春の女神の再転移――気づいたらマッパで双子の狼神獣のお姉ちゃんになっていました――

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前章

プロローグ②

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 とある世界のとある国から話は始まる。

 その国はやや寒冷な気候なれど風光明媚な土地であり、そこに暮らす勤勉な国民たちにより優れた文明を築いている大国であった。

 そしてその国の主要国民である狼獣人は、ある程度の寒さには強く、強力なリーダーの元、集団で縄張りを治めることに優れた種族でもあった。
 ただ三角の狼耳とフッサフサの長い尻尾がチャームポインのわんこ獣人と思って舐めて掛かると大怪我を負う程獰猛な性質も持ち合わせているので、その扱いには注意をしてもらいたい。
 

 そんな彼らが、住みよい土地を見つけて国家を樹立することは自然の流れであったとも言える。
 徹底した上下関係とチームワークを誇る民族であるので、他国ほど相続争いなどで揉める頻度も少なく、歴代の王様と優秀な家臣たちにより、長く安定した国家となり得た。

 元々遠くに遠征してまで版図を広げたいと思うほど征服欲の強い民族でもない彼らであるが、その寡黙な大人しさを誤解して、喧嘩を売るような愚かな国は尽く逆襲し、逆に乗っ取って来るような苛烈さも持ち合わせていた。しかし、基本のんびり屋な性質なので、周りの変化に敏感な質でもなかった。

 周りが静かになってふと気付いた時、ここ100年程大きな戦争をすることもなく平和に暮らし続けることが出来ている…
ああ、そういえば、敵がいなくなってるなぁと、初めて思う程マイペースな民族なのだ。
 ただ、周りの多種族国家にしてみれば、一旦攻撃を受けたら周りが死滅するまで攻め続ける、最強の自動迎撃システムが骨の髄まで彼らを侵食しているような恐ろしさである。

 そうこうあって、建国してから今日に至るまで、自ら侵略することも、誰に脅かされることもなく北東地域の覇者として、この地に君臨し続けることができたのだった。


 そして、そんな彼らであっても、国家樹立当初から王や王族を祭祀としてとある一柱の神を祀って崇めるような信仰心篤い一面も併せ持っていた。

「こんな殺戮兵器みたいな奴らが思い込むとはどんな闇の神だ?」

 最後に滅ぼされた某国の隠者はそう語る。

 ―――とは言え、神と言ってもその存在が「自分は神だ」と言ったことはなく、彼らに崇めるよう命じた事もなかったので、完璧に片思いな信仰であったのが哀しい所であった。こんなところもマイペースだけど、自分良ければ全て良い彼らは全く気にしていない。

 そして崇められるその存在もその存在で、元々はこの地一帯を縄張りとしている、高い知性のある狼の神獣ではあったが、基本思考はシンプルな獣のそれであった。

 長命である故に、短命な狼獣人たちが自分の縄張りの近くで国を興すことには興味がなく、ある日偶然出会った一人の住民に、結構適当に「国? 邪魔にならない程度ならいいけど」と、言っただけだった。

 いくら獣思考の神獣であっても、別に餓えていなければ、会話の出来る無抵抗な相手を無闇に襲ったりしない程度の情や分別はあるのだ。
 なんかアワアワしてて、ピルピル震えながらお願いする姿が結構可愛いと思ったのも、彼を今日のランチにしなかった理由でもあったのだが。


 当時その言葉を受けたのが、その国の開祖と呼ばれた若き獣人であったことも、当然興味はない。

 その彼が、「神獣様から許しを賜った!」と一人で大変感激し、ガクブルしながら交わしたシンプルな話を、それらしく盛り盛りに盛って周囲に伝えて崇め奉ったことを知っても、「ふーん」としか思わないだろう。

 しかしそれ以降、この国民たちの子々孫々に至るまで、偉大なる神獣様への感謝や畏怖の気持ちを忘れず、本人の預かり知らぬ内に、この国を守護する神として信仰され続けて来たのだった。

 ―――当の神様は、「いつの間にか近所に獣人どもが群れを作ってるわね…」程度にしか認識しておらず、長い年月の内に開祖の顔も会話の内容も忘れてしまっていたのだが…。
 まぁ、長い伝説の元がそんな風に始まることなんて、昨今の長い歴史を誇る国ならば珍しくもないだろうが、その獣人たちも、随分思い込みが激しくて感激屋さんが揃っていたと思われる。

 当の神獣にしたって、そんな風に国の興亡に関わっていた認識もなかった。
 そのため、人間たちが自分にはよくわからない信仰心を捧げて、なんたら言う儀式の折々に捧げものを引っさげてご機嫌伺いに来ていることなんて、今でもあんまり理解していない。
 ただ、「時々美味しいものを持ってきてくれる可愛い子たち」…程度の好意なら合ったかも知れないが。慕ってくる子は可愛いものなので。

