愛のない結婚を後悔しても遅い

空橋彩

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「お義母様、お気になさらず。謝罪でしたらいつか本人からしていただきます。」


「でもね!せっかく来てくださったのにあんな…」


「このケーキ美味しいですね。」


目の前に出された苺のタルトを口に入れると食べたことがないほどに美味しかった。必死に謝ってもらっているのを忘れて突然感想を口にしてしまった。


「でしょ?!でしょ?!シリルが作ったのよ」


先程までのしょんぼりとした顔はすっかり忘れてとても嬉しそうに笑顔を振りまく夫人は本当に可愛らしい。
それにしても、こんなに素晴らしいケーキが作れるなんて…彼は努力家なのかもしれない。


「…そうですか。素晴らしい腕前ですね。」


「朝食もシリルが作ったの。昨日、言い過ぎてしまったことが恥ずかしくて出てこられなかったのだけど。本当にごめんなさい。私たち夫婦があの子の分まで貴女を大切にします。」


傷ついた息子を守りたくて仕方がないのだろう。全ての責任や義務から、こうやって守っていたのかもしれない。そうして彼はどんどん甘えて過ごすようになったのかもしれない。




お茶を終えたら、領地を見に行こうと思いアサギを迎えに行く。すでに誰か馬小屋に来ている様で、話し声が聞こえる。


「馬蹄を変えた方がいいな。長い距離を走ってきてくれたんだろ?ほら、足を出してくれ。とりあえず小石だけとろう。」


アサギは気難しい馬だ。気性の荒い牡馬。
彼が怒らずほぼ初めて会う人間に黙って足を出しているのをみて驚いた。
ブラシで丁寧に足の裏をマッサージしている横顔は昨日や今朝見た鬱々とした暗い表情と打って変わってとても優しい。


「馬が好きなのか?」


「う…!!!」


「しぃ、大きな声は出してはダメだ。馬は耳がいいんだ。だから驚いてしまう。」


後ろからそっと近づき声をかけると、予想通り驚いたシリルは大声で叫びそうになった。あらかじめ予想できていたのでそっと伸ばした手で口を覆う。


「!!!」


「私たちが無理をして到着したことなんて気がついていないのかと思っていたが、ちゃんとわかっていたんだな。」


「…わ…わかっていた。だが、僕は結婚なんて望んでいない。それに君みたいな…こ…怖い人間は好きじゃない」


ガタガタと震える彼は夫人によく似た美しいかんばせを赤らめて瞳を潤ませている。
とても艶やかで美しい。


「そうか。すまなかった。怖がらせたいわけじゃないんだけどね。なるべく優しく接する様にするよ。アサギ、いこう。」



残念そうに少し声を落としてシリルの顔を見ない様にアサギの手綱を引いて馬小屋を出る。


「あ、そうだ。シリルが作ったケーキをいただいた。とても美味しかったよ。」

先程のケーキのお礼をと思い、出口で一度立ち止まって一言声をかける。するとさらに顔を赤くして彼は何か呟いた。

「…くせに…だろ?」



「ん?なにか…「男のくせに菓子作りなんかして気持ち悪いと思っているんだろ!わざとらしく嫌味を言わなくても良い!!!母上がわざわざばらしたのか?!」


呟きが聞こえず聞き返そうとしたのだが、言葉が終わる前に爆発した様にシリルはどなった。
その顔は俯いていて見えないが肩が定期的に跳ね上がるので、おそらく泣いているのだろう。


「そんな事は思ってない。素直に凄いと思った。私にはできないから。好きな事をするのに性別は関係ない。好きなことを好きと言って何が悪い?」


上下していた肩がぴたりと止まった。


「シリルが嫌ならもう食べたりしない。嫌な思いをさせて悪かった」



この国では女性が好きな男性に菓子を作って渡したりする日がある。貴族令嬢はわざわざ菓子作りが得意な教師を招いて習うし平民は母親や祖母、友達と菓子作りの練習をしたりする。
だから、菓子作りが花嫁修行に入ってたりもする。もちろん、私はそう言ったことは一切していないのでただ単純にあの美しいケーキを作り出せる技術がすごいと思ったんだが、伝わらなかった様だ。

彼の心の傷は相当深いのだろう。少しの衝撃で爆発してしまう地雷の様だ。

何を言っても彼には嫌われてしまう様なのでとにかくこの場から離れようと思いそのまま黙って馬小屋を後にした。アサギにまたがり領地の見回りに出かける。
町の中は王都よりも環境が整っていた。ゴミや汚水もなく領民達も穏やかに笑い合っていた。

少し外れた小道に入っても、陶器の器に植えられた花が飾ってあったり、夜になれば道を照らす様に等間隔で街灯が使ってあり安心して歩ける様になっている。

町のものに聞けば、シリルが町の整備に口を出す様になってから整備が整い過ごしやすくなっている、と皆口を揃えて感謝していた。


公爵夫人が“以前は優しく穏やかだった”と言った様に彼の心は本当は…そんな事を考えながら町を歩いているとあっという間に夕暮れ時になってしまった。

私は何も考えず町で一番人気があるという食堂で食事を済ませて公爵邸に帰ることにした。
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