春の女神の再転移――気づいたらマッパで双子の狼神獣のお姉ちゃんになっていました――

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第二章 お母様…勘弁してください(=_=;)

2.謎の男と涙の美女と…死の淵に瀕した私

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 フェンリルの住処からフェンタスト王国――エイリークの住む王宮に転移する時よりも濃い闇の中を抜ける間、私は抵抗を諦めて男の腕の中で大人しく開放されるのを待った。
 ママンが言うには、単なる移動魔法陣での転移なら、どんなに長い距離の移動であってもそれ以上に時間が掛かることはないらしいので。
 その教えの通りに数秒で、春の陽気に包まれた草原から見たことのない、王宮で過ごしたお部屋よりも豪華に見える石造りの部屋の中に転移した。
 周囲には数人の従者のようなお仕着せを着た人たちが、軽くお辞儀をするように頭を垂れたまま私達の動きを待っているけども……ちらっと見える頭部は、見間違いでなければ犬っぽいのが気にかかる。体は人間みたいなのに。
 男はそんな彼らにまるで目もくれず…私を抱き締めたまま身動きもしなかった。

 私をここに連れてきたかったのだろうと思うんだけど……もう離してくれないかな?

 そう思って、体をそっと包み込む腕が解かれるのを待っていたのだが……何も言わずに待機している人もいるというのに、男の腕は離れることが無いので、急に人前で見知らぬ男と密着している事実に居心地が悪くなる。

「あ、あの……到着…したんですよね……?」

 じわじわと羞恥を実感し始め、自分から体を離そうとするのだが、逆にギュッと強く引き寄せられ、頬を頭に押し付けられる感触に戸惑いが強くなった。

「ちょ、ちょっと……?」

 ほっそりとした外見だと思っていたのに、想像以上に広くて厚い胸板と抱き込む腕の力強さを再確認し、物理的にも息が苦しくなってくる。
 自分の小さな体を全身で包み込まれている感じも恥ずかしくなり、背中に回した手でペチペチと叩いて開放を促すのだが、一向に腕は緩まない。それどころか、

「……はぁ…やっと…」

 と、うわ言のように呟きながらスリスリと頭に頰ずりされ、存在を確かめるように背中を擦られている感触がこそばゆい。
 加えて感情的になって掠れる低音の声の響きも相まって、寒気とは違う意味で背筋がゾクッとした。

 ひぃぃ…何してんの、この人っ!?

 そういう意図はなさそうなのに、「ほう…」と安堵の溜息が耳元に掛かって、ビクッと腰が震える。
 この男の体臭や吐息から、やたらと甘くて扇情的ないい匂いがするのも、この上ない程危機感を煽られた。
 何だかよくわからない展開にわたわたと動揺し、軽くパニックに陥りながら、

「やっ……ちょっと、ホント離してって………!」

 そう言って、全身を包む込む男の体を突き放すため、両腕で力いっぱい男の肩を押そうとした瞬間―――

『ドーン!』

 けたたましくも大きな音をあげ、歴史の有りそうな重厚な扉を跳ね除け現れた人間に目を奪われ、そのあまりの存在感に逃げる気も起こらず立ち竦んだ。
 ―――ちなみに、先程まで私を抱きしめていた男は声もなくスッと私から離れ、ちゃっかり三歩程後ろに下がって避難している。

「きゃーーーんっ! やっと楓ちゃんが来てくれたのねーーーっ!!」

 私を見るなり嬌声を上げながら駆け寄って来るのは、見たこともないほど綺麗な金髪美女で―――同性ながら、走る度にバインバインと暴れる胸の大きさには、思わず目も釘付けになる程の存在感があった。そのため……

「やっと…やっと帰ってきてくれたのね―――っ!」

 感極まったと言わんばかりに泣きながら突撃し、力いっぱい抱擁してくる胸から逃げ遅れ―――

「ちょ…ちょ、……くるしい……」

 気づけばド迫力な美女の胸に顔を埋めて藻掻いていた。

「あぁん、本当に…ホントに会いたかったのぉっ! 私が貴女のお母様よーーーっ!!」
「………いや、ホント………死……ぬ……」

 その時の私と言えば、女性のテンションが上がれば上がるほどキツくなる締め付けに、必死になってその腕をタップし逃れようとしていた。
 その為、残念ながら女性の美しい声から発される重要な言葉を何も聞き入れておらず―――慣れた様子で間に割って入った従者に助け出され、事なきを得る事態に陥っていた。



 クスンクスン…

「ごめんね、ごめんね…楓ちゃんにやっと会えて、嬉しくて……。こんな母様を嫌いにならないでね…」

 涙ながらに訴える美女は、泣き顔どころか溢れる涙まで美しい。
 冷静にそう思いながら、私は目の前に出されたお茶を啜る。
 死の恐怖を乗り越えた今、私は言いしれない悟りを開いているような気がする。むしろ、少年漫画風に言うなら、ゾーンに突入したと言い換えても良いと思う。
 それでも、自分があの乳の圧力で何も知らないまま天に召されていたのかもしれないと思うと、故意ではないとは言え、その凶器のようなけしからん爆乳に若干の恐れのような感情も芽生えていたのも確かで―――アレは危険物である。そんな認識も発生していたのだった。

 とは言え、いつまでもこうしていても埒が明かないのも確かなので、仕方なく話の続きを促すよう、彼女の後ろに立つ男に目配せする。
 男はピクリとも表情を変えず…それでも静かに頷くと、私に対するものとはまるで違う、穏やかな優しい声で目の前の美女に話しかけた。

「プリム様……そろそろ泣き止んでください。泣いている貴女もお美しいのですが…楓様の前ですよ?
 まだちゃんとした自己紹介もされていらっしゃらないので、どうしたら良いのかと困っていらっしゃいます」
「…………っ」

 そんな話し方もできるのね…なんて思っていたが、鼻を啜る音がピタリと止まったので、私もその話の入り口に乗っかるように言葉をつなぐ。

「ええ、申し訳ないのですが、私が突然ここに連れられてきた理由も聞かされていませんし……。
 あの……本当に、貴女のことも、その方のことも……私には何もわからないけど、この人が全部知ってるって言うから……。
 教えていただけるんですよね?」

 その言葉に、プリム様と呼ばれた美女は泣いていた顔をスッと上げ、伝う涙をハンカチで拭うと

「ごめんなさい。そうね……年若いあなた達を困らせてはいけないわね。
 それにやっと会えたのに、出会った早々からかわいい娘を不安にさせては……母親失格よね」

 そう言って、手に持ったハンカチでチーンと鼻をかみ、そのハンカチを脇に控えたワンコ頭の従者に下げ渡すと、照れ笑いするように微笑んだ。
 その涙に濡れた翠色の瞳はまるで宝石のように美しく、涙の跡が残る頬は水に濡れても凛と立つ華のような色気があった。
 あんなに子供みたいな姿でシクシク泣いていたとしても、やっぱり美人は美人だなぁ…なんて、思わず見惚れてしまう程に綺麗な人だと思う。
 例え、鼻水が垂れた跡の残る鼻下を、おつきのワンコ従者にキュキュッと新しいハンカチで拭われている姿が目に入ったとしても。



「貴女が生まれる前からのお話になるので、少し長くなるけれど……」

 そうして女神のように美しい女性は、鈴の鳴るような綺麗な声で、私がかねてから知りたいと思っていた話を語っていくのだった。
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