愛のない結婚を後悔しても遅い

空橋彩

文字の大きさ
5 / 84

5

しおりを挟む
公爵邸に着いた頃には使用人たちが帰って邸は静かになっている頃だった。
中には夜勤で体を休めながら働いている者達もいると思い、音を立てない様にそぅっと自分に当てがわれた部屋に向かう。

長い廊下を歩いていると奥の方に人の気配を感じ立ち止まる。よくを目こらすとシリルが立っていた。


「シリル?そこで何をしているんだ?」


また、近づきすぎると怒らせてしまうと思いある程度距離をとって話しかけてみる。
彼は勢いよくこちらを向くと怒った様な顔でじっと見つめてきた。


「し…食事の時間にも戻らないとは…どこへ行っていたんだ!」

「領地を見に行ったんだ。よく整備されたいい町だな。明るく清潔で領民達もとても穏やかだ。皆シリルのおかげだと褒めていたよっ…とまた余計なことを言ったかな?私はどうも、気が利かないらしいすまない」


「…僕は彼らの税で生きている。彼らに尽くすのは当たり前のことだ!!」


「そうだな。私が無礼だった。だが、町のあちこちにシリルの心配りが溢れている様で私は少し感動したんだ。だからついね。」


そう、ついだ。ついまた地雷を踏んでしまった様なので、早く彼を解放してやろうと直ぐに自分の部屋の扉を開けるそして、「嫌な思いをさせるつもりはなかったよ」と伝えて部屋に入る。ドアを閉めるもすぐにコンコンとノックをされる。


「なんだ?何か困っているのか?」


少しだけ扉を開けてノックに応答すると、ものすごく小さい声でシリルが呟く。



「食事は?」


「町でとってきたので心配無用だ。」


そう伝えると何故かシリルは傷ついた様な泣いている様な顔をして「じゃあいい!」とだけつげて自分の部屋へと帰って行った。我々は一応結婚する仲だ。部屋は隣同士である。お互いの部屋の中にある続き扉は固く閉ざされているが。

部屋のシャワールームで体を清めてベットに入る。
辺境では一晩中城壁に火を灯しているのでうっすらと明るい。横になって窓の方を見ると空に青白い星が輝いているのが見えた。

つい、近くで見たくなって小さなバルコニーに足を向けた。少し肌寒いがそのおかげで空気が澄んでいて空がよく見える。


ふぅ、とため息をつくと息が白く曇る。
無駄に長く伸ばした髪からぽたりと水滴が垂れる。


「夜は嫌い?随分冴えない顔をしている」


すぐ隣のバルコニーで息を殺してこちらの様子を伺っていたシリルに声をかける。
げっ!と小さな悲鳴を上げているところを見ると夜ではなく私が嫌いなようだ。


「嫌いじゃない」

小さな声だが、確かにシリルはそう答えた。


「そうか。私は嫌いだ。眠りについたまま消えて無くなってしまいそうで。」


ここへきて初めて彼がまともに答えてくれた。それなのに私は気の利かない返をしてしまった。


「…夕食を…」

「ん?」

「夕食を用意して…いた。君の分も」


「シリルが作ってくれたものだったら美味しかったろうに。食べたかったな」

あぁ、怒っていたのは食事時に私が帰らなかったからか。せっかく用意したものが無駄になってしまったから、怒ったのか。

「…明日の朝も何か作る」


私はシリルの横顔をじっと見つめたまま彼の小さな声に耳を傾ける。決してこちらを見ようとはしない、伏せ目がちな目線は決して私の姿をうつそうとはしない。


「シリル!!」

シリルをじっと見つめていると、彼の向こう側に見える空の星がすうっと落ちてきた。遥か彼方に弧を描いて消えていった。

火矢か、はたまた弾丸か…
思わずバルコニーの手すりに足をかけてシリルの元へ飛び移ってしまった。


「あ…ああああ!あれは流れ星だ!そんな事も知らないのか?!」


「流れ星?」


「あぁ、願い事を唱えると叶えてくれるんだ…あっ!いや…」


「へぇ、それは面白い。それで?唱え方は?」


「…」

シリルはもともと大きな瞳をスッと見開いてこちらをじっと見ている。聞いちゃいけない事だったのだろうか?一子相伝の秘術とか??

「秘密か?何か特殊な戦法でもあるのか?うーん…」


「男がそんな話をするなんて女々しくて気持ち悪いと。僕の友達だった者たち、皆が言う」


「はは、皆とは?どこの皆だ?人の話を笑うとは、随分と可愛らしいお友達だな。私はその話、興味がある。流れた星は、どこに辿り着くんだ?どうやって願いを叶えてくれる?」


「…昔読んだ本に書いてあった。星が落ちる前に願いを唱えられるとその願いが叶うんだと。」


「ふーん…やってみようかな!よし、シリル流れ星が出たらおし…あ!ほら流れた!だめだ。早すぎる」


もういっそ、あの星の到着地点を割り出して拾いに行くしかないな。そんなことを考えていると、シリルがクスリと笑った気がした。
シリルの部屋のバルコニーにある椅子に腰掛けたまま、しばらく空を見た。そのまま、気がついたら朝になっていた。いつのまにか暖かな布団が何枚もかけられていて、隣にはシリルが一緒になって布団に巻きついている。


屋敷の者たちに気がつかれる前に慌ててシリルをベットに運び込む。そのままバルコニーをつたって自室にもどる。
結局流れ星に願い事を唱えることはできなかった。

しおりを挟む
感想 76

あなたにおすすめの小説

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

あなたの言うことが、すべて正しかったです

Mag_Mel
恋愛
「私に愛されるなどと勘違いしないでもらいたい。なにせ君は……そうだな。在庫処分間近の見切り品、というやつなのだから」  名ばかりの政略結婚の初夜、リディアは夫ナーシェン・トラヴィスにそう言い放たれた。しかも彼が愛しているのは、まだ十一歳の少女。彼女が成人する五年後には離縁するつもりだと、当然のように言い放たれる。  絶望と屈辱の中、病に倒れたことをきっかけにリディアは目を覚ます。放漫経営で傾いたトラヴィス商会の惨状を知り、持ち前の商才で立て直しに挑んだのだ。執事長ベネディクトの力を借りた彼女はやがて商会を支える柱となる。  そして、運命の五年後。  リディアに離縁を突きつけられたナーシェンは――かつて自らが吐いた「見切り品」という言葉に相応しい、哀れな姿となっていた。 *小説家になろうでも投稿中です

白い結婚はそちらが言い出したことですわ

来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかパーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!

好きにしろ、とおっしゃられたので好きにしました。

豆狸
恋愛
「この恥晒しめ! 俺はお前との婚約を破棄する! 理由はわかるな?」 「第一王子殿下、私と殿下の婚約は破棄出来ませんわ」 「確かに俺達の婚約は政略的なものだ。しかし俺は国王になる男だ。ほかの男と睦み合っているような女を妃には出来ぬ! そちらの有責なのだから侯爵家にも責任を取ってもらうぞ!」

【完結】16わたしも愛人を作ります。

華蓮
恋愛
公爵令嬢のマリカは、皇太子であるアイランに冷たくされていた。側妃を持ち、子供も側妃と持つと、、 惨めで生きているのが疲れたマリカ。 第二王子のカイランがお見舞いに来てくれた、、、、

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

処理中です...