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最終章
交差する想い
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一週間はあっという間であった。
結局あれからリンドの行方はわかっていない。
シークベルト公爵家がローランド辺境伯のお陰で細々と生活できているらしいのが、幸いである。
それでもカリーナはリンドを信じる事に決めていた。
カリーナは小さなトランクに、自分がシークベルト公爵家から持ってきた数少ない所持品をまとめた。
もちろん、母の形見の首飾りとリンドからの贈り物の首飾りを入れた宝箱も含まれている。
カリーナはトランク一つで城を出るつもりだった。
城を出た後のことは正直決まっていないが、メアリーの伝を頼り、平民として住み込みで働き生きていくつもりだ。
公爵家に連れて来られるまでのひもじい生活を思い返せば、今更怖いものはない。
「アレックス様のお許しがあれば、だけれど……」
まだアレックスに事の次第を話していないのだ。
アレックスの怒りを買ってしまったら、カリーナの命も無いかもしれない。
それでも仕方がない、とカリーナは思っていた。
自分はそれ相応の事をしたのである。
罪は潔く受け入れなければならない。
「カリーナ様……お会いしたい方がいらっしゃるとのこと、今よろしいでしょうか? 」
一通り荷物をまとめ終え、あとはアレックスの帰りを待つばかりとなっていた頃のことだった。
メアリーが戸惑いながら部屋に入ってきた。
てっきりアレックスだとばかり思っていたが、メアリーの様子を見ると違う様だ。
「私に……? 一体どなたかしら」
カリーナに会いにきた人物、それはリンドの婚約者……今は恐らく元婚約者であろうが、シルビア公爵家のマリアンヌであった。
「お初にお目にかかります、カリーナ様。私シルビア公爵家令嬢マリアンヌですわ。シークベルト公爵様の婚約者でございます。……と言っても、数日前に婚約破棄の旨を記した封書が届きましたけれども……」
以前舞踏会で見かけたきり会ったことはなかったが、相変わらず可憐で美しい美少女である。
「マリアンヌ様……こちらこそ、私はカリーナ・アルシェと申します」
そう言ってカリーナは深々とお辞儀をした。
マリアンヌは公爵令嬢であり、まだ王妃となっていないカリーナより身分が上である。
マリアンヌは、初めて目にする初恋の男性の想い人に衝撃を受けていた。
(噂には聞いていたけれど、なんて美しい方なのかしら……まるで人間ではないみたいだわ)
かねてより社交界での噂で、シークベルト公爵が囲っている女性は非常に美しく魅力的な女性だと聞いていた。
だがマリアンヌ自身、自分の容姿に自信を持っていた。
バルサミア国の三大公爵家に生まれ、何不自由無く育てられたマリアンヌは、自分に勝る令嬢はほとんどいないと思っていたのである。
そんなマリアンヌですら、今こうしてカリーナと対面するとその自信が打ち砕かれた。
しっとりと濡れた様な黒髪は艶やかで、赤い唇が非常に魅惑的だ。
そして何よりあの瞳……
(リンド様と同じ色のエメラルド色の瞳……)
マリアンヌの瞳の色は青色だ。
この国では男女の瞳の色が同じに近いほど、相性が良いとされている。
リンドの持つエメラルドの瞳と、マリアンヌの持つ青色の瞳。
エメラルドと青なので相性が悪いわけではない。
だがカリーナの瞳はリンドの瞳そのものだ。
姿を消した婚約者を探しつつ、カリーナに文句の一つでも言うつもりで城へ来たものの、戦意を喪失した。
(これほどのお方なら、誰だって勝てやしないじゃない……)
「カリーナ様。単刀直入にお話しします。リンド様はこちらにいらっしゃっているでしょうか? 数日前からお姿が見えないのです。シークベルト公爵家へお伺いしても、返事がいただけなくて……」
リンドは恐らく、あの日カリーナと体と心を一つに繋げた後、姿を消したのであろう。
もちろん事前にローランド辺境伯と、大方今後の動きについては話し合ってから動いたと思われるが。
