愛のない結婚を後悔しても遅い 離縁を望まれたスパダリ令嬢、溺愛の限りを尽くしたら孤独な公爵令息に懐かれすぎています

空橋彩

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1巻

1-2

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 しかしドアを閉めてすぐに、コンコンとノックをされる。

「なんだ? なにか困り事でもあったか?」

 少しだけ扉を開けて応答する。
 気まずそうな沈黙の後、ものすごく小さい声でシリルが呟いた。

「……食事は」
「町でとってきたので心配無用だ」

 そう伝えると、なぜかシリルは傷ついた顔をして「じゃあいい!」とだけ告げて自分の部屋へ帰っていった。
 我々は一応、将来結婚する仲だ。部屋は隣同士である。お互いの部屋の中にある続き扉は、固く閉ざされているが。
 部屋に備えつけられたシャワールームで体を清めてベッドに入る。
 辺境では一晩中城壁に火を灯しているのでうっすらと明るいが、ここでは必要最低限の明かりしか灯されていない。辺境よりも暗い景色を横になって窓から眺めていると、空に青白い星が輝いているのが見えた。
 つい、近くで見たくなって小さなバルコニーに足を向けた。少し肌寒いが、空気が澄んでいて空がよく見える。
 ふぅ、と溜め息をつくと、息がほんの少しだけ白く曇った。

「夜は嫌いか? 随分えない顔をしている」

 すぐ隣のバルコニーで、息を殺してこちらの様子をうかがっていたシリルに声をかける。
 げっ! と小さな悲鳴を上げたところを見ると、夜ではなく私が嫌いなようだ。

「……嫌いじゃない」

 小さな声だが、確かにシリルはそう答えた。
 つん、とすまして手すりを見つめるシリルの姿はまるで意地を張っている子猫のようで、自然と口角が上がった。

「そうか。私はあまり好きじゃない。眠りについたまま、消えてなくなってしまいそうで」

 気の利かない返しをしてしまった。ここへ来て初めて、彼がまともに答えてくれたというのに。

「……夕食を……」
「ん?」
「夕食を用意して……いた。君の分も」
「シリルが作ってくれたものだったらおいしかったろうに。食べたかったな」

 あぁ、怒っていたのは食事時に私が帰らなかったからか。
 せっかく用意したものが無駄になってしまったから、怒ったのか。

「……明日の朝もなにか作る」

 私はシリルの横顔をじっと見つめたまま、彼の小さな声に耳を傾ける。伏し目がちな彼の目は、決してこちらを見ようとはしない。

「シリル、危ない!」

 シリルの向こう側に見える空に、一筋の光がすうっと落ちた。遥か彼方に弧を描いて消えていく。火矢か、はたまた弾丸か……
 思わずバルコニーの手すりに足をかけてシリルのもとへ跳び移った。

「あ……ああああ! あれは流れ星だ! そんなことも知らないのか!?」
「流れ星?」
「あぁ、願い事を唱えると叶えてくれるんだ。……あっ! いや」
「へぇ、それは面白い。それで? 唱え方は?」
「……」

 シリルはもともと大きな目をさらに大きく見開いて、こちらをじっと見ている。聞いてはいけないことだったのだろうか? 一子相伝の秘術とか?

「秘密か? なにか特殊な戦法でもあるのか? うーん……」
「男がそんな話をするなんて女々しくて気持ち悪いと。僕の友達だった者たち、皆が言う」
「はは、皆とは? どこの皆だ? 人の話を笑うとは、随分と可愛らしいお友達だな。私はその話、興味がある。流れた星はどこに辿りつくんだ? どうやって願いを叶えてくれる?」
「……昔読んだ本に書いてあった。星が落ちる前に願いを唱えきれば、その願いが叶うんだと」
「ふーん……やってみようかな! よしシリル、次に流れ星が出たら……あ! ほら流れた! だめだ、速すぎる」

 もういっそ、あの星の到着地点を割り出して拾いに行くしかないな。
 そんなことを考えていると、シリルがクスリと笑った気がした。
 バルコニーにある椅子に腰かけて、しばらく空を見る。
 気がついたら朝になっていた。いつの間にか、温かな毛布が何枚もかけられている。
 隣を見ると、シリルが一緒になって毛布に巻きついていた。
 屋敷の者たちに気がつかれる前に慌ててシリルを部屋のベッドに運び込んだ。そのままバルコニーをつたって、自室に戻る。
 結局、流れ星に願い事を唱えることはできなかった。




