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お母様とお父様は長く辺境を開けておけないので、その日一晩だけトラティリア公爵家に滞在し翌朝には帰って行った。
朝早くに出発したが、トラティリア夫妻は朝食でもてなしきちんと見送りをしてくれた。
屋敷の使用人たちも恐れ慄きながら、顔を出してくれた。シリルだけが現れなかった。
この屋敷の者たちはみな、優しいのだ。優し過ぎて傷ついたぼっちゃんを腫れ物の様に扱っている。
庭に繋いだ愛馬、アサギをブラッシングしながら屋敷をみていると、3階の窓がバタン!と閉められた。
見られているのは分かっていたので、その子どもみたいな反応が可笑しくて、つい笑ってしまった。
少しするとバタバタとやかましい足音が庭に響いた。
「なななななななな!!!なんでいるんだ!!」
「あそこから、ここまでくるのに、こんなに時間がかかるのか?そんなに息を切らすほど走って?お前の足はどうなっている?」
「そんなことを聞いているんじゃない!何で帰ってないんだ!!!帰れ!!!」
「帰らない」
シリルは寝巻き姿のまま慌てて庭に飛び出してきたらしい。胸元の布がはだけて薄っぺらな胸板が顕になっている。
「かえ?!か…?!」
隙間を開けずに答えたのが意外だったのか、シリルは一歩後退りながら言葉に詰まってしまった。
「帰らない。私はお前の妻になる。」
空と同じ様な青い瞳をじっと見つめていると、その下の頬がかぁ!と赤くなった。
「つ?!いらない!!そんなもの…!!!」
顔を真っ赤にして怒ったシリルはプイッと後ろを向いてしまった。肩が小さく震えている。あぁ…そうか。
「お前を、守ってやる。」
シリルの小さく震えていた肩がビクッと大きくはねた。
先程のシリルの大声に興奮したのかアサギがブルルと小さくうなる。そっとアサギの頬を撫で落ち着かせる。
「私が守ってやるから大丈夫だ。」
辺境にやってくる新兵たちは皆、死の恐怖に震えている。皆強がって無理に他人を攻撃する。だけと、肩が、瞳が、唇が震える。どうしようもない恐怖で。
だから皆、守ってやらねばならない。
少しでも安心してもらえる様にと、お父様はいつも俺が守ると兵士たちに言っていた。
だからいつからか、私もその背中を真似する様になっていた。
シリルは怯えているのだと、思った。だから、守ってやらねばいけないと、純粋に思ってしまった。
後ろを向いたままの彼がどんな顔をしているかはわからないが、先程までいかって上がっていた肩がストンと落とされている。
アサギの手綱を握り馬小屋へと歩き出すと、シリルはトボトボと歩いて屋敷へ入って行った。
ふと、辺境に残してきた部下たちのことを思い出した。初めは女なんかにと反抗的であったが、共に過ごすうちに心を寄せてくれた。
シリルはどうだろうか。そんな風に考えながら初めて顔を合わせた時に見せた強がった顔を思い出す。
屋敷の中からドタドタと乱暴に走る足音が聞こえる。
「ふっ、あの根性も性格も叩き直さねばいけなそうだな。アサギ、私の旦那様はなかなか手強そうだ。」
朝の自主訓練を終えて庭の手入れでもしようかと中庭に出るとトラティリア夫人がお茶をしていた。
「あら、シーラちゃん!こっち!こっちよ!お茶しましょう?ね?あらそれ、く…クワ?なんでかしら?まぁいいわ、美味しいケーキがあるのよー!」
「トラティリア夫人、お招きありがとうございます。ではご一緒させていただきます」
夫人はシリルと同じプラチナブロンドの髪を持つ可愛らしい女性だ。私よりも頭ひとつ分くらい身長が低く、幼い顔立ちをしている。何故か顔を赤くして私をボーッと見つめている。
「ねぇ、シーラちゃんその…よかったらおかあさんって…呼んでくれないかしら?いやかしら?」
「お義母様」
この人は殺気にあてられると気絶してしまう可能性があるので、なるべく穏やかに笑いかける様にしなければいけない。そう思って、領地にいた子供達に笑いかける様ななるべく優しい笑顔をつくった。
「っ!!!!!カッコいいわぁ!あ、ごめんなさい。あの…あのね、シリルが…あんなことを言ってしまったことを謝りたかったの。ごめんなさい。」
瞳を潤ませながら本当に申し訳なさそうにシュンと肩を落としてしまった。…小動物の様で大変可愛らしい。
