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第一章
19.エイリーク少年(47歳)の回想⑥
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…我が王家に仕える侍従長は、謹厳実直を絵に書いたような真面目な老紳士である。
もちろん、この男が主に自国の高官や大貴族・各国の賓客などを饗もてなすこともあるので、無愛想で真面目一辺倒という訳ではない。
国王直轄の暗部を取り仕切る一面もあるため、部下や侍従などが浮ついた所を見せようものなら氷点下の眼差しのみならず、人知れず肉体的にも仕置を浴びせるような人間である。
私の側近く仕える者たちはこの男を頼りにしながらも、その容赦のない視線一つを何よりも恐れているだろう。
今では私を若い主と認め仕えてくれているので、ある程度柔和な態度で接しているが、私の祖父の代から忠勤に励む彼には、幼い頃から何度と無く厳しく叱責され、教育を受けたものであった。
老人のくせにやたらと整ったシブい顔立ちで、眉間に深い皺を寄せたまま無表情に「ふぅ…」とため息をつかれるだけで、私はビクッと身を固くしたものだった。
そんな老人だったはずなのだが………
「………………」
「…えっと、あの……こんな感じ…で、いい……ですか?」
目を閉じて『無』とでも表現するような無表情の渋い老紳士。
それが、普段はスキなくピシッと整えられたグレイヘアを、恐る恐るといった風情でカエデ様にブラッシングされ、苦悶している様にも見えながら、頬が微かに紅潮し、口の端はどこか緩んでいる……だ と ぉ……?
「……………」
扉を開けてすぐ、目に飛び込んだモノが信じられず、私は思わず一回扉を閉め、もう一度開けた。
その音に驚いたカエデ様は、「あれ…」と小さく呟いて私の訪れに気づいたが、思った以上にのめり込んでいた爺はハッと息を呑んで同時に私の方へ顔を向けたので……私達は声もなく見つめ合う。
二人の間に言葉はなかった。
「では、陛下。
今日の私の講義は終了となりますので、失礼致します。また何かおありでしたらお呼びください」
爺は…侍従長は、私に何一つ言い訳することもなく、何事もなかったかのように退室して行った。
心無しか声が弾んでいるようにも聞こえたが……普段が普段なので判別をつけにくい。
まぁ、私が呼ぶまでは部屋に誰も近寄らせないように言ってあるので、カエデ様とどんなやり取りをしていたのかは後から確認することもできるが。
流石に男として、ヤツにとっては孫よりも幼いカエデ様を対象とするような輩ではないし、既にそういった色気もかなり遠のいているとも言っていたので、私が来るまでの対応を任せていたのだが…あの常無く緩んだ表情を思い出し
…人選を誤ったのだろうか……
ふと、不安がよぎった。
「あの……今日は遅かったんですね? お忙しいところを…すみません」
爺が出ていってから、何も言わずに難しい顔をして考えていたためか、私の様子を見て申し訳無さそうな顔で謝罪されてしまった。
…カエデ様が人の顔色を読むことに長けていることを忘れてしまい、こんなに容易く内面を伺わせてしまうとは、思わず油断してしまったようだと気づく。
「カエデ様が謝ることなど何もありません。
爺が出て行ってから、少しあいつに送る仕事のことを思い出しただけなのです。
それも急ぎのものでもないので、本当に気になさらないでください」
「そうですか…? それならいいんですけど…。
やっぱり、お忙しいのにご迷惑おかけしてると思うので……」
神獣様のご令嬢ならば、もっと堂々と上から命じてくれても良いのに、どこまでも控えめなカエデ様にはこちらが恐縮してしまいそうになる。
しかし、そこに漬け込むスキを見出してしまうのも、為政者の…と言うよりも愚かなオスのサガとも言えるだろうか。
「ふふ…本当に、何も気にしないでいいのに。
こちらも楽しんでやっているのですから。
カエデ様、今日はどのような事を学んだのですか?」
そう言ってカエデ様が座っているソファの横に座り、覗き込むように見つめると、初心うぶなカエデ様は真っ赤になって目を反らしてしまった。
しかし、しどろもどろになりながらも一生懸命答えてくれる。
「あ…え……えっと…その…、この部屋に置いていただいた本を読んでました。
わからないことは爺やさんに尋ねると、講義していただけ…ぃっ」
必死になって答えてくれる姿が可愛くて、でもその口から私以外の存在が出てくるのが面白くなくて、思わずその小さな手を取って唇を落とし、ぺろりと舐めた。
「ん……甘い。
どうしたのですか? 他にどんなことを学んだのか教えていただけませんか?
貴女の声は、聞いているだけでもうっとりしてしまう程心地よいのに。
この世界とあなたの世界との違いは私も聞いていて面白く、その視点…というか気付きは、私にも参考になりますし。
取り入れられるものは取り入れたいと思っているのですよ」
「ちょ…あの…ちかいから。
……あんまりからかわないで……」
あれから何度かこの様な逢瀬を重ね、いい加減慣れてもいい頃合いだろうに、そういったことに縁遠く生活していたと言うカエデ様は、いつまで経ってもちょっとした接触で真っ赤になってしまう程可愛らしい。
平気そうな顔をしてカエデ様の手を弄びながら、あまりの可愛らしさにこちらの心臓もバクバクするほど高鳴っている。
毎回私の中の獣が外に出ようと辺り構わず体当たりして暴れまわっているため、理性という名の檻が疲弊してしまってしょうがない。
「からかっているなどとは心外ですね。
私は本気でそう思っているというのに。
………では、今日のご褒美を…はしたなくもオネダリさせていただいてもよろしいでしょうか?」
そう言って、そっとソファの座面に彼女を押し付けるとおずおずと私の顔を見上げ、頬を真っ赤に染めながらこくりと頷いた。
もちろん、この男が主に自国の高官や大貴族・各国の賓客などを饗もてなすこともあるので、無愛想で真面目一辺倒という訳ではない。
国王直轄の暗部を取り仕切る一面もあるため、部下や侍従などが浮ついた所を見せようものなら氷点下の眼差しのみならず、人知れず肉体的にも仕置を浴びせるような人間である。
私の側近く仕える者たちはこの男を頼りにしながらも、その容赦のない視線一つを何よりも恐れているだろう。
今では私を若い主と認め仕えてくれているので、ある程度柔和な態度で接しているが、私の祖父の代から忠勤に励む彼には、幼い頃から何度と無く厳しく叱責され、教育を受けたものであった。
老人のくせにやたらと整ったシブい顔立ちで、眉間に深い皺を寄せたまま無表情に「ふぅ…」とため息をつかれるだけで、私はビクッと身を固くしたものだった。
そんな老人だったはずなのだが………
「………………」
「…えっと、あの……こんな感じ…で、いい……ですか?」
目を閉じて『無』とでも表現するような無表情の渋い老紳士。
それが、普段はスキなくピシッと整えられたグレイヘアを、恐る恐るといった風情でカエデ様にブラッシングされ、苦悶している様にも見えながら、頬が微かに紅潮し、口の端はどこか緩んでいる……だ と ぉ……?
「……………」
扉を開けてすぐ、目に飛び込んだモノが信じられず、私は思わず一回扉を閉め、もう一度開けた。
その音に驚いたカエデ様は、「あれ…」と小さく呟いて私の訪れに気づいたが、思った以上にのめり込んでいた爺はハッと息を呑んで同時に私の方へ顔を向けたので……私達は声もなく見つめ合う。
二人の間に言葉はなかった。
「では、陛下。
今日の私の講義は終了となりますので、失礼致します。また何かおありでしたらお呼びください」
爺は…侍従長は、私に何一つ言い訳することもなく、何事もなかったかのように退室して行った。
心無しか声が弾んでいるようにも聞こえたが……普段が普段なので判別をつけにくい。
まぁ、私が呼ぶまでは部屋に誰も近寄らせないように言ってあるので、カエデ様とどんなやり取りをしていたのかは後から確認することもできるが。
流石に男として、ヤツにとっては孫よりも幼いカエデ様を対象とするような輩ではないし、既にそういった色気もかなり遠のいているとも言っていたので、私が来るまでの対応を任せていたのだが…あの常無く緩んだ表情を思い出し
…人選を誤ったのだろうか……
ふと、不安がよぎった。
「あの……今日は遅かったんですね? お忙しいところを…すみません」
爺が出ていってから、何も言わずに難しい顔をして考えていたためか、私の様子を見て申し訳無さそうな顔で謝罪されてしまった。
…カエデ様が人の顔色を読むことに長けていることを忘れてしまい、こんなに容易く内面を伺わせてしまうとは、思わず油断してしまったようだと気づく。
「カエデ様が謝ることなど何もありません。
爺が出て行ってから、少しあいつに送る仕事のことを思い出しただけなのです。
それも急ぎのものでもないので、本当に気になさらないでください」
「そうですか…? それならいいんですけど…。
やっぱり、お忙しいのにご迷惑おかけしてると思うので……」
神獣様のご令嬢ならば、もっと堂々と上から命じてくれても良いのに、どこまでも控えめなカエデ様にはこちらが恐縮してしまいそうになる。
しかし、そこに漬け込むスキを見出してしまうのも、為政者の…と言うよりも愚かなオスのサガとも言えるだろうか。
「ふふ…本当に、何も気にしないでいいのに。
こちらも楽しんでやっているのですから。
カエデ様、今日はどのような事を学んだのですか?」
そう言ってカエデ様が座っているソファの横に座り、覗き込むように見つめると、初心うぶなカエデ様は真っ赤になって目を反らしてしまった。
しかし、しどろもどろになりながらも一生懸命答えてくれる。
「あ…え……えっと…その…、この部屋に置いていただいた本を読んでました。
わからないことは爺やさんに尋ねると、講義していただけ…ぃっ」
必死になって答えてくれる姿が可愛くて、でもその口から私以外の存在が出てくるのが面白くなくて、思わずその小さな手を取って唇を落とし、ぺろりと舐めた。
「ん……甘い。
どうしたのですか? 他にどんなことを学んだのか教えていただけませんか?
貴女の声は、聞いているだけでもうっとりしてしまう程心地よいのに。
この世界とあなたの世界との違いは私も聞いていて面白く、その視点…というか気付きは、私にも参考になりますし。
取り入れられるものは取り入れたいと思っているのですよ」
「ちょ…あの…ちかいから。
……あんまりからかわないで……」
あれから何度かこの様な逢瀬を重ね、いい加減慣れてもいい頃合いだろうに、そういったことに縁遠く生活していたと言うカエデ様は、いつまで経ってもちょっとした接触で真っ赤になってしまう程可愛らしい。
平気そうな顔をしてカエデ様の手を弄びながら、あまりの可愛らしさにこちらの心臓もバクバクするほど高鳴っている。
毎回私の中の獣が外に出ようと辺り構わず体当たりして暴れまわっているため、理性という名の檻が疲弊してしまってしょうがない。
「からかっているなどとは心外ですね。
私は本気でそう思っているというのに。
………では、今日のご褒美を…はしたなくもオネダリさせていただいてもよろしいでしょうか?」
そう言って、そっとソファの座面に彼女を押し付けるとおずおずと私の顔を見上げ、頬を真っ赤に染めながらこくりと頷いた。
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