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第一章
11.王様は思春期と書いて発情期と読むお年頃
しおりを挟む「………信じられないことですが……この様なことが、実際に起こり得るものなんですね…」
綺麗に整った眉間に皺を寄せ、長い話を黙って聞いていたエイリーク王は、「ほぅ」と軽いため息をついた後、膝の上の両手を組み替えた。
私が異世界から転移してきた人間であること。
転移先がフェンリルの出産現場であったため、ママンが勘違いして私を自分が産んだ娘だと思ってしまっていること。
弟たちも、生まれてすぐに目にした私のことを姉だと思って慕ってくれていること。
そして………自分は転移する前からおかしな能力…というか、動物たちに執着されやすいという妙な体質を持っていたため、起こり得た事件であったことなども…。
―――それらの全てを話してしまった。ほとんど初対面に近い彼に。
通信越しに何度も会話する機会もあったので……というより、
一人だけ人間であることを何故理解されていないのか?
鏡を見れば普段どおりの自分の姿だと思っていたけど、本当は気づかない内に自分の体はフェンリルになっているんじゃないのか?
…そんなことを悶々と考え続けている自分が限界だったので、誰かに聞いて欲しかったというのが大きかった。
「あの子達や母は、私のことを家族だと思ってくれていますが、その錯覚が覚めたとき…。
彼らをずっと騙してきた人間……敵だと思われることも、辛いんです。
正直言うと、私の元の家で一人で両親の帰りを待っているより楽しいとすら、思ってましたけど……
彼らの狩りを目の当たりすると…やっぱり自分は獲物側の存在だと思い知りました」
そう言って、せっかくエイリーク王が手づから淹れてくれたというのに、長い話の内にすっかり冷めたお茶を啜ると、全ての心の澱を吐き出してしまったおかげで、幾分心が落ち着いた気がした。
そして、そんな話を突然聞かされたエイリーク王はというと、
「…それは…あの方たちと共に暮らして、家族の情を交わしてしまっていただけに、より心苦しいものがあったでしょう。お察しいたします。
しかし半年もの間、仮にも神獣であるあの方々を誤解させ続ける事ができるものでしょうか?」
と言って、信じられないという様に首を振った。
「私もそう思うんですけど……こればっかりは、ここの世界に来たせいで私の体質が変質したか、彼らにはより効きやすかったのか…と考えるしかなくて、よくわからないのです」
私も信じられない思いでいっぱいだったけれども、私を家族と信じていなければ、彼らだってあんな風になったりしなかっただろう。
そう言うと、エイリーク王は形の良い顎に手を当てて、呟いた。
「……貴女のように異世界から訪れる…『渡来人』と呼ばれる人間は、かなり希少ですが、国に伝わる歴史書などでその存在を確認することはできます。
彼らは貴女のように、どの種族の特徴も持たない存在であるが、珍しいスキルや類まれなる知識を持つ賢者であったため、どの種族も喜んで彼らを迎えた……と、文献では読みました。
初めてお会いした時、耳も尻尾もないし、どの種族だろうとは思っていたのですが…」
「え…知識…は、ちょっと…」
正直、現代知識でチートできる要素は私にはないと思うの。
ふっつーの女子大生だったし。
鍵っ子だったから、簡単な料理とマヨネーズ位なら作れるけど、家電ないからご飯も炊けないし。
あ、土鍋あったら頑張れるかな?
でも、グルメ無双出来るほどの知識やスキルなんて到底ないと思う。
自分のこれまでの経験や知識の薄さを自覚して、「うっ…」と口籠り、微妙に体を引いてしまっていたのだが、エイリーク王は、ぐっとその距離を詰め、私の手を両手で握った。
その手は人間の男性の手のように大きくて節くれだっており、思ったよりも冷たい手に触れられて、ドキッとした。
え、ちょ、手っ!? それに体…近くない!?
「しかし貴女程…神獣様に受け入れられる程の魅力を持つ者の話など、聞いたことはありません。
あの方々は、そんなに容易い存在ではないのです。
…思うに貴女は…その中でもごく稀に現れるという、『神の愛し子』と呼ばれる存在なのではないでしょうか?」
ちょ…えっ…また変な二つ名キターーってか………
どんどん距離詰められてる気がするんですけども!?