   第二章


「結婚!? そんなもの必要ありません!」

 僕は、このままでよかった。
 他人とは人の才能を妬み、ひがみ、攻撃してくる。関わらないようにしても、こちらが潰れるまで徹底的に潰しにかかってくる。
 アカデミーに入学して唯一よかったのは、そのことに気がつけたことだ。
 人はみにくい。
 それ以上に……自分の愚かさや弱さが許せなかった。
 幸いアカデミーの単位をまとめて取得できるほどの頭があったので、もうほとんど出席する必要はない。テストを受けるだけでも、学年一位くらい軽く取れる。
 だから僕は領地に引きこもった。誰も傷つけてくることのない、安全な場所に。
 ズタボロで帰ってきた僕に向かって、無理を言う者は誰もいなかった。
 皆、腫れ物に触れるように、そっと大切にしてくれた。
 なのに。

「シリル、いつまでも私たちがあなたを守ってはあげられないのよ。だからね、結婚してあなたの味方をつくるの」

 母と父が勝手に結婚を決めてしまった。
 しかも、相手は辺境伯令嬢。大人しく穏やかな娘が来るらしい。
 それなら口答えをさせず、すぐに追い返してしまえばいいと作戦を立てていたのに、顔合わせ当日に現れたのは、大きな馬にまたがった三人。
 どう見ても穏やかそうじゃない。
 真っ黒い、艶やかな毛並みの馬から降りてきた僕の婚約者であろう女性。髪は柔らかな黄金。瞳はとろけるような蜂蜜色。すっと伸ばした背筋に、堂々とした歩き方。
 少し吊り上がった目はキリッとして、鼻も高く、とても凛々しい顔立ちをしている。
 顔だけ見たら男と言われても納得するほどだが、スタイルがよく、一目で女性だとわかる。
 白いトラウザーズと黒いブーツがとても似合っている。
 しかし、口を開くと彼女はこちらを攻撃するばかりだった。
 やはり、こいつも僕のことをバカにしに来たんだ、そう思った。
 その日から、彼女は花嫁修行と称して我が家に滞在することになったらしい。
 母のせいで僕がお菓子作りをしていることがバレた。
 アカデミーでは女みたいだと散々馬鹿にされた。せっかく作ったものを捨てられ、踏みにじられた。マズイと、罵られもした。
 だけど、彼女はそんなことしなかった。

「すごいな」

 と褒めてくれた。
 褒められたことが嬉しくて夕食を作ったが、彼女は帰ってこなかった。
 そういえば、もう食べないようにすると言っていた。僕が嫌がったから。
 夜更けになってやっと帰ってきたと思ったら、外で食事をしてきたと言う。勝手に裏切られた気持ちになって、もういい、と突き放してしまった。
 ドアを閉める瞬間の彼女の寂しそうな顔が頭から離れず、バルコニーで頭を冷やしていると、彼女まで外に出てきた。白いナイトガウン姿が美しかった。
 白いシャツに黒いベスト、白いトラウザーズや軍服。そんな姿しか見ていなかったが、ゆるやかに開いた胸元から白いレースのネグリジェが見えている。
 僕はなるべく彼女を見ないようにした。
 先ほど傷つけたはずなのに、彼女は笑顔で話しかけてきた。
 言葉は乱暴だが……温かい言葉だった。
 僕は、幼い頃から可愛いものが好きだ。人形、絵本、お菓子。
 黒や銀よりピンクや金色が好きだ。
 夢物語を読んで胸をドキドキさせることや、魔法のような奇跡の話も。
 それを知った者たちは一様に「男のくせに気味が悪い」と非難した。
 女性たちも、「女々しい」と僕を馬鹿にした。
 でも彼女は違った。
 もっと教えてほしいと話を聞いてくれた。一緒に楽しもうとしてくれた。
 こんな風にされたのは初めてだ。
 あんなに嫌がったのに、しかも無礼なことまで言ってしまったのに、少しずつ歩み寄ろうとしてくれる彼女が、とても美しく見えた。
 いつの間にか眠ってしまった彼女が冷えないように、部屋からありったけの毛布を持ってきた。
 それでも温かくならなかったので、僕も一緒に入って温めることにした。
 目を覚ますと朝になっていて、僕はベッドで眠っていた。
 彼女にかけたはずの布団は、綺麗にたたんで足元に置いてあった。
 外からは、かすかに硬いものを打つ音が響いていた。


   ***


「シリル、おはよう。よく眠れたか?」

 まきりをしていると、三階のバルコニーからシリルが顔を出すのが気配でわかった。
 声をかけつつ見上げてみると、昇りはじめた朝日がホワイトブロンドの髪を照らして、とても綺麗に輝いていた。
 死人のように真っ白だった顔色も多少マシになっている気がする。斧を左手に持ち替えて手を振ると、シリルはコクンとうなずいただけで、すぐに部屋へ戻ってしまった。
 まだ朝日は昇りきっていないが、屋敷の者たちは働きはじめている。私もタダ飯食らいにならないように働かなければ。
 割る薪がなくなったところで、食堂へ向かった。
 食堂には、ふんわりと優しいパンの香りが漂っている。
 シリルと公爵夫妻がすでに席についていた。

「昨晩は申し訳ありませんでした。これからは黙って外食してこないようにします」

 シリルの顔を見ながら昨晩の非礼を詫びる。夫妻はにっこり笑って「気にしないで」と言ってくれた。
 シリルはじっと朝食を見つめている。
 つられて自分の席に用意された食事に目をやった。
 ワンプレートに盛られたサラダ、ベーコン、卵焼き。
 焼きたてのクロワッサンと黄金色のスープ。
 プレートには、星型にくり抜かれた黄色いなにかが飾ってあった。

「シリル、流れ星を捕まえてくれたのか? ありがとう」

 そうお礼を告げると、シリルはとても儚げに、美しく笑った。

「……」

 不覚にも見惚れてしまって、なにも言葉が出てこなかった。

「そ、そういえば、シリルの婚約を祝いにサリアやカイルが顔を出すそうですよ」

 夫人も、息子の顔に見惚れたのだろうか、言葉に詰まりながら来客の予定を伝えた。
 その瞬間、シリルから穏やかだった笑顔が消えた。そしてガタッと勢いよく立ち上がる。

「また、そうやって、勝手に……僕は会いませんから!」

 そう言い放つと、食事も始まっていないのに部屋へ戻ってしまった。
 夫人と公爵は「待って!」と声をかけるが、振り返ることもなく扉が閉められる。
 残された私はいささか気まずい雰囲気を感じつつも、とりあえずは食事をすることにした。


「サリアとカイルとは、どなたですか?」

 食事を終えて尋ねてみると、待ってました、と言わんばかりに公爵が食い気味に答える。

「シリルの従兄妹たちだよ。ガードナー伯爵……私の兄の子だね。シリルと仲良く……してくれているんだが、シリルはあまり関わりたがらないんだ」
「なぜ嫌がるのか、聞いたことはありますか?」

 公爵が釈然としないような顔をしていたので、さらに追及してみる。

「ただ、会いたくないと」

 公爵と夫人は困ったようにお互いに顔を見合わせて、ふぅ、と小さな溜め息をついた。

「婚約のお祝いなら、私も同席させていただきましょう」

 私がそう提案すると、夫人はうつむいていた顔をパッと上げて「いいの!?」と喜びの声を上げる。
 ちょうどメイドが食後のコーヒーをワゴンに載せて運んできたので、そのワゴンを借りてシリルの分の朝食と自分の分のコーヒーを部屋に運ぶことにした。
 私がやります! と言うメイドから少し強引にワゴンを奪ってシリルの部屋の戸を叩く。

「シリル、私だ。開けてもいいか? 開けるぞ?」

 返事はないが、どこかへ行けとも言われないので思いきって扉を開けてみる。
 中に入ると、窓際の椅子に深く座り込んで膝を抱えているシリルがいた。

「……せっかく作ってくれた食事の感想を言っていないから、伝えに来た。こんなに美しい食事を見たのは初めてだ。ありがとう」
「……おおだな」
「私にとって食事といえば、大鍋で煮たスープや肉ばかりだった。こんなに彩り豊かな美しい食べ物があるとは驚いた。それに、この星の形に切られた野菜が可愛らしいので気に入ったんだ」
「それはパプリカという。というか、その朝食は誰のだ?」
「君のだ」
「僕はいらない。食欲がない」
「従兄妹殿が来るからか?」

