1 / 84
1
しおりを挟む
「僕は君を望んでいない。環境が整い次第離縁させてもらうつもりだ。余計なことはしないで、大人しく控えて過ごしてほしい。」
両家顔合わせで結婚相手であるシリル・トラティリアが出会い頭一発目に発した言葉である。その言葉を聞いて、彼の両親は顔を赤くしたり青くさせたりしている。
だが、叱りもせずしょんと肩を落としてこちらの様子を伺うばかりでお話にならない。
我が領土、ブライトン領は敵国との境にある辺境だ。そこからここまで5日だ。ブライトンの私軍である、銀軍の軍馬を走らせて5日である。
馬車ではない。馬車でくればもう3日はかかるだろう。軍馬に跨ってやってきた私たちに向かってのこの言葉である。ろくに休憩もさせず、玄関で迎え入れてすぐの一言だ。
父の方からパキッと何か折れた音がした。手に持っていたのは確か鉄でできた太めの杖だったと思うが…
ブライトン辺境伯である父はこの国の英傑でものすごーく強い。一騎当千と言っても過言ではないほどの強さを誇る。若い頃戦争で武勲をあげ、褒章として母であるサラ・ブライトンへの婿入りを望んだ。
母は母でこの国のでも指折りの文官であった。頭がよく切れ者の母は男に混ざって王宮でバリバリ働いていた。
頭の切れる母は数々の男たちをその言葉で一網打尽にしてきた。
そんな二人が恋に落ち、母の作戦と父の出鱈目な強さで当たり前のように結ばれた。
そんな二人の強い部分をもらった私、シーラ・ブライトンは銀軍で副司令官をしている。
そして私には天使のような双子の妹がいる。スイとセイだ。二人は穏やかな可愛らしい天使だ。
その二人に縁談が持ち上がった。
領地経営に行き詰まったトラティリア公爵領より、補佐兼妻としてブライトン家の娘をと求められたのだ。
嫡男であるシリルが仕事に専念できるよう助けてやってほしいと。
それを聞いた私、シーラは激怒。そんな甲斐性なしのトンチキのところに可愛い天使を嫁がせるわけにいかない。
「私が行きましょう父上」
と赤札を自ら受け取った。
妹と両親は断ればいいと言ったが、断れば沙汰があるかもしれない。私なら大丈夫だと、押し切ったのだ。
「お淑やかな妹の方なら我慢してやろうとおもったが、下品な姉の方だなんて、いいか?僕の前に極力現れないでもらおう。この館の主人は僕だ、異論を唱えても無駄だと先に言っておこう」
母の方からブチブチと何かが千切れる音がした。確か母が手に持っていたのは我が領土にて盛んに生産している絹を何重にも重ねて織り上げた膝掛けだ。
私は、目の前に現れた敵に身震いした。ブルッと体を震わせたのをみて満足したのかさらにシリルは続ける。
「ふん、今更知ったのか?自分が愛されないと、女は寄生することしか考えていない。後悔しても遅いんだ頭の悪い人間は小さくなって過ごしていればいいんだこの、人殺し」
「お言葉ですが、人殺しとは?」
笑顔のまま、なるたけ優しく問いかけたつもりだが、あちら側の者たちがみな一様に顔を真っ青にした。使用人を含め全員だ。
「へ…辺境は野蛮な土地だろ?戦争で多くのものを殺したんだろ?!人殺しの妻なんてお断り…」
その言葉にカチンときてつい、ペチン!!とシリルの両の頬を両手で挟み顔をぐいっと近づける。
「痴れ者め。その戦争にでて戦う者があるからお前たちがのほほんと暮らしているのだろう。恐れ慄き、恐怖で動かない足を懸命に運び、我が国のために戦う我らが戦士を侮辱するなこの蛆虫が。お前が戦場に行けるというのか?行けないだろうな口先だけの青二歳が。なんなら、敵勢を押さえ込むのをやめようか?あっという間に侵略されるぞ?それとも貴様がオハナシでもして撤退させるのか?ん?」
シリルはパクパクと口を池の魚みたいに動かしている。
私が軽く頬を打ち、軽く口答えをしただけなのだが、その瞳から先程までの生き生きとした戦意は感じられなくなっている。
「シーラちゃんそのく…おほん、おぼっちゃまは軍の若者ではないのよ、もっと、優しく。緩やかにお話しなさい」
「母上。これでも優しくしています。」
