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その後のお話編:彼女にまつわるエトセトラ
異世界お宅訪問編 訪問前 ①
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<ねーさん、ねーさん、まおうがくるよ>
<こわいよー、こわいよー>
「……………ナニソレ? シューベルトだっけ?」
スマホ片手にベッドに寝そべりながら、適当に精霊さんたちのおしゃべりを流し読みしている最中、突然現れたメッセージを目にして思わず胡乱げに呟いた。
古典の鉄板ネタと化しているとはいえ、シューベルトの歌曲まで網羅しているとは侮れん……
彼らは地球文化とリンクしているようなネタを突然放り込んでくるので、実は地球からの転移者とか転生者が結構たくさんいたのではないかと疑ってしまう。
魔王、魔王ねぇ…
何のことかと首を傾げかけたが、そう言えば数日前に弟からメールで
『今から時空の穴に飛び込む』
と知らせがあったことを思い出し、そろそろこちらに到着するということなのかと思い当たった。
あちらとこちらではランダムなタイムラグが発生するため、いつ頃来るのか見当はしてても、ドンピシャなタイミングを掴むのは難しいらしい。
あれから弟の大学入試が終わった後に、一度お礼と息抜きを兼ねて遊びに来ていたことがある。
その際、実質1泊しかしていなかったというのに、あっちの世界では5日も経っていて、危うく両親から捜索願を出されかけていただなんて…笑えない。
最初の転移からの帰省時は、1ヶ月近く滞在していたはずなのに、帰った時には1週間程度しか経過していなかったというのに。
過去に戻るということだけはないみたいだけど、こんなに時の経過のズレがランダムだと、余裕のある日程を組まないと酷いことになりそうだ。
「もっと頻繁に行き来して、会いに行きたいのに……」
電話の向こうで弟は悔しそうに言っていた。
この先自分が帰省できた時にだって、一体どれだけの日数がズレてしまうのだろうか思うとゾッとする。
そういうこともあり、常にあの辺りをふわふわしている精霊さんたちに、弟が転移してくる気配を察知してもらい、お迎えの手筈を整えなければならない。
そうでなければ年端も行かない姿の弟が一人ぼっちで森の中、何日も待たされる事態が起こり得る事を思えば、精霊さん達には感謝しかない。
何せあの森には、地球文明なんかではあり得ないようなサイズの魔獣や魔虫がそこら中を闊歩し、飛び回っているのだから。
ほんと、弟共々、いつもありがとうございます
そう考えながら、私は手元のスマホの画面に目をやり、「そろそろか…」と軽く身支度を整えつつタロウとマーリンに声をかける。
「颯太が時空の歪みに到着するみたいだから、迎えに行きたいんだけど…」
名も知らない大型魔獣の革を鞣して作ったもふふわカーペットの上、大型犬よろしく寝そべっていたタロウは、『わかった』と言いながら立ち上がり、ブルリと体を震わせた。
しかし、そこに普段ならベッドかソファでゴロゴロしているはずのマーリンの姿はない。
「マーリンは……今日も街かしらね。
何してるんだか知らないけど…案外外出好きよね、あの子。
どっかの家でおやつでももらってんのかしら……」
「それはないだろう、主よ……野良猫じゃあるまいに……」
ため息交じりに呟いた一言に、足元から情けなさそうなタロウの声が響いたが、それもそっかと思いながら、私はタロウの背中に飛び乗った。
「じゃ、よろしく」
タロウの首から背中にかけて蓄えられたモフ毛を撫でつつ声を掛けると、『グルぅ』と短い了承の鳴き声が前方から響く。
そうして、私達は弟が転移してくる場所へ、文字通り風のような速さで移動していったのだった。
(ちなみに、ちゃんと魔法で風圧や振動対策はしてくれるようになったので、以前の様に風で飛ばされるような事はなくなっている)
