愛のない結婚を後悔しても遅い 離縁を望まれたスパダリ令嬢、溺愛の限りを尽くしたら孤独な公爵令息に懐かれすぎています

空橋彩

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1巻

1-3

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 シリルは呆気に取られたような表情をしていた。
 私たちの返事も待たずにドレッサーの引き出しやケースを漁りはじめる二人に、私はそっと囁く。

ものい風情がシリルを見下すとは、愚かだな」
「な……なんだと?」
「お前たちはいやしい物乞いだ、と言ったんだ」

 ガシャーン!! と大きな音が響いた。
 カイルが腰に差していた鈍刀を引き抜き、ドレッサーの鏡を叩き割ったのだ。
 その短慮さに思わず笑い出しそうになってしまった。

「私はお前たちの言いなりにはならない。お前たちとは金輪際関わり合う気がないので今すぐこの屋敷から出ていってもらいたい」
「貴様、伯爵家に楯突く気か!? おいシリル! お前、なに見てるんだよ! この女を追い出せ! また殴られたいのか!?」

 シリルはビクッと肩を震わせ、入り口の辺りで尻込みをしているようだった。かわいそうに、顔が真っ青である。
 私はどうしたらカイルを挑発できるか考えながら言葉を選んだ。

「自力では女一人追い出せないのか、あなたは? 人に頼まなければできないなんて情けないな」

 最大級の侮蔑を込めて笑いかけると、カイルは面白いように真っ赤になった。

「おいてめぇ、馬鹿にしてんのか? サリア、シリルと廊下に出てろ。この女にわからせてやらなきゃな」

 カイルはいやらしく笑った。私のドレスの胸元を思いきり掴み、ニヤニヤと笑いながら顔を近づけてくる。
 私がその手を掴んで捻り上げようとした瞬間、シリルが血相を変えて駆け寄ってきた。

「触るな……!」
「はぁ? 俺に言ってんのか?」

 小さな声ではあったが、シリルはカイルに歯向かって、手をはたき落とそうとした。力が足りず、逆に弾き飛ばされる形になってしまったが。
 弾かれた手をさすりながら、シリルはなおもカイルに噛みつく。

「シーラは、僕の婚約者だ」
「ちょっと、シリルはこっちに来なさいよ! お兄様が命令してるでしょ?」

 いつもと様子が違うシリルに戸惑いながら、サリアがシリルの手を引いて、私から引き離そうとした。

「シーラに触らないで!」

 カイルはシリルの一言でついに切れたのか、剣を思いきり振り上げた。私はとっにシリルの首根っこを引っ張って後ろへ放り投げる。ついでにくっついていたサリアもドサッと床に倒れ込んだ。
 荒々しく振り下ろされた剣先は、私の前髪をかすめてワンピースの前身頃を切り裂く。
 無駄に育った胸が役に立ったようで肌には傷がつくことなく、布だけが無惨にへその辺りまで切れた。
 そうなるように避けたのだが。しかし……

「遅いな」

 あまりの剣筋の遅さに、つい本音が漏れてしまった。

「てめぇ!!」

 それに反応したカイルが拳で私の腹を殴りつけた。が、片手で受け止めて逆にカイルの頬を平手で思いきり叩く。
 カイルはまるで埃のように、ピューッと壁に向かって飛んでいった。
 サリアが「きゃーーっ!」と悲鳴を上げてシリルに抱きつこうとした。
 髪留めを素早く引き抜き、サリアに向かって投げる。それがサリアとシリルのちょうど間にザクッと刺さると、二人は顔を青くして距離を取った。

「さわるな。私の旦那様だ……未来のな」

 ほんの少し威圧をかけると、サリアはその場でボロボロ泣き出してしまった。
 そこへバタバタと大人たちが到着した。
 部屋の状況を見て、すぐに伯爵が噴火する。

「どういうことだ!!」

 伯爵は怒り狂って私に詰め寄った。

「貴様! なにをした!!」
「お二人が急に私の部屋に入ってきて、宝石類を盗みはじめたのを止めたところ襲われたので、反撃したまでです」

 ほら、と切り裂かれた胸元を見せる。公爵と夫人が短く悲鳴を上げた。特に傷はついていないのに心配してくれるとは、優しいご夫妻だ。

「そんなことどうでもいい!! 息子と娘に暴力を働いてタダで済むと思うなよ、そもそもこの家の物なら我が家の物も同然だ! ここの嫁になるならお前もそれをわきまえて……」
「なぜ?」