軍の若者だったら打ち込み1000回でも足りないくらいだ。苦言を呈しただけなのだから、ものすごく優しくしているつもりなのだが、あちら側一行はさらに顔色を悪くする。何人かの若いメイドは額に手を当てて倒れてしまった。
軟弱な人間もいたものだ。私ごときの殺気に当てられるとは。
「こ…こんな乱暴もの!!お断りだ!!」
シリルはなんとか私の拘束から抜け出し、ずりずりと後退りながら父母の後ろへと隠れてしまった。
「シリルちゃん、あなたは一旦お部屋へ下がりなさい。ね、お母様に任せて」
シリルの母親が絹でもなでつけるが如く優しく穏やかに彼を宥める。「当たり前です!あなたたちのせいでこんな!」とプリプリ怒りながら退室…いや、玄関ホールから部屋へと帰っていった。
その後、きちんと応接室へと案内された私たちはご両親から平謝りされる事になる。
両家顔合わせで結婚相手であるシリル・トラティリアが出会い頭一発目に発した言葉である。その言葉を聞いて、彼の両親は顔を赤くしたり青くさせたりしている。
だが、叱りもせずしょんと肩を落としてこちらの様子を伺うばかりでお話にならない。
我が領土、ブライトン領は敵国との境にある辺境だ。そこからここまで5日だ。ブライトンの私軍である、銀軍の軍馬を走らせて5日である。
馬車ではない。馬車でくればもう3日はかかるだろう。軍馬に跨ってやってきた私たちに向かってのこの言葉である。ろくに休憩もさせず、玄関で迎え入れてすぐの一言だ。
父の方からパキッと何か折れた音がした。手に持っていたのは確か鉄でできた太めの杖だったと思うが…
ブライトン辺境伯である父はこの国の英傑でものすごーく強い。一騎当千と言っても過言ではないほどの強さを誇る。若い頃戦争で武勲をあげ、褒章として母であるサラ・ブライトンへの婿入りを望んだ。
母は母でこの国のでも指折りの文官であった。頭がよく切れ者の母は男に混ざって王宮でバリバリ働いていた。
頭の切れる母は数々の男たちをその言葉で一網打尽にしてきた。
そんな二人が恋に落ち、母の作戦と父の出鱈目な強さで当たり前のように結ばれた。
そんな二人の強い部分をもらった私、シーラ・ブライトンは銀軍で副司令官をしている。
そして私には天使のような双子の妹がいる。スイとセイだ。二人は穏やかな可愛らしい天使だ。
その二人に縁談が持ち上がった。
領地経営に行き詰まったトラティリア公爵領より、補佐兼妻としてブライトン家の娘をと求められたのだ。
嫡男であるシリルが仕事に専念できるよう助けてやってほしいと。
それを聞いた私、シーラは激怒。そんな甲斐性なしのトンチキのところに可愛い天使を嫁がせるわけにいかない。
「私が行きましょう父上」
と赤札を自ら受け取った。
妹と両親は断ればいいと言ったが、断れば沙汰があるかもしれない。私なら大丈夫だと、押し切ったのだ。
「お淑やかな妹の方なら我慢してやろうとおもったが、下品な姉の方だなんて、いいか?僕の前に極力現れないでもらおう。この館の主人は僕だ、異論を唱えても無駄だと先に言っておこう」
母の方からブチブチと何かが千切れる音がした。確か母が手に持っていたのは我が領土にて盛んに生産している絹を何重にも重ねて織り上げた膝掛けだ。
私は、目の前に現れた敵に身震いした。ブルッと体を震わせたのをみて満足したのかさらにシリルは続ける。
「ふん、今更知ったのか?自分が愛されないと、女は寄生することしか考えていない。後悔しても遅いんだ頭の悪い人間は小さくなって過ごしていればいいんだこの、人殺し」
「お言葉ですが、人殺しとは?」
笑顔のまま、なるたけ優しく問いかけたつもりだが、あちら側の者たちがみな一様に顔を真っ青にした。使用人を含め全員だ。
「へ…辺境は野蛮な土地だろ?戦争で多くのものを殺したんだろ?!人殺しの妻なんてお断り…」
その言葉にカチンときてつい、ペチン!!とシリルの両の頬を両手で挟み顔をぐいっと近づける。
