4 / 84
4
しおりを挟む
「お義母様、お気になさらず。謝罪でしたらいつか本人からしていただきます。」
「でもね!せっかく来てくださったのにあんな…」
「このケーキ美味しいですね。」
目の前に出された苺のタルトを口に入れると食べたことがないほどに美味しかった。必死に謝ってもらっているのを忘れて突然感想を口にしてしまった。
「でしょ?!でしょ?!シリルが作ったのよ」
先程までのしょんぼりとした顔はすっかり忘れてとても嬉しそうに笑顔を振りまく夫人は本当に可愛らしい。
それにしても、こんなに素晴らしいケーキが作れるなんて…彼は努力家なのかもしれない。
「…そうですか。素晴らしい腕前ですね。」
「朝食もシリルが作ったの。昨日、言い過ぎてしまったことが恥ずかしくて出てこられなかったのだけど。本当にごめんなさい。私たち夫婦があの子の分まで貴女を大切にします。」
傷ついた息子を守りたくて仕方がないのだろう。全ての責任や義務から、こうやって守っていたのかもしれない。そうして彼はどんどん甘えて過ごすようになったのかもしれない。
お茶を終えたら、領地を見に行こうと思いアサギを迎えに行く。すでに誰か馬小屋に来ている様で、話し声が聞こえる。
「馬蹄を変えた方がいいな。長い距離を走ってきてくれたんだろ?ほら、足を出してくれ。とりあえず小石だけとろう。」
アサギは気難しい馬だ。気性の荒い牡馬。
彼が怒らずほぼ初めて会う人間に黙って足を出しているのをみて驚いた。
ブラシで丁寧に足の裏をマッサージしている横顔は昨日や今朝見た鬱々とした暗い表情と打って変わってとても優しい。
「馬が好きなのか?」
「う…!!!」
「しぃ、大きな声は出してはダメだ。馬は耳がいいんだ。だから驚いてしまう。」
後ろからそっと近づき声をかけると、予想通り驚いたシリルは大声で叫びそうになった。あらかじめ予想できていたのでそっと伸ばした手で口を覆う。
「!!!」
「私たちが無理をして到着したことなんて気がついていないのかと思っていたが、ちゃんとわかっていたんだな。」
「…わ…わかっていた。だが、僕は結婚なんて望んでいない。それに君みたいな…こ…怖い人間は好きじゃない」
ガタガタと震える彼は夫人によく似た美しい顔を赤らめて瞳を潤ませている。
とても艶やかで美しい。
「そうか。すまなかった。怖がらせたいわけじゃないんだけどね。なるべく優しく接する様にするよ。アサギ、いこう。」
残念そうに少し声を落としてシリルの顔を見ない様にアサギの手綱を引いて馬小屋を出る。
「あ、そうだ。シリルが作ったケーキをいただいた。とても美味しかったよ。」
先程のケーキのお礼をと思い、出口で一度立ち止まって一言声をかける。するとさらに顔を赤くして彼は何か呟いた。
「…くせに…だろ?」
「ん?なにか…「男のくせに菓子作りなんかして気持ち悪いと思っているんだろ!わざとらしく嫌味を言わなくても良い!!!母上がわざわざばらしたのか?!」
呟きが聞こえず聞き返そうとしたのだが、言葉が終わる前に爆発した様にシリルはどなった。
その顔は俯いていて見えないが肩が定期的に跳ね上がるので、おそらく泣いているのだろう。
「そんな事は思ってない。素直に凄いと思った。私にはできないから。好きな事をするのに性別は関係ない。好きなことを好きと言って何が悪い?」
上下していた肩がぴたりと止まった。
「シリルが嫌ならもう食べたりしない。嫌な思いをさせて悪かった」
この国では女性が好きな男性に菓子を作って渡したりする日がある。貴族令嬢はわざわざ菓子作りが得意な教師を招いて習うし平民は母親や祖母、友達と菓子作りの練習をしたりする。
だから、菓子作りが花嫁修行に入ってたりもする。もちろん、私はそう言ったことは一切していないのでただ単純にあの美しいケーキを作り出せる技術がすごいと思ったんだが、伝わらなかった様だ。
彼の心の傷は相当深いのだろう。少しの衝撃で爆発してしまう地雷の様だ。
何を言っても彼には嫌われてしまう様なのでとにかくこの場から離れようと思いそのまま黙って馬小屋を後にした。アサギにまたがり領地の見回りに出かける。
町の中は王都よりも環境が整っていた。ゴミや汚水もなく領民達も穏やかに笑い合っていた。
少し外れた小道に入っても、陶器の器に植えられた花が飾ってあったり、夜になれば道を照らす様に等間隔で街灯が使ってあり安心して歩ける様になっている。
町のものに聞けば、シリルが町の整備に口を出す様になってから整備が整い過ごしやすくなっている、と皆口を揃えて感謝していた。
公爵夫人が“以前は優しく穏やかだった”と言った様に彼の心は本当は…そんな事を考えながら町を歩いているとあっという間に夕暮れ時になってしまった。
私は何も考えず町で一番人気があるという食堂で食事を済ませて公爵邸に帰ることにした。
「でもね!せっかく来てくださったのにあんな…」
「このケーキ美味しいですね。」
目の前に出された苺のタルトを口に入れると食べたことがないほどに美味しかった。必死に謝ってもらっているのを忘れて突然感想を口にしてしまった。
「でしょ?!でしょ?!シリルが作ったのよ」
先程までのしょんぼりとした顔はすっかり忘れてとても嬉しそうに笑顔を振りまく夫人は本当に可愛らしい。
それにしても、こんなに素晴らしいケーキが作れるなんて…彼は努力家なのかもしれない。
「…そうですか。素晴らしい腕前ですね。」
「朝食もシリルが作ったの。昨日、言い過ぎてしまったことが恥ずかしくて出てこられなかったのだけど。本当にごめんなさい。私たち夫婦があの子の分まで貴女を大切にします。」
傷ついた息子を守りたくて仕方がないのだろう。全ての責任や義務から、こうやって守っていたのかもしれない。そうして彼はどんどん甘えて過ごすようになったのかもしれない。
お茶を終えたら、領地を見に行こうと思いアサギを迎えに行く。すでに誰か馬小屋に来ている様で、話し声が聞こえる。
「馬蹄を変えた方がいいな。長い距離を走ってきてくれたんだろ?ほら、足を出してくれ。とりあえず小石だけとろう。」
アサギは気難しい馬だ。気性の荒い牡馬。
彼が怒らずほぼ初めて会う人間に黙って足を出しているのをみて驚いた。
ブラシで丁寧に足の裏をマッサージしている横顔は昨日や今朝見た鬱々とした暗い表情と打って変わってとても優しい。
「馬が好きなのか?」
「う…!!!」
「しぃ、大きな声は出してはダメだ。馬は耳がいいんだ。だから驚いてしまう。」
後ろからそっと近づき声をかけると、予想通り驚いたシリルは大声で叫びそうになった。あらかじめ予想できていたのでそっと伸ばした手で口を覆う。
「!!!」
「私たちが無理をして到着したことなんて気がついていないのかと思っていたが、ちゃんとわかっていたんだな。」
「…わ…わかっていた。だが、僕は結婚なんて望んでいない。それに君みたいな…こ…怖い人間は好きじゃない」
ガタガタと震える彼は夫人によく似た美しい顔を赤らめて瞳を潤ませている。
とても艶やかで美しい。
「そうか。すまなかった。怖がらせたいわけじゃないんだけどね。なるべく優しく接する様にするよ。アサギ、いこう。」
残念そうに少し声を落としてシリルの顔を見ない様にアサギの手綱を引いて馬小屋を出る。
「あ、そうだ。シリルが作ったケーキをいただいた。とても美味しかったよ。」
先程のケーキのお礼をと思い、出口で一度立ち止まって一言声をかける。するとさらに顔を赤くして彼は何か呟いた。
「…くせに…だろ?」
「ん?なにか…「男のくせに菓子作りなんかして気持ち悪いと思っているんだろ!わざとらしく嫌味を言わなくても良い!!!母上がわざわざばらしたのか?!」