 ぴちぴちとつばを飛ばしながら当然のように怒り散らしている伯爵の言葉を遮り、ほんの少し殺気を混ぜて聞き返す。
 伯爵はビクッと肩を弾ませ、一瞬怯んだ。

「……は?」
「なぜ伯爵ごときが偉そうにしているのかと聞いている」

 伯爵は突然の口答えに驚いたのか、池の魚のように口をパクパクさせている。そこだけは血筋なのか、最近こんな顔をよく見る気がする。

「お義父様。なぜシリルを守らずこんな男の言いなりになっているのです?」

 さすがの公爵も正面から殺気を向けられたら気がつくようだ。ほんの少し後ずさりしつつ、それでも私をじっと見つめて申し訳なさそうな顔をした。

「そ……それは……」
「シーラちゃん、それは私が……」
「元の婚約者であったガードナー伯爵を裏切ったから逆らえない、そう思ってます?」

 公爵夫人は両手を口に当てて、ハッと息をのんだ。公爵も目を見開いている。
 この数日、友人に頼んで調べてもらった彼らの過去。
 聞けば聞くほどに醜聞が集まった。

「そ……そうだ! この裏切り者のせいで俺は人生をメチャクチャにされたんだ! だから……」

 ガードナー伯爵はここぞとばかりに反撃を開始する。だが。

「浮気三昧だったからだろ? その結果メイドとの間にカイル殿を授かって、こちらに婿入りできなくなった、と」

 もちろん、それは伯爵の醜聞だ。トラティリア夫人と公爵には、なんの落ち度もない。
 反論しようのない真実だったからか、ガードナー伯爵はグッと唇を噛んで悔しそうな顔をした。

「お義父様、こいつらは婚約指輪まで差し出せと言ってきました。今までもシリルの大切なものをそうやって奪ってきたはずです。報復が怖いのですか? 伯爵程度の男の? そんなもの、私が全て弾いてやります。むしろ報復するのならお覚悟を。この私がその前に捻り潰して差し上げましょう」

 目の前で力強く拳を握ると、パキパキと小さな音が部屋に響く。
 シン、と静まり返った部屋に伯爵の悪あがきがこだました。

「お……お前みたいな小娘一人でなにができる!!」
「おや、私一人では不服か? それなら仕方がない、応援でも呼ぶことにしようか。呼べば助けに来てくれる者には心当たりがあるからな。さて……本当に私を敵にまわす覚悟があるのか?」

 本気の殺気を向けるとガードナー伯爵は顔を真っ青にして倒れてしまった。
 だが、今度は吹っ飛んで意識を失っていたカイルが体を起こし、剣に手を伸ばす。

「引き際も知らない小僧が。死にたいのか」

 その剣を足で踏みつける。グッと力を入れると、バキンと音を立てて刃が折れた。

「え?」
「次に刃を向けたら私も剣を抜く」
「……!!」

 カイルは泡を吹いて、再び倒れてしまった。
 後から来た使用人たちは皆、手を叩いて喜んでいる。伯爵たちは今までこの屋敷でやりたい放題だったようだ。
 公爵夫妻はシリルのもとへ行き、すまなかった、と謝っている。
 私は伯爵親子の足を掴んで引きずり玄関前のポーチにポイポイと捨ておく。頭をしこたま打っていたが、これで少しはマシになるのではないだろうか。私は優しいから、階段だけは腕のほうを持って運んでやったし。
 サリアだけは意識を取り戻し、自らの脚で転がるようにして逃げていった。
 呆気ないことだった。これで済ませる気は毛頭ないが。
 塩を撒く執事や使用人をよそに玄関の扉を閉めて振り返る。
 そこには、怒った顔のシリルが立っていた。

「どうした? もう大丈夫だ」
「……君が傷つくとは聞いてない!」

 そう言って、私の体を隠すように真っ白なシーツを優しく巻きつける。私よりも身長が高いシリルを少し見上げると、彼はプイッと横を向いてしまった。

「傷はついていない」
「よく見たら傷があるかもしれない! それに、あんな酷いことを言われていた。僕のせいで。大丈夫じゃないよ!」

 白く滑らかなシリルの頬に指を添わせて優しく撫でると、かぁ、と赤くなった。

「優しいな」
「よ、弱虫だと、思ってるんだろ?」

 青く透き通る瞳から一粒ずつ、綺麗な雫が静かにこぼれ落ちる。
 時々しゃくりあげるようにして、シリルは泣いていた。

「いいや、思わないが」
「男のくせに、やられっぱなしで、情けないって」
「思わない」
「……君は変だ」
「ふっ……」

 いじけるように呟いたシリルがおかしくて、つい吹き出してしまった。
 シリルが驚いたように目を見開く。失礼なことをしたかと思って謝ろうとしたが、シリルはふいっと後ろを向いて歩き去ってしまった。
 それからメイドの者たちが慌てて私を風呂へ連れていき、身支度を整えてくれた。幸いシリルが気にしていたような傷は一つもついていなかった。

「……町へ、行かないか?」

 伯爵親子に荒らされた部屋を使用人たちが片づけてくれている間、ラウンジでお茶をしていると、先ほどよりしっかりした服装に着替えたシリルが、ものすごく小さな声で誘ってきた。
 戦場でどんな小さな声も聞こえるように訓練をしてきたおかげで比較的はっきりと聞こえたが、なんと答えたらいいか一瞬悩んだ隙にシリルは不安を爆発させたようで、「やっぱりいい!!」と早々に己の発言を撤回し、そそくさと退室しようとした。

「いや、待て。案内してくれるのなら喜んで行こう。先日は一人だったせいでなかなかに大変だったんだ」
「……僕と行っても似たようなものだよ」
「いや、二人で行けば楽しいさ。乗馬はできるか?」
「できない」
「ちょうどいい、アサギがシリルに会いたがっているんだ、一緒に乗っていこう」
「……」
「?」

 突然黙ったシリルを不思議に思い、じっと見つめて待つ。ふと、シリルが柔らかく笑った。ほんの一瞬だったが、表情がパッと華やいでいた。

「乗馬ができなくて馬鹿にされたことはあっても、ちょうどいいと言われたことはなかったな」
「そ……そうか。また無神経なことを言ったか? すまない。その……一緒に乗ってくれないだろうかと誘おうと思っただけで……」
「わかってる。ありがとう、一緒に乗せてくれる?」

 どうやら、シリルは私の無神経さを把握したらしい。己の中で私の言葉をじょくではないものとして受け止めたようだ。他人を怒らせてしまうことがある私は、シリルの心の穏やかさを感じた。
 少しホッとしてシリルを見ると、彼も微笑んでいた。
 人に理解してもらうというのは嬉しいものなんだな。

「あぁ、もちろん」

 初めの頃と比べると、シリルの言葉が柔らかくなったような気がする。
 攻撃される前に攻撃をしなければと、今まで強がっていたのだろう。
 さてアサギを迎えに行こうかと椅子を立ったところで、足にまとわりつく邪魔な布に気がついた。
 ムッと顔をしかめてばさりとスカートをまくってみると途端にシリルが顔を赤らめ、慌てて後ろを向いてしまった。

「ぼ、僕のことをなんとも思っていないのはわかっているが、誰の前でも足を出すのははしたないよ! 今メイドを呼ぶから、着替えるといい」
「なんとも思ってない?」
「ああ、ちゃんと君が僕のことを愛することがないことは理解しているから……」
「夫婦になるんだから、シリルのことはちゃんと大切に思うようにしているよ」
「へ? あ……でも……」

 シリルはアタフタしはじめた。
 あぁ、そうか。シリルは結婚を望んでいないから、自分も私のことを愛さなければいけないのかと戸惑っているんだ。

「あー! いいんだ、同じ気持ちを返せとは言わない。見返りを求めて誰かを大切に思ったことは一度もないから、いつものことだ。気にしなくていい。ただ、私はシリルを大切にすると誓うよ」

 人と関わることを怖がっているシリルには負担だろうと思い、私を愛する必要はないと伝えたつもりだったが、なぜか彼はさらに眉間に深い皺を寄せて、傷ついたような表情になった。
 どうした? と声をかけようとしたところでメイドが着替えを持ってきたため、その話はそこで終わってしまった。
 公爵家のメイドたちは腕がよく、あっという間に着替えが済んだ。
 馬に乗るには邪魔になるので、長い髪を無造作にリボンで縛る。

「あ、もったいない……」

 とメイドたちは手を出したそうにしていたが、シリルが現れたので手を引っ込めて壁際へ下がっていった。

「……櫛を」

 私をじっと見たシリルは、うん、とうなずいてからメイドに櫛を持ってこさせた。
 私を椅子に座らせると優しく髪を梳き、慣れた手つきで髪をひとまとめにした。
 よくわからないが、縄のようにグリグリと編まれた髪がカチューシャのように頭の上を這い、後ろでグルグルにまとめられた髪の周りにも縄のように髪が巻かれている。

