春の女神の再転移――気づいたらマッパで双子の狼神獣のお姉ちゃんになっていました――

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第一章

10.異世界交流でありがちなドレスコードの違い。

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 これは戦略的撤退である! …と声高らかに宣言してみたところで、逃走には違いない。



 彼らが私に見ている幻がいつまでも続くかなんて分からないのだから、今のうちに平和的に逃走するルートを確保しておくべきだと考えた。



 そのためには、まず常識的な知識の収集から始めようと思い―――これが一般的と言って良いのかともチラリと思ったけれども―――唯一の関係者であるエイリーク王に、知恵を求めるべく、面会を申し出てみたのだが………





「はっ……んっ……ぁあ…もっと撫でてください…」



 エイリーク王は、ソファに座る私の真横から品垂れかかって膝に顔を伏せ、スリスリと紅潮した頬を擦り寄せながらフサフサの尻尾をパタパタと音を立てて床に打ち付けた。

 両手は軽く拳を握った状態で、まるで犬の手の様にちょこんと、私の腿に置かれているのだけれど。



 …………なんでこうなったんだろうねぇ…………



 指通りの良い髪を手櫛で透きながら、私は遠い目をして呟いた。









 狩猟本能を呼び覚まされた弟たちは、あれからママンと毎日遠出をしては狩りに出かけるようになった。

 私は…というと、いつも『『一緒に行かないとやだーっ!』』とユニゾンで暴れる双子に連れ出され、ママンに守られつつ遠く離れた木陰で避難するという、なんだかよくわからない毎日を送っていたのだが…そんなある日、



「今日は部屋で魔道具スマホの確認をしたいから…二人がどんなモノを狩ってきてくれるのか、楽しみに待ってるね」



 と言って、ママンと双子を送り出した。

 ママンは『本当に、具合が悪いとかではないのね?』と心配そうだったので、良心に胸がグッと締め付けられたものだが、双子はブーブー言いながらも私の腕を軽く噛み、引っ張って強引に連れ出そうとしたので、



「大丈夫だから行ってきて」



 と、強めにその顔を押し返したのだった。





 そして異世界に来て初めて、私一人になる時間を得ると、予てからこっそり手紙を渡してあったエイリーク王に連絡をする。



 この世界の字の読み書きが、何故か何の不都合もなくできてしまっていたことには驚いたが、話し言葉ですら最初から聞き取りができていたのだ。

 これが異世界転移モノにありがちなご都合主義みたいなものなのだろうと、私は深く考えなかった。

 何でそんなことになってるのかなんて、考えても分からないことは考えないに限ると、最近よく思う。

 パッシブスキル化した、『諦観』というやつである。





 それはともかく、最近妙に束縛の激しい双子の目を盗むように、私は転送台から贈られたもののうち、受け取れないと断ったものを返却しつつ、その際に滑り込ませた私的な手紙を送っていた。

 その後、ドレスや宝飾品に忍ばせた手紙が返ってくるようになったので、ちょっとだけ文通気分でやり取りを繰り返してきたが……その成果が今日という日の目をみた。



「エイリーク王、そちらにいらっしゃいますか?」



 転送台の通信魔具に話しかけると、すかさず魔石が明滅したので、私は『ヴンッ』と音を立てる魔道具に従って、王宮側へ転移する。

 あちらへ移動するのは、あの時の事故以来ではあるが、気構えした状態での転移なので、それ程体や精神に衝撃は受けなかった。



 一瞬にして移り変わった景色は、やっぱり観光で巡ったヨーロッパの歴史建造物の一室を思い出させるほど豪華で広く、庶民的日本人である自分の場違い感が否めない。

 色々送ってくれたドレスだって、こういう建物で人に傅かれて生活する人が着るものだとよく分かる。

 良かれと思って贈ってくれたのだと思うけれども、二十歳になったばかりの小娘がノーメイクで着るにはどれも豪華すぎたので、一度も袖を通すことはなく、一緒に入っていた簡素なデザインのワンピースみたいなものを好んで着ることにしていた。

 それでも、素材はよくわからないが、シルクのように光沢があって滑らかな肌触りだったので、このまま日本の町中で遊んでいても、なんらおかしいことはないデザインだと思っていた。寧ろセレブの外出着の様に、あちらではフォーマルなものとして扱われる程丁寧な作りだった。



「ああ、お久しぶりで……って……あの、そのお姿は………」



 私の姿を確認して微笑んで迎えてくれていたというのに、言葉を言い切る前に言い淀まれて、私は自分の姿が何か間違っているのかと不安になる。



「え…? 何か変? 私、何か間違ってますか!?」



 今着ている服は、淡い紫色のマキシ丈のシルク(っぽい)のワンピースで、上からはフワフワ毛皮の白い上着を羽織っている。

 特に下着のラインが透けているわけでもなさそうだし、上着で際どい所は覆っているから、清楚っぽい路線で収まってると思うんだけど。



 しかし、エイリーク王が尻尾をビーンと立てながら、顔を真赤にして乙女のように両手で口を抑えながら狼狽えているので、余計にオドオドしてしまうではないか。



「あ、あの、何か失礼でしたら、私……出直してきますから……」



「い、いえ……大丈夫ですよ、何も間違えてはいらっしゃいません。

 幸い、他の者はここに来ないよう命じてありますので、貴女のお姿に、何も問題はありません。

 ただ……カエデ様があんまりお可愛らしくて、私が少し見惚れてしまっただけですから……」



 なんて、耳をピコピコさせながら頬を染め、初々しいばかりに恥ずかしそうな微笑みを浮かべられるので、思わず目をそらして俯いてしまう。



 ぉおう……生まれながらのセレブは息をするように自然に褒めてくる……てか、美形の恥じらい笑顔とか、眩しすぎて直視できねぇ。



 あちらもあちらで、そんな私の姿をチラチラと隠し見しては目が合うと、尻尾や耳をビーンと立てて目を反らす。





 そんなこんなで、妙齢の男女がモジモジしながらの再会であった。





 その後しばらくお見合いの様な空気を漂わせていたが、このままでいては話が進まないことにお互い気づき、私は案内されるままイソイソと手狭な応接室に場所を移していった。

 そして、温かいお茶が運ばれて久しぶりの嗜好品を口にする感激にひたっていたのだが、唐突にそれどころではないことを思い出し、無理やり本題に話題を持っていく。



「あの……私って………何に見えますか?」



 あまりに唐突な質問だったので、一瞬エイリーク王は「ん?」という表情で首を傾げた。



「いえ、あの、私って……ママンと同じ…フェンリルの子供に見えますか?」



 私は、この半年間ずっと…誰にも確認できなかったことを聞いてみることにした。

 ママンはずっと私たちのことを「3姉弟」だと言っていた。自分の子供だと。

 そして、弟たちも私のことを姉と呼び、慕ってくれている。



 ……しかし、どう見たって姉弟じゃないだろ!?

 私のどこにモフ感が備わってるよ!? 

 四足歩行だってしてないじゃん!



 そう思っていたのだが、他に比較対象もなかったので、自分が見てる自分の姿が間違っているのだろうかと思いそうになっており、誰でも良いから確認したかったのだった。



「えっと……あの…どういった意味でしょうか? 質問の意図がよくわからないのですが」



「難しい意味じゃないです。ありのまま、見えていることをお尋ねしているんです。

 私、モフってますか?」



「え、モフってって……。貴女、人間ですよね? 種族まではちょっとわかりませんが。

 私達と同じ様な姿を持った人…だと思います」



 その言葉を聞いて、私は大きな大きな安堵のため息を吐いた。



「…よかった…。私の目がおかしかった訳じゃないんだ……。やっぱり、人間だったんだ」



 あかん、少し涙出てきた。



「あの……事情をお伺いしても…よろしいでしょうか?」



 目の端にうっすら浮かんだ涙を指で拭いながら、私はこれまでの経緯を説明していったのだった



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