更科と森之助 ~信州一と謳われた女傑と勇者の伝説~

相木鹿之介

文字の大きさ
5 / 28
第一部 二人の絆 ~更科と森之助~

第四章 祝言

しおりを挟む
葛尾城内

村上家臣達が集められていた。
その中央に森之助がいた。
「相木森之助おもてをあげよ」義清が言った。
「はっ」森之助
「森之助。先の戦での活躍見事であった」義清
「この井上から、そちの戦いぶりを詳しく聞かせてもらった。大儀であった」義清
「森之助。そちがあのような腕前になっておったとは、この九郎も気が付かなんだ。見事であった」九郎
「いえ。これも九郎師範にお教え頂いたからにほかなりません」森之助
「はは。相変わらず謙虚な性格であるな。森之助は。右馬之助の更科姫が惚れるだけあるわ」義清
「はっ?」森之助
「んんっ。御屋形様」右馬之助が咳ばらいをした。
「そうじゃった。段取りがあったの」義清
「相木森之助幸雄。この村上の家臣にならぬか? ここで元服する気は無いか?」義清
「はは。有りがたきお言葉。なれど、われは人質の身。その役目が果たせなくなりまする」森之助
「人質はもう良い。市兵衛殿の此度の働き、見事であった。佐久との関係も強固になったと信じておる。それよりも、森之助、そちの力じゃ。この九郎が、今の信濃にお主のような武士は二人とおらぬと申した。わしも直接、そちの戦いを見たかったものじゃ」義清
「どうじゃ。森之助殿。義清様の家臣とならぬか?」九郎
「わしが、烏帽子親えぼしおやになる」右馬之助
「人質のお役無くなれば、お断りする理由が御座いませぬ。喜んでお受けいたします」森之助
「おお。そうか良く申した」九郎
「おお。これはめでたい」右馬之助
他の家臣達も喜んだ。
先の戦での森之助の活躍は、噂で広まっていた。森之助は勇者として扱われていたのである。
「そこで。森之助。もう一つ頼みがある。右馬之助。お主から申せ」義清
「森之助殿。うちの姫である更科を知っておるな?」右馬之助
「はい。此度の戦にて更科殿もよく戦っておられました」森之助
「はは。何を申すか。うちの更科は怯えて泣いておったと聞いておる。少し漏らしておったそうじゃ。ぞ」右馬之助。

バン!
そのとき右手側の家臣たちの後ろの障子が勢いよく開いた。
「父上。私は漏らしてなぞおりません」更科が着物を着ていて叫んだ。
「おおぉー」その美しさに家臣達が目を奪われた。

「はっ?」更科
また、勢いよく障子がしまった。

義清はじめ家臣たちがあっけにとられた。
また、一瞬ではあったが、更科が着物を着ていた姿は、あまりに美しくまばゆいばかりであった。
「あちゃぁ……」右馬之助
森之助もあっけに取られていた。

「もう良い。更科。出てまいれ。段取りが台無しじゃ」右馬之助
「はい」更科が今度は廊下越しに、現れた。
「おおー。見事なお姿。」家臣達の声
「これは、この様な美しい姫君を見たことがござらぬ」家臣達の賞賛の声が飛んだ。
更科のその着物姿は、どこの戦国大名の姫かと思えるほど、艶やかで美しかった。
 森之助の少し斜め後ろで座った。
「森之助殿。この更科と夫婦になってもらえぬか?」右馬之助
「わしの一人娘じゃ。わしには息子がおらぬ。森之助殿。二人で、楽巌寺を守ってくれぬか?」右馬之助
「幼き頃に母を病気で亡くしておる。それ故、わがままし放題のじゃじゃ馬である。己より強き人でなければ、嫁にはいかんとこの歳にまで一人身じゃ」右馬之助
「森之助殿の、ご活躍を目のあたりにして、森之助殿でなければと、更科の願いじゃ」右馬之助
「また、この九郎の推挙もあってな。森之助殿と更科であれば、この信濃で一番の夫婦になると申しての」右馬之助。
「どうじゃ。森之助」九郎
 之助が九郎に目を向けた。先日よりおまつ経由で九郎より事前に話は聞いていた。
更科が心配そうに下に顔を向け、森之助の答えを待っていた。
「私の様なものに、勿体ないお話でござる。更科殿は、この信濃で一番のお美しさと、強さと、そして優しさをお持ちの方と存じます」森之助
「優しい? 更科がか?お世辞も上手であるな」右馬之助
「いえ。先の戦いでご一緒させて頂き、自身の目で確認させて頂きました。母君同様のおまつ殿、ご姉妹同様のお結殿、お琴殿を逃げず、御命捨てるご覚悟で、お守りされておられました。また、おまつ様達も同様に更科様をお守りされておられました。強い信頼関係がなければ、出来ることではありません。お転婆で、じゃじゃ馬な姫では決して築く事が出来ない絆と感じました。このような姫君と一緒になれる者は幸せな者と存じます」森之助
 あの状況下で、一瞬の間であったと思う。森之助が晴介と現れた時の場面である。
更科は森之助が、あの瞬間を読取、そう判断してくれた。嬉しかった。涙がこぼれた。
しかし直ぐに、
「……お転婆? そのような事を父がもうしたか?」更科の心の声