 ちなみに、いくら狼の神獣と狼の獣人と言っても、多少共通点が見られて親しみやすさが増した所で、お互いに全くの別種族であることを補足する。

 神獣にとって、獣人たちはあくまで「人間」であった。
 この世界は、そんな獣人たちを普通の人間と位置づけている点が、我らが地球世界との大きな違いである。

 そのため、神や魔といった上位種族にとって、弱っちい「人間」である下級種族が日々何を考えて生きているのかなんて、大して興味がなくても仕方ないことなのだった。

 ただこの神獣、狼の習性に倣って強い縄張り意識があったので、縄張り内に侵入した敵は容赦なく排除するのであるが、時々その辺で人間が襲われそうになっているのを見かけて助けることもあった。

 理由としては人間を助ける為…というよりも、「よそ者がうちのシマで好き勝手すんじゃねえっ!」が大半なのであるが、救われた人間はやっぱり大感激するもので。

「神獣様がお救いくだされた!! やっぱり我らの守護獣さまだ!!」

 なんて、『神は我らと共にあり』などという宗教的な大感動ストーリーが妄想され、ここでも国民の餓えた心に大ヒット。
 集団ヒステリーだか集団幻覚妄想症候群(病名は適当なので捨て置いていただけると助かります)と言っていいのかわからないけど、とにかく全国民たちが感動の嵐に打ち震えたのは確かだったようで。

 その結果、感動に咽び泣く国民たちからの貢物が途絶えない祭壇は、常に山海の珍味や金銀財宝で溢れていた。
 豊かな大国は、庶民に至るまで物質的にも余裕があるのだが、それ以上に彼らは愛情の量を貢ぎ物の量で推し量るという習性もあったので。

 物欲に乏しい神獣様は、やっぱり「ふーん、ありがと」程度の、獣人の耳かき程度の感謝を述べてくれるが、それだけでも彼らは幸せだった。
 外敵を屠ることには一ミリも躊躇しないが、神獣様に己を捧げる幸せにはズブズブに浸れる、下僕体質でドMな犬っころ的国民性なのだから。

 そんな彼らをウザいと忌避するか便利と持て囃すかは、お相手の種族によって対応が異なるのは言うまでもないが、取り敢えず神獣様はスルー派だった。

 そして彼らは今日もせっせと甲斐甲斐しく、神獣様の宅配ボックス―――ではなく、縄張りの端っこに設置された祭壇に、ありったけの感謝を込めた贈り物を積み上げた。
祭壇の管理責任者など、頭頂部が見えないほど高い山となって積み上げられる捧げ物で、立派なオブジェを作成することが生きがいの1つとなっており、

「うむ。今日も美しいピラミッドが完成した」

 なんて、尻尾をフリフリしながらニンマリと満足の笑みを浮かべるのだ。

 そんなこんなで、何も請求してないのに、なんかすっごく贈り物をしてくれる種族だったので、時々…本当に時々、神獣様は人間たちの首長(国王)とお話してやることもあった。―――まあ、暇つぶし程度にしか思ってなかったけど。

 食べることもできないお宝やら、拙い魔力を注ぎ込んだ魔道具やら、綺羅びやかな織物なんかに興味はなかったが、大国の威信をかけて集められた美食の髄を極めた食べ物たちは、それなりに美味いものものあったし。
 クラーケンの塩辛とか、大白蛇の干物とかの海の物なんて、自分で獲りに行くのは面倒くさいし加工もできないから。

 せっせと稼いで貢いで、何とかナンバーワンキャバ嬢と一言お話できるだけでも、そのおっさんの人生は充実してるって話―――ニュアンス的にはそんな感じだと思っていただけると助かります。

 ただ、弱いものを見つけたら取り敢えず襲って食べて蹂躙するのが大好きだという、残虐な性質をもつ神様や上位魔族だって、それなりにいる世界である。
 そういう存在に目をつけられたら、例え大国といえどもただでは済まない。
 一晩の内にその集落一帯は食い荒らされたり、地図上から姿を消したりすることも普通にあった。
 彼らの存在は一種の天災みたいなものだったから。
 そんな残虐な本性を隠しもしない無慈悲な存在に比べたら、無闇に襲ってきたりせず、時折気まぐれに守ってくれるこの神獣の在りようは、世界的に見ても確かに守護神と呼んで崇め奉っても差し支えないのだろう。

 狼獣人たちは、そんな神獣に寄り添い暮らせる自分たちの境遇を誇りにすら思って生活していたのだった。

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