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その後のお話編:彼女にまつわるエトセトラ
異世界お宅訪問編 エルフさんのお宅から ③
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「弟が…こっちの世界に来られる様になったんだけど、あなた達のことを知ったら、会いたいって言うんです。
ただ、あっちの世界では複数の男性と結婚する習慣がないから―――おかしなことを言うかも知れないけど…会ってもらえますか?」
毎晩行っている定期通信の終わりに突然、羞恥に頬染め、モジモジと俯きながら訴えられる愛妻のお願いに、否やと言える夫がいるだろうか―――いや、いない(反語)。
なので、私は必死にニヤけ面で厭らしくならないよう、社交で培ってきた鉄壁の冷静さで笑顔を保ちながら、
「はい、喜んで」
と、握り拳に親指を立てて即答した。
愛しい妻は、一瞬真顔で「…えっ?」と声をあげ私を見、虫も殺さぬ笑顔を返す私と目が合い、「気の所為よね」と首を傾げて呟いた。
まるで何処ぞの飲食業従事者の決り文句様な、少々軽い返答になってしまったかもしれないが、私は何事も無かったかのように、そんな彼女に微笑み続けた。笑って誤魔化したと言うかもしれない。
「ありがとう。夫とか、家族に紹介するのはまだ恥ずかしいし……。
あの子、何かやけに意気込んでるから勢い余って迷惑かけるかもしれないけど、そう言ってくれて嬉しい…です」
たどたどしく言うセリフの内容に少々引っかかりを覚えるものの、私が返す言葉に愛する妻が安堵して、嬉しそうに微笑んでくれるだけで、全てがどうでも良くなった。
艶めいて美しい黒髪を背中に流し、大きな瞳が印象的な黒い双眸を煌めかせながら微笑む愛妻は、今日も通信用に特化した水鏡(簡易版)越しの映像であっても可愛らしい。
その愛しい妻が、数年前に突然家族を残して一人この世界に転移してしまった存在であると知らされたのは、割と最近の話だった。
異世界転移という、急に襲ってきた不幸を嘆くこともなく状況に適応し、毎日楽しく過ごせていると言う彼女だったけれども、それでも二度と会えないと思っていた家族と再会できるようになったと言った日の、喜びに涙ぐんでいた姿を私は知っている。
だから、彼女が喜んでくれるなら、無理な願いであろうとも叶えてあげようと思っていたのだ。
実際には、何の無理のないものなのだから、叶えないという選択肢など皆無である。
なので、私は水鏡越しに微笑み続けながら、漆黒に輝く瞳をうっとりと見つめて囁いた。
「気にしないでください。
むしろ、貴女のご家族にお会いできる僥倖に恵まれて、この上なく喜ばしいことです。
女神と呼ばれる貴女の弟君との邂逅など、こちらが平伏してお願いしたい程、光栄なことなのですから」
「う、うん。そこまで喜ばれると……ちょっと、いや、かなり申し訳ない……かな……。
あの子、ちょっと変わってるから……。変わってるっていうか……。
いや、いい子なんだけど……いい子ではあるんだけどね……」
言った通りの誇らしくも喜ばしい気持ちのままに伝えた言葉だったのだが、何故かビクッと体を揺らしたかと思うと、少しずつ尻窄みになっていくマイ様の声に、ピクピクと耳を震わせた。
何度もつっかえつっかえ話す言葉に少々不安を感じはするものの、何かを思い出して蕩けるように笑いながら語るマイ様の表情に、私はまだ見ぬ弟君との面会に胸踊らせた。
幼い頃に親元を離れた私にとって、兄妹という関係は他人にも等しいものだったが、お二人の仲は大変睦まじいものらしい。
確か、年齢も結構離れているというので、幼い弟君を本当に可愛がっていらっしゃるのだろう。