「ちちち、ちかっ、近いし! よよよくわからないんですけど、なんかいい匂いするし!?」
悲しい事に、じいちゃんやお父さんより若い異性に対する免疫がない私は、握られた手を振り払うことも出来ずに、噛み噛みになって言葉を返しながらも、自分でも何を言っちゃってんだか訳がわからない。
そして、そんなリア充丸出しの美形に吐息も感じるほどに近づかれると、コロンだか香水だか知らないけれども、何だかハーブのような柑橘類のようないい匂いがふわっと香ってくるので、ワタワタと狼狽えてしまう。
「『神の愛し子』とは…その名の通り、神獣様とは違う存在とされる神より寵愛を受けし者という意味です。
かの方々の存在となると、それこそ数百年に一度は現れると言われる『渡来人』よりも、かなり希少な存在となりますが……。
ああ……あなたのその声は、何よりも私の心に響き、その芳しい香りはどんな華よりも私を酔わせる…。
そして、聞いたことがあります…『神の愛し子』の御手に触れられると、天にも登る気持ちになると…それは、こんな気持ちなのかも知れないと思っています。
……その手で触れていただきたいのですが…よろしいでしょうか?」
そうして、とうとう私の膝下までにじり寄ってきたエイリーク王は、握ったままだった私の両手をの膝の上に置き、ワンピースの布の上からスリスリと頬を擦り付けて、撫でてほしいと上目遣いで訴えだした。
社交的イケメンの距離の詰め方、パネェな!
正直、年頃の男性との触れ合いなんて皆無であった私だったけれども、その艶めかしい表情に魅せられてゴクリと唾液を嚥下した。
そして、サラサラして指通りの良さそうな彼の髪に触れてみたくなり、思わずコクリと頷いた。
恐る恐る伸ばした指先に、三角の耳の先が触れると、ピクッと敏感に反応を返す。そして、そのまま短く整えられたくせのない毛に触れると「はぁ…」と、艶めいた吐息が耳に届いた。
思ったとおり毛並みの良い淡い金髪は、弟たちの毛並みと比べれば芯があって硬めだけれども、贅を尽くして手入れされた人間の毛髪は艶があって、思った以上に指通りの良い綺麗な髪だった。
サラサラした短い髪の間には大きな三角耳が立っており、耳と耳の間を撫でたり付け根を掻いてやると、弟たちと同じ様にピルピルと震えて可愛い。
ウットリと微笑む表情が艶かしく、忙しなく脈打つ心臓の音を感じながら、ベルベットの様な手触りの耳介をコショぐる指にも力が入る。
「はあ…はぁっ……ぁっ……カエデさまぁ………もっと」
普段は爽やかな低音だというに、私のちょっとした動きに敏感に反応し、鼻にかかった甘い声で呼びかけられると、胸の奥がムラムラ来てしまうではないか。
しかし、私は本来の要件を聞いてもらうために来ているのだから、こんな所で煩悩に取り憑かれている訳にはいかないと、少しだけ思い出す。
「あの……エイリークお「呼び捨てでお願いします」……エイリーク………」
「はい……んっ……」
「あの…ですね。私、ちょっとお願いがあってですね……」
「ぁっ……ぁあ、こんな時にお願いだなんて…ずるいです。
…こんなの……何でも聞いてしまいそうになるじゃないですかっ…ぁあっ」
……えっ!?
頭撫でてるだけなのに、何この色っぽい声。
頭を撫でているだけだと言うのに、我を失うほど悶える青年に、驚きを禁じ得なかった。
ひょっとして…ホントにひょっとしてなんだけど…私、モテてる?
私に近寄ろうとする人は何人かいたけど、みんな動物たちの狂乱に引いて行くし、もちろん人間の男子には、いつも遠巻きにされてた私が?
獣人って体質的に動物側…なの?
ちょっとそれって…なんか…微妙だけど……
しかし、今はむしろ都合が良い。
彼らが動物的側面を持っているなら……こんな地味系でパッとしない私もそれなりにイケるんじゃないだろうか。
どうやってお願い聞いてもらおうかと思っていたが、有効的な手段はあまり浮かばなくて困っていたのだが、自分の体質を効果的に利用できるチャンスかもしれないと思いついて、ちょっと気持ちが大きくなってきた。
頭撫でるだけでお願い聞いてもらえるなら、いくらでも撫でて差し上げよう。
ここかー?ここがええのんかー?
そんなことを考えながら、大胆にも両手で左右の耳介をつまんで親指で内耳を擦ってしごくと、
「ぁあっ、あっイイっ」
なんて、体をビクビクさせて身悶えている。
気持ちいい? ここが気持ちいいの? イッちゃうの?
気分は生娘を手篭めにする技巧派のおじさんだ。
イクって自分ではよくわかんないけど、なんかすっげー楽しい。
こんな感じで散々撫で回してはエイリーク王のあまりの反応の良さを楽しんでいたのだが、徐々に調子に乗ってきていたのは否めない。
それは私の悪い癖だって、両親も祖父母も従姉妹の椿ちゃんだって、口を揃えて言っていたのに…控えめに言って油断していたのだ。
「あぁあっカエデさまっ、カエデさまぁっ!」
撫でくりまわしすぎて理性のぶっ飛んだ青年……エイリーク王が私に飛びかかるように抱きついて、ソファに二人して縺れ込んだ時、ようやく彼らの苦言を思い出したのだが……後悔は先に立たなかった。
いや、理性の決壊…早すぎない!?
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