愛のない結婚を後悔しても遅い

空橋彩

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「昔は、もっと思いやりのある子だったのです。アカデミーでいじめにあってからと言うもの…他人を攻撃ばかりして、領地の経営も学ぼうとせず、ずっと部屋で…勉強を…」

ハンカチで目頭を押さえながら夫人が弱々しく言い訳をする。応接室は落ち着いた紺色で整えられている。
金具部分は銀色で縁取られており、とても清潔感のある部屋だ。
この夫人はお淑やかで、センスも良く優しい女性なんだろう。

「ほほう?では、”補佐”とはどの程度のことを言っておられるのかな?私の娘はどう使

お父様がゔゔん。と吠える。
夫人はびくりと肩を振るわせ、トラティリア公爵の手をギュッとにぎる。

「お怒りは…ごもっともです。補佐ではなくほぼ…」


「影ね。ゴースト領主って感じ。」


私はこのピンと張り切った空気を緩めるために努めて明るく言い放つ。

あちらのご両親はパクパクと口を動かして何とか取り繕おうとしている。我が両親はその姿を見て豪快に笑って見せた。


「ははは!!なんとまあ、ブライトンを影にするとはな。王家でも我が家を影として従えられなかったというのに」


ダン!!と床に杖の先を叩きつける。やわい石でも使っているのか、足元にビシ…とひびが入った。


「なぁ、トラティリアそちらは何を差し出す?」


お父様は殺気を混ぜた恐ろしいオーラを少しずつ出しながらトラティリア公爵を射殺さんばかりにみつめた。耐えきれなくなった夫人は真っ青な顔をして気を失おうとしている。



「この地図をみてください。…少し小さいですが特別な領地を。息子ではなく、シーラ嬢が引き継げる様公的文章を残します。」

そう言って一枚の紙を机の上にのせた。その手は僅かに震えていた。


「グラゴーリア山脈。金の取れる山脈だ。いいのか?」


「息子はああ言っているが離縁なんてありえない。そんな事をしたら…彼は生きていけない。だから、支えてほしい。私たちは先に死んでしまうから…」



「あら?私が先に死ぬことだってありますわよ。だって、争いが起これば私は出陣しますから。」


自分たちの責任を全て放り投げようとするトラティリア公爵に苛立ち意地悪な発言をしてしまう。私の一言を聞いた公爵はサァ、と青くなってしまった。
嫁げば出陣しないと思っていたのだろう。というか元々私がくる予定ではなかったのだから彼らからしたら青天の霹靂だろう。

しかし、唯一の他国との接地を守る辺境伯領の子供を嫁にと望んでおいて少しもその可能性を考えなかったのだろうか…交戦がある事くらい平民ですら知っているのに。親子揃ってお花畑の頭だったと心の中で思っていたら、お父様の口から全く同じ言葉がでてきた。


「親子揃ってお花畑では骨が折れるな。シーラやはり断ろう。お前にはもっと…」


「お受けします」


「そうだろう、もっと…は?」


「お受けします。その代わり私は軍に所属したままにさせていただくし、この山脈もいただきます。」

「一目惚れでもしたの?」

お母様がものすごーく不思議そうな目で私を見つめる。
確かに、シリル・トラティリアは美しい顔をしていた。外に出ないからか、透けるような白い肌に整った目鼻立ち。長いまつ毛に青く澄んだ瞳。
肩の少し下まであるサラサラのホワイトブロンドの髪は彼が動くたびに輝いていた。


「私の好みは大木の様なずっしりとした人です。吹いて飛ぶ様な優男は好みではありません。」


「じゃあ、なぜ?」


「難しい敵ほど倒してみたいと思うからですかね。」



トラティリア夫妻は涙を流しながら…喜んでいたと思いたいが、今後を思って悲しんでいたのかもしれない。
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