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第5章 35歳にして、愛について知る
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「桜季さんは最近誰かの帰りを待つことありましたか?」
晴仁が出張に行って二日目の夜。
皿洗いをしながら、隣に立つ桜季さんに問いかけた。
桜季さんは僕の質問に不思議そうに首を傾げた。
「おれ一人暮らしだからそういうことはないなぁ」
僕が洗ったお皿を乾燥機に仕舞いながら桜季さんが答えた。
「急にどうしたのぉ? あ! もしかしておれと一緒に住んでおれの帰りを待っていたいのぉ? それだったら大歓迎!」
「いえいえそういうことではなくて……」
「お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも僕にしますか? なんて野暮なことはきかないでねぇ。おれは青りんごとお風呂に入った後に、青りんごにご飯をあーんって食べさせてもらって、それから青りんごをいただく流れ一択だからぁ」
そう言ってちょんと僕の鼻の頭に人差し指をあてる桜季さんに、僕はこの冗談にどう反応していいか分からずただ曖昧に笑った。
僕みたいな冴えないおじさんが、新妻のような甘い台詞を口にするなんて冗談でも笑えない。
「あはは、僕がそんなこと言ったらコントみたいですね。僕が言いたかったのは、人を待つって寂しいな、と思って……」
「春巻きさん留守なのぉ?」
「はい、出張で明日までいないんです。いつも家にいるのが当たり前だからいないのがなんだか寂しくて……」
もともと広い部屋だけど、ひとりだともっと広く感じた。
広い空間にはただただ静けさが満ちていて、僕が動かなければ冷蔵庫や蛍光灯の微かな電子音しか聞こえないほどだ。
明日帰ってくると分かっていても寂しいし、待ち遠しい。
そんな気持ちの中、ふと蓮さんを待つ真奈美さんのイメージが脳裏をかすめて、胸が重くなった。
いつか帰って来るか分かっていても寂しい気持ちになるのだから、いつ帰って来るか分からない相手を待つのはもっともっと寂しいだろう。
もしかしたら帰って来ないかもしれないという不安と、今日は帰ってくるかもしないという期待に挟まれて押しつぶされそうな彼女の心情を想像したら胸が締め付けられる思いだった。
「どうしたのぉ?」
黙り込んだ僕の顔を桜季さんがのぞき込んできた。
僕はハッとして首を振った。
「だ、大丈夫です。何でもないです。ただやっぱり一人は寂しいなと思って。特に起きた時に隣に誰もいないと大きいベッドだから余計に寂しくて……」
「え! 青りんご、春巻きさんと一緒に寝てるのぉ?」
しまった!
目を丸くする桜季さんに、僕は自分の失言に気づき慌てて口を塞いだ。
三十五にもなって友人と同じベッドに寝ているなんて引かれてしまうかもしれない。
「あ、いや、一緒に寝ているといえば寝ているんだけど、あの、お金が貯まったらちゃんと僕用のベッドを買うつもりで、それまで一時的に寝させてもらっているだけで……」
弁解というにはあまりにまごまごとした言い訳を連ねる僕を「ふぅん」と言いながら桜季さんが目を細めて見ている。
う……、絶対言い訳くさいって思われてる……。
「青りんごって大胆だねぇ。ベッドでひとりが寂しいなんてぇ」
「え?」
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