「リンド様は……公爵様は、こちらにはおりません。私もどちらへ行かれたのか存じ上げないのです」
この令嬢の前でリンドを名前で呼ぶのは、憚られた。
「でもこちらには、いらっしゃったのですよね?」
マリアンヌが真っ直ぐこちらを見つめる。
強い視線から逃れることができず、カリーナは正直に話す。
「はい……いらっしゃいました」
「一体何のために……? あなた様は国王陛下の妻となるお方でしょう? あなた様の後ろ盾にはローランド辺境伯がお付きになり、シークベルト公爵家との縁は切れたはず。今更リンド様とお会いする必要などないはずです」
マリアンヌが捲し立てる。
さすが公爵令嬢だ。
詳しい内情までよく知っている。
もっとも、とマリアンヌは続けた。
「あなた様方お二人が何をされていたのか、何となくは予想がついておりますわ……」
カリーナから溢れ出る妖艶さは、男からの愛を一身に受けているという事実を物語っていた。
リンドがその後行方をくらませているのも、そのためだろう。
リンドは想い人のところへ赴き、長年の想いを遂げたのだ。
しかし相手は国王の身染めた女性。
責任を取り行方をくらませたのではないか。
「マリアンヌ様……」
カリーナには何も言い返すことができなかった。
「なぜですの……? あなた様は国王様とご結婚される身……。なぜリンド様と? 私の方がずっと昔からあのお方のことをお慕いおりましたのに……」
いつもリンドは優しかったが、それは公爵令嬢としての立場故の優しさだった。
一人の男が愛する女性に向ける優しさではない。
「私には、あのような情熱を向けてくださったことはありません。いつもどこか距離を置かれているようで……」
婚約者になれば、その距離も縮まるであろうと期待したが、結果はこれだ。
「マリアンヌ様……申し訳ありません」
カリーナはただ頭を下げることしかできない。
「でも今日あなた様に初めてお会いしてわかりました。私がリンド様の一番になることはないのだと。どう足掻いたって敵いませんわ、あなたには」
さすが王妃になられるお方…と自嘲気味にマリアンヌが呟く。
素直な気持ちを表現できるマリアンヌに対して、カリーナはむしろ好印象を抱いた。
「私は王妃にはなりません、マリアンヌ様。近いうちにこのお城を出るつもりなのです」
カリーナの告げた突然の報告に、マリアンヌは瞬きする。
「今……なんとおっしゃいましたの? 」
「私にはもう王妃になる資格はないのです。アレックス様にもご迷惑をお掛けしてしまいました。赦しが得られるならば、城下にて平民として生きていこうと思っております……」
マリアンヌはまだその事実を飲み込めていない様子だ。
「そんな……ではリンド様は? あのお方はどうなるのです?」
「リンド様は、必ず迎えに行くと私に言い残して行かれました。私はその言葉を信じて待つのみです」
カリーナはそう言って微笑んだ。
「マリアンヌ様、私の口からこの様なことを言うのはおかしいかもしれませんが、あなたは真っ直ぐな御心をお持ちの方。きっといつか素晴らしい出会いがあると思います。どうか、お幸せに」
深々と頭を下げるカリーナに対して、何と声をかけたら良いのかわからないマリアンヌは、そのままペコリと頭を下げると部屋を出て行ってしまった。
「……良いのか? もっと思いの丈をぶつければいいものを……」
パタンと扉を閉めて廊下を歩き出したマリアンヌの背後から、声がかかる。
「……国王陛下!?」
マリアンヌは慌てて礼を取る。
そこにいたのは複雑な表情を浮かべるアレックスだった。
「リンドの婚約者のマリアンヌ・シルビアだろう。今回のことは何というか……可哀想なことになったな」
「いえ……あのお二人を見て、私など到底叶わないと思ったのです。お互い心から思い合っているのが伝わりました。むしろ、リンド様のお相手がカリーナ様でようございました。あれほどのお方なら、何も言えませんわ」
『私も精進致します』
気持ちを振り切れた様な笑顔で最後にそう言うマリアンヌに、アレックスは一瞬おや、と目を丸くしたがすぐに真顔に戻る。
「そうか……私もそう思えるといいのだが」
ポツリと呟いた心の声は、マリアンヌには聞こえていない様子だった。
結局あれからリンドの行方はわかっていない。
シークベルト公爵家がローランド辺境伯のお陰で細々と生活できているらしいのが、幸いである。
それでもカリーナはリンドを信じる事に決めていた。
カリーナは小さなトランクに、自分がシークベルト公爵家から持ってきた数少ない所持品をまとめた。
もちろん、母の形見の首飾りとリンドからの贈り物の首飾りを入れた宝箱も含まれている。
カリーナはトランク一つで城を出るつもりだった。
城を出た後のことは正直決まっていないが、メアリーの伝を頼り、平民として住み込みで働き生きていくつもりだ。
公爵家に連れて来られるまでのひもじい生活を思い返せば、今更怖いものはない。
「アレックス様のお許しがあれば、だけれど……」
まだアレックスに事の次第を話していないのだ。
アレックスの怒りを買ってしまったら、カリーナの命も無いかもしれない。
それでも仕方がない、とカリーナは思っていた。
自分はそれ相応の事をしたのである。
罪は潔く受け入れなければならない。
「カリーナ様……お会いしたい方がいらっしゃるとのこと、今よろしいでしょうか? 」
一通り荷物をまとめ終え、あとはアレックスの帰りを待つばかりとなっていた頃のことだった。
メアリーが戸惑いながら部屋に入ってきた。
てっきりアレックスだとばかり思っていたが、メアリーの様子を見ると違う様だ。
「私に……? 一体どなたかしら」
カリーナに会いにきた人物、それはリンドの婚約者……今は恐らく元婚約者であろうが、シルビア公爵家のマリアンヌであった。
「お初にお目にかかります、カリーナ様。私シルビア公爵家令嬢マリアンヌですわ。シークベルト公爵様の婚約者でございます。……と言っても、数日前に婚約破棄の旨を記した封書が届きましたけれども……」
以前舞踏会で見かけたきり会ったことはなかったが、相変わらず可憐で美しい美少女である。
「マリアンヌ様……こちらこそ、私はカリーナ・アルシェと申します」
そう言ってカリーナは深々とお辞儀をした。
マリアンヌは公爵令嬢であり、まだ王妃となっていないカリーナより身分が上である。
マリアンヌは、初めて目にする初恋の男性の想い人に衝撃を受けていた。
(噂には聞いていたけれど、なんて美しい方なのかしら……まるで人間ではないみたいだわ)
かねてより社交界での噂で、シークベルト公爵が囲っている女性は非常に美しく魅力的な女性だと聞いていた。
だがマリアンヌ自身、自分の容姿に自信を持っていた。
バルサミア国の三大公爵家に生まれ、何不自由無く育てられたマリアンヌは、自分に勝る令嬢はほとんどいないと思っていたのである。
そんなマリアンヌですら、今こうしてカリーナと対面するとその自信が打ち砕かれた。
しっとりと濡れた様な黒髪は艶やかで、赤い唇が非常に魅惑的だ。
そして何よりあの瞳……
(リンド様と同じ色のエメラルド色の瞳……)
マリアンヌの瞳の色は青色だ。
この国では男女の瞳の色が同じに近いほど、相性が良いとされている。
リンドの持つエメラルドの瞳と、マリアンヌの持つ青色の瞳。
エメラルドと青なので相性が悪いわけではない。
だがカリーナの瞳はリンドの瞳そのものだ。
姿を消した婚約者を探しつつ、カリーナに文句の一つでも言うつもりで城へ来たものの、戦意を喪失した。
(これほどのお方なら、誰だって勝てやしないじゃない……)
「カリーナ様。単刀直入にお話しします。リンド様はこちらにいらっしゃっているでしょうか? 数日前からお姿が見えないのです。シークベルト公爵家へお伺いしても、返事がいただけなくて……」
リンドは恐らく、あの日カリーナと体と心を一つに繋げた後、姿を消したのであろう。
もちろん事前にローランド辺境伯と、大方今後の動きについては話し合ってから動いたと思われるが。
「リンド様は……公爵様は、こちらにはおりません。私もどちらへ行かれたのか存じ上げないのです」
この令嬢の前でリンドを名前で呼ぶのは、憚られた。
「でもこちらには、いらっしゃったのですよね?」
