更科と森之助 ~信州一と謳われた女傑と勇者の伝説~

相木鹿之介

文字の大きさ
9 / 28
第一部 二人の絆 ~更科と森之助~

第八章 約束の旅立ち

しおりを挟む
楽巌寺城内

森之助が連れていかれて三日程立っていた

奥座敷牢へお結が食事を運んで来た。
「お結」
「なんじゃ?」
「出せ」
「だめじゃ」
「早う、行かねば森之助殿が危ない」 
「もう何日、同じ掛け合いの繰り返しじゃ?」
「お結は、森之助殿を助けたくはないのか?」
「助けたい」
「そうじゃろ。なら出せ。」
「出て、更科どうするつもりじゃ?」
「躑躅ケ城館に行く」
「はあ? 行ってどうする?」
「森之助殿を助ける」
「助ける? どう助けるのじゃ?」
「戦うしかないの」
「……戦う? どう戦う? 一人でか?」
「ああ。そうじゃ」
「本気で言っているのか?」
「本気じゃ。約束したのじゃ。森之助殿を迎えに行くと。」
 お結も聞いていた。
「森之助殿も待っていると約束してくれた」
 今生の別れの約束である。叶わぬ約束と知っていた。

 そこへ、おまつとお琴がやってきた。
「更科様。躑躅ヶ城館には、父上の市兵衛殿がいらっしゃいます。市兵衛殿がきっと取沙汰して下さいます。それを信じましょう」おまつが言った。

「市兵衛殿だと? 信じられるか。息子を人質に出しておいて、敵方に寝返る輩やからじゃぞ。森之助殿のことなぞ自分の私利私欲の為に、切り捨てる輩だ。信じられるか?」
「確かにそのような結果になっておりますが、これにはきっと深い訳がおありと思いまする」
「どんな訳がある?」
「それは……わかりません。しかし、それでも、あのような、森之助殿のような武士を、敵方と言えど切りすてましょうか? いえ、是非とも家臣にしたいと思いまする」
「それは、森之助殿が武田に寝返るという事か? 自分の命惜しさに寝返ると?」
「それは……」おまつは返答に困った。
森之助がどのような人間か皆知っていた。
「あり得ぬ。あり得ぬから助けに行かねばならぬのじゃ。あっしが・・・助かると思うておるだけではだめじゃ、願っておるだけではだめなのじゃ」
「更科……」お結
「おまつ殿」
「はい」
「おまつ殿も無謀と知りながら、まだ幼き、お結とお琴を連れて村を出たのであろう? そのまま、村に留まるより、出る事を選んだのであろう。他人に任せるより、自ら事を起こすことを望んだのでは無かったか?」

おまつは図星を言われた。他の者に任せ、願っているだけでは何も変わらないのだ。

「事を起こさねば何も変わらぬのじゃ。……何も……」更科
「我らを敵に廻して、敵に寝返り命乞いする森之助殿であれば、ここにじっとしておるわ」
「森之助殿はそうでないお方であるから、あっしが行かねばならぬのじゃ」更科が泣き崩れた。
「更科様が助けに出る?……」おまつの顔色が変わった。
「晴介殿。更科様の見張りを頼みます」
 そう言って、お結、お琴を連れて急いで出て行った。

「晴介」
「なんだ」
「出せ。あっしをここから出せ。」
「駄目じゃ。殿から見張っておれと言われておる」
「父上のめいと森之助のいのち、どっちが大事じゃ」
「……森之助の命に決まっておる」
「そうじゃろう。よう言うた。なら、出せ」
「駄目じゃ。お主まで失いたくない。それにその腹でどうするつもりじゃ。戦えぬぞ」
「産んでから行きたいが、それまで待てぬのじゃ。それまで森之助殿が……」泣いた
「更科……」
「晴介は、森之助殿を助けたくは無いのか?」
「助けたいに決まっておるだろう。」
「じゃろう。なら出せ。」

「……駄目じゃ」

 そんなやり取りが繰り返しながら、夜がふけていった。

深夜、更科の牢の前で、牢の柱を背にして晴介が座り込んでうとうとしていた。
それを見ていた更科が、晴介の腰の鍵を取り、牢から抜け出した。

「晴介。すまぬ」
更科は自分の部屋に行き、わずかな荷物を持ち、楽巌寺城から出た。

城を出てわずかなところで声がかかった。

「お待ちください。更科様」おまつ
「おまつ殿、お結、お琴」
三人が旅支度をして待ち構えていた。

「その姿は?」更科
「更科様もそのようなわずかな支度でどちら迄?」
「われらもお供させて頂きます。」おまつ
 嬉しかった。あれ程反対していたのに。
 三人の気持ちが嬉しかった。