「痴れ者め。その戦争にでて戦う者があるからお前たちがのほほんと暮らしているのだろう。恐れ慄き、恐怖で動かない足を懸命に運び、我が国のために戦う我らが戦士を侮辱するなこの蛆虫が。お前が戦場に行けるというのか?行けないだろうな口先だけの青二歳が。なんなら、敵勢を押さえ込むのをやめようか?あっという間に侵略されるぞ?それとも貴様がオハナシでもして撤退させるのか?ん?」
シリルはパクパクと口を池の魚みたいに動かしている。
私が軽く頬を打ち、軽く口答えをしただけなのだが、その瞳から先程までの生き生きとした戦意は感じられなくなっている。
「シーラちゃんそのく…おほん、おぼっちゃまは軍の若者ではないのよ、もっと、優しく。緩やかにお話しなさい」
「母上。これでも優しくしています。」
軍の若者だったら打ち込み1000回でも足りないくらいだ。苦言を呈しただけなのだから、ものすごく優しくしているつもりなのだが、あちら側一行はさらに顔色を悪くする。何人かの若いメイドは額に手を当てて倒れてしまった。
軟弱な人間もいたものだ。私ごときの殺気に当てられるとは。
「こ…こんな乱暴もの!!お断りだ!!」
シリルはなんとか私の拘束から抜け出し、ずりずりと後退りながら父母の後ろへと隠れてしまった。
「シリルちゃん、あなたは一旦お部屋へ下がりなさい。ね、お母様に任せて」
シリルの母親が絹でもなでつけるが如く優しく穏やかに彼を宥める。「当たり前です!あなたたちのせいでこんな!」とプリプリ怒りながら退室…いや、玄関ホールから部屋へと帰っていった。
その後、きちんと応接室へと案内された私たちはご両親から平謝りされる事になる。
907
あなたにおすすめの小説
あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
あなたの言うことが、すべて正しかったです
Mag_Mel
恋愛
「私に愛されるなどと勘違いしないでもらいたい。なにせ君は……そうだな。在庫処分間近の見切り品、というやつなのだから」
名ばかりの政略結婚の初夜、リディアは夫ナーシェン・トラヴィスにそう言い放たれた。しかも彼が愛しているのは、まだ十一歳の少女。彼女が成人する五年後には離縁するつもりだと、当然のように言い放たれる。
絶望と屈辱の中、病に倒れたことをきっかけにリディアは目を覚ます。放漫経営で傾いたトラヴィス商会の惨状を知り、持ち前の商才で立て直しに挑んだのだ。執事長ベネディクトの力を借りた彼女はやがて商会を支える柱となる。
そして、運命の五年後。
リディアに離縁を突きつけられたナーシェンは――かつて自らが吐いた「見切り品」という言葉に相応しい、哀れな姿となっていた。
*小説家になろうでも投稿中です
白い結婚はそちらが言い出したことですわ
来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかパーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!
【完結】16わたしも愛人を作ります。
華蓮
恋愛
公爵令嬢のマリカは、皇太子であるアイランに冷たくされていた。側妃を持ち、子供も側妃と持つと、、
惨めで生きているのが疲れたマリカ。
第二王子のカイランがお見舞いに来てくれた、、、、
私の婚約者でも無いのに、婚約破棄とか何事ですか?
狼狼3
恋愛
「お前のような冷たくて愛想の無い女などと結婚出来るものか。もうお前とは絶交……そして、婚約破棄だ。じゃあな、グラッセマロン。」
「いやいや。私もう結婚してますし、貴方誰ですか?」
「俺を知らないだと………?冗談はよしてくれ。お前の愛するカーナトリエだぞ?」
「知らないですよ。……もしかして、夫の友達ですか?夫が帰ってくるまで家使いますか?……」
「だから、お前の夫が俺だって──」
少しずつ日差しが強くなっている頃。
昼食を作ろうと材料を買いに行こうとしたら、婚約者と名乗る人が居ました。
……誰コイツ。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる