 マジで中学生?ちょっとウマ過ぎヤバいって。 
 中坊にイカされるとか、あたしもマジヤバいw
 でもさー、またえっちしようよ。君も良かったでしょ?
 彼氏より全然良かったし。今の彼氏、えっちつまんなくてー。
 なんなら彼氏捨てるから、どう? あたしと付き合わない?」

 なんて興奮気味に捲し立て、こんなに冷めてる俺に向かって、普通に彼氏を捨てて俺と付き合おうとか言ってくるので、心もすっかり冷めるどころか氷点下だ。

「ごめんね、お姉さん。
 俺は別に大して良くなかったから、もう帰ってほしいんだけど。
 結局自分で抜いた方が良かったし。
 あと、ここ大事な人の部屋だから、ちょっとこの部屋にこれ以上居座られると、迷惑かな」

 にこやかに微笑みながらそう言うと、女の顔がわかりやすくビキッと引きつったのが見て取れた。

 大層プライドに障ったらしい。
 激おこプンプン丸だ(笑)。

 まあ、こんな事言われたら、腹も立つよな。
 どうでもいいけど。
 ただ、変な仕返しとかされても困るから、一応の予防策は講じないといけないかもしれない。

「お姉さんと付き合える彼氏なら、きっと心も広くていい人だと思うんだよね。
 わがままな俺じゃ無理だと思うよ。
 悪いこと言わないから、彼氏のもとに帰りなよ。
 大人しく帰ってくれれば、この写メも使うことにならないと思うし」

 そう言いながら、スマホで撮った女のあられもない姿の写真を見せると、目に見えて青ざめ…

「ちょ、ちょっと、マジ?
 マジなんなの? 脅迫するつもり!?」

 などと震えながら言うので、俺は心からにっこりと笑みを深めた。

「そんな面倒なことしないよ。
 ただ、お姉さんが俺と二度と関わらないって言ってくれれば、すぐ忘れるし。
 この写メも死ぬまで他人の眼に触れたりなんかしないから安心してよ。
 一回ヤッただけで付きまとわれたり、別れた後にストーカーされたりしたことがあったから、自衛のために記念撮影させてもらうことがあるだけだから」

「ヤバっ! あんた、マジヤバいって!
 頼まれたってあんたみたいなヤバい中坊なんかに関わったりしないから!」

 やたらとヤバいヤバいを繰り返す語彙のなさもアレだったが、そんな女に余程ヤバい奴だと思われたのか、女は真っ青を通り越して真っ白な顔をして、慌てて制服を整えると、脱兎のごとく家から出ていった。

 俺は、その様子を部屋の窓から見下ろして、無駄な時間を費やしたと後悔のため息を漏らす。

 姉ちゃんの学校って…割と偏差値高い学校だったはずなのに…ああいうの、案外普通にいるのな。

 小さくなっていく女の後ろ姿を見送った後、ドカッと姉のベッドに座り込んで両手で頭を抱えると、再び大きく息をついた。

 本当に無駄な時間を過ごしてしまった。
 やっぱり、姉の代わりなど探そうとしたのが間違いだったのだ。
 結局そういう結論に達することは、本当はわかっていたのに。

 姉ちゃんはこの世に一人しかいない。

 そう思って、女が触れていた部分を手で払うと、湿ったシーツが気持ち悪くなった。
 その後、俺は女の痕跡を消すために、ベッドのシーツや枕カバーを洗濯機に放り込み、部屋中くまなく消臭スプレーを撒きまくった。

「何? お姉ちゃん帰ってくると思って掃除始めたの?」

 夜7時を超えた辺りで帰ってきた母親が、汚された姉のベッドシーツを洗いながら回る洗濯機を見守って佇んでいた俺を見て驚く。

「え? 姉ちゃん、帰ってくるの!?」

 俺は、ガッと顔を上げて、横の洗面台で手を洗う母親を見つめて言葉を待った。

「…と、思ってたんだけど、何かバイト先で人が倒れてシフトが変更になったらしくって…。今年の冬は帰ってこれないかもしれないって、さっきメールが…」

「いつ? 姉ちゃん、いつ帰ってくるって?」

「ちょっと落ち着いて話を聞きなさい。 今年は帰ってこれないって言ってるの。
 お正月位は顔を出せって言ったんだけどね、無理だって…って、ちょっと颯太?」

 俺は、母親の言葉を最後まで聞かず、階段を駆け上がって自分の部屋へ戻り、スマホに登録してある姉の電話番号をコールした。

「もしもし、姉ちゃん? なんで帰って来ないんだよ!
 正月位顔を見せに帰ってこいよな!」

 番号をタップして、10コール程待たされてから通話が開始し、開口一番に捲し立てた。

 あの女や先輩達と姉ちゃんに対する態度と口調が違いすぎるって?