「嬉しいが、駄目じゃ」
「何故ゆえ?」
「父上の命に背く事になる。しいては村上にも背を向けることになるのじゃ。帰る場所が無くなるのじゃぞ」
「承知の上で御座います。」
「これは、武田に戦に行く行為じゃ。謀反じゃぞ。打ち首ものじゃ」

「更科様。われら親子、戦から逃げ延びて、行く先もないまま、彷徨っているところを、更科様に助けて頂きました。あの時から、心に誓ったのです。この先、何があっても更科様をお守りするのだと」おまつ
「そうじゃ。更科が声を掛けてくれなんだら、われらは野垂れ死んでおった」お結
「見たこともない、食べ物を腹いっぱい毎日食べさせてもらった」お琴
「ならば、尚更ここにおれ。この乱世、いつどうなるかわからんが、いましばらくは食べる物には困らん」
「それも更科様とご一緒ならばこそ。更科様のご心配をしながら食べても、おいしゅうございません」おまつ
「そして、人が安らぎを覚え、幸せに暮らすのは決して場所ではございません。場所も確かに大事ではございます。荒れた土地よりも肥えた豊かな土地が良いでしょう。しかし本当に安らげる場所は「人」にございます。愛すべき人、家族が一緒にいる事でございます」

「そなた達と出おうて、感謝しておるのはあっしの方じゃ。母と姉妹を得たと思うておるのじゃ。その家族を傷つけたくは無いのじゃ。わかってくれ」
「今、母と姉妹と言うて下さいましたな。有りがたきお言葉。なれば、その母が申します。 娘を一人、無謀な旅に出させる母がおりましょうか?」おまつ
「おまつ殿……」
「更科。妹を一人で行かせる姉がおるか?お前なら、お琴を一人で行かせるのか?」お結
「更科様。我らを家族と思うて下さるなら、たまには甘えて下さいませ。それに、いつ生まれるかわからぬお腹。私は二人産んでおります故、お役に立てると思います」おまつ

「……すまぬ。助けてくれるか?」
「もちろんでやんす」お琴
「但し、躑躅ヶ城館の前までじゃ。その先はわし一人で行く。それが条件じゃ」

「……わかりました」おまつ
 敢えて、ここは口に出さずにいた。そんなわけにはまいりませぬ。とは
「よし。決まりじゃ」お結
「さあて。では、まいりますか?」お琴
四人は暗闇の中、歩き出した。

「これから、毎日、見つからぬよう歩く事になります故、昼間に寝て、夜に歩く事になります」おまつ
「真っ暗で道に迷わなければ良いがの」更科
「一人、道に詳しいのがおるで大丈夫であろう」お結

「ほう、誰じゃ?」
「晴介。そんなに離れておらんで、一緒にこい」お結
 後ろから晴介がついて来ていた。荷物籠を背負って。
「晴介。・・・父の命に逆ろうて大丈夫か?」更科

「逆らう? 逆らっていませんよ。殿から更科を見張っておれと申せられたので、こうして見張っておる。牢の中でとは言われてはないのでな」
「相変わらず、素直ではないな」お結
「わしも森之助を助けたいと言って泣いておったではないか?素直にもうせ」お琴
「晴介……そうか……礼を言う。下手な寝たふりのおかげで、こうして牢から出て来れた」更科
「ばれておったか? 更科、今一度問う。どうなっても後悔はせぬか?」晴介

「今、事を何も起こさぬ方が一生後悔する」更科

皆、更科のその深く激しいまでの愛情を感じ取っていた。この愛情は森之助だけでなく、この中の誰であっとしても更科は助けに来てくれる。そう感じた。

それ故、皆、更科を助けねばならぬと思うのである。
「しかし、抜けておるの? 荷物を背負う籠はあれど、肝心の荷物を何も積んでおらぬ」更科
「ははっ。これでよいのじゃ。これはお主を背負う道具じゃ」

更科をひょいと担ぎ、背に乗せた

「晴介……」
「たまには役に立つの? 晴介も」お琴
「ささ、そうと決まれば急ぎましょう」おまつ

「こっちだ」晴介

こうして、更科、おまつ、お琴、お結、晴介の五人は、二度とこの地には帰えらぬ覚悟で、そして命を掛けて森之助を助けるべく旅に出たのである。あの約束を守る為に。

 「必ず迎えにいく」

翌朝

楽巌寺城内

「見つかったか?」右馬之助
「いえ。どこにもおられません」侍女
「こちらにもおりません」
「おまつ様、お結様、お琴様もおられません」
「晴介は?」
「見当たりません」
「そうか・・・皆で行ったか」右馬之助
「殿。これがまつ殿の机の上に」侍女

右馬之助宛てにおまつの書状が書かれてあった。見事な達筆であった。
そこには、必ず更科様を連れて帰ります。と書かれてあった。

「まつ殿。更科を頼みましたぞ」右馬之助

時に、天文七年 初夏であった。

                       第八話 完
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

処理中です...