そんな姿を見てつい、ふ、と笑いをこぼしてしまった。
朝早くに出発したが、トラティリア夫妻は朝食でもてなしきちんと見送りをしてくれた。
屋敷の使用人たちも恐れ慄きながら、顔を出してくれた。シリルだけが現れなかった。
この屋敷の者たちはみな、優しいのだ。優し過ぎて傷ついたぼっちゃんを腫れ物の様に扱っている。
庭に繋いだ愛馬、アサギをブラッシングしながら屋敷をみていると、3階の窓がバタン!と閉められた。
見られているのは分かっていたので、その子どもみたいな反応が可笑しくて、つい笑ってしまった。
少しするとバタバタとやかましい足音が庭に響いた。
「なななななななな!!!なんでいるんだ!!」
「あそこから、ここまでくるのに、こんなに時間がかかるのか?そんなに息を切らすほど走って?お前の足はどうなっている?」
「そんなことを聞いているんじゃない!何で帰ってないんだ!!!帰れ!!!」
「帰らない」
シリルは寝巻き姿のまま慌てて庭に飛び出してきたらしい。胸元の布がはだけて薄っぺらな胸板が顕になっている。
「かえ?!か…?!」
隙間を開けずに答えたのが意外だったのか、シリルは一歩後退りながら言葉に詰まってしまった。
「帰らない。私はお前の妻になる。」
空と同じ様な青い瞳をじっと見つめていると、その下の頬がかぁ!と赤くなった。
「つ?!いらない!!そんなもの…!!!」
顔を真っ赤にして怒ったシリルはプイッと後ろを向いてしまった。肩が小さく震えている。あぁ…そうか。
「お前を、守ってやる。」
シリルの小さく震えていた肩がビクッと大きくはねた。
先程のシリルの大声に興奮したのかアサギがブルルと小さくうなる。そっとアサギの頬を撫で落ち着かせる。
「私が守ってやるから大丈夫だ。」
辺境にやってくる新兵たちは皆、死の恐怖に震えている。皆強がって無理に他人を攻撃する。だけと、肩が、瞳が、唇が震える。どうしようもない恐怖で。
だから皆、守ってやらねばならない。
少しでも安心してもらえる様にと、お父様はいつも俺が守ると兵士たちに言っていた。
だからいつからか、私もその背中を真似する様になっていた。
シリルは怯えているのだと、思った。だから、守ってやらねばいけないと、純粋に思ってしまった。
後ろを向いたままの彼がどんな顔をしているかはわからないが、先程までいかって上がっていた肩がストンと落とされている。
アサギの手綱を握り馬小屋へと歩き出すと、シリルはトボトボと歩いて屋敷へ入って行った。
ふと、辺境に残してきた部下たちのことを思い出した。初めは女なんかにと反抗的であったが、共に過ごすうちに心を寄せてくれた。
シリルはどうだろうか。そんな風に考えながら初めて顔を合わせた時に見せた強がった顔を思い出す。
屋敷の中からドタドタと乱暴に走る足音が聞こえる。
「ふっ、あの根性も性格も叩き直さねばいけなそうだな。アサギ、私の旦那様はなかなか手強そうだ。」
朝の自主訓練を終えて庭の手入れでもしようかと中庭に出るとトラティリア夫人がお茶をしていた。
「あら、シーラちゃん!こっち!こっちよ!お茶しましょう?ね?あらそれ、く…クワ?なんでかしら?まぁいいわ、美味しいケーキがあるのよー!」
「トラティリア夫人、お招きありがとうございます。ではご一緒させていただきます」
夫人はシリルと同じプラチナブロンドの髪を持つ可愛らしい女性だ。私よりも頭ひとつ分くらい身長が低く、幼い顔立ちをしている。何故か顔を赤くして私をボーッと見つめている。
「ねぇ、シーラちゃんその…よかったらおかあさんって…呼んでくれないかしら?いやかしら?」
「お義母様」
この人は殺気にあてられると気絶してしまう可能性があるので、なるべく穏やかに笑いかける様にしなければいけない。そう思って、領地にいた子供達に笑いかける様ななるべく優しい笑顔をつくった。
「っ!!!!!カッコいいわぁ!あ、ごめんなさい。あの…あのね、シリルが…あんなことを言ってしまったことを謝りたかったの。ごめんなさい。」
瞳を潤ませながら本当に申し訳なさそうにシュンと肩を落としてしまった。…小動物の様で大変可愛らしい。
そんな姿を見てつい、ふ、と笑いをこぼしてしまった。
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