弟君の事を思い出しては表情が緩み、優しい眼差しになるマイ様を、いつまでも見ていられると思った。
私は、愛しい方が愛する者は、同じ様に愛でたいと思う性質なのである。
「弟君は……貴女の様に、可愛らしい方なのでしょうね」
「う、うん。私は別に可愛らしくはないけど―――あの子は近所でも可愛いショ…美少年って、評判だったの。
でも、顔立ちはよく似てる姉弟だって、近所でも言われてたはずなのに、私は全然美少女じゃないし、モテなかったけどね…ふふ」
そう言って、家族を褒められた照れ隠しのように首を傾げる姿の可憐さに見惚れていても、一筋の乱れも見せない完璧な微笑で返しながら内心身悶えするのだが……近所の男どもに見る目が無かったことには感謝しかない。
そして、和やかな空気に包まれたまま夜も更け、どちらともなしに別れの言葉を交わして通信を終了すると……
「そうか………似てるのか……」と呟きながら、執務室に移動する。
ここは神官長としての仕事を行う際に使う部屋というだけでなく、この神殿を代々治めてきた神官長たちが収集した、とある存在に由来する肖像画を中心とした絵画や彫刻などが収められている展示室でもあった。
この部屋の内情を知ったばかりの頃は、いつかこの部屋を自分のものとしたいと思いながら、呼び出される度に当時の神官長にバレないよう盗み見たものである(チラチラ見ていたのはしっかりバレていたが)。
そして幼い頃からの願いも叶った現在、歴代の神官長たちが収集した宝とともに、私の女神の彫像などがその一角に鎮座するようになってから、仕事に疲れた時には抱きしめて、この上ない癒やしとしていた。
ああ……私の女神……。
大きな一枚板の机に君臨する、ひんやりとした石造りの女神像に頬寄せ口づけて、興奮に火照った肌の熱を冷ます。
所狭しと壁に飾られている絵画を眺めながら、私は非常時でしか使わない神官長専用の通信魔道具を取り出すと、
『緊急事態である。速やかに総員集結せよ』
夜更けだろうと構わずに、けたたましく鳴る警戒音を響かせながら、側近である上級神官たちを招集すべく通信文を一斉送信したのだった。
ただ、あっちの世界では複数の男性と結婚する習慣がないから―――おかしなことを言うかも知れないけど…会ってもらえますか?」
毎晩行っている定期通信の終わりに突然、羞恥に頬染め、モジモジと俯きながら訴えられる愛妻のお願いに、否やと言える夫がいるだろうか―――いや、いない(反語)。
なので、私は必死にニヤけ面で厭らしくならないよう、社交で培ってきた鉄壁の冷静さで笑顔を保ちながら、
「はい、喜んで」
と、握り拳に親指を立てて即答した。
愛しい妻は、一瞬真顔で「…えっ?」と声をあげ私を見、虫も殺さぬ笑顔を返す私と目が合い、「気の所為よね」と首を傾げて呟いた。
まるで何処ぞの飲食業従事者の決り文句様な、少々軽い返答になってしまったかもしれないが、私は何事も無かったかのように、そんな彼女に微笑み続けた。笑って誤魔化したと言うかもしれない。
「ありがとう。夫とか、家族に紹介するのはまだ恥ずかしいし……。
あの子、何かやけに意気込んでるから勢い余って迷惑かけるかもしれないけど、そう言ってくれて嬉しい…です」
たどたどしく言うセリフの内容に少々引っかかりを覚えるものの、私が返す言葉に愛する妻が安堵して、嬉しそうに微笑んでくれるだけで、全てがどうでも良くなった。
艶めいて美しい黒髪を背中に流し、大きな瞳が印象的な黒い双眸を煌めかせながら微笑む愛妻は、今日も通信用に特化した水鏡(簡易版)越しの映像であっても可愛らしい。
その愛しい妻が、数年前に突然家族を残して一人この世界に転移してしまった存在であると知らされたのは、割と最近の話だった。