それにしても…と常々思っていたのだが、精霊さんたちの一部は、何故か弟である颯太を『まおう』と呼ぶ。
ちょっと心擽られる部分が無きにしもあらずであるが、こんなおファンタジーな世界では不穏な呼称だと思ってもいた。
どうしてそんな呼ばれ方になったのかと、ある日その理由を尋ねると、大精霊様や上位精霊さんたち曰く、
<魔力量はそれほど巨大というわけではないが、アレほど上手く扱えるモノも稀だろう。
念じただけで空間を操る人間の魔導師など、人の歴史の上でもかなり希少な存在だ>
<制約が全く無いわけじゃないけどね>
<でもでも、あの穴から出てくるイキモノなんて、なんか、怖いよね>
<あのあなからでいりする、こわいしすこん>
<うん、うん、しすこんこわい>
<しすこんってなに? おいしいもの?たのしいもの?>
<あるいっていのせいへきもってるひとにはごちそうらしいよw>
<しすこんまおう…すごくつよそうw>
<ぱわーわーどすぎるw>
<せっていもりすぎw>
<だいそうげんww>
<ぷーくすくすww>
………はい、若干怖がられつつもディスられ、ネタにされる呼び名なのは何となくわかりました。
この世界に『魔族』という種族がある訳じゃないらしいとは、犬猫の二人から聞いたことがあった。
しかし、「魔族って何?」と思い、大精霊さまにもう少し詳しく尋ねてみた時には、その呼称も大まかに分類すると、『魔力の強い何者か』って意味合いであり、特定のモノを指しているわけではないとのこと。
別に王族でも貴族でもない私のことを『姫』と通称で呼んでいるような、ほとんどフィーリングでつけられた渾名のようなものなのだろうか。
身の丈に合わない呼称については今では呼ばれ慣れたものだが、かつては無性に居たたまれなくなり、一人で思い出しながら叫びだしたくなる時もあったし……。
それにしても大学生にして、『魔王』……その呼称は、一般人には余りにも重すぎる称号だ。
ディスりネタかスポーツ新聞の3面記事、もしくはファンタジー創作物でしかお目にかからない活字ではある。
私がそんな呼び名で呼ばれる事があったとしたら、負わされる業の深さに沈み込み、しばらく浮上はできないだろう。
だからせめて、姉である私だけは『魔王』なんて言わないようにしてあげようと思った。
厨二の病は、健常な精神を持つ者こそ、深く心を蝕まれていくものだから…。
私はそっと、両手を握って決意を固める。
本人がその事に感謝するかどうかはわからないけれども…少なくとも私はそうしてほしいと思うから。
閑話休題。
人一人乗せていると思えない程、ザッザッと足取りも軽やかなタロウの背に揺られていたけれども、今回は予測以上に転移速度が早いらしいので若干急ぎ気味に移動する。
<もうすぐ来るよー>
子供の様な小さな声が脳内に伝わり、もう少し急いで駆けつけたほうが良さそうだと、タロウの首を軽く擦って伝えた。
せめて少しでも先に着いておかないと、危険な森の真ん中で赤ん坊が放り出される事態になってしまうので。
私を乗せての移動に慣れているタロウは、その微かな合図を正確に理解し、小さく「ウォウ」と声を返して足を早める。
優しい精霊さんたちが、私達が到着するまでの間も守ってくれるだろうとは思うが、精霊さんたちはあの穴の間近には近寄れないので、どうしても遠巻きに見守る形になってしまうのは否めない。
何が起こるかわからない世界でもあり、鉄壁だと信じてはいるものの、そんな精霊様たちの守りすら突破されたらと思うと…、油断はできない。
そうして少々焦り気味に、私はもののけのお姫さまよろしく、狼の大型魔獣であるタロウの背に揺られながら時空の穴に向かって行った。
そこから数分の後、私達が到着した時には、時空の穴のような空間は確認できたものの、まだ何者も出現している様子はなかった。
到着には間に合ったようで、ホッと息をつく。
良かった、まだ来てない…
そう思いながらタロウの背から飛び降り、ゆっくりと歩いて空間に近づいていった。
