春の女神の再転移――気づいたらマッパで双子の狼神獣のお姉ちゃんになっていました――

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第一章

17.エイリーク少年(47歳)の回想④

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安堵の微笑みにわずかな緊張を孕んだ声で、彼女は転移するまでの自分の身の上と、神獣様の元でのことを語り出す。

 それ程饒舌な質ではないためか、あまり長い話にはならなかったが、彼女の話を要約すると以下の様であった。



 ・彼女は物心ついた時から動物に愛され易く、異世界から神獣様の出産現場に転移した時も、殺されるどころか実子と認定された。

 ・神獣様は、そんなカエデ様を可愛い娘だと、ご子息様方も実の姉だと思っている。

 ・カエデ様は元の世界では20歳の成人女性であり、その記憶は欠けることなく現在も健在であるが、余りにも神獣様ご一家が自分を家族だと疑っていないので、段々自分の記憶にも不安が生じてきていた。

 ・本当に、自分の姿は人間のままなのであろうか? 実は元の自分の姿のままだと思っているのは錯覚で、実は転移じゃなくて、フェンリルに転生してるんじゃないだろうか? ←今ここ



「…信じられない事ですが……この様なことが、実際に起こり得るものなんですね…」



 転移してからずっと悩み続けてきたカエデ様の不安を払拭すべく打ち明けるにあたり、唯一の人間の知り合いである私に白羽の矢が立ったという訳らしいのだが……。

 にわかに信じがたい話だと思った。

 カエデ様ご本人も、自分の身の上でありながら、余りに荒唐無稽な現実に、未だにどこか夢を見ているんじゃないかと思う時があるとも言っているが…。



 まず、異世界からの転移者であるということについては、まぁ、この国に限れば数百年に一人程度には来ているので、有り得ないということもないし、世界的に見ればもう少し頻度も上がる現象だった。

 しかし、ありとあらゆる様々な動物達に愛されるなどと言った、生まれながらの異能を持った人間が転移してきたという話は聞いたことがなかった。

 その上、出産期には己の夫ですら側に近寄らせないほど、フェンリル種は自分以外の存在を許さない。

 子供が父親に会うときは、成長が落ち着く生後1年以上先だと、教師に教わったことがあるし。

 出産直前の一番動揺している時にタイミング良く現れた所で、匂いで異物とわかるだろう。もしくは魔力の気配か。

 なのに、そんな神獣様を我が子と誤解させ続けるほどの魅了など、驚異としか言いようが……というか、そもそも、本当に神獣様が今でも誤解し続けているかどうかは……ご本人に伺ってみないことには判別し辛くもある。



「あの子達や母は、私のことを家族だと思ってくれていますが、その錯覚が覚めたとき…。

 彼らをずっと騙してきた人間……敵だと思われることも、辛いんです。

 正直言うと、私の元の家で一人で両親の帰りを待っているより楽しいとすら、思ってましたけど……

 彼らの狩りを目の当たりすると…やっぱり自分は獲物側の存在だと思い知りました」



 カエデ様はそう仰るが、本当に今でも誤解されているのだろうかと、疑問に思った。

 というのも、彼女と他のご子息様が同じ教育方法をとられていないことが気にかかっているのだ。

 私との逢瀬(←言いたい)となった今日この日。

 本来はご子息様たちと共に狩りに出かけているはずだというのに、彼女はその狩猟訓練を免除されている。

 ご子息様たちは引きずられて連れ出されて行ったというのに。

 オスとメスでは教育方法が違うと言われればそれまでなのだが…。

確証が得られないのに、安易な言葉で慰める訳にはいかないのだが…カエデ様の沈んだ表情を見ていると、胸が痛む。なので、思わず



「…それは…あの方たちと共に暮らして、家族の情を交わしてしまっていただけに、より心苦しいものがあったでしょう。お察しいたします。

 しかし半年もの間、仮にも神獣であるあの方々を誤解させ続ける事ができるものでしょうか?」



 などと、慰める様な言葉をおかけしてしまったのだった。しかし、“渡来人”と呼ばれる転移者以上の希少な存在に思い至った時…、



 カエデ様は我が国の神獣様以外の…何処か他の神からの寵愛を受けている“神の愛し子”と呼ばれる存在なのではないか?



 そんな考えが、ふと頭に浮かんだ。

 何故なら……さっきから体の芯が熱を持っているかの如く熱く、何気なく握った彼女の両手から伝わる温もりが、余りにも心地よくて…。

 “渡来人”と呼ばれる者にその様なスキルを持った者がいたとは聞いたことがない。

 どんなに優秀で有能な者たちであったとしても、彼らはそれ程驚異的なスキルをもつ存在ではない。そういった意味では、あくまで人間としての枠組みを超える者達ではなかったからだ。



 しかし、彼女が“神の愛し子”だというと、もう少し意味合いが変わってくる。

 その呼び名は、人など気にもしない神々にすら寵愛を受けるほどの魅力を持つ者という意味合いもあるらしい。



 ……神にすら愛される子……か。この存在するだけで目を引かれ、無視できない匂い……私は出会ったことなど無いが、その様な存在だったと伝え聞くし。

それ以上となると…それこそ神本人……あり得ないな。



 そう思いながら両手を握ったまま距離を詰めると、彼女から漂う甘い匂いが狼の嗅覚に匹敵する鼻孔を満たし…ジワジワと私の思考を溶かしていく心地よさに浸った。



「ちちち、ちかっ、近いし! よよよくわからないんですけど、なんかいい匂いするし!?」



 手を握っただけだと言うのに、顔を真っ赤にして呂律も回らないほど意識されていると思うと、男としての自信が回復し、思わず人の悪い笑みが溢れる。



「『神の愛し子』とは…その名の通り、神獣様とは違う存在とされる神より寵愛を受けし者という意味です。

 かの方々の存在となると、それこそ数百年に一度は現れると言われる『渡来人』よりも、かなり希少な存在となりますが……。

 ……あなたのその声は、何よりも私の心に響き、その芳しい香りはどんな華よりも私を酔わせる…。

 そして、聞いたことがあります…『神の愛し子』の御手に触れられると、天にも登る気持ちになると…それは、こんな気持ちなのかも知れないと思っています。

 ……その手で触れていただきたいのですが…よろしいでしょうか?」



 そうして、ソファに一人座るカエデ様の吐息を感じられる程近くまで躙り寄り、膝下から覗き込むように見上げて、その華奢な太股に頬を擦り寄せながら希うように慈悲を強請った。

 私の視線を受け止めると頬をほのかに赤く染め、欲情に黒い瞳を潤ませながら息を呑む音が、私の耳に響いて耳介を揺らす。

 同時に彼女の柔らかな指先が優しく私の髪を漉いたので、それだけの動作でゾクゾクと背筋が泡立ち…思わず吐息を漏らした。
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