「これはすごい。シリルは器用だな」
「毎日自分の髪をまとめているからね」
「そうか。こんなに綺麗にねじれた髪は見たことがない。また頼んでもいいか?」
「ねじれ……編み込んだと言ってくれるかな?」
「私にはできないからな、すごく綺麗だ!」

 崩さないように指でそっと髪をなぞる。触れば触るほど、どうなっているのかわからない。
 鏡と睨めっこしていると、フッとシリルが顔を背けて吹き出した。

「さぁ、行こう」

 お忍びの外出だ。
 シリルはいつの間にか羽織っていた黒い外套のフードを目深にかぶり、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。


 馬舎につくとアサギが嬉しそうにブルブルと鳴いた。
 先に私がアサギにまたがり、背が高いシリルには後ろに乗ってもらった。手綱を握れないので、腰に手をしっかり回してもらう。
 アサギは頭のいい馬だ。シリルの緊張を感じてか、普段より穏やかに歩いてくれている。シリルも少しずつ慣れてきたようで、強張っていた腕の力が徐々に抜けてきた。
 町に到着すると、ふう、と一つ大きく息を吐いた。
 ちょうどお昼を過ぎた辺りだったので、屋台の並ぶ市場は人で賑わっていた。

「シリル! これはなんだ?」
「クレープだよ。食べる? 甘いのとしょっぱいの、どっちがいい?」
「じゃあ、両方で」
「……他にもたくさんあるから一つにしておくといい」
「そうか。じゃあ、肉系がいいな!」
「系ってなんなんだ?」

 シリルは終始ソワソワした様子でなるべく人と目が合わないようにしていたが、私がなにかに興味を持つと率先して買ってくれた。品物を受け取ると脱兎のごとく店から離れてしまうので、皆とても怪しんでいたが。
 買ったものは、歩きながら食べられるものばかりだった。賑やかな市場をフラフラ食べ歩いていると、いつの間にかシリルとはぐれてしまった。
 きっと不安がっているに違いない。路地裏に入って近くの塀をつたい、建物の屋根に上がる。
 ざっと見渡してみるが、黒いフードをかぶった人物は見当たらない。
 しばらく見渡していると、慌てて路地裏に入っていく怪しい人影が目に入った。そのまま屋根を辿って追いかけると、隅のほうで小さく丸まったシリルを見つけた。

「どうした? お腹でも痛くなったのか?」
「……僕を知っている人に出会ってしまった。正体がバレた! きっとみんな今頃、悪口を言っているんだ!!」

 シリルは小さく震えながら、フードをさらに深くかぶり直す。

「どんな悪口だ? どこにいるやつだ?」
「そこの、肉屋の男だ。屋敷にも納品しに来ているんだ」
「じゃあ、行こう」

 震えるシリルの手をガッと掴んでにっこり笑う。シリルの顔色がサッと悪くなった。いや、もともと悪かったかもしれない。
 手を引いて立ち上がらせると、そのまま引っ張って店の前まで連れていった。
 店の前につく頃には、シリルが無駄に抵抗するせいでフードが外れてしまっていた。

「あ! やっぱりシリル様だ!」

 ちょうど肉屋の店主が店先に顔を出していて、大きな声でシリルを呼んだ。
 シリルが「早く逃げなきゃ!」と小さく叫び、逃げようとしたので、ぎゅっと手を握って動けないようにした。

「ちゃんと最後まで聞くんだ。それがもし、シリルを傷つけるものだったなら……」

 とりあえず安心させないといけない。そっと耳元で囁くと、シリルの耳がカッと赤くなった。

「僕の悪口だったら……どうするんだ?」

 それでもその先が気になるようで、ごくりと唾をのみ込みながら返事をしてくれた。

「捻り潰す。もう二度と歯向かう気力が湧かないほどに」

 力強く拳を握ると、バキバキと骨が鳴る音がした。
 肉屋の店主を気にしていたはずのシリルだが、それよりもその音が気になったらしい。逃げようとしていた足を、大人しくその場に停止させた。

「シリル様! 町にいらっしゃるなんてお久しぶりではないですか? このコロッケ、揚げたてなんですよ! よかったら召し上がってください!」

 肉屋の店主はニコニコと笑いながらシリルにトングでコロッケを差し出す。後ろからやってきたおかみさんがバコンとお盆で店主の頭をはたいた。

「あんた! シリル様にそのまま渡すんじゃない、紙に包むんだよ! すみませんねぇシリル様、そういえば先日、夜中に見まわりをしてくださっていたでしょう? ありがとうございます」