異変を感じられる部分を目視で確認できる距離まで近づいた直後、500円玉程度の黒い空洞の様な穴がみるみる大きくなってくるので、近づきすぎないよう足を止める。
そしてその黒い空洞の大きさが直径50cmを超えた辺りになった時、
「姉ちゃん、久しぶり。会いたかったよ。
このままじゃカッコつかないから、早く体を元に戻してくれ」
ポンッと音が聞こえるような錯覚とともに、実年齢よりも小さな弟が私に飛びつく形で出現した。
颯太が飛び出した直後、穴は大人一人がなんとか滑り込める程度の大きさで拡張を止め、そのまま空間に固定されている。
精霊さんたちは<ヒー…っ>とか<やぁーん>とか悲鳴を上げながら、更に距離を取って引いていった―――ような気配を感じ…急に辺りが静かになった気がする。
そんな状況を感じながら、どうやらギリ間に合ったらしいと、私は小さく安堵の息を吐いた。
タロウも―――精霊さん達ほど離れてはいないけれど―――かろうじて見えるか見えないか程度の距離で、周囲を警戒しながら見回っている。
私の身を守る為…ではあるが、颯太の来訪自体にはあまり興味がないらしいので、あっさり護衛に回ってくれた。
私としてはこの後、羞恥心がバリバリ私のメンタルを攻撃してくる儀式(?)が待っているため、距離を置いてくれるのはありがたい。
さぁて……やっぱやらないとだめかなぁ……家に帰ってからの方がいいんだけど…
私は満面の笑みで近づく弟の姿を見守りながら、あまりに曇りのない笑顔に、密かに何かを諦めた。
私と同様、魔力の概念もない世界で暮らした普通の日本人であるはずの弟・颯太であるはずなのに、この世界では何故か魔法を操ることができるようになっている。
ワタシ的には納得いかないけれども、この世界限定とはいえ魔法を自在に駆使するようになってしまった弟は、息をするように空間を飛び回る。
そうして、魔法を駆使して時空の穴を飛び出した瞬間、シュルポーンと私目掛けて飛びついてくるので、私の腕の中に収まろうとする弟の体を、焦って思わず受け止めた。
「ちょ…あぶなっ」
焦って声を上げながら、背中を大木の幹に押し当てて衝撃を殺し、腕の中で抱きとめた体を落とさないよう、しっかりホールドすることに成功した。
私の魔力を詰め込んだ魔石の指輪のおかげで、弟の体は5歳児程の成長に留まっていたため、何とか落とさず抱きとめられたことに安堵する。
こちらにくると自動的に魔力欠乏に陥るため、かつては転移と同時に赤ん坊化していた弟であったが、この魔道具を外さなければある程度の魔力量を保持できるようになった。
そのため、この指輪はこちらの世界では外すことはできない必須アイテムである。―――あちらの世界では何の効力もない、ただの指輪でしかないそうだけども。
それでも見た感じ、小豆程度の大きさのサファイヤの様な宝石を象嵌された指輪ではあったが、パッと見プラチナの様な金属で作られてもいるため、セレブリティ溢れるアンティーク調の逸品であることは否めない。
当然この指輪もカーバンクルさんたちに作ってもらった特別品で、サイズは自動調整するよう魔法が付与されている。
そのため、赤ん坊でも大人でも抜けたり絞まったりすることなく装着したままでいられる優れものである。
とは言え、こんな高級宝飾品を大学生男子が常備するのは悪目立ちするため、普段は簡素なチェーンを通して、服の下に隠すように首元に装備しているそうな。
今どき指輪してる男性なんて珍しくないけど、どんなシチュエーションでも常備してる指輪なんて意味深過ぎて、説明するのも面倒くさい…らしい。
まぁ、外面もいいイケメソなもんで、男女問わずおモテになるから本当に面倒臭いくらい聞かれるんだろう。ただ、
「気持ちはわからないでもないけど、それなら別に常備しなくてもいいんじゃないかな…転移後でしか使えないし」
と呟いた瞬間、何故か頬染め微笑みながら見つめられ、私から視線を逸らさないままそっと指輪に口づけを落とされるので、その艶めかしい表情にゾクッと悪寒が走った。