 シリルはビクリと肩を震わせてうつむいた。

「……そう、会いたくない。どうせまた馬鹿にするんだ。それに、いつも部屋のものを取られるし、殴られる」
「部屋に入れなきゃいいじゃないか。それ以前に、その事実を公爵に言えばいい」
「父上には一度言ったことがある。そうしたら『また買ってやる、カイルたちはお前が羨ましいんだろうから許してやってくれ』と。部屋には母上が連れてきてしまうから、入れざるを得ない」
「ふむ。なるほどな」

 公爵夫妻は優しすぎる。それは息子にだけじゃない。他人にもだ。
 よく領地経営をしてこられたなと思うほどにお人好しである。父が割った床のこともなにも言ってこないしな。
 私は落ち込んでどんどん小さくなるシリルの肩をポン、と軽く叩く。

「では、早速私の出番だな」
「え?」
「守ってやると言っただろ?」

 シリルは少し驚いたように私の目をじっと見つめ、慌てて首を振る。

「カイルはアカデミーの騎士科に通っているんだよ。力任せではどうにもならない。それにサリアはすぐに泣く。そうなると怒られるのはいつも僕だ」
「それではまた、やられっぱなしでいるのか? シリルがトラティリアから出ていくことができないなら、いつまでも同じことの繰り返しだ」
「っ!」

 シリルがグッと唇を噛んで、今にも泣き出しそうな、苦しげな表情を見せる。

「いいか、まずは自分がどうしたいのか口にしてみろ。今までどうにもならなかったから、言っても変わらないと思ってしまうのは仕方ない。そこを変えていこう。私はシリルの言葉を信じるよ。流れ星を捕まえてくれたお礼だ」
「あの二人には会いたくない。金輪際。もう奪われるのは嫌だ」

 ほんの少し、意を決したように、シリルが願いを口にした。
 流れ星にお願いするかのように、静かに。

「その願い、私が叶えよう」


 それから数日、私はシリルの従兄妹たちについて調べた。
 シリルがどんな思いをしてきたか、知りたかったからだ。友人やツテを頼ったおかげでたくさんの情報が耳に入ってきた。
 そしてついに、奴らが屋敷にやってきた。

「こんにちは! おじさま、おばさま!」

 応接室でトラティリア一家と一緒に、ガードナー伯爵親子を迎え入れる。
 女性らしい服は持ってきていなかったが、トラティリアの使用人たちは大変優秀で、夫人のドレスから飾りを外し、シンプルなワンピースに仕立ててくれた。
 深い赤色のタイトなスカートが印象的な、少し大胆な格好になってしまった。公爵夫妻はとても似合うと褒めてくれたが、これでは蹴りの威力が半減してしまう。
 なんて非効率的な布なんだと内心思う。
 私を見た瞬間、カイルだと思われる青年が目を見張った。どこかの戦場で会っただろうか? チラッと手に目をやったが、実戦の経験があるようには見えなかった。
 少し長めのグレーの髪に、ほんの少しだけシリルに似た眼差し。しかし目つきはきつく、好戦的な印象を受ける。体つきは確かにたくましく、堂々としていた。
 とはいえ、見覚えはない。
 次にサリアに視線を移すと、彼女はなぜか目つきを強張らせてこちらをにらんでいた。
 カイルと同じ、グレーの髪にグレーの瞳。気が強そうに見える、少し吊り上がった目。
 お礼に微笑み返したところ、「ひっ」と声を漏らし、視線を合わせてくれなくなってしまった。

「はじめまして。私ブライトン辺境伯が娘、シーラ・ブライトンです」
「マシュー・ガードナーだ。ザガードの兄にあたる。こちらは息子のカイル。そっちは娘のサリアだ。よろしく」

 トラティリア公爵家は、夫人の実家だ。公爵はトラティリア家に婿入りしたかたちになる。
 ガードナー伯爵は自分よりも弟の爵位が高いことを気にしているのだろう、決してその部分に触れてこなかった。なぜかとても偉そうに椅子にふんぞり返り、私が差し出した手を、じっと汚いものを見るような目で見つめた。
 痩せれば公爵に似ているのだろうが、体型は崩れて腹が邪魔そうだ。子供たちと同じ色の瞳は、私に興味を示すことなくキョロキョロとせわしなく辺りを見ている。
 是非とも握手をしたかったわけではないので、大人しく手を引っ込めた。