 俺は本来人見知りなので、気を許せない相手にはどうしても構えた話し方になってしまうクセがある。
 これも、「外面がいい」と姉に褒められた(褒められたんだよな?)、俺の長所だったりするのだが…
 あんな腹に一物抱えているような話し方をする事は、実は殆どない。

 まあ、そんなことはどうでもいいんだけど。


「ねえ、聞いてんの? 早く帰ってこいよ……………待ってるから」

 電話越しで顔も見えない上に、無感情な反応の姉の態度に、思わず小さく本音が漏れた。
 しかし、俺が決死の覚悟で本音を告げるも、何を言っても乏しい反応に、実は少々傷つきながら…それでもなんとしてでも声が聞きたくて、話しかける。

『う…うぅん…。うん、そ、そう…』

 それなのに、煮え切らない返答を返す声も小さくて、何を言っているのか聞き取りづらくてもやもやした。

「どうせ、彼氏もなく一人で年越ししたりするんだろ? 
 ふん。そんな寂しい年越しする位だったら、家に帰って来ればいいじゃん」

 姉の乏しい反応に思わず焦り、何の気なしにそんなことを口走った時だった。

『何でそんなことあんたに言われないといけないの!?』

 普段は穏やかでゆるゆるとした姉が急に大きな声を上げたので、耳に当てたスマホ越しにビクッとなる。

『クリスマスは彼氏と過ごすから、帰らないもん!』

「もん!」なんて、いささか当てつけがましい言い方だと思わなくもなかったが、そんなことより大事なのは言葉の内容だ。

 “彼氏”だと!?

 俺はそのパワーワードに過剰に反応して、咄嗟に言葉を返せなかった。

 そんな事は母親から何も聞いていなかった。
 いや、20歳も過ぎた大人の女がイチイチ親にそんなことまでお知らせするものなのかどうかは知らないけど。
 でも、そんな理由で帰ってこないなんて言っていなかったし。
 それに、高校から大学も一緒に行ってる姉ちゃんの友達とLIN○交換してるから、一人暮らし中の姉の様子も大体把握しているとの油断があったのだろうか。
 姉の好みが特殊過ぎた…というのもあるが、そんな存在がいるなんて聞いたこともなかったので、俺はそんな可能性があるなんて考えようともしていなかったことに、ようやく気づいた。

 隠れヲタの地味女のくせに、イッチョマエに彼氏出来たのかよ!?
 どんな男だよ、そいつ!?
 俺よりイケメンなんだろうな? 
 まさか、バツイチ中年でコブ付き中間管理職の無精髭マッチョな、初恋の某ゲームキャラみたいな男が現れたっていうのか!?
 そんなミラクルありえねえだろっ!?
 ていうか、姉ちゃんのヲタ話に8時間は笑顔で付き合えるような男なんだろうな!?(←長くなってる)
 そんな男、俺以外にいるわけねぇだろ!?
 ぜってぇ騙されてるって!!

 彼氏がいるとの爆弾発言から衝撃を受け、沸々と頭に浮かんできたセリフがこれだったりするのだから、俺も大概テンパっていたんだと思う。
 姉をディスって、見知らぬ彼氏をディスって、自分を持ち上げる悪辣さに、その時の俺は何も気づいてはいなかった。
 姉が何故か自分に対して怒っており、よくわからない反発を覚えていたことも。

『もう、私も忙しいんだから、イチイチそんなことで電話掛けてこないでよね!
 バイトもシフトが多くなって忙しくなったし、彼氏と一緒にいる時間も欲しいから、しばらく家には帰れないんで!』

 ブツッ!!

「あ、ちょっと、ねーちゃ……切られた」

 自分の思いに没頭した挙げ句、姉のまくし立てるようなセリフに返答する事もできない内に電話を切られ、反射的に何度も掛け直すも、スマホの電源を切られてそれも叶わず………



 バチが当たったのかもしれない。

 真っ暗な自分の部屋で、俺は頭から毛布を被ってベッドに寝転び、ペットのタロウを抱えてシクシク泣きながら考えた。
 タロウはものすごく迷惑そうにモゾモゾと身動ぎしていたが、特に暴れることもなく俺にされるがままに抱えられている。

 姉の部屋で、似ているのは髪の長さと後ろ姿だけという姉モドキの女とヤッて、姉の居場所を汚したバチが当たったのかもしれないと思った。

 俺はきっと、あの尻軽ビッチの彼氏よりも無様な状況になっているのだろう。
 少なくとも、一応は相手に“彼氏”と認識されていたのだから。

 姉ちゃんは今頃、“彼氏”と称する男とヤッてるのかもしれない。
 いや、あの処女臭い感じではまだまだ清い交際中というヤツだろう。
 そうに決まっている。そうであってくれ。
 学部が違う姉の友達からのLIN○では、<彼氏…いたかなぁ?>なんて、当てにならない返答しか得られなかった。 使えねぇな…。

 今頃姉ちゃんは見知らぬ男と一緒にいるんだろうか?