…あえて追求しないほうがいいんだろう…私は瞬時にそう悟り、それ以上の追求を避けたのだった。
<こわいよー、こわいよー>
「……………ナニソレ? シューベルトだっけ?」
スマホ片手にベッドに寝そべりながら、適当に精霊さんたちのおしゃべりを流し読みしている最中、突然現れたメッセージを目にして思わず胡乱げに呟いた。
古典の鉄板ネタと化しているとはいえ、シューベルトの歌曲まで網羅しているとは侮れん……
彼らは地球文化とリンクしているようなネタを突然放り込んでくるので、実は地球からの転移者とか転生者が結構たくさんいたのではないかと疑ってしまう。
魔王、魔王ねぇ…
何のことかと首を傾げかけたが、そう言えば数日前に弟からメールで
『今から時空の穴に飛び込む』
と知らせがあったことを思い出し、そろそろこちらに到着するということなのかと思い当たった。
あちらとこちらではランダムなタイムラグが発生するため、いつ頃来るのか見当はしてても、ドンピシャなタイミングを掴むのは難しいらしい。
あれから弟の大学入試が終わった後に、一度お礼と息抜きを兼ねて遊びに来ていたことがある。
その際、実質1泊しかしていなかったというのに、あっちの世界では5日も経っていて、危うく両親から捜索願を出されかけていただなんて…笑えない。
最初の転移からの帰省時は、1ヶ月近く滞在していたはずなのに、帰った時には1週間程度しか経過していなかったというのに。
過去に戻るということだけはないみたいだけど、こんなに時の経過のズレがランダムだと、余裕のある日程を組まないと酷いことになりそうだ。
「もっと頻繁に行き来して、会いに行きたいのに……」
電話の向こうで弟は悔しそうに言っていた。
この先自分が帰省できた時にだって、一体どれだけの日数がズレてしまうのだろうか思うとゾッとする。
そういうこともあり、常にあの辺りをふわふわしている精霊さんたちに、弟が転移してくる気配を察知してもらい、お迎えの手筈を整えなければならない。
そうでなければ年端も行かない姿の弟が一人ぼっちで森の中、何日も待たされる事態が起こり得る事を思えば、精霊さん達には感謝しかない。
何せあの森には、地球文明なんかではあり得ないようなサイズの魔獣や魔虫がそこら中を闊歩し、飛び回っているのだから。
ほんと、弟共々、いつもありがとうございます
そう考えながら、私は手元のスマホの画面に目をやり、「そろそろか…」と軽く身支度を整えつつタロウとマーリンに声をかける。
「颯太が時空の歪みに到着するみたいだから、迎えに行きたいんだけど…」
名も知らない大型魔獣の革を鞣して作ったもふふわカーペットの上、大型犬よろしく寝そべっていたタロウは、『わかった』と言いながら立ち上がり、ブルリと体を震わせた。
しかし、そこに普段ならベッドかソファでゴロゴロしているはずのマーリンの姿はない。
「マーリンは……今日も街かしらね。
何してるんだか知らないけど…案外外出好きよね、あの子。
どっかの家でおやつでももらってんのかしら……」
「それはないだろう、主よ……野良猫じゃあるまいに……」
ため息交じりに呟いた一言に、足元から情けなさそうなタロウの声が響いたが、それもそっかと思いながら、私はタロウの背中に飛び乗った。
「じゃ、よろしく」
タロウの首から背中にかけて蓄えられたモフ毛を撫でつつ声を掛けると、『グルぅ』と短い了承の鳴き声が前方から響く。
そうして、私達は弟が転移してくる場所へ、文字通り風のような速さで移動していったのだった。
(ちなみに、ちゃんと魔法で風圧や振動対策はしてくれるようになったので、以前の様に風で飛ばされるような事はなくなっている)
それにしても…と常々思っていたのだが、精霊さんたちの一部は、何故か弟である颯太を『まおう』と呼ぶ。
ちょっと心擽られる部分が無きにしもあらずであるが、こんなおファンタジーな世界では不穏な呼称だと思ってもいた。