呟きが聞こえず聞き返そうとしたのだが、言葉が終わる前に爆発した様にシリルはどなった。
その顔は俯いていて見えないが肩が定期的に跳ね上がるので、おそらく泣いているのだろう。
「そんな事は思ってない。素直に凄いと思った。私にはできないから。好きな事をするのに性別は関係ない。好きなことを好きと言って何が悪い?」
上下していた肩がぴたりと止まった。
「シリルが嫌ならもう食べたりしない。嫌な思いをさせて悪かった」
この国では女性が好きな男性に菓子を作って渡したりする日がある。貴族令嬢はわざわざ菓子作りが得意な教師を招いて習うし平民は母親や祖母、友達と菓子作りの練習をしたりする。
だから、菓子作りが花嫁修行に入ってたりもする。もちろん、私はそう言ったことは一切していないのでただ単純にあの美しいケーキを作り出せる技術がすごいと思ったんだが、伝わらなかった様だ。
彼の心の傷は相当深いのだろう。少しの衝撃で爆発してしまう地雷の様だ。
何を言っても彼には嫌われてしまう様なのでとにかくこの場から離れようと思いそのまま黙って馬小屋を後にした。アサギにまたがり領地の見回りに出かける。
町の中は王都よりも環境が整っていた。ゴミや汚水もなく領民達も穏やかに笑い合っていた。
少し外れた小道に入っても、陶器の器に植えられた花が飾ってあったり、夜になれば道を照らす様に等間隔で街灯が使ってあり安心して歩ける様になっている。
町のものに聞けば、シリルが町の整備に口を出す様になってから整備が整い過ごしやすくなっている、と皆口を揃えて感謝していた。
公爵夫人が“以前は優しく穏やかだった”と言った様に彼の心は本当は…そんな事を考えながら町を歩いているとあっという間に夕暮れ時になってしまった。
私は何も考えず町で一番人気があるという食堂で食事を済ませて公爵邸に帰ることにした。
811
あなたにおすすめの小説
あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
好きにしろ、とおっしゃられたので好きにしました。
豆狸
恋愛
「この恥晒しめ! 俺はお前との婚約を破棄する! 理由はわかるな?」
「第一王子殿下、私と殿下の婚約は破棄出来ませんわ」
「確かに俺達の婚約は政略的なものだ。しかし俺は国王になる男だ。ほかの男と睦み合っているような女を妃には出来ぬ! そちらの有責なのだから侯爵家にも責任を取ってもらうぞ!」
あなたの言うことが、すべて正しかったです
Mag_Mel
恋愛
「私に愛されるなどと勘違いしないでもらいたい。なにせ君は……そうだな。在庫処分間近の見切り品、というやつなのだから」
名ばかりの政略結婚の初夜、リディアは夫ナーシェン・トラヴィスにそう言い放たれた。しかも彼が愛しているのは、まだ十一歳の少女。彼女が成人する五年後には離縁するつもりだと、当然のように言い放たれる。
絶望と屈辱の中、病に倒れたことをきっかけにリディアは目を覚ます。放漫経営で傾いたトラヴィス商会の惨状を知り、持ち前の商才で立て直しに挑んだのだ。執事長ベネディクトの力を借りた彼女はやがて商会を支える柱となる。
そして、運命の五年後。
リディアに離縁を突きつけられたナーシェンは――かつて自らが吐いた「見切り品」という言葉に相応しい、哀れな姿となっていた。
*小説家になろうでも投稿中です
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
白い結婚はそちらが言い出したことですわ
来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかパーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる