愛のない結婚を後悔しても遅い 離縁を望まれたスパダリ令嬢、溺愛の限りを尽くしたら孤独な公爵令息に懐かれすぎています

空橋彩

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王家の秘密

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日が沈みはじめると酒場に人が集まりはじめた。
客の中には何人か兵士も混ざっている。
私とアーサーはあまり目立たぬよう、カウンターの奥の調理場付近から客や従業員の様子を窺っている。
皆、楽しそうに酒を飲み、笑顔でワイワイと騒いでいる。シリルやスイ達も驚くことにとても馴染んでいる。

包丁を持って食材を器用に切り刻むアーサーが心配そうにホールを覗き込む。私は片手に持ったアイスピックを氷の塊に突き刺していく。すぐに粉々になってしまうので大きめに砕くように注意する。

客層はまばらで、若い者もいれば年の者もいる。特に怪しい動きをしている者はいない。
一人一人の動きを観察しても、今のところ怪しい者はいない。

ふと、肩を軽く叩かれて振り返るとアーサーが申し訳なさそうに私を見ていた。

「シーラの顔が、怖い、と。」

ちょいちょいと調理場の方を指さされたので視線を送ると、何人かの者達がビクッと肩を上げた。

「すまない。」

そう言って頭を下げると彼らはホッと胸を撫で下ろし各々の仕事に戻っていった。

「いいか、顔のいい奴が不機嫌そうにアイスピックで氷を砕いていると、怖い。なるべく穏やかに優しそうな顔をしてほしい。」

「む、不機嫌そうにしたつもりはないんだが。」

「いや、メチャクチャ怖い顔してたぞ。男前なんだから気をつけろ。まあ、ホールからは色ガラスのおかげで見えていないだろうが…」

やはり、私には囮とか隠れて、とかそういう任務は向いていないようだ。ふう、と息を吐くと隣から温かい紅茶が入ったコップが差し出された。茶色い髪の毛、緩いウェーブ、垂れ目に涙ホクロ。
カイルから報告のあった女性か。

「ありがとう。」

お礼を言ってコップを受け取ると彼女は私に顔を近づけてさらにニッコリと微笑んだ。

「冷たい氷をずっと握っているから、顔まで冷たいじゃない。ほら、時々休んで」

そう言って、彼女は私の頬に手を当てて微笑んだ。暖かい…むしろ、熱いくらいだ。

「無理しちゃだめよ。うまく休みながら、ね。」

ラックス、と言ったか…おそらく私より、アーサーより年上だろう。優しそうな瞳の奥になにか、隠れた意図がありそうだ。

「貴女は接客しなくていいのか?」

ラックスはもう一つ手に持っていたコップに口をつけながらゆっくりと紅茶を飲んでいる。

「いいのよ。こんな年増に接客されるより若い子にしてもらった方がみんな嬉しいでしょ?だから、私は見守りながら雑用をやるようにしてるのよ。」

そう言った彼女の顔は嘘偽りや嫉妬の気持ちなど感じないような、心からそう思っているような表情だった。

「そんな事ないだろ。貴女みたいな穏やかな女性に癒やされたいと思う人は多いんじゃないか?」

「ふふ、貴方、顔がいいだけじゃないのね。今までたくさん恨まれてきたんじゃないかしら?」

「…まぁ、人間、好かれる事のほうが少ないだろう。」

実際つい最近“殺したい”と二人の人間に言われたばかりだ、それを思い出し、少しムッとしたのが面白かったのか、ラックスは「あはは!」と今までとは少し違った様子で笑った。

「貴方、いくつ?ねぇ、名前は?なんて言うの?」

「名前?し…」

「おい、ジーク、サボってないでこっちでこのカボチャ切ってくれ。硬くて切れないらしい。」

突然アーサーが私とラックスの間に割って入ってきた。確かに、調理台の上には大きなカボチャが置いてある。

「ああ、すまない。すぐにいく。では。」

「悪いね、彼、純粋なんであんまり揶揄わないでもらえるかな」

私が去る直前にアーサーがラックスに向かってそう告げる。それを聞いた彼女はまた、はじめのような張り付けた、穏やかな笑顔でアーサーに何か言っていた。
硬いと言われた柔らかいカボチャをまな板まで切り込まないように慎重にカットしているとホールのほうからガチャンとコップか、お皿か…食器が割れる音がしたチラリと覗くと小柄な可愛らしい女の子が大柄な柄の悪そうな男に睨まれているところだった。

「おい!こんな薄い酒でぼったくろうって言うのか!?俺を誰だと思ってんだ!」

「す…すみません!あの、私」

絡まれている女の子は涙目で必死に謝っている。
足元に散らばったグラスを片付けるフリをしてそっと近くに行く。よく見れば女の子はカタカタと震えている。

「このオレに舐めた態度取るってことは、落とし前をつける覚悟があるって事だよな?」

ヤツが彼女の髪の毛をガッと乱暴につかむ、為に無骨な手を伸ばした。

「あら、どうされました?」

その手をそっとラックスが掴んだ。不意を突かれた事で大男は驚いたのか瞬間的に手を引っ込めた。

「この女、オレにわざと薄い酒を出そうとしたんだ!そうやってぼったくろうって魂胆だろ?オレを馬鹿にしているんだろう!」

「それは、申し訳ございませんでしたわ。でも…あら、まぁ。お客様。これは薄めの酒、ではなくてお水ですよ?」

「はぁ?!」

「チェイサー、です。この子はお客様ともっとお話がしたくてチェイサーを出したんじゃないでしょうか?ちなみに、お水はサービスですのよ。ほら、お酒を入れるコップはもう少し大きいコップです。この水色のコップはお水専用です。」

ラックスがクスクス、と穏やかに笑いながら床で割れた、私が手に持っているグラスだったものを指差した。大男はふと、穏やかな顔になりガシガシと頭をかいた。

「強いお酒ばかりお飲みになったのでは?お体のことも考えて途中で水分を取ることは大切ですから」

「わ…悪い。オレ…」

「いいえ、説明しなかったこの子も悪いですわ。ただ、暴力はいけませんね。お気をつけて下さいね。いつも、来てくださるんですもの、気持ちよくお酒を飲んで貰いたいですわ。」

文句を言われていた女の子はグスグスと泣きながらラックスに抱きついた。大男は先ほどまでの威勢を失ってアワアワと慌てている。

もし私が介入していたら。ヤツは今頃外の道に放り出されていただろう。
彼女は…只者ではない気がする。
ふと、客席に目を遣れば、心配そうにこちらを見るシリルと目が合った。コクリとうなずけばシリルも僅かに首を縦に動かした。
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