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しおりを挟む「できたか。では今度はお前が治癒魔法をかけてくれ。長時間かけ続けるには中々に体力を要してな。その間に私がペーストを塗ろう」
「お父様、私はお父様のような高度な治癒魔法を使えるかがわかりません」
以前魔法の授業で習ったことはあるが、ほとんど実践したことはなかった。
「お前もシルク公爵の娘、充分にその素質はあるはずだ。治療する対象のことだけを意識して、何が何でも助けたいという気持ちを込めて魔法を注ぎなさい。いいね? 」
「……やってみますわ」
ルーシーはマークと立ち位置を交代して、カイルのそばへ行く。
父の描いた魔法陣の中に入り、両手を胸の前で合わせた。
「カイル様。必ず、必ず私が命をお救いいたします」
ルーシーはすうっと息を大きく吸って、治癒魔法をかけ始める。
頭の中で思い描くのはかつてのカイルの姿。
カイルを愛しく思う気持ち、何としても解術したい気持ちを強く込めて、目を閉じて祈る。
その間にマークはルーシーが作成したペーストをカイルの全身に筆で塗っていく。
緑色をしたそれが、黒い斑点の染み出すカイルの皮膚を覆い尽くしていく。
すると、ペーストが発光し始めた。
「ルーシー、そのまま魔法をかけ続けてくれ」
マークはペーストの一部を剥がしてみると、黒い斑点がわずかだが薄くなったように見える。
「魔法が効果を著しているらしい。このまま続けよう。体調は大丈夫か? ルーシー」
「少し体力を奪われてしまっていますが、大丈夫ですわ。お父様」
大人の男性でも魔法をかけ続けるには多大な体力を要する。
まだ10代のルーシーにはかなりの負担であろう。
魔法陣の中に長時間立つだけでも自分の魔力を吸い取られると言うのに、継続して治癒魔法をかけ続けていると手足に力が入らなくなってくる。
「……っ」
「ルーシー!! 一度休みなさい」
フラついたルーシーをマークは見逃さなかった。
ルーシーが倒れ込む前に支え、近くにあった椅子に腰掛けさせる。
「今お前が倒れては元も子もないだろう。今度は私が代わりにやろう。お前は休みながらカイル君の呪いの斑点を確認してくれ」
「お父様……申し訳ありません」
ルーシーはマークの言葉に甘えて、少し休ませてもらう事にした。
カイルの体に目をやると、黒いシミは薄くなりつつあるのがわかるが、まだまだ体の広範囲を占めている。
「……カイル様……ぐすっ」
(こんなに魔法をかけ続けているのに……)
もうだめかもしれない、そんな考えがよぎってしまう。
最後に会った彼の笑顔が浮かぶ。
もう一度あの逞しい腕に抱きしめられたかった。
あの時行かないでと言えばよかった。
まさかこんな事になってしまうだなんて。
「ルーシー! しっかりするんだ。それでアルマニア家の妻が務まるとでも思うか!? 」
泣き出すルーシーに、マークが珍しく喝を入れる。
カイルは、自らの母であるアルマニア公爵夫人が遭遇した幾度もの命の危機の話をしていた。
武器を取り扱い攻撃魔法を得意とするアルマニア公爵家に危険はつきものだ。
ルーシーの実家であるシルク公爵家のまとう雰囲気とはガラリと異なるだろう。
奇跡的にカイルが回復してルーシーと結婚した場合、今度はルーシーがその危険の中に身を置く事になるのだ。
そのことをルーシーは今身を持って実感した。
「お父様、私……」
「カイル君の力を信じよう。そして私たち二人の力も」
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