 姉と見知らぬ男とのイチャイチャを想像すると、腹の奥から怒りが湧いてギュッとタロウを抱く腕に力が籠もる。

 犬クセェ…

 タロウのモフモフした項に顔を突っ込んでは、その獣臭さに顔をしかめていると、首筋でフハーフハーと生暖かい息を吹きかけられ続けていたタロウが、とうとう我慢が出来ずに俺の腕から逃げていった。

 お前まで俺の元から去っていくのか?

 そんな芝居がかったセリフを呟きながらフッと自嘲の笑みを浮かべた。
 自分に酔いやすいのも中2のパッシブスキルである。

 タロウの温もりがなくなって急に冷えてきたベッドの中で、俺は寂しさを埋めるように自分の膝を抱え込み、優しかった姉の思い出に包まれながら涙に暮れていたのだった。

 姉ちゃん…俺のこと、嫌いじゃないよね?
 もう部屋を汚したりしないから、早く帰ってこないかなぁ…

 最早、気分はお仕置きされて置いてきぼりにされた幼児ようなものだったかもしれない。




 そんな風に色々な意味で痛々しい、中学2年の冬だったが…この挫折感は俺の生活を改める機会にもなり得たのだった。
 というのもあれ以来、俺は誘われれば大して考えずに付いていくという主体性のない態度を改め、その気もないのに、断ることを面倒臭がらず、誘いに乗らないようにした。―――その気がある時はそのまま誘いに乗ることもあったことは否定しないが、そんな時の関係は一度きりで完結させるよう努めた。

 そして、あのビッチの教訓から、2度と姉の部屋に女を連れ込むことはなくなり、姉の部屋で姉の空間に包まれながら自慰をする悪癖もやめた。
 こっぴどく拒絶されて以来、姉の部屋は俺が毎日キレイに整えて、心が折れた時にはいつでも籠もれるよう、祭壇の様に清らかな空間にしている。
 最早聖域のような有様だとぼやく、母親の冷たい視線も気にならなくなった。


 そしてそれなりに学校生活を真面目に送って勉強に励んだ結果、姉が通っていた高校程度には偏差値の高い進学校に進学することが出来たのは、良かったことだろう。

 あのままダラダラした生活を続けていたら、いずれ誰かに刺されてたかもしれないな…と、時々思う。
 あのビッチも、あれから一度も遭遇してないので、高校進学にあたってスマホを買い替えた時、一緒にデータも消去した。

 姉も、あの冬は帰らなかったものの、それ以降の長い休みには実家に帰ってきていたので良かったが…、どうやらあの当時、彼氏と称する男がいるにはいたが、結構早めに別れたらしいと姉の友達から知らされて、そっと胸を撫で下ろした。―――使えないなんて言って申し訳ないと心から思った。

『これ、彼氏』

 なんて恥ずかしそうな笑顔で、家族に紹介されたらどうしようかと思っていたから。
 その男をぶん殴って暴れだし、姉に止められる妄想が現実になりそうだと、本気で心配していた。


 その後、姉が大学を卒業する年になり、こっちに帰ってくるかもしれないと淡い期待を抱いたが、あっちで就職先を探すと言われた時には、もう自分が待っているだけの子供じゃないと気づいていた。

 あっちがその気なら、俺が追っていけばいいじゃないか。

 そう思って、大学の志望校を姉の卒業した大学に決めた。
 行きたい学部も、それなりに講義内容が良かったので、姉が通っていなかったとしても、志望していただろう。
 また、それ以外の大学も、もちろん姉の家から通える範囲にある大学にしているので、生まれ変わったシスコンの執念を舐めてもらっては困る。

 ちょっと思慮の浅いところがある姉ではあったが、案外勉強ができる方ではあったため、進学した大学はそれなりに有名大学で―――今の俺の成績では余程頑張らないと難しいと担任に言われた。
 しかし、無理だとも言われなかったので、姉が帰郷しないと知った高校2年の冬辺りから予備校に通い出し…今でも必死に受験勉強に勤しんでいる。


 そして高校3年の夏の終わりがけ、志望校の模試判定がC――良くてもB判定でしかないことに焦るばかりだったけども、まだまだ追い込みをかけるのはこれからだ!

 …そう思っていた矢先に、まさかの異世界転移。

 この世界には絶望しかないのかよ!?

 先に転移を果たしていた姉に拾われなければ、そう思いながら世を儚んで死んでいたかもしれない。

 やっぱり俺と姉ちゃんは、運命に結ばれている!

 絶望の中から一筋の光明が見えたと思って、再び調子に乗ってしまったのだろう。
 このまま姉の体を貪りながら魔力を吸収していき、若返った姉と同年齢にまで成長していけば……

 異世界が天国になる日も近い

 そんな風に思っていた時が、確かにありましたとも。



 しかし、扉の隙間から目に入った裸の姉が、同じく裸で寝転んでいる猫耳少年の髪を漉きながら微笑んでいる姿を目の当たりにすると………



 その女は、俺のモノだ。



 中2の時に封印したはずの俺の本音が首をもたげたのを感じた。
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