異世界転移という、急に襲ってきた不幸を嘆くこともなく状況に適応し、毎日楽しく過ごせていると言う彼女だったけれども、それでも二度と会えないと思っていた家族と再会できるようになったと言った日の、喜びに涙ぐんでいた姿を私は知っている。
だから、彼女が喜んでくれるなら、無理な願いであろうとも叶えてあげようと思っていたのだ。
実際には、何の無理のないものなのだから、叶えないという選択肢など皆無である。
なので、私は水鏡越しに微笑み続けながら、漆黒に輝く瞳をうっとりと見つめて囁いた。
「気にしないでください。
むしろ、貴女のご家族にお会いできる僥倖に恵まれて、この上なく喜ばしいことです。
女神と呼ばれる貴女の弟君との邂逅など、こちらが平伏してお願いしたい程、光栄なことなのですから」
「う、うん。そこまで喜ばれると……ちょっと、いや、かなり申し訳ない……かな……。
あの子、ちょっと変わってるから……。変わってるっていうか……。
いや、いい子なんだけど……いい子ではあるんだけどね……」
言った通りの誇らしくも喜ばしい気持ちのままに伝えた言葉だったのだが、何故かビクッと体を揺らしたかと思うと、少しずつ尻窄みになっていくマイ様の声に、ピクピクと耳を震わせた。
何度もつっかえつっかえ話す言葉に少々不安を感じはするものの、何かを思い出して蕩けるように笑いながら語るマイ様の表情に、私はまだ見ぬ弟君との面会に胸踊らせた。
幼い頃に親元を離れた私にとって、兄妹という関係は他人にも等しいものだったが、お二人の仲は大変睦まじいものらしい。
確か、年齢も結構離れているというので、幼い弟君を本当に可愛がっていらっしゃるのだろう。
弟君の事を思い出しては表情が緩み、優しい眼差しになるマイ様を、いつまでも見ていられると思った。
私は、愛しい方が愛する者は、同じ様に愛でたいと思う性質なのである。
「弟君は……貴女の様に、可愛らしい方なのでしょうね」
「う、うん。私は別に可愛らしくはないけど―――あの子は近所でも可愛いショ…美少年って、評判だったの。
でも、顔立ちはよく似てる姉弟だって、近所でも言われてたはずなのに、私は全然美少女じゃないし、モテなかったけどね…ふふ」
そう言って、家族を褒められた照れ隠しのように首を傾げる姿の可憐さに見惚れていても、一筋の乱れも見せない完璧な微笑で返しながら内心身悶えするのだが……近所の男どもに見る目が無かったことには感謝しかない。
そして、和やかな空気に包まれたまま夜も更け、どちらともなしに別れの言葉を交わして通信を終了すると……
「そうか………似てるのか……」と呟きながら、執務室に移動する。
ここは神官長としての仕事を行う際に使う部屋というだけでなく、この神殿を代々治めてきた神官長たちが収集した、とある存在に由来する肖像画を中心とした絵画や彫刻などが収められている展示室でもあった。
この部屋の内情を知ったばかりの頃は、いつかこの部屋を自分のものとしたいと思いながら、呼び出される度に当時の神官長にバレないよう盗み見たものである(チラチラ見ていたのはしっかりバレていたが)。
そして幼い頃からの願いも叶った現在、歴代の神官長たちが収集した宝とともに、私の女神の彫像などがその一角に鎮座するようになってから、仕事に疲れた時には抱きしめて、この上ない癒やしとしていた。
ああ……私の女神……。
大きな一枚板の机に君臨する、ひんやりとした石造りの女神像に頬寄せ口づけて、興奮に火照った肌の熱を冷ます。
所狭しと壁に飾られている絵画を眺めながら、私は非常時でしか使わない神官長専用の通信魔道具を取り出すと、
『緊急事態である。速やかに総員集結せよ』
夜更けだろうと構わずに、けたたましく鳴る警戒音を響かせながら、側近である上級神官たちを招集すべく通信文を一斉送信したのだった。
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