愛のない結婚を後悔しても遅い 離縁を望まれたスパダリ令嬢、溺愛の限りを尽くしたら孤独な公爵令息に懐かれすぎています

空橋彩

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王家の秘密

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「怪しい、と言えば怪しい。だが、悪事を働こうとしているような気配は感じない。」

休憩室でアーサーと声を殺して今の所の様子を話していると、やはり、ラックスの事が気になるようだ。
この店は、飲み屋なだけはあって荒くれ者や乱暴な者達がいるが、極端に暴れたり癖が悪いものがいない。
この店では目的の人物には会えないのではないだろうか、と思うくらいだが、穏やかすぎる。
問題が起きそうになってもあっという間に解決してしまう。先程のように。
私にはそれは普通ではないように感じる。

「美しい水面でも、その下には弱肉強食の世界が広がっているように、この穏やかな空気の中でも密かに何かが起こってる気がするんだ」

アーサーがそんなふうに洒落た事を呟く。
私は裏を読むとかそう言うことが苦手だ。後でシリルとスイに聞いてみよう。席を立とうとしたその時、窓の外に人の気配を感じた。
咄嗟に窓際に移動して姿勢を低くして耳を澄ますと、女性二人の話し声が聞こえた。

「大丈夫よ。もう大丈夫だから。」

ラックスの声だ。もう一人はシクシクと泣いているようだ。先ほどもめた子だろう。

「怖かったわよね。こんな仕事…やめてしまいたいわよね。」

ラックスがそう囁いた後に布の擦れる音がした。励まそうとして抱きしめたのかもしれない。
しばらく、女の子の啜り泣く声がしていたと思ったら、今までよりもはるかに小さく、聞き取りにくい声でラックスが囁いた。

「よかったら違う仕事を紹介するわよ?」

アーサーと私は思わず視線を合わせた。アーサーが不思議そうな顔をして首を傾げた。そこへちょうど休憩室の扉が乱暴に開かれた。慌てて私たちが立ち上がるとそこには瞳を輝かせたスイとシリルが立っていた。

「お姉様!なんだか、スパイって感じでわたくし、ワクワクが止まりませんわ!」

「シーラ!あのね、すごい情報を手に入れたんだ!!」

私とアーサーは慌てて口の前に人差し指を立ててシー、と合図をする。二人は不思議そうに首を傾げた。

窓の外にもう一度意識をやるが、どうやらラックスと女の子は去っていってしまったようだ。

「2人は辛い目にあってなさそうでよかった。」

私がそう微笑むとシリルが嬉しそうに頬を桃色に染めた。

「スイさんとカイルがすぐに助けてくれるから僕は全然大丈夫だよ!」

「お姉様、シリルったらもう5人もの男たちに誘われてるのよ!その内の1人に怪しい奴がいるのよ」

スイが事件の犯人を推理する探偵のように、ふふんと自慢げに笑った。

「怪しいって?どんな風に?」

アーサーがスイの両手をギュッと握ってスイの顔に自分の顔を近づける。スイの頬が心なしか赤くなった。

「シリルの右手をすりすりとさすりながら、「この国にいるにはもったいない美人だなぁ」とずっと言っているのよ。不快極まりないけれど、怪しいと思いません?」

スイが告げ終わると扉から丁度カイルが入ってきた。はぁ、と大きなため息をついている。

「しかもそいつ、ちょっと訛りがあるんだ。隣国の訛りが」

そういうと、紙にすらすらと何かを描き始めた。
どうやら、その客の顔を描いているらしい。

「僕に“一緒にこないか”って帰り際に囁いたんだ。気持ち悪くて鳥肌が立ったんだ…」

そう言ってシリルが泣きそうな顔で私を見つめた。そして、すごく嫌そうな顔をしたと思ったら、小さな声でつぶやいた。

「耳がザワザワした」

アーサーがシリルの肩をポンと叩いて「ご苦労さん」と労った。そうしていると、カイルが絵を描き終わったようでペラっと私に紙を渡してきた。

「師匠、見た覚えはありませんか?俺が見る限り、顔に特徴がない、体型も普通…全てが普通すぎてなんだか気味が悪いんです。」

確かに差し出された似顔絵はどこかでみたことがある顔だった。だけどそれは、“買い物先のレジ係”“図書館の案内人”など、日常の中で溶け込んでいるようなそんな感じだった。

「手を握ってみましたけど、剣を扱う様な手ではなさそうでしたわ」

スイがそう言うと、アーサーが「手を?!なんだって?!今すぐ洗いにいこう!!」と騒ぎ出した。

「わかった、私も今度見てみる。シリルは一人で行動しない事約束して欲しい。」

「うん、わかった」

真剣な顔でシリルはうなずいた。スイは無理やりアーサーに手を洗われていたし、カイルは足にからみつく慣れないドレスのスカートをパタパタと邪魔そうに動かしていた。

無事終わったかに見えた潜入初日。3人の姿を見たのはその時が最後となった。
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