 肉屋の夫婦は嬉しそうに笑みを浮かべてシリルに近づいてきた。その明るい声を聞きつけて、周りの人々がわらわらと集まってくる。

「シリル様だって? 街灯をうちの裏につけてくださって、ありがとうございます!」
「お久しぶりです! 大きくなられましたね。またうちのパン屋にも来てください!」

 先日私が訪れた時。皆シリルにお礼を伝えたい、それなのになかなか姿を現してくれないと、心配していた。悪口など言うはずがないのだ。
 なぜか私が誇らしい気持ちになって腕を組んで見ていると、小さな女の子たちが近づいてきた。

「ねぇ、あなたは王子様なの?」
「私? いや、違うが」
「シリル様は、私たちのお姫様なの。だっていつも綺麗だから。あなたはシリル様の王子様?」
「うーん……王子様ではないけど……そうだな、私はシリルの騎士だ」

 そう言って腰に差した細剣に手をかけると、女の子はブワッと目を輝かせて可愛らしく叫んだ。

「わあああ! かっこいいー!」
「この町のことも守るから、困ったら言いに来るんだよ。私はシリルと一緒に暮らしているから」
「うん、ねぇ、騎士様! 今度私たちの教会にも遊びに来て!」
「いいよ。今度顔を出させてもらう」

 私が微笑むと、女の子たちはきゃぁー! と嬉しそうに叫びながら走っていってしまった。
 シリルのほうを見ると、なぜか両手いっぱいに食べ物や花などのプレゼントを持たされていた。
 あんなに厳重にかぶっていたフードにも果物や野菜がたくさん詰まっていて、もう一度かぶるのは無理そうだった。
 ふと目が合うと、シリルは嬉しそうにニッコリと笑う。
 なぜか、心臓の辺りがドクンと痛んだ。


 シリルとの町散歩はなかなかに楽しいものになった。土産をたくさん持って帰ってきたシリルを見て、公爵夫妻はとても喜んでいた。
 少しずつ、シリルの心も解きほぐされているようだ。
 シリルはもっと、胸を張って生きていいはずだ。だが、それを許さない者がいる。
 ――手はじめに、奴に連絡をして協力してもらえるか聞いてみるか。
 一人で乗り込むこともできるが、なるべくなら大がかりなほうがいい。
 あの親子には、二度とトラティリアに手出しをしたくなくなるようなお仕置きをしてやらねばならないからな。




   第三章


 準備を整える間に、子供たちと約束をした教会を訪ねてみることにした。
 この町の教会は親を亡くした子や、訳あって親元を離れている子を預かって育てる孤児院の役割も果たしている。
 トラティリア公爵家の援助や町の人たちからの寄付のほか、教会自体でもバザーや祭りを開いて資金を調達している。
 現在は二十名ほどの子供が暮らしているそうだ。メイドたちに孤児院を訪ねることを前日に報告すると、皆でクッキーやビスケットなど日持ちのするお菓子を焼いてくれた。
 シリルもメイドたちの動きに気がついて、パンやマフィンなどを用意してくれた。
 そして、朝にはたくさんのバスケットを抱えて玄関で待っていた。

「僕も行く。ちょうど様子を見に行こうと思っていたところだったんだ」

 少しはにかみながら告げるシリルからは、ほんのり香ばしい小麦粉の香りと砂糖が混じったお菓子の甘い香りがした。きっと今朝も焼いていたのだろう。
 一緒にバスケットを持っていたメイドたちが嬉しそうに微笑んでいる。

「シリルも来てくれるならきっと、みんな喜ぶな」

 私はシリルの足元に置かれていた大きな木の箱を運ぼうと手をかけた。

「シーラ、それ……本が入っていておも……い……」

 ヒョイッと持ち上げると、シリルとメイドたちが慌てて手を添えようと駆け寄ってくる。しかし私が軽々と抱えるのを見て安心したのか、そのまま他の荷物を馬車に積み込みはじめた。
 シリルには馬車に乗ってもらい、私はアサギに乗って出発する。
 トラティリア邸からさほど時間はかからない丘の上に、教会は建っていた。
 白い壁に緑の蔦が這った教会と赤い煉瓦造りの宿舎だ。
 馬車の音に気がついたのか何人かの子供たちが門の向こうから顔を出した。ちょうど町で出会った子供がいることに気がついて私がヒラヒラと手を振ると、子供たちは「きゃー!」と嬉しそうに声を上げ、慌てて門の向こうへ走っていった。

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