マリアンヌが真っ直ぐこちらを見つめる。
強い視線から逃れることができず、カリーナは正直に話す。
「はい……いらっしゃいました」
「一体何のために……? あなた様は国王陛下の妻となるお方でしょう? あなた様の後ろ盾にはローランド辺境伯がお付きになり、シークベルト公爵家との縁は切れたはず。今更リンド様とお会いする必要などないはずです」
マリアンヌが捲し立てる。
さすが公爵令嬢だ。
詳しい内情までよく知っている。
もっとも、とマリアンヌは続けた。
「あなた様方お二人が何をされていたのか、何となくは予想がついておりますわ……」
カリーナから溢れ出る妖艶さは、男からの愛を一身に受けているという事実を物語っていた。
リンドがその後行方をくらませているのも、そのためだろう。
リンドは想い人のところへ赴き、長年の想いを遂げたのだ。
しかし相手は国王の身染めた女性。
責任を取り行方をくらませたのではないか。
「マリアンヌ様……」
カリーナには何も言い返すことができなかった。
「なぜですの……? あなた様は国王様とご結婚される身……。なぜリンド様と? 私の方がずっと昔からあのお方のことをお慕いおりましたのに……」
いつもリンドは優しかったが、それは公爵令嬢としての立場故の優しさだった。
一人の男が愛する女性に向ける優しさではない。
「私には、あのような情熱を向けてくださったことはありません。いつもどこか距離を置かれているようで……」
婚約者になれば、その距離も縮まるであろうと期待したが、結果はこれだ。
「マリアンヌ様……申し訳ありません」
カリーナはただ頭を下げることしかできない。
「でも今日あなた様に初めてお会いしてわかりました。私がリンド様の一番になることはないのだと。どう足掻いたって敵いませんわ、あなたには」
さすが王妃になられるお方…と自嘲気味にマリアンヌが呟く。
素直な気持ちを表現できるマリアンヌに対して、カリーナはむしろ好印象を抱いた。
「私は王妃にはなりません、マリアンヌ様。近いうちにこのお城を出るつもりなのです」
カリーナの告げた突然の報告に、マリアンヌは瞬きする。
「今……なんとおっしゃいましたの? 」
「私にはもう王妃になる資格はないのです。アレックス様にもご迷惑をお掛けしてしまいました。赦しが得られるならば、城下にて平民として生きていこうと思っております……」
マリアンヌはまだその事実を飲み込めていない様子だ。
「そんな……ではリンド様は? あのお方はどうなるのです?」
「リンド様は、必ず迎えに行くと私に言い残して行かれました。私はその言葉を信じて待つのみです」
カリーナはそう言って微笑んだ。
「マリアンヌ様、私の口からこの様なことを言うのはおかしいかもしれませんが、あなたは真っ直ぐな御心をお持ちの方。きっといつか素晴らしい出会いがあると思います。どうか、お幸せに」
深々と頭を下げるカリーナに対して、何と声をかけたら良いのかわからないマリアンヌは、そのままペコリと頭を下げると部屋を出て行ってしまった。
「……良いのか? もっと思いの丈をぶつければいいものを……」
パタンと扉を閉めて廊下を歩き出したマリアンヌの背後から、声がかかる。
「……国王陛下!?」
マリアンヌは慌てて礼を取る。
そこにいたのは複雑な表情を浮かべるアレックスだった。
「リンドの婚約者のマリアンヌ・シルビアだろう。今回のことは何というか……可哀想なことになったな」
「いえ……あのお二人を見て、私など到底叶わないと思ったのです。お互い心から思い合っているのが伝わりました。むしろ、リンド様のお相手がカリーナ様でようございました。あれほどのお方なら、何も言えませんわ」
『私も精進致します』
気持ちを振り切れた様な笑顔で最後にそう言うマリアンヌに、アレックスは一瞬おや、と目を丸くしたがすぐに真顔に戻る。
「そうか……私もそう思えるといいのだが」
ポツリと呟いた心の声は、マリアンヌには聞こえていない様子だった。
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