春の女神の再転移――気づいたらマッパで双子の狼神獣のお姉ちゃんになっていました――

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前章

プロローグ③

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そんなとある日常の中、最近あまり姿をお見かけすることがなくなったと、神域に隣接する地域の住民が嘆いていた。
住民…と言っても、国王陛下その人だったりするのだが。

なんせ、先程も述べたように神獣様を信仰奉る民の筆頭が王族である。
国王が祭司長を兼任する習わしが、この国にはあったのだ。

神域に貢物を運ぶ栄光ある仕事…と言ってしまえばカッコいいが、つまるは宅配便の配達人業務を、王が自ら赴いてせっせと勤め上げるのが名誉ある伝統とされる。
この国を守っている(と願望する)神様の身辺に、有象無象の卑しい者が近づくなどトンデモナイ。
無礼な行いにへそを曲げられて去られでもしたら、総勢5000万を超える国民総出で寂しくてキュンキュン泣いてしまうではないか。
支配下に置いて洗脳完了した多種族たちも含めれば、その信者の数は軽く億を超えるほど膨れ上がっているのだし。
その数の国民が悲嘆に暮れる毎日を想像するだけでゾッとする。

そんな心からの忠心により、代々の王様たちが、神獣様にお会いできるチャンスのあるその仕事を嫌がるなんて有り得なかったし、そんな不心得者が王位を継ぐことは一度もなかった。
もちろん、神獣様に特別に許された転移ルートを通るのも、国王たる自分しか許されていないのも誇らしい。
彼らは、日本風に言えば、一族の族長が神獣様ファンクラブ会長を代々務める家系でもある。
そのことが、大変信者心を揺さぶっているのも確かだったので、彼らはこの名誉職をせっせと勤め上げ、貢物を捧げ尽くしてきたのだった。

魔導技術がお粗末だった昔はリヤカーを駆使していた荷物の運搬も、神獣様によって授けられたマジックボックスを使用すれば、山盛りの獲れたて魔獣肉も匂いや汁漏れを気にせず運べるようになった。……って、弁当箱か。
―――ちなみにこのアイテムボックス。運搬業界に大革命を起こすだろうアイテムであるが、魔力量と術式の複雑さ故に量産できず、あまり市場には出回っていない―――余談である。

言うまでもないが、当代国王であるエイリークも、当然その一人として、毎度毎度のお勤めを誇りを持って勤めていた。

彼は、10年前に両親を亡くした後、37歳と幼いながらもたった一人の皇太子であったため、そのまま国王となった王である。
当時は子供故に頼りない所もあったが、元々賢くて利発だったエイリークは、優秀で誠実な臣下たちや優しい姉(当時50歳)や叔父(当時87歳)たちにいい子いい子と可愛がられ、支えられながら、これまで大きな失策もなく立派に国王として君臨し続けてきた若き賢王でもあった。

そんな賢王が、今日も転移陣の前で肩を落として項垂れている。
臣下の前では堂々たる王として振る舞うことにも慣れた少年王(47歳)が、見る影もなく小さく萎れているため、転移陣の前まで付き従うことを許されている侍従は、掛ける言葉も尽き果てて、そっと哀れな主から目を反らした。

「今日も受け取り拒否……。確かにご在宅されている様なのに……」

言っては何だが、こんなことを呟いている彼は別に宅配業務に従事する男子ではない。
何度も言うが、この国の国王である。
日本の宅配男子ユニフォームが違和感なく着こなせる程の細マッチョ美男子であったとしても、国家の主である。
服装だって、艷やかな高級生地をふんだんに使用された贅沢な物であり、当然オーダーメイドの一品物しか身につけたことはない。
その上、身を飾る装飾品はきらびやかな貴石や魔石をふんだんにあしらわれたものであるため、端々から滲み出るロイヤルなセレブ感が半端ない。

それなのに、ただただ彼のセレブリティなオーラと言っているセリフに違和感を感じるのは、我々が地球文明に馴染み過ぎているからだと思って欲しい。

「お住まいから移動されなくなって10日程経ったか。
居留守を使われているのか、伝達の魔石には確認の履歴も残っていない。
度々お見かけしていた、縄張りを見回るお姿の目撃例もなくなり、捧げものは時折食べ物のみ無くなることも以前よりあったが……ここ数日はその量も少なくなった。
神獣様に…何が起こっていらっしゃるのだろうか…?」

立ち尽くして苦悩する姿を隠すこともなく、ローランド王は先日捧げた貢物がそのままの形で残っていることを嘆いた。
やっていることは宅配男子というよりも、自宅を張り込むストーカーの様だったけれども、そこにツッコむ者は誰もいなかった。




その頃、神獣と呼ばれる存在は、清浄に整えられた結界の中で、フゥフゥと荒い息をつきながら床に就いていた。

結界の外で、犬耳をぺたりと倒して座り込み、主人を扉の前で待つ犬の如く、寂しそうに尻尾を垂らしてクンクン鳴いている国王の姿など、全く意識することなどない。それどころじゃないので当たり前なのだが。

この巨大な狼こそ、この国を守りし偉大なるフェンリルと呼ばれる神獣である。
本人は別にそれほど守ってる意識もなかったので、守護神獣と言われても何のことやら…なのが哀しい所だが。

そのフェンリルは、長年の寝床であるお気に入りの寝台に横たわり、今までの長い生の中で初めてにして一番大事な出来事に備え、体力を温存していた。

大事な出来事―――すなわち『出産』である。

若きフェンリルのメスである彼女にとっても一大イベンドであり、初めての経験であったので、歓喜の中に少しの恐怖と緊張が彼女の心を埋め尽くしていた。

「ああ……お母様…私、かわいい子どもたちを無事に産めるかしら」

もうすぐ、自分の腹の中にいる子どもたちが自分の目の前に現れて、この不安を覆して歓喜を与えてくれる存在になると信じてはいた。
しかし、年若い彼女に不安が無いわけでは決して無く、思わず浮かんだ不吉な思いをかき消すように、子供時代の自分を支えて育ててくれた相手に祈りを捧げた。
今から愛情を持って出産する自分と同様に、例え神獣であっても、突然一人で自然発生し、育て守る者なく成長することはできない。
なので当然、幼い自分を育てた相手もいるし、その存在には敬意と愛情を持っているので、今でも心細くなるとその相手に向かって祈ってしまうのだった。

そしてその存在を思い浮かべて心を満たし、ふぅと息を吐いた時、お腹の中の存在が母を励ますようにポコポコと肚を叩く感触がして、思わず笑顔が浮かぶ。

「ふふ……あなた達も、私を励ましてくれているのね…大丈夫、お母様がいらっしゃらなくても…私は頑張るわ。
可愛い子どもたち……早く出てきて私に可愛い鳴き声を聞かせて頂戴ね…」

その腹は産み月間近であることを表すほど大きく膨らみ、はち切れんばかりに張っていたが―――本番にはまだ少しの時が必要であることもわかっていた。



優しく微笑みながら自分の大きな腹をフサフサの尻尾でなで擦ると、その時に全力を尽くせるように静かに目を閉じて力を蓄えた。


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