「ご紹介いただきありがとうございます。よろしくお願いします」
「シリルは魅力的な方を婚約者にしたんだね。おめでとう」

 私の返事など求めていないとばかりに、ガードナー伯爵はふいっとそっぽを向いた。
 敵から目を背けるとは腑抜けめ。と心の中で思ってしまい、つい口元がゆるむ。
 ガードナー一家は私をけ者にするように、トラティリア公爵と夫人に話題をぶつける。
 やれどうやって婚約者を選んだのかやら、なぜ辺境伯? やら、シリルとは対照的な相手だから大変そうだ、など。
 つまりは、この婚約は認めないと言っているのだ。
 公爵はニコニコと笑ったまま、「綺麗な子だろう? シリルを助けてくれるんだ」と呑気に会話を交わしている。
 なかなか真意が伝わらず、ガードナー伯爵はイライラしているようだ。
 こんなあからさまに敵意を向けられているのに気がつかないとは、さすが父上の殺気に当てられても倒れなかった鈍感力の持ち主だ。
 私は、伯爵がお土産に持ってきてくれたという紅茶に口をつける。
 高級な紅茶だと聞いたが、中身が入れ替えられているのだろうか、飲み慣れた大衆用の紅茶の味と香りがした。
 ふと視線を感じてそちらを見ると、カイルと目が合った。なぜか、ニヤッと怪しげに笑いかけてくる。それに気づいたサリアが慌てて立ち上がり、シリルの腕を無遠慮に引っ張った。

「ねぇ、シリルの部屋で話そうよ! 久しぶりにゆっくり話をしたいな!」

 その言葉を聞いてシリルの顔が青くなる。カイルも「そうだな、それがいいな」と席を立った。
 公爵夫人も、「あら、じゃあ部屋に案内するわね」とつられて立ち上がろうとする。
 私は夫人を手で制した。

「では、私が案内いたしましょう。お義母様はお茶を楽しんで。……ガードナー伯爵、今年は隣国の紅茶が豊作だったようですわね。お土産の紅茶、ごちそうさまでした。とても懐かしい味で、久しぶりに実家に帰ったような気持ちになりましたわ。ではお二人、こちらへ」

 伯爵がカッと顔色を赤くした。
 隣国の紅茶といえば大衆用の、安価なものだ。あの国は国土も広ければ働き手も多い。おかげで大量生産が可能で、価格も抑えられる。
 国境に面した辺境伯領では、自国のものだけでなく隣国の紅茶も多く親しまれているのだ。
 味の違いなどわかるまいとでも思ったのだろうか。
 土産をケチるなんてみっともないな、と暗に伝えたのだ。
 こんな小娘に指摘されるとは思わなかったのか、伯爵はお怒りになったようだ。
 私はシリルの隣を歩いてサリアとカイルを三階へ案内する。
 階段を上りきった辺りで、カイルが口火を切った。

「おい。シリルのくせに婚約するなんて、どういうことだよ」
「そうよ! 女の子に興味があったの? かわいーい趣味ばかりで、全然そんなそぶりもなかったじゃない」

 二人がシリルに詰め寄ろうとする。だが私は二人とシリルの間に体を捩じ込み、近づけないようにした。
 シリルがギュッと手に力を入れたのがわかる。割り込んだ私が不快だったのか、カイルが嫌そうに顔を歪めてジロッと睨みつけてきた。

「女々しい男だからこんな男っぽい女が来たのか? 余計ナヨナヨして見えるぞ、情けない」

 カイルは私のほうをジロジロと見て、ふん、と鼻で笑った。

「体だけは良い体をしている。なぁ、俺が遊んでやるよ。こんな人形遊びが好きな男、つまらないだろ?」

 カイルが私の肩に手を置こうとすると、サリアがペチンと手をはたき落とす。私を守ろうとしたわけではないようだが。

「やめなさいよ。こんなアバズレに手を出すの」
「アバズレだからいいんだろ? 後腐れなく捨てられる」

 二人の会話には特に返事をせず、部屋の扉を開けた。

「どうぞ」
「あ、そうだ。この間あった黒曜石のカフスボタンもらうな」
「私はブルーサファイアのピアスをもらうわね! あ! 婚約指輪とかある? ねぇ、あんたのアクセサリーも見せてよ! あんた辺境伯でしょ? 私たちは伯爵家よ? 逆らったらどうなるかわかるよね?」

 二人はドカドカと無遠慮に部屋へ入り込む。

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