どうしてそんな呼ばれ方になったのかと、ある日その理由を尋ねると、大精霊様や上位精霊さんたち曰く、
<魔力量はそれほど巨大というわけではないが、アレほど上手く扱えるモノも稀だろう。
念じただけで空間を操る人間の魔導師など、人の歴史の上でもかなり希少な存在だ>
<制約が全く無いわけじゃないけどね>
<でもでも、あの穴から出てくるイキモノなんて、なんか、怖いよね>
<あのあなからでいりする、こわいしすこん>
<うん、うん、しすこんこわい>
<しすこんってなに? おいしいもの?たのしいもの?>
<あるいっていのせいへきもってるひとにはごちそうらしいよw>
<しすこんまおう…すごくつよそうw>
<ぱわーわーどすぎるw>
<せっていもりすぎw>
<だいそうげんww>
<ぷーくすくすww>
………はい、若干怖がられつつもディスられ、ネタにされる呼び名なのは何となくわかりました。
この世界に『魔族』という種族がある訳じゃないらしいとは、犬猫の二人から聞いたことがあった。
しかし、「魔族って何?」と思い、大精霊さまにもう少し詳しく尋ねてみた時には、その呼称も大まかに分類すると、『魔力の強い何者か』って意味合いであり、特定のモノを指しているわけではないとのこと。
別に王族でも貴族でもない私のことを『姫』と通称で呼んでいるような、ほとんどフィーリングでつけられた渾名のようなものなのだろうか。
身の丈に合わない呼称については今では呼ばれ慣れたものだが、かつては無性に居たたまれなくなり、一人で思い出しながら叫びだしたくなる時もあったし……。
それにしても大学生にして、『魔王』……その呼称は、一般人には余りにも重すぎる称号だ。
ディスりネタかスポーツ新聞の3面記事、もしくはファンタジー創作物でしかお目にかからない活字ではある。
私がそんな呼び名で呼ばれる事があったとしたら、負わされる業の深さに沈み込み、しばらく浮上はできないだろう。
だからせめて、姉である私だけは『魔王』なんて言わないようにしてあげようと思った。
厨二の病は、健常な精神を持つ者こそ、深く心を蝕まれていくものだから…。
私はそっと、両手を握って決意を固める。
本人がその事に感謝するかどうかはわからないけれども…少なくとも私はそうしてほしいと思うから。
閑話休題。
人一人乗せていると思えない程、ザッザッと足取りも軽やかなタロウの背に揺られていたけれども、今回は予測以上に転移速度が早いらしいので若干急ぎ気味に移動する。
<もうすぐ来るよー>
子供の様な小さな声が脳内に伝わり、もう少し急いで駆けつけたほうが良さそうだと、タロウの首を軽く擦って伝えた。
せめて少しでも先に着いておかないと、危険な森の真ん中で赤ん坊が放り出される事態になってしまうので。
私を乗せての移動に慣れているタロウは、その微かな合図を正確に理解し、小さく「ウォウ」と声を返して足を早める。
優しい精霊さんたちが、私達が到着するまでの間も守ってくれるだろうとは思うが、精霊さんたちはあの穴の間近には近寄れないので、どうしても遠巻きに見守る形になってしまうのは否めない。
何が起こるかわからない世界でもあり、鉄壁だと信じてはいるものの、そんな精霊様たちの守りすら突破されたらと思うと…、油断はできない。
そうして少々焦り気味に、私はもののけのお姫さまよろしく、狼の大型魔獣であるタロウの背に揺られながら時空の穴に向かって行った。
そこから数分の後、私達が到着した時には、時空の穴のような空間は確認できたものの、まだ何者も出現している様子はなかった。
到着には間に合ったようで、ホッと息をつく。
良かった、まだ来てない…
そう思いながらタロウの背から飛び降り、ゆっくりと歩いて空間に近づいていった。
異変を感じられる部分を目視で確認できる距離まで近づいた直後、500円玉程度の黒い空洞の様な穴がみるみる大きくなってくるので、近づきすぎないよう足を止める。
そしてその黒い空洞の大きさが直径50cmを超えた辺りになった時、
「姉ちゃん、久しぶり。会いたかったよ。
このままじゃカッコつかないから、早く体を元に戻してくれ」
ポンッと音が聞こえるような錯覚とともに、実年齢よりも小さな弟が私に飛びつく形で出現した。
颯太が飛び出した直後、穴は大人一人がなんとか滑り込める程度の大きさで拡張を止め、そのまま空間に固定されている。
精霊さんたちは<ヒー…っ>とか<やぁーん>とか悲鳴を上げながら、更に距離を取って引いていった―――ような気配を感じ…急に辺りが静かになった気がする。
そんな状況を感じながら、どうやらギリ間に合ったらしいと、私は小さく安堵の息を吐いた。
タロウも―――精霊さん達ほど離れてはいないけれど―――かろうじて見えるか見えないか程度の距離で、周囲を警戒しながら見回っている。
私の身を守る為…ではあるが、颯太の来訪自体にはあまり興味がないらしいので、あっさり護衛に回ってくれた。
私としてはこの後、羞恥心がバリバリ私のメンタルを攻撃してくる儀式(?)が待っているため、距離を置いてくれるのはありがたい。
さぁて……やっぱやらないとだめかなぁ……家に帰ってからの方がいいんだけど…
私は満面の笑みで近づく弟の姿を見守りながら、あまりに曇りのない笑顔に、密かに何かを諦めた。
私と同様、魔力の概念もない世界で暮らした普通の日本人であるはずの弟・颯太であるはずなのに、この世界では何故か魔法を操ることができるようになっている。
ワタシ的には納得いかないけれども、この世界限定とはいえ魔法を自在に駆使するようになってしまった弟は、息をするように空間を飛び回る。
そうして、魔法を駆使して時空の穴を飛び出した瞬間、シュルポーンと私目掛けて飛びついてくるので、私の腕の中に収まろうとする弟の体を、焦って思わず受け止めた。
「ちょ…あぶなっ」
焦って声を上げながら、背中を大木の幹に押し当てて衝撃を殺し、腕の中で抱きとめた体を落とさないよう、しっかりホールドすることに成功した。
私の魔力を詰め込んだ魔石の指輪のおかげで、弟の体は5歳児程の成長に留まっていたため、何とか落とさず抱きとめられたことに安堵する。
こちらにくると自動的に魔力欠乏に陥るため、かつては転移と同時に赤ん坊化していた弟であったが、この魔道具を外さなければある程度の魔力量を保持できるようになった。
そのため、この指輪はこちらの世界では外すことはできない必須アイテムである。―――あちらの世界では何の効力もない、ただの指輪でしかないそうだけども。
それでも見た感じ、小豆程度の大きさのサファイヤの様な宝石を象嵌された指輪ではあったが、パッと見プラチナの様な金属で作られてもいるため、セレブリティ溢れるアンティーク調の逸品であることは否めない。
当然この指輪もカーバンクルさんたちに作ってもらった特別品で、サイズは自動調整するよう魔法が付与されている。
そのため、赤ん坊でも大人でも抜けたり絞まったりすることなく装着したままでいられる優れものである。
とは言え、こんな高級宝飾品を大学生男子が常備するのは悪目立ちするため、普段は簡素なチェーンを通して、服の下に隠すように首元に装備しているそうな。
今どき指輪してる男性なんて珍しくないけど、どんなシチュエーションでも常備してる指輪なんて意味深過ぎて、説明するのも面倒くさい…らしい。
まぁ、外面もいいイケメソなもんで、男女問わずおモテになるから本当に面倒臭いくらい聞かれるんだろう。ただ、
「気持ちはわからないでもないけど、それなら別に常備しなくてもいいんじゃないかな…転移後でしか使えないし」
と呟いた瞬間、何故か頬染め微笑みながら見つめられ、私から視線を逸らさないままそっと指輪に口づけを落とされるので、その艶めかしい表情にゾクッと悪寒が走った。
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