「おお。それでは良いとの事じゃな」右馬之助
「はい。有りがたきお話。宜しくお願い申し上げます」森之助
 おおっ。家臣達の歓声があがった。
「これ、更科聞いておるか?」右馬之助
「更科? 泣いておるのか?」
「父上。先程、お転婆と申しましたか?」 更科が頭をあげて聞いた。

「はあ? 何を言っておる?」右馬之助
「森之助殿が、承諾してくれたぞ」

 ……ええ?しまった。聞いてなかった。
 めでたい。めでたい。の家臣達の笑い声が響いた。
 そんな中、ひとり浮かぬ顔をした、右馬之助の横にいた家臣・牧島玄蕃が言った。
「右馬之助殿。あれ程、我が息子大九郎の嫁にとお願い申したでは、ありませぬか?」
「ははっ。そうでござったな。申し訳ござらぬ。でも、こればっかりは、本人の気持ちを無下に出来ぬ故。大九郎殿によしなにお伝えください」右馬之助

 半月後、葛尾城にて、森之助の元服が行われた。相木森之助幸雄改め 相木采女助幸雄うねめのすけゆきおとなった。
 一月後、盛大に楽巌寺城で二人の祝言が行われた。おまさ、お結、お琴、晴介を含め多くの村人達も参加、見学を許された。
村の姫と勇者の結婚式である。
村の全ての者に祝福された。……一人を除いて。
相木方からは、父、市兵衛が参列した。
更科同様、森之助も幼いころに母を亡くしていた。
二人の姿はそれは凛々しく、美しくまるでおとぎ話にでも出てくるような光景に見えた。

「お初にお目にかかる。市兵衛にござる」
「更科に御座います」
「お噂には聞いておりましたが、これほどのお美しいかたとは、おどろいております」
 宴がおわった。
「采女助を何卒、幾久しくよろしくお願い申す」市兵衛
「はい。……でもまるで、森之助様と今生の別れみたいなお言葉ですね」更科 

数日後

楽雁寺城内
がん、がキーン 木刀の音が響く
森之助と更科が稽古をしていた。
それを、お結、お琴が見守っている。

「だめだ」森之助
「何がだめでございますか?」更科
「そう力まかせの太刀では、直ぐに力付きてしまう」森之助
「・・……そうじゃの」更科
先の戦でも、力付きて腕が動かなくなった
「では、どうすれば良い。森・・采女助殿」更科
「森之助で良い。わしも慣れん」
「良かった。そうじゃろと思っておった。やっぱり森之助が一番似おうておる」更科
「相手の動きを見て、最小の動きでかわすのだ」お結
「その通り。刀で受けるのでは無く、直前でかわす事を覚えるのだ。それには勇気がいるが、かわされた相手は死に体だ」森之助
「お琴殿とお結殿の仕合を見せて頂こう」
「はい。」
お結とお琴が仕合をおこなった。
 カン、・・がきん・・かんかん
二回に一回はお結、お琴がかわす。
「あのように、太刀を毎回受けるのではなく、少しの動きでかわし、流す事で無駄な体力を使う事も無い」森之助
「そうか。今までいつもお結やお琴にかわされておった。そういう事か。では、もう一手、御手合わせを願い申す」更科
「……良かろう」森之助
 また、更科と森之助の稽古が始まった。

「……祝言を挙げた翌日から、毎日、刀の稽古ばかりじゃぞ。あの夫婦」お琴
「更科はよほど、あの戦での戦いが悔しかったのであろう。母様を傷つけたしまった事が許せなかったのじゃろう」お結
「あのような師匠が身近に出来たのじゃ。習わぬ手は無いと言っておった」お結
「新婚じゃぞ。他にすることがあるだろうに」お琴
「ほう?お琴も言うようになったの?」お結
「からかうでない。お結」お琴
「姉上と申せといつも言っておるではないか」お結
「これ、二人ともおやめなさい」微笑みながらおまつが言った。
「お世継ぎはまだ、先の話ですかね」お昌

「そのようですね」晴介

「・・・・?」

「晴介? 何故に晴介がここにおる?」お結
「わしは、森之助の見張り番じゃ」晴介
「葛尾城では用無しと言うわけか?」お琴
「うるさい」晴介

しばらくして、更科が身ごもった。
村中にその喜びの知らせが広まった。
 
村と二人は、幸せの中にいた。
しかし、その幸せが、崩れ始めていた。

森之助の父・市兵衛が武田方に寝返った知らせがはいった。

                             第四章 完
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

処理中です...